グラヂュエイションデー
三月一日。
本当なら、この日葵ちゃんは高校の卒業式を迎えているはずだった。
それならば、せめて卒業式だけでも同級生と一緒にという事で、我がケモミミ園においては大人の配慮を見せる事になった。
葵ちゃんの学校へ連絡して、PC接続の手筈を整えてもらったのだ。
先方には最初ひどく驚かれたのだが、詳細は彼女の同級生に確認してくれと言っておいた。
彼女達は葵ちゃんと色々やりとりしていたからな。
それらの確認が済んで学校から連絡を貰った。
そもそも彼女の失踪の状況自体が異常な物だったからな。
事件はテレビでも報道されていたし、警察や自衛隊も学校へ来たので学校側もそれは十分に把握出来ている。
単位や出席日数が大幅に足りないので正規の卒業は不可能なのだが、卒業式への異世界間通信回線を通しての参加は正式に認められた。
葵ちゃんは学校帰りにこちらへ来てしまったので、こちらの世界へ来た時に制服を着ていた。
再生してコピーしてやっておいたので、そいつは傷んでいない。
胸に赤い花を付けるらしいので、コサージュのキットを作成してみた。
俺は不器用なので、そいつはエリに作ってもらった。
この子はこういう事も上手い。
うちの子達の卒園式でも、こういうのをやってみようか。
コサージュは幼稚園の授業で作って。
サプライズで、当日に彼女の高校と繋ぐ手筈を整えた。
葵ちゃんには卒業生代表の答辞をやってもらおうと思っている。
ドッキリを向こうで演出してもらうように、元担任教師を通じて同級生の子の連絡先を入手した。
葵ちゃんがよく話してくれる仲のいい子達なんで俺も名前は知っているし、向こうも俺の事は知ってくれている。
俺が投稿した動画を集めたサイトにブログや、他に小説なんかも読んでくれているようだ。
みんな結構喜んでくれて、向こうでの支度は任せてくれと言ってくれた。
卒業式当日に葵ちゃんの両親も呼んでくれるそうだ。
前回は、魔法映像を日本に送る実験もやってみたが上手くいかなかった。
日本には魔素が無いのだろう。
こちらでは、世界を埋める魔素の海が情報やエネルギーの伝達を全てやってくれるのだと思う。
そういや、精霊魔法を試してもいいかもしれない。
使う必要が無いどころか、こんな素敵なイベントが待っていたじゃないか。
駄目な場合は仕方が無いのでリアルタイムではない只の映像のみだ。
というわけで、真理さんの家に精霊魔法で立体映像を映し出す実験をしてみる事にした。
こいつは少し工夫をしてみた。
こちらの映像を映し出しながら、自分の目には向こうの映像が映る魔法だ。
こいつは凄く臨場感のある魔法になるが、使用する際は気を付けないといけない。
何しろ体がこっちにあるのだ。
うっかりと感極まって走り出すと、壁と喧嘩する羽目になる。
こちらの世界で誰かが葵ちゃんの両手を引いていてやらないといけないかもしれない。
まず実験として真理さんの家のPCに魔法PCを用いて回線を接続し、それをルーターとして使用し精霊魔法の映像をこちらから送る。
更に、その映像の位置からの視覚情報を、こちら側に送って視覚と同期させる。
それを複数同時にこなすのだ。
かなり制御が難しいので、最初はミレーやジョリーに手伝ってもらうことにした。
「おっとっと。中々難しいなー、これは」
「なあに、すぐ慣れますよ」
ミレーはニコニコしながら軽くこなしている。
さすがは本家の高位精霊だけあって、精霊魔法の使い方では絶対に敵わない。
「御館様、これは中々いい感じではないですか。
これが、あの船橋殿の、そしてあなたの居た世界なのですね。
実に興味深いですな」
反対方向の接続を担当しながら、ジョリーも話しかけてくる。
うん、そして君達の大好きな、あの御菓子達の故郷だ。
なんとか映像は繋がったみたいだ。
最初、視界がぼけていたが、なんとなく見えてきた。
お、ピントぴったり。
目の前に真理さんがいた。
こうしてリアルな感じに見てみると、二人の真理の違いがよくわかる。
うちの真理は十六歳くらいの姿で固定されているが、こっちの真理さんは微妙に御姉さんだな。
まだ十分に美少女の範囲内だけれど。
「ちわ~」
「こんばんは、園長先生」
「おおー、ここが武の家なのか~」
そこはマンションで、割と普通の感じのところだった。
彼らの両親が残してくれた物だと聞いている。
「うん、ちゃんと映像になっているわよ。
怖いくらいリアルに。
本当に目の前に人間がいるみたい」
よし、成功だ!
「うひゃひゃひゃひゃ」
「ど、どうしたの?」
「いや、子供達が俺の体に悪戯しとる。
相変わらず碌な事をせんわ。
武の奴も子供を大勢連れていたらしいから、こんな感じだったんじゃね?」
「あははは。
そうかもしれないわねー」
複数の人間のコントロールを試したいので、山本さんにも御登場願った。
やはり地球には魔素が無いようなので、端末から離れてしまうと、すぐに姿がぼやけてしまう。
真理さんは「なんとなく気分で」と言いながら俺達の前に御茶を淹れてくれた。
並べてくれた御茶菓子も、なんとなく懐かしい奴だった。
俺は持ってこなかった奴だ。
俺がなんとも言えないような目で見ているので、包装を取って「はい、あ~ん」とやってくれた。
もちろん俺もあーんをするだけで食べられないのだが、そこは気分だけという事で。
まあ、次元を越えた御飯事だな。
アイテムボックス機能で御菓子の目視収納を試してみたが、もちろん無理だった。
もしも街のあちこちに、このネットの双方向のシステムがあるならば、こういうバーチャルな感じで街中を歩けるだろう。
その場合は送った映像を、本体とは別に、自在に映像を動かすシステムが必要になるが。
今でも同時に接続状態にある端末から端末までを、短距離を動かすくらいならば可能だ。
作る事が出来たら、俺達こちらにいる三人の日本人は、リアルタイムで日本の街をバーチャルに歩く事が出来るはずだ。
日本側で、相当協力してくれる人間が必要だけれども。
あと長時間移動しながらの接続に耐えられる端末と回線網が必要だ。
でも、やってみても面白いかもしれない。
また掲示板の奴らに頼んでみるかな。
「これなら卒業式はなんとかいけるかなあ」
「頑張ってね」
「おう、ありがとう。
じゃあ、ログアウト」
俺と山本さんは、無事に地球から帰還を果たした。
まあヴァーチャルなんで、最初からずっとここ異世界に居たわけなんだが。
ふう。
システムというか、魔法は終了させたのだが、なんか違和感がある。
いきなり世界が変わるというか、一瞬にして日常に戻るからというか。
一旦日本の風景に馴染んでからこちらへ戻ると、なんだかこちら側の光景に妙な違和感を覚えてしまうのだ。
日本は五十年以上暮らした世界なのだから無理もないのだが。
しかして、今この異世界が俺にとっての現実なのだから。
卒業式の当日になって、朝からシステムの調整に入った。
失踪当時に葵ちゃんの担任をしていた先生が、朝早く来てくれてシステムの調整に付き合ってくれた。
魔法PCが接続する端末が無いと通信が行なえない。
俺は無事に映像のみで日本に顕現した。
まるで精霊にでもなったような気分だ。
「やあ、先生。
御蔭様で良い具合です」
俺は、学校の体育館で双方向の映像としてその先生と向き合っていた。
「それはよかったです。
しかし、未だに信じられない。
ある日突然いなくなってしまった教え子が異世界なんていうところに居たなんて。
あの子は日本に帰ってこられるんでしょうか」
「はあ~。
我々も帰りたいのはやまやまなのですがねえ。
今のところは帰る方法どころか手がかりすらもないようですし。
報道や、我々と同様の行方不明者が載った政府のサイトを見れば、どうやら我々三人以外にも異世界行きになった人は大勢いるようなのですが、彼らは一体どうなってしまったものやら。
生きていただけ、我々は運がよかったですよ」
俺の場合は他の二人と違い、チートがなければ最初の二日か三日ほどでグリオンに喰われて確実に死んでいた。
それも元から持っていた能力に助けられて生き残ったようなもんだ。
まあ色々なしがらみも出来ちゃったから、俺はアスベータで暮らすけどね。
というか日本へ帰ったら、ほぼボッチだもの!
正直に言って、絶対に地球へは帰りたくない気持ちでいっぱいなのだ。
日本と自在に往還できるというのなら、あれこれと片付けたり買い物したりで帰るのは構わないのだが。
答辞の原稿は生徒会の人が用意してくれてあった。
誰かが体育館の舞台の上の机の前で、それをめくって見せるようにしてくれるようだ。
葵ちゃんには前の日から「明日は大切な用事があるので、早起きしてね」と言っておいた。
「えー、何の用事かな~。
それ楽しい事ですか~?」
「まあ、明日の御楽しみという事で!」
サポは真理に頼んである。
あと、山本さんにも。
他に向こうの事情がわかっている人はいないからね。
彼も今回の企画を非常に喜んでくれていた。
「葵ちゃん、喜んでくれるといいですね」
いや、泣かせたいんだけどね。
ニヤッ。
体育館には、もう生徒達が入ってきているようだ。
葵ちゃんの友達を見つけたので手を振っておいた。
「井上さん、チース」
この子は真紀ちゃん。
はっきり言って、言動その他すべてが軽い!
ちょっと髪の毛を茶色に染めているみたいだな。
「こんにちは」
玲ちゃんはショートカットの髪型の大人しめの子だ。
「どうも、準備の方はいかがですか」
澪ちゃんは、元生徒会の大人っぽい子で、髪をストレートのロングにしている。
今日、この子がマンツーマンで葵ちゃんをサポしてくれる手筈らしい。
「ああ、いい感じだ。
しかし、高校の体育館なんて懐かしい。
向こうでも本式の奴を作ってみるかな。
こうやって久しぶりに実物を見るとイメージが湧くね」
(真理、葵ちゃんの支度は出来たか?)
地球では、多分念話も使えないから不便だろう。
武の作った冒険者カードがあれば念話が使えるのだが、魔素の海の中でないと使えない。
真理は武の作品だから、念話機能は標準装備だ。
(ええ、大丈夫よ。今説明したところだから)
「園長先生~。こ、これは一体」
「ああ、今から日本の君が通っていた高校の卒業式で、卒業生代表の答辞を読んでもらうから。
新システム起動するぞ。
ログイン萩原葵」
一瞬にして、体育館の中に制服に赤いコサージュを付けた葵ちゃんが現れた。
その体験に目を丸くする葵ちゃん。
既に全データを登録済みなので、問題なく葵ちゃんは体育館に顕現した。
今日もミレーとジョリーには協力してもらってある。
予行演習済みなので俺もコツは掴みつつある。
この園長先生が不器用なのは手先だけなのだ。
「葵~」
「ヤッホー」
「葵ちゃん!」
「み、みんな~」
もう葵ちゃんは涙ぐんでいる。
「葵……」
「え、御母さん?」
思わず駆け寄って抱き合おうとして、スカッと御互いの手が空を切った。
思わず、おっとっととズッコケる二人。
「ああ、すいませんねえ。
これは映像を落としているだけなもんで。
一応、双方向に視聴覚情報はやりとりできるんですけどねー。
いずれ改良すれば疑似蝕感を体現出来るかも」
「ううん、いいの。
ありがとう。
久しぶりに、こんな風にみんなや御母さんに会えたなんて凄く嬉しいよ。
でもリアルねえ、まるで本当に日本へ帰ってきたみたいよ。
さすがは園長先生」
ちなみに葵ちゃんは真理が捉まえていたので、走ってきたのは御母さんだけだ。
だって走っていったら、こっちで葵ちゃんが壁にぶつかっちゃうから。
「まあね。
式が始まって名前を呼ばれたら壇上に飛ぶぞ。
と言っても座標を動かすだけなんだがな。
俺達はリアルでは、あまり動けない。
あひゃひゃひゃひゃ。
誰だ。
よせ、こんな大事な時に悪戯すんじゃねえ」
また子供が俺の体に悪戯して、ドタバタと園の職員に追いかけ回されているようだ。
大事な式典の前なのだが、ケモミミ園は絶賛平常運転中だ。
「あはははは。あの子達らしいですね」
そんな風に明るく笑う葵ちゃんを、日本の関係者達が暖かく見守っていた。
そして卒業式が始まった。
異世界で数々の大きなイベントを取り仕切った彼女らしくもなく、少なからず緊張しているようだった。
まあこっちにいれば普通の高校生だったんだ。
これが普通だよな。
俺だって、あのままこっちの世界にいれば、棺桶に片足を突っ込んだ小金を持ったおっさんとして人知れず死んでいっただろう。
在校生からの送辞が終わり、葵ちゃんの名前が呼ばれた。
「卒業生代表、萩原葵さん」
一斉に拍手が沸いた。
ついでにちょっと演出してやった。
彼女を抱えて、壇上まで一ッ飛びだ。
単に映像の座標を動かしているだけなんだけど。
えーっ、ていう表情の葵ちゃんを置き去りに、会場はざわめいた。
ちったあ緊張が取れたかい?
端末から離れると体がぼやけて、壇上に設置された端末の近くで体が再構成されたように見えただろう。
あとは御友達に任せて俺は舞台袖からそっと見守る。
葵ちゃんは少し深呼吸してから喋り始めた。
「私、萩原葵は今異世界にいます。
今日、この壇上に立っている事なんて、今朝の朝御飯を食べている時にだって想像も出来なかったんです。
だって朝はネコミミの可愛い幼稚園児をじゃらしながら、一緒に御飯を食べていたんですから。
今もこの壇上にいる瞬間にも、私は日本ではない、いえ地球上ですらない異世界にいます。
ここにいる私は只の映像に過ぎません。
それでも、この日この時、ここにいられる事を嬉しく思います。
たくさんの友達と、ごく普通に楽しく過ごしていた高校生活。
それが一瞬の内に消えて無くなってしまうんなんて。
まるで悪夢のような出来事でした。
でも幸いにして幸運に恵まれ、今は笑って毎日過ごしていられます。
今、この機会を演出してくれた園長先生は、魔物と呼ばれる危険な生物や人殺しの盗賊達と死闘を演じて、やっと腰を落ち着けられる場所を見つけたそうです。
私も帝国を名乗る強権国家のど真ん中に出てしまい、それなりに大変でした。
他にも、同じような被害に遭いながら行方さえわからない人も大勢います。
楽しかった高校生活。
途中でいなくならざるを得なかったけれど、とても楽しいものでした。
みんな、ありがとう。
先生も同級生の人達も、ある日突然いなくなってしまった私の事を覚えていてくれて本当にありがとう。
私達、今日この学校を卒業します」
しんと静まり返った体育館。
話された内容は用意された原稿のものではなかった。
しかしそれは、今の葵ちゃんの偽らざる気持ちだった。
生徒達の中には葵ちゃんの事件を知らない人もいるのかもしれない。
今の一年生の子なんか入学前の出来事だしな。
えーっと、どうするんだ、これ。
だが、葵ちゃんの同級生の子達が立ち上がって大きな拍手をしてくれた。
そして後輩の下級生の子も言ってくれた。
「葵先輩、卒業おめでとう~」
そして卒業生達が次々に立ち上がって拍手をしていき、在校生達もそれに続いていった。
葵ちゃんの御母さんも涙を流しながら一緒に拍手をしていた。
その隣にいる人が御父さんなのだろう。
やっぱり泣いていた。
こうして、葵ちゃんの高校卒業式は無事に終わった。
これからも異世界で生きるための、一つの心の区切りになったのに違いない。
でもいつか、あの祖国日本へ、親達の元へと連れ帰ってあげたい。
それが俺達、彼女と同じく異世界へ流されてしまった大人の義務っていうものではないだろうか。
俺は割と諦めちまっていたんだが、葵ちゃんには帰るのを待ってくれている人達がいる。
俺にしては珍しく神妙な顔をして、この地球で行われている卒業式を見届けていた。




