57-4 竜宮城へ
お次は潜水艦を試してみた。
構造材を除いた全身が超強化ガラスで出来ており、強化をかけた上にバリヤーを張り巡らせてあるので簡単に壊れるものではない。
地球の観光用潜水艦では、どれくらいの面積がガラス化されているのかわからないが、二十メートルくらいは潜れるのでなかったか。
ああいう物はどんどん低コストになっていって進化するから、すぐに性能は上がるのだろうが。
うちのはもっと、いくらでも潜れるんだけどね。
まあここは島の周囲の海だから水深はそうたいした事が無い。
地球の最新の物は、どれくらいの性能なのだろう。
「わあ」
またもやシルがガラスにべったりだ。
ナターシャ妃も草原育ちなので海には縁がない。
もう海中の、まるで竜宮城のような風景にすっかり夢中の御様子だ。
男衆は海中劇場を肴にのんびりと酒を嗜んだ。
「こういうのも悪くはないな」
「まったくですねえ」
日頃、書類の波でサーフィンしている連中が、本日は完全にまったりモードだ。
この辺の人は割と息抜きが上手な気がする。
王太子殿下はナターシャ妃と出会って少し変わった。
要領よくしないと婚約者(恋人)と一緒に遊べないからな。
ミハエル、あいつはもう駄目駄目だな。
またいずれ異世界五月病の餌食になるだろう。
まあ、俺もああいう不器用なタイプは嫌いじゃないのだが。
海は魔王海軍所属の「三つの僕」に守らせておくと鉄壁だが、奴らを呼ぶと魔物だけでなく魚などの海の生物が一匹もいなくなってしまう。
魚のいない海中ほど殺風景な物もそうない。
うちの半魚人っぽい感じの水中型ゴーレムが警戒しているので、ここの海は安心だ。
ついでに連中には漁をさせている。
元々は海産物の採集用に作った連中だからな。
のんびりしていたが、もうじき御昼時だ。
「そろそろ上へ行きましょうか」
ゆっくりと浮上した潜水艦が、そのままレビテーションで甲板へと持ち上げられた。
そこは、スーパーヨットの甲板だった。
外国でヨットというのは日本でいうクルーザーのことだ。
主にエンジンタイプのクルーザーを指す。
それがまったく理解出来ていなくて、「何がヨットだ。ヨットっていうのは帆船の事なんだよ!」とネットで息巻いている馬鹿な若造をたまに見かけるが、あれは只の勘違いというか単に物を知らないだけだ。
日本で言うタイプの帆のついたヨットであるなら、大型の船はスーパーヨットセイルと呼ばれる。
あれも基本的には動力付きなのだ。
大昔の帆船をリニューアルしたようなビンテージタイプや、あるいはヨットレース用のように完全なスポーツ帆船は動力がついていないかもしれない。
普通は非常時用に小型でも発動機を積んでいるはずなのだが。
小型帆船のオーナーさんが大型ヨットのオーナーに対して僻んでディスった発言をしているのをネットでよく見かけるが、さすがにあれは痛々しい。
そういう真似をするのは大概が、そういう物が手の届かない場所にある事が完全にわかってしまった年寄りだ。
その気持ちは俺もよくわかるが、まあちょっと見苦しいかもなあ。
若者は素直に「いつかは俺も」と眩しく見上げるだけなので、そういう事はない。
この船のようなエンジン航行オンリーの大型クルーザーは、スーパーヨットモーターと呼ばれる物だ。
「栄光のアルバトロス号」
これは全長百五十メートルで、地球最大クラスではないが、今ではスーパーヨットを越えたギガヨットと称されるような百メートル越えのクラスだ。
魔法金属製である船体の頑強さにおいては地球産などとは比べるべくもない。
寄る波の衝撃をすべて微塵も残さずに往なしきる。
甲板が広く設計されているタイプで、このように小型潜水艦をそこに上げておくこともできる。
それも魔法がないと、それなりに大型のクレーンが要る。
通常の搭載ボートサイズなら、地球産のスーパーヨットでもカパっと開いた船腹から内蔵クレーンで持ち上げて、船内格納庫に仕舞っておけるが。
特別な、図体が大きくて邪魔な装備は収納に仕舞っておけば何も問題はないのだが、さすがにそれでは趣に欠ける。
普通のスーパーヨットは、色々な設備や室内にスペースを割くので甲板がそれほど広くない。
プールだのオーナーが寝っ転がるスペースだのに割かれてしまう。
ロシアのヤバめな富豪あたりが乗っているものは、敵に襲撃された時に、そいつらが部下に撃退されるまで潜っているための「水中退避」のために船底から潜水艇が出る物もあるらしいが。
御昼はこの船のアッパーデッキ、最上階のオープンテラスで昼食だ。
俺達はまず船内に入り、それから魔導エレベーターホールへ行き最上階へ向かう。
魔導エレベーターは地球製の物よりも、若干ふわーっとした感じがする柔らかめの乗り心地だ。
それでいて、あまりふわふわと落ち着かない挙動ではなく、ピシっとして締まっているのでいいのだ。
昔のアメ車のサスみたいな、ふわふわした柔らかい感じだと逆に気分が悪くなったりする。
だから、うちの魔導エレベーターは初めてエレベーターに乗る人間でも気持ち悪くなったりはしない。
サンシェードとなるパラソルの下にあるテーブルについて、調理人のゴーレムが屋外ギャレーで昼食の支度をしてくれた。
簡単なバイキング形式や、バーベキューなんかにも対応してもらえる。
「向こうの世界では、こんな風にして船上で楽しむのですか?」
興味津々といった感じで王太子殿下が訊いてくる。
「ああ、とんでもないお金持ちだけはね。
一般人には絶対に無理ですよ。
もちろん、あなたの御先祖様である船橋武や私にも無理です。
だから、こっちで御楽しみとして作ってみた物なのです」
このサイズの大型スーパーヨットだと、ワンウィークレンタルだけでも現在持っている日本円資産の十分の一以上が余裕で飛んでいくからな。
それから、食後に船内のサロンでゴーレムの奏でる生演奏を楽しんだり、ジェットスキーやボート遊びを楽しんだり、この世界風のボートに乗って人魚型のゴーレムを出して押してもらったり。
水着になって広いジャグジープールで、みんなとゆったりと過ごした。
シャンパン片手に、ゆっくりと浸かったりして。
ジャグジーの隣にはゆっくり寝そべられるベッドのようなスペースもある。
ゆったり寛げる非日常空間、それがこういう物のいいところだ。
なんで日本語でジャグジーって言うんだろうな。
アメリカだとそれでは通じない。
スイートルームのジャグジーバスが故障してフロントに言った事があるが、ジャグジーの発音だとまったく通じない。
確かスペルからの読みだとジャクージになるんじゃなかったっけか。
全然違う言葉だわな。
また日本人の発音だと、カタカナ読みじゃ通じないかもな。
船遊びをしていると、あっという間に日は落ちて、洋上の真っ赤な夕日は息を飲むような迫力があった。
この世界でも天空に鎮座ましましている巨大な核融合炉の佇まいは地球と何ら変わらない。
夕食は和洋折衷のような、日本の高級ホテルで出されるような内容だった。
それでも高貴な生まれの人達が満足してくれる物ではあった。
ゴーレム達も日々精進している。
部屋はスイート、俺達夫婦はオーナースイートだ。
通常に見られる洋風の配置ではなく、この船には日本式の風呂も備えてあり、日本人でも落ち着ける作りとなっている。
また夜が来ちまったな。
洋上では星が滅茶苦茶綺麗に見える。
この世界はメジャーな星座が地球と同じだ!
だが、必ずしも同じだというわけでもないらしい。
実に不思議な世界だ。
窓から感慨深げに星を眺めていたら、背中から声がかかった。
「あなた。
一緒に御風呂はいかがですか?」
おっと、御誘いが来ちまった。
昨日シルが先に寝ちまったからか。
「ああ、わかった。行くよ」
シルはもうガウン一枚だけになっているようだ。
俺もそうして、バスルームに御湯を張った。
それから彼女は俺の頭を両手で挟むようにして、顔や頭を軽く撫で回すようにし、そっと背伸びをしてきた。
顔を離した時には、彼女のガウンは、はだけてしまっていた。
俺もガウンを脱いでハンガーにかけた。
そして彼女の分もかけてやった。
シルは、その眩しい肢体を少し隠すようにしながら、頬を赤らめた。
「明るくて、ちょっと恥ずかしいですね」
「いや、それは風呂場だからそうだろ」
俺はシャワーのお湯を出して彼女を呼び寄せた。
「おいで、奥さん。
洗ってあげるから」
その後で俺達はベッドの中にいた。
彼女の息遣いが熱く届く。
俺は、この世界で結婚したのだ。
元より、あのチビ達を置いて元の世界へ帰るつもりはなかったが、こうして所帯を持つというのは、また違う。
俺は武と同じ道を行くのだ。
ここで残りの一生を生き、子供を育て、家族と共に生きていく。
そして、いつかここで死んでいくのだろう。
シルの体温を感じながら、俺は今初めて自分がこの世界の一員になったような気がした。




