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善意と悪意

 自宅の中でただ一人で黙々と料理を作り続ける。

 勇気は野菜を切りつつ、素早く鍋の水の中へ野菜を入れて火をかけた。

 他の野菜の類を切り、フライパンの中であぶっていた肉の中へ一緒に入れてふたを閉じる。

 そんな作業を繰り変え続ける中で警察官との会話を繰り返して頭の中で思い出していた。


『そうか。だったら、君も妙な話だとおもわないかい。そんな彼がどうして、女一人のためにつるんでいた親友二人と死闘のようなことをしていたのだろうか。いくら女のトラブルとは言えやり過ぎな気がするんだよね僕は』


 集中が乱れ、夜間の水が沸騰したことに慌てて気付いて火を止める。

 頭を掻き毟り苛立ったように叱責する。

 下手をしたことへの苦悩と悔恨。

 このままでは自分の愛すべき人が危ないということを深く考えてしまう。

 どう、対処すべきか。

 警察官を殺す。


「ダメだ。そんなことしたらますます疑われる。そうだ。まだ、完全に疑われちゃいないんだ。あいつらは未だにただ喧嘩であったという立証もされてる。そう、大丈夫」


 肉と野菜を絡めながら醤油や中華スープの素などの調味料を加えた中華炒めを作りつつ壁掛けの時計を確認した。

 時刻は20時近く。義姉の芽衣がバイトを終えてそろそろ帰ってくる。

 落ち着きを取り戻して彼女ににこやかな笑顔で「ただいま」と言おう。

 そう心の中に呟いた。

 それは自分が長いこと望んだ平和の日常を思い浮かべたことなんだ。

 しばらくして、ドアチャイムが鳴った。

 火を止めて、エプロンを取り払い玄関へ歩いていく。

 玄関扉を開き――


「ただい――」


 そのあとの言葉は続くことはなかった。

 玄関先に立っていたのは黒いスーツを着込んだ警察官、駆動とその部下だろう紺色のスーツを着込んだ20代の年若い男性。

 その後ろにはもう一人見覚えのある人物がいる。

 みすぼったらしい傷だらけ姿の40歳後半の女性。

 この一家の現家主であった黒野真紀だった。


「こちらは黒野家だね」

「え、ええ」

「先ほどぶりかな黒野勇気君」

「はい……」


 冷や汗が流れた。

 駆動になにを言われるのか緊張で汗ばむ。

 怪しまれることのないように平常心を保つようにポーカーフェイスを作る。


「えっと、ウチの母がどうかしたんですか? しばらく帰ってきていなかったので心配していたんですけど」

「そうだったのか。今朝に署の警官がパトロール中にある廃墟で彼女が倒れてる姿を見つけ保護していた。彼女は頑なに自宅に帰ることを拒んでいたからこの時間になってしまったのだよ。何かお母様が出て行ったことに心当たりなどあるかね? 傷だらけで本人も何があったのか全然語ろうとしない」


 すこしばかり心持が軽くなる。

 彼女が何も語らなかったことはつまり自分らが当分はつかまることはない。

 傷害致死罪に問われなくてよいことは安堵すべきことだった。


「さあ、最近の母は放浪癖がありましたので……でも、帰ってきたりしていたのでそこまで気にせずいたんです」

「そうか。でも、奇妙な話だね。君の周囲ではずいぶんと物騒だ。調べてわかったんだけど黒野君はずいぶんと的場君と親しい間柄だったのに君は親しくないと言っていたよね。それに母親はなぜ、自宅に帰りたがらないのかちょっと疑問なんだけどね」



 どきりと鼓動が早鐘を打つ。

 平静を装いながら


「親しくはなかったですよ。たしかに周りから見たらよく話してる間柄だったので親しそうに見えたかもしれないですけど彼は誰にも話しかけるような人でしたので誰でもそう見えてもおかしくないでしょう。母に関してはちょっとわかりません。最近の母は父が刑務所に入ってからと言うもの心ここにあらずで」


 駆動の目が研ぎ澄まされ、まるで猛禽類のごとくこちらの心を射抜かんばかりにつきさした。


「なるほど……。まぁ、いずれ捜査で的場君たちの喧嘩の詳細は詳しくわかるだろう。どういう原因で女のトラブルに至ったのかとね。彼らも詳しくは話してくれないので困る。そうそう、事件の話をしてしまって申し訳なかったね。君のお母さんも大事にしたまえよ。何かあってからでは遅い。今回は署の警察官が直ちに保護できたから安全に確保できたが今後はそう運良くいくとは限らない。お母様のことはしっかりと見ないといかん。署の医療関係者の話によれば心にも傷を負ってらっしゃるそうだ。もし、心療内科の病院に行っていないようであるのならば通わせることを善処したほうがいいぞ」

「わかりました。ご丁寧にありがとうございました」



 警察官の二人組はそう言って母をこちらに渡して外に止めていた車に乗って去って行った。

 去り際にすこしこちらを睨んでいた駆動には恐怖を感じた。

 その姿を見てすばやく玄関を閉めて母の真紀の腕を乱雑に掴み投げ飛ばすように家の廊下に叩き飛ばす。

 倒れた彼女は何もいわずただうつむいたままだった。


「なんか言ったらどうなんだよ! のこのこ帰ってきやがって! もう、あんたの居場所はここにはないんだ! さっさと消えてくれよ! なんで帰ってくるんだよ!」


 辛い心の内をぶちまけて彼女に奴当たる。

 勇気は無言な彼女に苛立ちそのまま放り捨ててキッチンへ向かった。

 しばらくして玄関が開いて出て行った音がした。

 そうそれでいい。

 本当に?

 心の奥で何か別の訴えがよぎった。

 玄関に向かって走りだし靴を履いて外へ飛び出す。

 歩道を歩く彼女の後姿を見てその肩を掴む。


「母さん!」


 ビクリと彼女の肩が少し震えた。

 勇気はその感じを見て彼女に対する憎しみよりもそこまで弱ってしまった彼女に悲しみを感じた。


「俺はあんたに対してやった行いを謝るつもりはない。それに母さんが俺らにやったことに対してはまだ怒ってる。それでも、母さんがあの家から出ていくことはない。心底家に居てはほしくないがもし今後一切手を出すことをしないなら居てもいい」

「…………」


 真紀が振り向きながら胸元に顔をうずめた。

 ただ、ぽつりと謝罪の言葉が言われたことで勇気は自分が行った罪悪感にさいなまれた。

 すこしやり過ぎた。そう、痛感する。


「ユウくん? それに……なんで……この人が……」


 目の前に街灯に照らされて立つ芽衣がいた。

 芽衣の眼は憎しみの光を宿しずかずかと歩み寄ると勇気と真紀を引き離させてまるで肉親に対する顔ではないように牙をむいた。


「いったいどういうつもりで帰って来たのか知らないけど今すぐ消えてください! この場から! さもないと殺しますよ!」


 彼女の手には『dagger trigger』が握られていた。いつでも、虚空より生み出し可能な権能の力。

 荒ぶれた芽衣の肩にそっと勇気は手をやった。


「芽衣姉さん、もういいよ。母さんを許そう。俺らは十分彼女に罰を与えられた。これ以上は――」

「何言ってるんですかっ!」


 その肩に置いた勇気の手を芽衣は振り払い真紀へ近づいた。

 その首筋に刃をあてがう。


「ね、姉さん!」

「ユウくんとの生活にこの女はいりません! この女のせいで私もユウくんも苦しんできたの忘れたんですか! この女もそうだしあの男もそうです!」


 あの男。それは誰のことかは勇気にも理解して下唇をかみしめて彼女にかける言葉を失った。


「……はは。よっぽどうらんでるんでしょうさ、私のことをね」


 ついに口を開いた彼女は自虐的な笑みをこぼしながら光を宿していない瞳で続けていった。


「殺すならうまく後処理をするんさ。下手したら刑務所さ。いやだろ、若いうちからそれはさ」

「チッ」


 芽衣は気分が殺がれたのか「dagger trigger」を虚空に消滅させて大仰に息を吐いて彼女を突き飛ばした。

 そこへたまた通りかかった警察官が「どうしましたか?」と呼びかけてきた。


「ああ、大丈夫です。ちょっとした家族喧嘩で。もう解決しましたので」

「そうでしたか。家族なんですから喧嘩せず仲良くしてください。肉親は人生の中で大事な存在なんですから」


 パトロールしていた警察官はそのまま自転車をこいで夜闇の中に溶け込んで消えていく。

 芽衣は一人でそのまま家に向かって歩いて行ってしまった。


「め、芽衣姉さん!」

「私は先に帰ってます。その人を連れてくるなら連れてくるでいいですが私にその人を近づかせないでください」


 どこまでも冷酷な態度な彼女に真紀はさらに絶望を感じたように顔に陰りがさした。

 勇気は彼女の手を引いてそのまま自宅にまで連れ帰った。

 そのあとはしばらく彼女はおとなしくリビングのソファに座り黙り込んでいた。

 手洗いやうがいを済ませ火をかけて料理を温めなおしてお皿によそう。


「母さん、ここに食事置いておくね」


 ソファの前のテーブルに勇気の手作りの料理を置いておく。

 これでも勇気は母親の虐待を受けていた頃に夕飯も一時期作っていたために料理には自身はある。


「味は保証するよ。芽衣姉さんほどにうまい料理は言えないかもだけどね」

「ユウくん、そんな奴に飯を与えることないんですよ」

「芽衣姉さんもいつまでも強情張らないで少しは家族なんだし多めに見てあげよう」

「ユウくんこそ、どういうつもりですか! 一度殺そうとした相手にそこまで優しくする価値なんてあるんですか!」


 勇気は渋った顔をしながらため息をつく。


「たしかにそうだけど、今はもう許した。それでいいよ。それより、姉さんも早く食べよ」


 どこまでもふてくされた彼女。

 その時に見えた彼女の腕の契約の証は真っ赤だった。


 ******


 夜闇の中に佇む学校。

 それはどの時代においても恐怖や闇の存在を生かすような環境を形作る。

 完全に生徒も教師も下校したはずの校舎に一人の生徒は残っていた。


「やはりそうだわ」


 廊下に着いた月光に反射されて浮かびあがった足跡。それは普通の肉眼では目に見えない足跡だった。

 その足跡はある者がいるという痕跡を示す。


「でも、なんで? 彼に強大な善意と悪意があることを意味してるの?」


 廊下の足跡をじっくりと見ながら久遠は考えこむ。

 頭の中には契約したばかりの相手、黒野勇気の存在があった。

 彼と契約してわかったことはまず彼には膨大な悪意と善意の感情が存在していた。

 一般の人にしては倍のその感情。

 今回は悪意がどういうわけか暴走して彼に復讐の心を焚きつけさせたようだった。

 その復讐に加担したことで久遠はその事実を知った。だが、同時にまずいことにもなった。彼が悪意を暴走させ復讐に注ぎ込んだことでその強大な力が契約者の自分にもフィードバックして久遠の天使としての部分に傷をつけていった。

 だらりと流れ出る白の血。このままでは堕天使ではなく悪魔となってしまう。

 本来、堕天使とは天使であった存在であり、それが邪な感情を持って堕ちて生まれた存在が堕天使である。堕天使の天使の力のもとたる『善』が消滅すれば堕天使のさらなる悪となる存在、悪魔に変わってしまうのだ。

 今日は一日、焦燥に駆られていたことを勇気も悟ったことだろう。

 久遠は少しばかりそのことを引きつってあることについて口にして考察してみる。


「悪魔なんてなるわけにはいかないのよ。それにしても彼から善意を奪い続けても奪い続けてもどうして彼から善意を取り除けないのかしら」


 苦しみに呻きつつ左腕の刻印を見た。彼との契約の証である刻印には光が宿っていない。それは善意の徴収が行われていないことを意味する。対して芽衣からの徴収は行われてるようであった。今回も彼女のそのことがはっきりと証明するような出来事が発生した。

 千里眼によって見えた二人とその二人の母親の事の顛末。

 彼女がひどく彼女を突っぱねる姿がまさにその善意を消滅した証明である。


「どちらにしても、ユウキくんには謎が多いわね。もっとも、彼を狙う輩がいるからか警察があそこまで感づくのは明らかになんらかの私のような生物がかかわってる糸を感じるわ」


 普通は女のトラブルで喧嘩をしましたで解決で済むような事件を高が生徒が優秀生徒であったからおかしいという結果で本格的な捜査に及ぶのはあきらかな通常の警察の捜査とは常軌を逸したことである。

 警察もそこまで暇な組織ではないので学校内で起きた喧嘩騒動の事件には基本的には放任的な措置を行う。つまりは事情を聞いた。3人による女をめぐったトラブルでしたか。なら、今後は気をつけることで厳重注意を促し終わりで済むのだ。

 実際、今回のこの事件に深く考えて他の意図を感じるとかまで推察できる勘のいい警察官なら今頃もっといい部署で働いてることだろう。

 たかが、一捜査官に収まってるはずはない。


「駆動とかいう警察官も調査の必要あるわよね。ん?」


 グラウンドに誰かの気配を感じた。久遠はすぐに転移の術を使いグラウンドに移動をする。

 そこには何ものかの人影。

 一体誰だろうかと目を凝らした間もなくその姿が掻き消えた。


「今のはなに? グラウンドで何をしてたのよ」


 そっと、グラウンドに歩み寄ってみればグラウンドには血がべったりと付着していた。

 しばらくして煮え立つように浮きだつ人の骨。


「っ! これはっ!」


 奇妙な光景にぞわっとした。

 慌ててその場から離れていく。

 その光景は明らかな自分たちのような異形の存在の仕業。


「悪魔がいるっていうの……」


 夜闇に羽ばたきながら彼女は心の底からその最悪の魔物の存在を口にしたのだった。

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