134-10 修行の求婚者
さて、リヒターの様子でも見に行くか。
ん?
確か帝国はあの辺に店を出していたはずなのだが、何か騒々しいな。
なんだか人集りが出来ている。
そこに知り合いであるアドロス商業ギルドの人を見つけたので訊いてみた。
「おーい、何かあるのかい?」
「おや、これは園長先生。
いやね、あれを見てくださいよ。
もう、おかしくっておかしくって」
へえ、どれどれ。
「あっはっはっは。
こいつは笑える」
「こらっ。
なんだ、そのへっぴり腰は。
もっと気合を入れて捏ねんかい。
ああ、違う違う。
そんなに力ばかり入れたって駄目なんだよ。
せっかくのグルテンが、ぶつぶつに千切れてしまうじゃあないかっ。
そんなんで腰が入るか、腰が。
麺にもお前にも、まったく腰が入っておらんわい!」
そこには、鬼師匠エバンス爺さんの薫陶を受け、ひいひい言いながらうどんを打っている帝国宰相リヒター伯爵の姿があった。
いかにも麺職人といった感じのスタイルで、ハチマキさえさせられていた。
もう、ちょっとでも手際が悪いと、ぴしぴしと乗馬用の鞭で打たれている。
いや、爺さん。
リヒターじゃなくて、うどんを打ってほしいんだがな。
天下の帝国宰相も、ここでは只の、うどん修行中の若造に過ぎない。
リヒターの奴も、もう既に涙目だ。
エリーンはそれを横目に笑顔で営業中だ。
「はーい、いらっしゃい、いらっしゃい。
ベルンシュタイン帝国宰相様が打ってくれる、美味しいうどん屋さんはこっちだよお。
こいつが食べられるのは今日だけなんだよ~」
あははは、そいつは確かにな。
どれ、どんな御味か見てやろうじゃないか。
「さあ気合を入れんか、若造。
うどん打ちとして半人前のうちは、絶対に孫娘は嫁にやれんぞ」
孫娘ー。
エリーンの奴は、もうすっかり実の孫扱いになっているようだ。
「エリーン、一つ頼む。
チビにも小分けしてやってくれ」
「はいよー」
そして出されてきたのは『坦々うどん』だった。
坦坦麺のうどんバージョンか。
「なるほど。こいつは考えたな。
寒い屋外の会場で熱くなれるメニュー。
汗もかいちまいそうだが。
しかしこいつは、おチビには少し辛くないかな」
「大丈夫でしょう。
日頃から結構辛いメニューも食べていますし、それはレミちゃん用に少し辛さを抑えてあります。
スープはエバンス爺さんの作ですから、ちゃんと子供が食べられるバージョンもありますよ」
「それなら安心だ。
それでは熱いうちに頂こうか」
うん。
確かに辛いが、少しは抑えてあるな。
それに比較的まろやかで、初めてこのスープに出会う人でも抵抗なく美味さを味わえるだろう。
案外と、この世界ではうどんに限らず普及していく定番の味になるかもしれないな。
元々は、うどんスープじゃないのだけれども。
そもそも日本の担担麺自体が、本家中国の物よりもまろやかな味の料理として出されていたはずだ。
俺は大満足で、『リヒターの店』を出た。
よく見ると急造の店には、黒地に金色の獅子を象ったベルンシュタイン帝国の国旗がはためいていた。
あー、それ出さない方がよかったんじゃないか?
なんか笑い物というか笑われ者になっているんだし。
あ、さっきの帝国間諜の女、根性が悪いな。
ニヤニヤして山本うどん店が出張販売している讃岐うどんせんべいを齧りながら、リヒターのやられている様子を思いっきり堪能していた。
まあ自国の偉いさんが、あんな風にボコボコにされているのを見るのは楽しいよな。
お次はエルフさんの店を探すかと思ったら、なんとベル君がやっているブースがあった。
御手伝い陣は彼の花嫁候補達だ。
「おや? ハーレムだね、ベルグリット」
「えー、やめてくださいよ。
ああ、はいはい、お前達。
仲良くねー」
例によってフィアと下宿の娘ミレーナがベル君を取り合って喧嘩している。
その隙に御兄ちゃん命の妹がべったりだ。
料理や御菓子作りが得意なベル君の御姉さんも来てくれていて、この人が大戦力だろう。
小学生相当の妹も、今は実家で料理の方は主戦力のようだからいいだろう。
下宿の娘の方は家の御手伝いをしているから、なんとか料理の方はこなせるようなのだが、問題はうちの大神官である『狂乱の冒険者』の方だな。
この子は一体何をしにやってきたものやら。
精霊のための御菓子作りも真面に出来ていなくて、精霊達からも失笑を買っている状態なのだが。
まあ精霊は大神官の変更に伴って入れ替えする予定なのでいいのだが、御菓子はエリや山本さんの御菓子の官給品でやるしかないな。
あの「砂糖漬けの御弁当」は精霊も気に入っていたようだが、さすがにあれではなあ。
まあ御兄ちゃんの御手伝いをという心意気だけは買うのだが、奴の作ったうどんだけは娘に食べさせたくないものだ。
「アルさん、いらっしゃい。
良かったら食べていってください。
一応、トーヤ君プロデュースなんですよ」
「ほお、どれどれ」
そして、さっと出してくれた二種類を見て思わず笑った。
「あっはっは。
こういうので来たわけね。
いいんじゃないか。
いかにもトーヤらしいな」
それは最近日本で流行っているらしい、レモンうどんとトマトうどんだった。
これは一見すると、かなりゲテモノのメニューに見えるのだが、実際にはそうでもない。
まるでイチゴ大福のような新鮮さがある。
きっと、さっぱりした風味が御酒の後の逸品にも相応しいという感じで、ドワーフの国で流行っているのかもしれない。
今日は親方達も自分のブースでは、そんな温いメニューは出してこないと思うのだが。
大体、何を出してくるのかは既に想像がついているのだ。
だから、あそこへ行くのは最後の予定にしている。
きっとこのフェスティバルの締めに相応しい、最高の逸品が出される事だろう。
しかし、ここのうどんも異世界で提供するにはなんとも言えない、些かアレな感じのメニューなのだが、スタッフも若いベル君のブースには相応しいかな。
日本でも、どんどんといろんなメニューが現れているなあ。
うどんは御爺さんの商会の人が来て麺打ちをしてくれているようだ。
あそこも稀人商品をどんどん発売しているからな。
ベル君の御爺さんは柔軟な考え方をする人らしくて、良い物はどんどん取り入れていく考えのようだった。
そういう商会なので、若い人達も色々な事に挑戦しているらしい。
そのための資金も出してもらえているみたいだし。
異世界の麺打ちに邁進する奉公人の若者達。
稀人公爵としては、なんだかこの上なく楽しくなってくるな。
そんな俺の屈託のない笑顔を見た、俺の腕の中に抱かれたレミも無垢の笑顔で笑ってくれていた。




