56-5 千年の忠義
「おい、お前。
ロドスとかいったよな。
俺は実質、お前の主人を討った男なんだぞ。
それなのに、お前は俺に仕えるというか。
千年の主君の仇を取ろうと思わないのか」
だが、そいつは即座に真摯な表情で首を左右に振った。
「それも運命にございましょう。
かつての我が主人も以前は大変に聡明な方でした。
しかし、無碍な周囲の環境があの方を大きく変えてしまいました。
それは大河の流れの如くに止めどもなくあの方の心を蝕み、この当代の家宰たる私にも止められませんでした。
長きに渡り先祖代々あの家を見続けて、また若き頃より御仕えしたあの方の心の内、その全てを知りながら。
王家を守る礎であるはずのバイトン公爵家があのようになってしまったのは家臣、いや責任ある家宰である我がヘルストン家の不徳でもあります」
そうだったのか?
そういや、バイトン公爵は国のため自ら王位継承権を捨てて公爵家に入ったと聞いたな。
「アルフォンス様、どうかこの国のため公爵家を御継ぎくださいませ。
微力ながら、我が一族も誠心誠意御手伝いさせていただきます」
ロドスは、日本でもっとも丁寧な御辞儀の如く、深く深く体を折って頭を下げた。
いやあんた、いきなりそんな事を言われてもだね。
「アルフォンス様、これから宜しく御願いいたします」
そう言って花嫁姿のシルベスター王女が俺に寄り添った。
寄り添ったのだが……。
(お前、何を考えているんだ?
というか、その格好で笑いを堪えながら寄ってくるんじゃねえよ!)
(だってえ~、私も今朝御飯の最中にいきなり聞いたんですよー。
御味噌汁、噴いちゃいました~)
(どうすんの、これ!)
(どうするって言われましても……これはもう)
(おい、マジか!)
「さあさあ、御仕度を早く。
新しい息子よ!」
俺は王妃様に押されて、ぐいぐいと着替え用の部屋へと連れて行かれた。
ちょっとお。
強引だな、おい。
いや、この人の場合はこれが平常運転なのか。
俺は王妃様自らにひっぺがされて、その場で純白のタキシードを着せられてしまった。
思わず呆然とするしかない俺。
「ね、ねえ、ロッテ様?
あんた本気?」
「ええ、もちろん!」
ああ、言い切られちゃったよ。
そして、彼女は俺を逃がさないように小脇に挟んで持ち運んだ。
おいおい。
それに、なんて力だよ。
「それでは公爵様の気が変わらないうちに式を始めてしまいましょう!」
おーい、ちょっと待て!
あんたって人は、人の話を聞いていますかあ?
はっと気が付くと、どうした訳かポールとマリーが傍に来ていた。
ありゃあ?
そして、ポールがしっかりとした口調で言った。
「アル御兄ちゃん、いえグランバースト公爵様。
御結婚おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
おお、ポール。
いつのまに、こんなにしっかりした口が利けるように!
いやいや、違う。
つい勢いで、ありがとうなんて言っちまった。
「お前達、何故ここに?」
「御姉ちゃんに言われて。
御嫁さんが急遽一人増えたからって」
ドレスの裾を持つ役なのかいっ!
マリーも凄いおめかしをして、わくわく顔だった。
うーん、ちょっと頭を抱えたくなったのだが、下の方から俺のタキシードの裾を引っ張る者がいた。
なんと、それはレミだった。
「おいちゃん! けっこんおめでとう~」
うーん、こう来ましたか。
王妃様はあざといな。
腕組みなんかしてニヤリと笑っていないでくださいよ。
俺は、おチビを抱っこして訊いてみる。
「レミは、おいちゃんが結婚しちゃってもいいのかい?」
「うん。
だって、でていかないってやくそくしてくれたもん」
ああ、確かにそういう約束はしたっけな。
やれやれ。
それから俺はシルの方へと向きなおった。
「お前はいいんだな?」
「いいも悪いも。
ねえ」
シルが笑いながら、レミを俺の腕から抱き上げた。
「レミちゃん。
わたし、今日から園長先生の御嫁さんになるから宜しくね」
頬ずりしながら、彼女はレミに優しく笑いかける。
レミは可愛らしいミミをピコピコさせながら、顔馴染みの王女様であるシルを見詰めていた。
そして紅葉のような可愛らしい手の、小さな小さな指で彼女を指差して天使のように微笑んだ。
「おいちゃん。
およめさん、とってもきれい!」
はいはい。
わかりました、わかりましたよ。
かくして、あまりにも唐突ながら、アルバトロス王国は一つ欠けたままの公爵家欠員を補充する事になった。
そして、ザイード王国・ベルンシュタイン帝国・アルバトロス王国・初代国王所縁である稀人の国日本、その全ての国縁を紡ぐ合同結婚式が執り行なわれる事と相成った。
マジか。




