堕天使の策謀 後編
愛を確かめ合った二人は牢屋の中で裸でお互いに身を寄せ合いながら虚空をただじっと見つめていた。
まるで、愛の余韻に浸るように。
「芽衣姉さんここからどうにかして出よう」
「どうやって? ユウくんも出られないことわかってますでしょ。ここで暮らしていくのが最適なんですよ」
「馬鹿なことをいうなよ姉さん。芽衣姉さん、俺はさ、出来るならこの先の未来を姉さんと子供を作って立派な家で家族となって生活していきたい。だったら、こんな暗闇の底から出なきゃだめなんだ。姉さんは俺とそんな生活をしてみたいとは思わないのか?」
「ユウくん……それは……私も同じ気持ちで……」
「だったら!」
「でも、無理な者は無理です! 見てください! この周りを! みんな結局出ることができずに殺された! だったら、もう私はこの場でユウくんと愛をはぐくみながら死ぬのが一番いいです!」
「芽衣姉さん……」
そんな彼女の気持ちも汲み取りたい衝動が勇気にもあった。
けれど、それではダメだ。
こんな暗闇にいつまでもいたら精神がいずれおかしくなってしまう。
勇気は服を手にして着替えを始めた。
そして、的場の友人二名の死体に歩み寄る。
「ユウくん?」
「確か、骨や歯ってのは硬いって聞く。なら――」
勇気は腐り果てた死体から骨を取り抜いた。
その骨を地面にこすり合わせる。
「なにしてるの?」
「先端をとがらせてのこぎり代わりに使おうと思ってな。まぁ、削れるかどうかはわからないけどこれ時間かかりそうだな」
勇気は死体の首元から上を見た。
頭部に手をかけ始めた勇気を見て芽衣がさらに驚く。
「うぉおおお!」
力いっぱい足腰を踏ん張って勇気は頭部をねじり取った。
気持ち悪いけれども悪がってもいられなかった。
「歯はまだ腐食していない。これ幸いに頭部の腐食はまだ浅いな」
勇気は鉄格子に頭部を近づけて噛ませた。
左右に動かしていく。
「ゆ、ユウくん?」
奇怪な行動にさすがの芽衣もドン引きであった。
でも、勇気はその姉の反応にかまわず続ける。
「ネットで調べたことがあるんだ。人間の歯は鉄より硬いってあったんだ。エナメル質がどうとかってやつだったかな。まぁ、さっき姉さんと愛を確かめ合ってる時にふと思い出したことなんだけど」
「なんで、そんなこと思い出すのですか……全部その一言でさっきのいい思い出が台無しじゃないですか!」
「ごめんごめん。でも、おかげでうまくいきそうだ」
鉄格子もそこそこ腐食が進行していたのが幸運を呼び、鉄格子が一つ壊れる。
「よっし」
さらにもう一個壊しにかかった時に芽衣姉さんが勇気の隣に立ち勇気が手放していた骨を使って鉄格子を叩き始めた。
「姉さん?」
「ユウくんだけにこんなことさせるわけにはいきませんよ。姉として、恋人として」
「芽衣姉さん、ありがとう」
「がんばりましょう」
「ああ」
二人して鉄格子の破壊を実行し始める。
2本、3本と時間をかけて壊すことに成功したが4本目にさしかかった時に勇気の手にしていた頭部の歯が欠けてしまう。
「くそっ!」
それでも必死にやろうとした途端、下あごが歪んではがれおちた。
おもわず手元から落としてしまうと頭部は嫌な音を立てて床に肉片を撒き散らした。
芽衣の手にした骨も先が折れて芽衣の頬をかすめて背後に吹っ飛ぶ。
「芽衣姉さん!」
勇気は咄嗟に彼女に近づく。
芽衣の安全を確認する。
頬に切り傷をみる。
「大丈夫か!」
「ちょっと、かすっただけですよ。心配しないで大丈夫です」
「俺があんな無茶を言わなければ姉さんの顔に傷が……」
「そんな悲しい顔をするのはなしですよ。それよりも進歩です。ほら」
格子扉を指差した芽衣に勇気もそちらを見て息を呑んだ。
格子扉のわずかな隙間はどうにかがんばれば身体を通せないことはない。
「ユウくんだけなら通れます。私は」
そっと彼女は自らの胸を見下ろした。
芽衣の胸部ではつっかえてしまう。
「姉さん、俺が鍵を取ってくる。それまで待ってて」
「ええ、待ってます」
勇気は格子扉の開けた隙間からどうにか脱出する。
そのまま暗闇の廊下を突き進んでいく。
階段に差し掛かるとそれを昇って行き上のフロアに出てくる。
部屋がいくつも見える廊下を駆け進んでいき、窓口案内の部屋に入った。
そこから鍵を捜す。
「くそ、どこだ!」
どういうわけか警察官がいないのを安堵しながらいつ戻ってくるかもわからないで慌てるようにして捜した。
「あ、あった!」
机の引き出しの中にしまわれていた鍵を手にした時に一発の銃弾が勇気の頭上を通り抜けた。
「そこでなにをしている! おとなしく止まれ!」
「くそっ!」
警察に見つかった。
ついぞ今しがた戻って来たらしい様子の警察官に勇気はどうやって対抗しうるか考える。
でも、相手は拳銃を所持していてそれも訓練を施されている。
ケンカなどからっきしの勇気では相手に出来ないのは明白だった。
でも、ここで引くわけにもいかない。
勇気は頭の中で念じる。
手に出てきたのは『Barret trigger』だ。
これは幻視の銃弾であり、人の身体に害はないけれども心には傷を負わせる。
遠距離からの射撃は初だった。
「当たれば勝ち目はある!」
勇気は物陰から顔を出して警察官めがけて引き金を引いた。
しかし、弾丸は当たらなかった。
代わりに勇気の肩に激痛が走った。
それは勇気の肩を貫通した弾丸の証拠。
おもわず、右肩を押さえてうずくまる。
警察官が近づいてきている。
(ここで、終わるわけにはいかないんだ!)
その強い願いを胸に抱いた時に警察官の悲鳴が聞こえた。
「おそくなりましたわ! 勇気」
「え」
勇気の前に黒翼を広げて声をかけてきた雪菜がそこにいた。




