絶望
黒野勇気は警察に捕まり、そのまま尋問室もしくは牢屋にでも連れていかれるのだと考えていた。
しかし、その考えは間違いだった。
勇気は目隠しをされて、足音が反響するような通り道を歩かされてずいぶんと歩かされた。
疑問や不安を感じる。
いったいどこに連れて行こうというのか。
牢屋であればそこまで歩き続けることはない。
歩かされて体感覚で20分は経過してるに思われた。
「よし、ここだ。入るんだ」
目隠しを取られて急な明かりに目がくらむ。
手で光を遮りながら眼がだんだんと光に慣れてくる。
その光は決して日の光などと生易しいものではない。
光の正体は薄暗い、監獄のような場所にただひっそりとある照明灯だ。
その傍には猿ぐつわに両手足を拘束具で拘束された愛する姉、芽衣の姿があった。
「芽衣姉さん!」
勇気がすぐに彼女のそばに駆け寄った。
猿ぐつわを取ってやり、拘束具もどうにか外そうとした。
それに奮闘してる間にこの監獄のような場所の唯一の出入り口は閉じられた。
「なっ!?」
慌てて施錠された扉にしがみつくようにして飛び付き、今しがた扉を閉じた警官に向かって「ここはどこだ!」と怒鳴り散らした。
警察官は何も答えず奥へ奥へと歩みを進めてその背中は暗闇の中に溶け込んで見えなくなった。
「ユウくん、無駄です。私も何度も試しました」
「め、芽衣姉さん?」
やっと、芽衣の言葉を聞いたがそれは悲痛に震えて語るものである。
勇気は芽衣の言葉を疑ってるわけではないが信じられずに幾度となく叫んだ。
「やめなさい。無駄な体力を浪費します。彼らのように」
「か、彼ら?」
芽衣の言う言葉の意味がわからずに勇気は首をかしげた。
芽衣は中央に設置された照明灯スタンドを動かして周囲に光を照らした。
見えてきた周囲の空間。
そこにはいくつもの監房が存在し、その中にはミイラ化した死体がいくつも転がっていた。
そして、勇気たちがいるこの監房にも二人の腐敗した死体が存在した。
顔をネズミに食べられ蠅がたかっていた。
まるで、餓死したように痩せ細って死んでいる。いや、餓死だけではなく暴行を加えられたような傷跡まである。
「これは……うっ」
怖気る様な気持ち悪い光景を見て吐き気に襲われて口元を押さえた。
一体全体どういうことになってるのかと目を疑いたくなるような光景である。
「なんで、警察官は死体を放置してるんだよ! つか、ここはどこなんだ! あきらかに牢屋にしてはひどい!」
「そうですね、ユウくんの言うとおりです。いうならば、ここは監房でしょう」
「っ!」
「私も最初にここに連れて来られた時はおもわず悲鳴をあげました」
生気を失いきったやつれた表情で芽衣が言った。
勇気は心苦しくなって芽衣のそばによってその身体をだきしめた。
「ごめん、芽衣姉さん。早く助けてやればよかったのに! 暴行とかはされたのか!」
「いいえ、されてません。まず、落ち着いて聞いてくださいユウくん」
「な、なんだよ芽衣姉さん」
姉が真剣な表情で死体に歩み寄っていく。
平然としたような表情はもう、触りなれたのを物語る。
「め、芽衣姉さん?」
彼女は彼らのポケットから手帳くらいの大きさの何かを取り出した。
それは明らかに手帳だった。
しかも、見覚えのある。
「それって洗城学園の学生手帳? なんで、そんなものが……」
ふと、死体をもう一度よく見てみた。
気づいてしまった。
その死体の顔を見て。
腐敗して暴行などの傷で原形をとどめていないにしても面影のある嫌な奴らの顔。
「まさか……的場とつるんでいた二人組?」
「ええ、そうみたいですね」
つぎこそはたまらず吐しゃ物を撒き散らした。
見知った人物の死体はさすがに答えた。
幾度となく、彼らに復讐しひどい目にあわせたがさすがの死体には見慣れずにさらに、それが腐敗してるとなればたまらず堪えれることもない。
「ユウくん!?」
慌てて彼女が近くに寄った。
背中をさすられながらに勇気は今一度周囲を見た。
他の監房にも何十人という死体が転がっている。
いやな想像ができた。
「あいつらはもしや、警察に事件が何かで捕まった犯罪者なのか?」
「たぶん、そうだと思います。それをここでじわじわと命を削られ拷問を受けて殺されたんでしょうね。なぜ、警察官がそのようなことをしているのか謎です。彼らが悪徳な組織に変わったのは間違いようもない事実ですがね」
勇気は発狂しそうになったが愛する芽衣を心配させないためにもその叫びは飲み込んだ。
さらに、勇気は怖気る様な死体が目に入った。
何かの紙を握りしめて見覚えのあるネックレスを首から下げた男の死体。
「うそだろ……嘘だと言ってくれよ!」
鉄格子の扉へタックルするがごとく掴みかかり強引に向こう側の監房の中身をのぞき見ようと手を伸ばす。
しかし、届くはずも出ることも叶わない。
そうまで必死になってあの死体を確認したい理由があった。
なぜならば、その死体は勇気が最後に復讐する相手として選んだ人物なんだから。
「なんで、なんでこんなところでくたばってんだよ! クソ義父!」
そう、それは勇気が最終目標として選んだ復讐者の相手。
勇気の人生をめちゃくちゃに変えて『絶望』に叩き落とした男。
勇気を引き取り養子として出迎えたが会社を首になり路頭に迷ったストレスを子供に向けたクソ野郎。
黒野賢治であった。
数年前に虐待容疑で捕まり家からいなくなった彼であったがその彼が今目の前で死んでいた。あのネックレスは彼が芽衣から誕生日にもらったものである。
勇気はそのネックレスを見て気付いた上に死体でもしっかりと面影はわかった。
――復讐者の相手の死亡はなによりも心にこたえた。
勇気はついに復讐を果たすことはできなかった。
「うぁ……ぁ……ああ……」
「なんで、泣くのユウくん? あの男が死んだんですよ。私たちは殺すつもりでいたんですよ。だったらいいことじゃないですか?」
「なに?」
あまりにも場違いに明るい声がかけられた。
それは後ろの芽衣から。あまりにも芽衣らしからぬ言葉に血の気が引いていく。
「芽衣姉さん、それは違うだろう。俺たちは別に殺したくって復讐するわけじゃない! あいつらに同じ痛みや気持ちを味わせるために俺らは復讐してたはずだ! 死んだんではその気持ちを与えることも伝えることもできない! 意味がないんだよ!」
「復讐に意味なんてあるんですか? ただ、相手を殺してそれで終わりじゃないですか。私はあのクソババアが生かしたこともあの的場とか言う男を生かしたこともわからないんです。ユウくんがそうするというからそうしたけど私には納得がいきませんでした」
「なに?」
あまりにも信じられない。
自らの姉の思想は復讐は殺しと同義だったという考え。
まるで、自分が間違いだと突きつけられていた。
(いや、俺は本当は殺したかったのか? 違う! あいつらに同じ痛みと苦しみを与えたかっただけだ! だから、殺さなかったんだ!)
殺せばそれは復讐者よりもひどい人間になる。
そんな人間にはなりたくないからこそ、勇気は殺さずを貫いた。
「ユウくん、よかったじゃないですか。ハッピーエンドですよ」
「姉さん?」
勇気はその時に照明灯に照らされた姉の瞳を見て喉を引きつらせた。
どこまでもどんよりとして黒く真っ黒な瞳に変色していた。
勇気は発狂の堪えが切れて、地下の監房に勇気の絶望の叫びが轟いた。




