78-5 多分、今までで一番大変だった結婚式
式の当日、浮かれるジェシカにミレーがにこにこして付き添っていた。
今日はミレーも子供体型だ。
ジェシカのドレスの裾を持ちたいのに違いない。
相方はファルが務める予定だ。
女の子ばっかりの組み合わせにになってしまうがなあ。
まあいい。
この組み合わせなら、当然ファルの方が子供用タキシードだな。
「ジェシカ、浮かれるのはいいけど、地に足はつけておけよ」
「大丈夫よ~。
私が今までどれだけ他人の結婚式をやってきたと思っているのー。
アルさんは、おじさんだから心配性ねー」
ララララーっといった感じで、両腕を頭の上に広げて宝塚風に踊りそうな感じのジェシカ。
まあ美少女なんだから、そうしていたって絵にはなるのだけれども。
やれやれ。
結婚式をやったといっても「他人」のな。
これが「自分の」になると、凄く緊張して何かをやらかすような奴も世の中には五万といるわけだが。
今日はフィアよりも、こっちの方が心配だ。
「ジェシカ様~。
御結婚おめでとうございます~」
これまた、にこにこしているフィアが現れた。
ドレスを着てベル君の隣に立つ日でも夢見ているんだろうか。
まあこの粗忽者には、あの子くらいしっかりした御婿さんで丁度よいのだが。
「さあさあ、花嫁さんがドレスに御着替えの時間ですから。
アルさんは出ていってください」
俺は追い出されたので、サポート軍団と打ち合わせをする事にした。
全員が花嫁や大神官見習いのサポに飛び出しても目立たないように、真っ白で動きやすい格好にしている。
俺も本来なら黒い礼服が良かったのだが、白いスーツを着ている。
女性陣も白いズボンタイプのスーツだ。
面子は前大神官レーナ・帝国大神官マリーナ・エリーン・真理といった面々だな。
結婚式の日に女性が白の装束というのは少々いただけないというか、花嫁さんと色合いが被ってしまうので、こういった格式のある結婚式への参列の作法からは少々逸脱するのであるが、まあドレスではないのだし非常事態なので止むを得ない。
これに関してミハエルの了承は貰ってある。
俺と白銀竜バルドス、そしてアルバ大神殿の精鋭神官である若い男女の神官を各五名、他にゴーレム部隊を多数配置した。
敵に対して厳重に警戒した事は今までも数多いが、「味方」に対してここまで備えるというのは実に珍しい事だ。
フィアがとてつもない大物なのに加えて、ジェシカが浮かれまくっているからな。
向こうの親族の目の前で、肝心要のここでジェシカに味噌をつけさせるわけにはいかない。
そして、いよいよ結婚式が始まった。
厳かな音楽が静かに響く中、アナウンスが流れる。
「花嫁さんの入場です」
王宮の女性文官さんの落ち着いた声が流れてきた。
これならジェシカも安心できるかな?
などと言っている端から、会場に入ってきたジェシカが早速ドレスの裾を踏んだ。
後ろに立って裾を持っているミレーが動けないので、素早くファストとインビジブルをかけたエリーンが駆け寄って支えて助け起こし、何事もなかったかのように式は進行した。
ジェシカが豪く緊張しているのが見てとれる。
言わんこっちゃない。
だから言ったのに。
(大丈夫ですか? ジェシカちゃん)
(あ、ありがとう。エリーンさん)
(どういたしまして。
気を付けてください。
足取りが物凄く覚束ない感じですよ)
(う。自分でも、こんなに緊張するなんて思ってもいなかったの~)
さすがは腕利きの冒険者だ。
とっさの行動は、でかしたとしかいいようがない。
「よくやった、エリーン」
「えへへ~。
でも、まだまだ油断は大敵ですよー。
ジェシカさんがだいぶ緊張されていますし、他に大物も御一方いらっしゃいますしね」
うむ、まさにその通りだ。
頑張れ、ジェシカ。
とりあえず、頼りになる花婿の隣まで辿り着け。
それから俺達はフィアのフォローだな。
グスタフは全く緊張していないようだ。
既に来賓である他国の王達も勢揃いしているのだが、どこ吹く風といった風情で、花嫁に向かって優しく微笑みかけている。
その上品な所作は、さすが元は上級貴族の出身と思わせる風格があった。
フィアの後ろにはレーナとマリーナとバルドスが控えている。
そして神官達も。
いくらなんでも、この面子でフォローしきれない事はあるまい。
あと秘密兵器も用意してあるのだ。
式場の中へ入ったので、義理の父親である親方がジェシカの手を引いてくれた。
うん、マジで小さな女の子とパパの組み合わせにしか見えないスケール感だわ。
そして、ここでジェシカがコケた。
「うわっ」
思わず小さく叫ぶジェシカ。
だが親方が微妙な手首の動きだけで絶妙に支え、あっさりと大惨事は防いだ。
そしてシュバっと駆けつけた不可視状態の真理とエリーンが体を支え、何事もなかったかの如くに式は進行している。
親方も相変わらず見事な体術というか、体捌きというか。
そして眉一つ動かさずに、出来たばかりの愛娘を慈愛の瞳で見下ろす。
ジェシカにとって生まれて初めて与えられた具体的な父の愛。
それが特に感動的なシーンで表されたんじゃないのが、またなんなのだがなあ。
傍からは少し立ち止まって、少々体が揺れたくらいにしか見えないだろう。
まあ面子が面子だけに不祥事が起きた気配を感じられる人達も多数いるのだが、優しく見て見ぬ振りで彼女は生暖かく見守られていた。
周囲の暖かい気遣いに感謝する。
ハイドの国王や、うちのシャルロット王妃などには何が起きたのか丸わかりだろう。
ミハエルもやれやれといった感じで見ていた。
「ふう。
心臓に悪いな、おい」
「あははは。
一生に一度の晴れ舞台ですもの。
緊張もするわよ」
何があろうとも、あんな緊張はしなそうなホムンクルスの御姉さんが、素早く原点復帰して事も無げに言った。
そもそも、この子は結婚だってしないわけだしな。
道中は顕現していない大神殿の精霊達に囲まれて、暖かく励まされながら必死に歩くジェシカ。
グスタフの家族にも見られているのだ。
あまり無様な姿は見せられない。
その後、何度も何度も粗相を繰り返しながらも、入れ替わり立ち代りフォローされてなんとか花婿のいる場所まで辿りついた。
人々は、他人の結婚式は何度も毅然とした態度で執り行ないながらも自分の結婚式に対して異様に緊張する可愛い花嫁に向かって、暖かい視線を投げかけるのだった。
だが、ここで惨事は起こった。
フィアが蹴躓いて、結婚指輪を載せた盆から指輪を激しく宙に飛ばしたのだ。
それは一瞬の出来事であった。
異様に緊張する花嫁に皆の意識が集中する微妙な空気の間隙をつかれたというか、なんというか。
「あいつめ!
ついにやりやがったか」
俺はジェシカに対して極度に注視していたあまり、迂闊にも出遅れてしまった。
そもそも俺は大司祭ポジションなので、軽々しく動けない立場でもあった。
さすがに大司祭服に身を包みながら常時魔道鎧を発動しているような訳にもいかない。
その奇襲ともいうべきタイミングは、さすが【狂乱の冒険者】と二つ名で呼ばれた冒険者だけの事があるな。
なんというか、呼吸の問題?
誰も一歩も動けない、そんな阿吽の呼吸とも言うべきタイミングの中で惨事は起きた。
だが、フォロー体制にあった全員が「あ」と思った瞬間、間髪入れず鮮やかに走りこみ、二つの指輪を両手の先で弾き飛ばし、速やかに盆の上へと復帰させた者がいた。
次の瞬間には、僅かも跳ねる事さえなく、指輪は静かにその本来の居場所に佇んでいた。
まるで「はて。今、何かございましたか?」とでも言いたいが如くに。
その超ファインプレーを披露してみせたのは、今世界で一番年季の入ったSランク冒険者であるアルスである。
咄嗟な事だったので考えるよりも先に体が動いていたからインビジブルもかけておらず、その姿は見事なまでに全員から目撃されていたのだが、出席者の皆は華麗にスルーしてくれた。
その間にフィア自体は、レーナにフォローされて、きちんと立て直されていた。
全てが何事も無かったかのようにプログラム通りに進行していた。
国王陛下は、それを面白そうな顔をして眺めている。
栄えあるアルバ王宮における結婚式、しかも世界で只一人の聖騎士侯とアルバ大神官などという至高の組み合わせによる結婚式で、こんなに愉快な見世物が演じられる事など金輪際無いのではないか。
もしそのような珍事が再びあるとしたら、その主役を粗忽者のフィアが務める日なのは間違いないところだ。
その時は、せめてこの程度で済めば御の字だよなあ。
何しろ、こいつのユニークスキルときた日には。




