113-7 仲間の絆
神聖エリオンたるファルはレインボーファルスの力を解き放ち、トーヤ謹製の魔法杖を右手に構え、闇に向かい立ち向かった。
左手に持ったグリモワールを捧げ持ち、人には決して発音できぬ古代ドラゴン文字で書き記された、その聖なる文言を解き放った。
それを書き記したのは、もちろん五千年の永刻を生きた古代龍だ。
そして、その文字は俺が二つの世界を跨ぐ魔導素材で紡ぎ完成させた、魔法導線用超魔法合金『ミスマギコン』をベースとしたグリモワール専用金属魔法インク『エルグリッド』で描かれている。
「起動『祝福のグリモワール』。
闇を裂き、世界に光と祝福あれ。
世界の始まりの光と温度にかけて。
召喚、祝福の騎士」
何時の間に、そんな物を作っていたんだよ。
俺の作ったポロ専用なんていう温い物ではない、神の子仕様の物か。
中身まではノ―マークだったろうがあ。
やるな、神の子!
そして爆発する光で封印された空間を破ろうとするあいつ。
それは召喚された聖騎士であるグスタフだった。
だが彼は中へと入って来れない。
闇のグリッドが彼の侵入を阻んでいる。
なんと祝福の騎士が入ってこれないのか!
なんだ、この空間は。
織原の魔空の牢獄を越える強固さなのか!?
闇の手が再びフィアに迫ろうとしている。
フィア!
だが、それは所詮『空間』だった。
我々には彼がいたのだった。
魔法番長・織原その人が。
そしてロスの祝福が満ちた空間で彼が放ったものは。
「食らえ、ジ・アンロック!」
お、織原め。
この期に及んで新しいスキルを開発したというのか?
破られる、強固に構築された闇と暗黒。
砕ける闇の世界に現われる光の戦士。
いや光の騎士。
「一体何をやっているんだ、アル。
とか言っている場合じゃないな。
何だ、これは」
この空間に入り込むや否や、グスタフは着地する前から信じられない反応速度と体捌きを見せる。
そこから繰り出される必殺の、あの狂気に猛る魔界の鎧さえも葬る、人を越えし聖騎士の一撃。
闇の主は堪らず一歩下がる。
だが俺にはそれで充分だった。
見事、体の自由を取り戻した。
織原とグスタフが破ってくれた空間の隙間から、先ほどとは比べるべくもない無限の魔素と主神ロスの加護が、耳を通さない魂でのみ感じられる大音響となって俺の中へなだれ込んできた。
他の人ならそれを怒涛のように受けて一ミリだって動けないような、この『世界の境界』に突然炸裂する、超大型台風に荒れ狂う太平洋の波に打ち据えられたような衝撃。
それさえも、人一倍サイキックな感覚を持つ俺には、生まれた時から慣れ親しんだように手慣れた感覚に過ぎなかった。
こんなものは、さっきまでの圧倒的な質量に拘束されるような、闇の上位存在から放たれる圧力や形容しがたい己の無力感に比べたら、俺の音痴な口笛が出まくりそうなほどに温いぜ。
俺は祝福の鎧を展開し、その全ての魔力を祝福に変えてファルにぶち込みまくった。
久しぶりにベスマギル・バッテリーも唸りを上げた。
まるでエンジンパワーと併せてモーター出力まで振り絞り、最大の出力を発揮するハイブリッドカーのように、最高の祝福パワーを産み出し続けた。
放たれるファルの渾身の祝福の聖歌、フィーア・ルゥアー・オースリー。
普段の物とは桁違いの凄いパワーだ。
あの俺が作らせたグリモワールが祝福を増幅しているのか!?
あるいは、この空間内に満ち満ちた濃厚なまでの密度の魔素と加護のせいなのか。
荒れ狂う物理的なまでの圧力を持つ世界の祝福に怯む闇の者。
その隙に決定的な光の一撃を食らわしたグスタフ。
まるで世界中の光を、その一撃に集めたかのような眩しさと威力が込められていた。
聖騎士か、やっぱりその称号は伊達じゃないな。
自分のテリトリーであるならば主神ロスの力さえも封じてしまうようなとんでもない相手に、人を越えた技を叩き込むのだから。
加護を通して主神ロスの凄まじいまでの怒りと、普段であれば絶対に感じる事のない、あの神らしからぬ激情を感じる。
よほど、あいつらと性が合わないとみえるな。
俺自身にも彼女からの莫大な力が傾れ込んできているのが感じられる。
単三乾電池から供給されていた電力が、突如として工場用の三相交流電力に切り替わったかのようだ。
そして世界は光に包まれた。
突き刺すような激しい、しかし清浄な光。
それはロスの加護と交じり合い、耀きながら強まっていく。
これは……フィアの仕業か。
彼女は、そいつを決して許さないというように、涙で顔を濡らしながらも睨みつけた。
この光は彼女の強力な意思そのもの。
あいつらは、フィアのこういう力を嫌ったのか?
そういや、こいつこそ正規のロス神官なのだった。
しかも親譲りともいえる天職なのだ。
その光のシャワーのような聖気の奔流に、奴らは塩をかけられたナメクジのようにたじろいだ。
闇の黒石の地合は急速に狭まり、光の白石優勢となった神の碁盤のような世界。
すーっと、あっさり敗北を認めて後退していく闇の気配。
「負けました、ありません」ってか。
気が付くと穏やかな光の大気の中に、ファルの祝福に癒されたフィアの両親が微笑んで立っていた。
「ううっ、行かないで。
御父さん、御母さん」
そう言って泣きすがるフィア。
だが優しく微笑み、その頭を撫でながら、それを見守る両親。
「私達は、ずっとあなたの事を見ていますよ。
可愛いフィア。
私達の娘。
どうか幸せにね」
「御父さん、御母さん!」
だが、その声も虚しく、彼らは白く吸い込まれるような光の中へと消えていった。
急速に下がっていく闇の者に向かって、俺は召喚した全ての精霊十億体の力をぶつけてみたのだが、野郎にはついぞ届かなかったようだった。
多少撃退の足しになっただけのものだ。
まったく忌々しいったらありゃあしねえ。
くっそ、いつかこの落とし前はつけてやるぜ。
「なんだったんだ、ありゃあ」
只の幼稚園の行事だったはずなのに、豪い大惨事になってしまった。
本当になんだったんだ~!
「大丈夫ですか、園長先生」
「ああ、織原。
よくやってくれた!
このピンチ、このタイミングで新スキル開発か?」
「あ、いえ。
その、例の、今回作ったグリモワールを使っただけなんですけど。
あー、なんていうかその、童貞のままじゃ死ねないっていうか。
えー、ごにょごにょ」
おそるべし、織原。
さすが三十歳を待たずして魔法使いになっただけの事はある。
こいつの童貞パワーが世界を救ったというのか!
だが俺の中で、古き神の一柱アエラグリスタ神はいつに無く饒舌だった。
(魔王よ。
あれは世界の裏側にいる者。
というか、世界が在るというのなら必ずそこに在る者よ。
世界は、そうやってバランスを保ってきたのだ。
まだ、この宇宙が生まれる前よりもな。
だから気にするな。
今回は不幸で偶然な出会いだった。
おそらく、もう二度と会う事はあるまい。
あれは人が退治できるようなものではない。
我等神が不滅なのと同様にな)
えー、それはつまり、俺に逆襲の機会は無いっていう事なのかよ。
(あれは神の対比たる存在、不滅の悪魔っていう事なのか?)
(そうではない。
ただ我等神と同様に、御互いに在る事により世界のバランスを保っているだけの事。
神とか悪魔というお前らの概念で言い表せるようなものではない。
それは、お前達人間の心の中にだけ在るものだ。
おそらく彼奴らも闇に在るのに少し飽きただけの話であろう。
我が退屈していたのと同じくな。
あのフィアという娘が、その世界の境界の場所へと現世から無用に踏み入ったが故に、たまたまこういう結果になったまで。
本来ならば我ら神とは違い、人が交わる事など一切無い者ぞ。
だからお前が気にしたところで、どうにもならぬ。
これは世界の大いなる理の話よ)
(それでは!
奴はまだ早いと言っていた。
フィアは世界にとり、居てはならない存在だとでも言うのか!?)
俺はギュッと拳を握り締めた。
あいつも俺が預かる家族の一人なのだ。
そんな事は無いのだと信じたい。
あいつは、あれでも結構頑張っているのだ。
上司として、それは認めてやりたい。
だから今回もこのような機会を設けたのだから。
(そう思うのはお前の勝手だが、世界はそのように単純な物ではない。
生物は、人は、命は、遍く世界で様々な進化を目指す。
だから、この世界もある。
また、お前達の世界たる地球もある。
それらは、そう在るべく定められしもの。
それが命というものよ。
だからこそ命は尊く、そして我等神もそのために在る。
我等に出来るのは、愛しい命ども、子供達に仕度を整えてやり、後はただ見守るのみよ)
あんた、そんな事を考えてくれていたのかよ!
数十億年にも渡って。
只の残念神様だとばかり思っていたのに。
でもちょっとだけ嬉しいかもな。
そっと蔭から自分達を見守ってくれている大いなる者がいる。
それだけで勇気が湧くようなシーンもあるんだ。
さっきのフィアのように。
フィアには、人間が行き着く全ての可能性が秘められている気もするし、同様に今回のような危うさも秘めている気もする。
だが、決して失ってはならぬ者なのだと。
俺は危機の中、セブンスセンスでそのように感じ取った。
そもそも、こいつも俺の家族のようなもんなんだしな。
それに。
ああやってベル君に抱きついて泣きじゃくっているのを見ればな。
加えて、あの両親ときたら別れ際に、俺に向かって馬鹿丁寧な御辞儀をしていったのだ。
はいはい、俺があなたの娘の上司たる大司祭アルフォンスさ。
娘さんは確かにうちで預かっていますから。
あの世からちゃんと見守ってやってくれよ。
まったく、御宅の娘さんときたら本当に手が焼けるんだからね!
「もし叶うのであれば。
いつか、こいつの親の顔が見てみたい」
世界は突然にして偶発的にありえないような危機に瀕したが、常々そう思っていた俺の願望だけは叶ったようだった。




