シロンとの出会い
気がつけば、俺は慣れ親しんだ家にはいなかった。
「あれ・・・ここどこだ?なんか古くさいところだなぁ・・・」
まず周りを見渡して、出てきた感想だ。
だがしかし、俺は外出せずにゲームをしていたはずだ。それもVR(仮想現実)ゲームではなく、FPSを・・・。
それが周りを見たらこうなっているということは・・・
「・・・落ち着け〜俺、落ち着け〜・・・。よく考えろ〜・・・」
俺はとりあえず、何が起こっているのかを(できるだけ)冷静に分析してみた。
「まさかゲーム中に眠くなってしまって、そしてここは夢の中・・・?いやいやいや、さっき起きたばっかりだったからそれは考えにくいし・・・突然の気絶?・・・いや、それもおかしい、コンディションは最高で、だるさのかけらもないような状態だったしなあ・・・う〜ん・・・」
それからあれこれ理由を考えてみたが、どれもいまいち確信が持てなかった。そしてついに──
「・・・まさか」
俺はある結論にたどり着いた。
異世界転生。ラノベとかでよくある、異次元の世界へ飛ばされるというアレだ。
試しに頬をつねってみた。痛い。手を振り回してみた。風を感じる。近くの崩れかかった壁らしきものを触る。ゴツゴツした感触が伝わってきた。こんなにはっきりした夢は見たこともないし、完全没入型のVRゴーグルも存在しない───つまり。
結論:俺は、異世界に転移された。
そうとわかった途端に不安が俺を襲った。
「マジかよ・・・俺、どうなるんだ・・・?」
とりあえず、この世界に飛ばされたことで俺への影響を考えてみる。
・ゲーム機がないのでレースゲームができない
・もちろんFPSもできない
・休日はずっと家にこもるインドア派なので格闘スキルもないしサバイバルスキルもない
結論:野垂死にルートまっしぐら
(どーすんだよ俺えええええええええええええええええ!?)
そう頭を抱え込みかけた時、ある光景が目に飛び込んできた。
ああいうのを、人間離れしているというのだろうか───目を疑う程の美少女が、魔物──あれはゴブリンだろうか──に取り囲まれている。
どうも見た限り、少女の方に勝ち目はなさそうだった。
「やっべ、助けねぇと!」
俺は助けに行こうとして、ふと冷静になって考えた。
「あ、俺武器持ってねえじゃん・・・!」
何しろさっきまでFPSをしていたわけだから、武器はおろか、道具さえ持っている方が不思議だ。必死になってポケットの中を探すも、出てきたのはスマホだけ。役に立ちそうなものは何もなかった。これでは助けるどころか、下手に近づくと俺の身まで危なくなってしまう。
助けたい、でも助けられない。ただ見ているだけしかできない———
ものすごく、腹立たしく、自分が情けなく、悔しかった。
「ああくそっ!せめて、せめて拳銃の一丁でもあれば・・・彼女を救えるかもしれないのに・・・!」
そんなことを考えた時だった。
ふと、右手が何かを握ったような感触になった。次にズシリとくる重み。何だろうと思い右手を見た瞬間、俺は自分の目を疑った。
其処にあったのは、さっき「せめて」といって求めたもの──拳銃だった。モデルはグロック17。拡張された33連弾倉が装填されている。
「ど、どういうことだ・・・?いったい何が───」
一瞬何が起きているのかわからなかったが、こうして武器を手に入れた以上、やることは一つだった。
「早くあの子を助けに行かないと!!」
手に入れた銃を俺はしっかりと握り、少女のもとへ急いだ。
コボルトたちに囲まれて数分。私──シロンの周りを囲んでいる二十数体のコボルトたちが、これ以上の攻撃はないと判断したのか、だんだんその包囲の輪を狭めてきました。
私はとっさに手に力をこめ、攻撃魔法を発動させようとしますが──何も起こりませんでした。魔力を使い果たしてしまったのです。
魔力を使い切ってしまった私は我が身を守ることさえできません。
「く・・・!もうこれまでのようですね・・・」
私がそう覚悟した時でした。
パァンと何かが弾けるような軽い音と同時に、私の周りを囲んでいたコボルトの一体が倒れました。何かに射抜かれたように頭に穴が空いています。他のコボルトたちは慌てて辺りを見渡しましたが、そうしているうちにもう一体、コボルトが何かによって頭を射抜かれ、倒れました。
それからも特徴的な軽い音が立て続きに鳴り響き、その度にコボルトが一体、また一体と倒れていきます。
「これは一体・・・?誰が助けてくれて・・・」
そう呟いた時でした。コボルトの隙間から、あの独特の音を出しながら炎を吹き出す灰色のものを握りしめた少年──のちのマスター──が近づいてくるのを見たのは。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお間に合ええええええええええ!!!!」
俺は必死に引き金を引き続けた。引き金を引くたびにスライドから熱い薬莢が飛び出し、肌に当たると焼けるように痛かった。
しかし俺は引き金を引くペースを下げなかった。
なんとしてでも彼女を彼女を助けたかった。それがいまやるべきことだと体全身で考えていた。さっきまで操作していたFPSのキャラクターがやっていたように両手でしっかりと持ち、できるだけ照準を合わせながらゴブリンを撃ち続けた。
やがて数は少なくなったものの、こちらの存在に気づいたゴブリンが数体、棍棒らしきものを振り回しながら近づいてきたが、やがてそのゴブリンたちも俺の放った9mmルガー弾に倒れていった。
「はあ、はあ、はあ・・・っ、これで、全部か・・・」
全てのゴブリンを片付け、俺は少女のもとへ向かった。
彼女はこちらの存在に気づいていたらしく、こちらを見てホッとしたような顔をしていた。外傷は見られないものの、非常に疲れているようだった。
「・・・先ほどは私を助けていただき、本当にありがとうございました」
「お礼はいい、それより無事だったか!?怪我とかはないか!?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「・・・そうか、それなら、本当によかった」
「先ほどはご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした・・・」
「いいって、そんなに謝んなくってもさ」
「は、はい」
「それで、さっきは何をしてたの?」
「・・・は、はい!そうでしたね、助けてもらったお礼に話せることは話さないと・・・」
そう言うと彼女は立ち上がってこちらを向いた。
(やばい、すごいかわいいんだけど・・・!)
そう考えてしまうほど、彼女は美しかった。
顔立ちは非常に整っていて、まるでどこかの深夜の萌えアニメに出てきそうなほどだ。表情は暖かく優しさを醸し出している。しかしスタイルは魅力的で、俺よりも低い身長にもかかわらず胸はしっかりと主張しているため、目のやり場に困るほどだった。
「・・・あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、大丈夫だ!(おいおいしっかりしろ俺、これじゃあ変態じゃないか・・・!)」
「私はエットーレ王国宮廷魔術師会所属、シロン・エルドールと言います。の命を受けて、ある方を探していました」
「へぇぇ、そうなんだ。で、誰を探していたの?」
そうたずねると彼女は途端に険しい顔になり、こう告げた。
「・・・今、人類は魔物の攻撃を受け、滅亡寸前に追いやられています」
「・・・え?」
告げられたことの重大さのあまり、俺は呆然と立ち尽くしていた。
人類が滅亡?
「・・・本当に?」
「はい。残念ながら、大陸にある人類の国々が次々と攻め落とされ、魔物たちの暴力を基本とする圧政に苦しめられています。かろうじて魔物の襲撃に耐えている我が王国も、陥落するまで時間の問題・・・そんな私たち人類を救うために異世界より召喚されると言われている『ヘルト』と呼ばれる救世主様に最後の望みをかけ、探していたのです」
「・・・なんかそんなすごい人を探すのに君一人ってのも気になるけど・・・『ヘルト』っていうのは名前なの?」
「いえ、そういうことではなく、あくまでそう呼ばれているだけで、その方の名前は別にあるそうです。
・・・ところで先ほどから気になっているのですが・・・」
「?どうした」
「・・・あなたは本当に人間ですか?」
「・・・はい?」
一瞬何を聞かれたのかわからなかった。
「先ほどから感じていたことですが、『ヘルト』様の言い伝えは人間なら皆知っており、皆『ヘルト』様に大きな期待を寄せています。期待しない人間はいないっと言ってもいいです。なのにあなたは特に共感などもしませんでした。そんな反応をするのは魔族ぐらいしかいません。もしかしてあなたは、魔族の仲間では・・・」
「いやそれは違う。俺は魔族ではない」
「で、ではあなたは誰なのですか?」
「ええっと・・・」
なんと説明したらいいかわからず考え込んでいると・・・少女の体が、怯えるように体を震え始めた。
「ど、どうしよう・・・もし魔族だったら・・・あわわ・・・」
彼女はか弱い眼差しでこちらを見つめている。
(そんなにこええのかよ、魔族って・・・でも、そう思うのも、無理もないな・・・こっちはまだ、何も説明してなかったし・・・)
このままでは少女───シロンを怯えさせ続けてしまう。それはごめんこうむる。だから───俺は、俺の身に起こったことを正直に話した。
「ごめんごめん、ちゃんと説明してなくて悪かったな。俺は、さっきこの世界にされた、異世界の人間なんだ。だが、おそらく俺はシロンさんの探している『ヘルト』ではない。腕っ節もあんまりないと思うし、魔法も使えないと思う。だけど、人探しの手伝いぐらいはできるから、勘弁して欲しい───ん?おい、どうした?」
続きを言おうとした所で、俺はシロンの異変に気づいた。
どうも様子がおかしい。
目を大きく見開き、こっちを呆然として見ている。
「・・・い、今なんておっしゃいましたか?」
「いや、俺も召喚された人間だって・・・」
「・・・異世界からの召喚まじ方は、途方もない魔力を使うか、正確に対象をしぼって行わないとできないはず・・・ということは、もしや・・・」
「あ、あの、どうした?」
「す、すみませんが、あなたのお名前は・・・」
「俺?俺は剣谷 宗介だけど・・・」
「そ、ソースケ!?ま、まさか・・・」
するとシロンは急に「はわわわわ・・・」と慌てたかと思うと、こちらに向き直って膝に手を添え、頭を垂れて、
「こ、これは失礼しました、ソースケ様!」
と、謝り始めた。
「ヘルト?俺が?」
まさかと思ったが、シロン曰くこの地には「ヘルト」に関する二つの言い伝えがあり、それが「ヘルト様は異世界から召喚される」「ヘルトの名前は『ソースケ』という」というものらしい。一つ目の質問だけならともかく、二つ目の質問とも一致していることで、俺のことをシロンは「ヘルト」だと考えたらしい。
「そんなソースケ様のことを魔族呼ばわりするなんて、私はなんてことを・・・!ソ、ソースケ様、このシロン、ソースケ様のためならどんなことも厭いませんから、どうかお許しください・・・!」
「わかったから、そのー、頭をあげてくれないかな・・・
ずっと頭を下げられてると何かこちらも居心地が悪いような気がするのでそう促した。
「は、はい、ソースケ様がよろしいのであれば・・・」
そう言って彼女は顔を上げたが、表情は依然として暗い。
(どうやら俺が怒っていると思ってるっぽいな・・・さて、どうしたもんか・・・そうだ、小さい頃、妹にしていたアレならどうだ?)
ということでとりあえずシロンを抱き寄せ、
「はへ?」
頭を撫でてみた。
「はわっ!?ソ、ソースケ様、何を・・・」
「んー、いや、お前が俺がまだ怒っていると思ってるらしいから、こうしたら怒ってないってわかるかなーって思って」
「た、確かにわかりましたけど、でもこんな・・・はうう・・・」
「い、嫌か?嫌ならやめるが・・・」
「いやじゃないですけど!て、ていうかむしろ幸せで・・・」
「なんか言ったか?」
「い、いえ何も!」
「・・・まあ、これぐらいでいいか」
もう十分だと思ったのでシロンを撫でるのをやめた。
やめたのだが・・・
「えへ、えへへへ・・・ギュッてされた・・・私を助けてくれた素敵なソースケ様にギュッて・・・」
・・・なんか様子が変だ。
「おーい、大丈夫かー?」
「・・・ふぁっ!?は、はい大丈夫ですしょーしゅけしゃま!」
「舌噛んでるぞ・・・あと、様付けで呼ばれるとなんか偉そうな気がするから、呼び捨てで呼んでもいいんだが・・・」
「いえ、それは私が許せません。『ヘルト』であるソースケ様を呼び捨てなんて!」
「そ、そうか。ま、別にいいか、嫌ではないし・・・」
「じゃあ改めて。初めまして、ソースケ様のお供を務めさせていただく、シロン・エルドールです!頼りないですが、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」
「よろしく、シロン。俺は剣谷 宗介。呼び方は宗介でもなんでもいいぞ。よろしくな!」
こうして、俺の異世界での生活が始まった。