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34-1 草原の国のお姫様

 今、俺はザイード王国の草原に来ている。

 ザイード王国はベルンシュタイン帝国を挟んで、アルバトロス王国の反対側にある国だ。


 そこで、ある人物に会うために。

 それはこの国の太子エクードその人だ。


 前方の草原で馬を駆っている人がいる。

 俺はマウンテンバイクを猛烈に漕いで彼に追い付いた。


 見るがいい。

 HP1600万、大型ドラゴン160頭分のパワーを秘めたこの脚力を。

 俺の自転車の主要パーツは超魔法金属ベスマギル製だ。

 これなら親方を乗せても絶対に潰れないだろう。

 この秘密の激ヤバな魔法金属を彼に見せる訳にもいかんのだがな。


 まあ格下であるオリハルコンなら超希少品とはいえ既知の金属なのだし、あの国へも友情価格で大量に回してやっているのだ。

 むしろ超高価なオリハルコンの代金は取らずに、後で仕事によって返してもらうというようなニュアンスだろうか。


 まあ、俺と親方という飲み友達で丼な関係だからこそ成り立つ取引なのだがな。

 他の人間が聞いたら、あらゆる意味で眩暈を発症しそうな関係だ。

 その他に各種の俺にしか作れないような酒もあるし。


 俺としては「損して得取れ」的な精神か。

 どうせオリハルコンなんかはタダで作ったコピー品なんだし、親愛なる親方が相手なら好きなだけくれてやらあ。

 あの世紀の難物であるドワーフの国親方だって、この俺に対しては商売抜きで物凄くよくしてくれるんだからな。


「やあ、あなたがエクード太子?

 初めまして。

 私、精霊魔王アルフォンスです」


 馬上の人より、風に(そよ)ぐような笑顔が棚引いた。



 それから、太子の家で御茶を頂く事になった。

 なんと、それは折りたたんで馬に載せて運べる小さなテントのような家だった。

 さすがは遊牧民の王族という事なのか。


 別に王宮へ行くわけではないのだな。

 ここは気楽な別邸として使っている物だろうか。

 さすがに王太子が暮らす家ではなかろう。


 俺的には、却って新鮮で好ましい佇まいだな。

 太子は結構酒飲みだと聞いていたのだが、いきなり酒が出てこないだけ良心的だ。


 いかん。

 どうもドワーフを基準に他所の国家を測る良くない習性が身についているようだ。

 なんといっても、あの世紀の色男であるハイドの貴公子があんな風だったしな。


「ところで、その魔王様が今日は俺にどんな用なんだい?」


 面白がっていそうな、まるで悪戯小僧のような顔で彼は訊く。


「いや、うちの王太子様を買いませんか?」


 俺は笑いを噛み殺しながら、そう訊いた。



 このザイード王国には御歳十五歳になる姫君がいる。

 色々あって、まだ嫁入り先が決まっていないという。

 その原因の八割が、今俺の目の前にいる太子のせいだと聞いているが。

 この物語にはシスコン王子が多過ぎる。


 王子を売るというか、実際には嫁を娶るのだが、そういう切り出し方はまずかろうという話だ。

 案の定エクードは難しい顔をしたが、俺は笑顔で酒を取り出した。

 別に話を急ぐつもりはないのだ。

 男の方がもう今更な歳なんだしなあ。


「いや、王太子の儀以来、私もあの人と関わり合っていましてね。

 ほら、ハイドの結婚式も終わったでしょう。

 そろそろ、この話題もどうかと思いまして。


 ああ、もちろんアルバトロス王国の国王であるベルナール陛下も御存知の案件ですよ。

 なにしろ王太子殿下ときたら、結婚適齢期を国同士の都合で棒に振らせてしまいましたからねえ。

 アルバトロスのような大国の跡継ぎなのに」


 俺は日本のプレミアムビールを勧めながら、のんびりと切り出した。

 おつまみはチーかまだ。 

 遊牧民の人だから、こういう物が好きそうな気がする。


 ビールも、どちらかというと肉料理に合うようなタイプを出した。

 遊牧民だし、太子もこっちの方が好きなんじゃないかな。


 この国の酪農と組み合わせたら、どんなチーかまになるかなあとか考えながら、足を思いっきり崩してのんびりとやる。

 ビール片手に後ろ手の格好でもう片方の手を突いて、片膝を立てて反対の足は曲げたままだらんと床に這わせた格好の超だらしない座り方だ。

 相手は床へ直に座り込んで、既に寛いでいるのだし。


 俺の休日満喫ムードが伝わるのだろう。

 ふーっと息を吐き、またビールを喉に流し込む太子。


「この、チーかまとかいう奴は美味いな。

 この酒も喉に爽快で中々いける。

 また少し癖のある味がいいな。

 肉料理に合いそうだ」


 うん、普通は遊牧民には縁の無い、彼らにとっては珍しい食材である魚肉を使っているし、それでいて馴染みの深い酪農製品との組み合わせだからね。

 なんとも興味深い味だろう。

 酒も、ちゃんと肉料理に合う少々癖のある『臭い』系統のプレミアムビールをチョイスしたのだ。


 なにしろ、これを作ったのが「蒲鉾の職人さん」なのだし。

 その辺(日本)の大メーカーが作った市販品とは一味も二味も違う、凄く味わい深い代物なんだぜ。


「また美味しい物を御馳走しますよ」


 シスコンなあんたの妹君の結婚式でね。


「そうか、楽しみにしているよ。

 あんたは凄い食道楽だそうだな」


「ああ。

 それに、ここはいい国だ」


 俺は自然体の微笑みで草原の風を纏った。


「本当にそう思うのか?」


 エクード太子は真っ直ぐにこっちを見て言う。

 色々と思うところはあるのだろう。


【蛮族の国】


 この国をそう呼んで誹るような国も少なくはない。

 というか、両隣の国を筆頭に大陸国家の過半数がそうだと聞く。


「私は異世界からやってきた稀人ですからね。

 私や初代国王ヤマトの母国である日本の人は、結構モンゴルという国に嵌まるらしくて」


「モンゴル?」


「ここと同じような草原と遊牧の国ですよ。

 かつては大帝国として名を知られていたのです。

 ここ最近は、あまりパッとしていませんでしたが、近年は発展著しいですね。

 日本人であの国の悪口を言う人とは、まだ会った事がないな」


 あの国もソ連側の、いわゆるイーストブロックの陣営だった国なので、それはかなり驚くべき事なのだが。

 向こうも比較的日本に好意的だというのが、また驚きなのだ。


 あそこも地理的に東側の国であったので、アメリカと同盟を結んでいる日本に対しては反発も大きかったはずなのだが。

 昔、向こうがかなり困っていた時に日本が相当援助したとは聞いているが、それでもなあ。

 

 少なくともアルバトロス王国であったような、帝国だのなんだのとのつまらないようなゴタゴタはここにはない。

 まあ当の相手が自国の隣国なのだから太子にとっては他人事ではなかろうが。

 昔から帝国とは絶対にあれこれとあったのに決まっている。


 せっかくの草原の国なのに、自分が馬に乗れないのは残念すぎる。

 だって馬って結構怖いのよ。

 乗る位置が凄く高いしね。


 どんな車よりも愛情にも答えてくれる乗物だが、常にそうではないと思う。

 機械じゃないから。

 日本でも愛馬からの落馬事故で、背骨を骨折した同僚の人がいたので、よけいに怖い。


 耳とか指とかの一部がない競馬の調教師の話とかは聞き飽きた。

 彼らは馬を責めない。

 自らの不注意を責める。

 それが職業的に馬と関わりあう者の責任だから。


 そして冒険者が乗り回す馬は必ずしも愛馬ではない。 

 どんなピンチをも乗り越えてきたベテラン冒険者が、不幸な落馬事故であっさりと命を落とすような事も珍しくはない。


 俺は日本で敢えて乗馬を避けてきた。

 今なら別にどうっていう事もないけどな。

 馬型精霊を呼び出して原野を駆けてみた事もあった。

 あれも結構楽しかったよ。


「なあ太子殿。

 この草原を渡る風、馬の嘶きとその手綱を握る自分の手。

 そして守るべき家族や国民、そして酒。

 それだけ守れれば十分だと思わないか?」


 それが、きっとこいつの、俺にとってのケモミミ園と同じ物なんだと思う。

 俺は杯を差し出し、太子は無言でそれに自分の杯を合わせてきた。



 翌日、太子は渋々といった感じではあるが、『御見合い』に同意した。

 そして肝心の妹君(いもうとぎみ)なのだが、これがまた。

 いきなり現れて挨拶がこれだった。


「ヤッホー! あなたが噂の魔王様?

 御噂はかねがね~」


 うん……もういいや、魔王様で。


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