33-3 お米大陸
このロス大陸の右側には、俺がひよこ大陸と呼んでいる大陸がある。
そういう形をしているのだ。
この大陸を中心に四つの大陸があり、おそらくはこの大陸も合わせて元は一つの大陸だったのだろう。
地球のパンゲア大陸と同じように、五つの大陸をあわせるとパズルのように組み合わされるピースがあるのだ。
大陸間は特に欠けた部分が無く、大陸外側にあたる場所で端っこにあった土地が大規模に沈んでいない限り、伝説の失われた大陸はなさそうだ。
これは小パンゲアと名付けておいた。
地球のパンゲアのように、すべての大陸の元の形が巨大な一枚板なのではない。
この世界では三つのピースから陸地が始まった。
この小パンゲア大陸群の左右に、俺が今いるロス大陸より二倍大きいくらいの大陸があった。
面白いのは三つの大陸の内の左側にある大陸で、瓢箪のような形をしている。
俺のMAPだと、これの周りを楕円形の点線で囲ってあるのだ。
瓢箪のくびれの両側の広大な水没部分だ。
おそらくはこれが、この世界における失われた大陸に相当するものなのだろう。
そこには何か、御宝があるのかな?
海中遺跡とかがありそうな気がする。
マニュピレーター付きの無制限耐圧の潜水艦もあるのだ。
一度行ってみたいな。
行ってみたら海生魔物の巣だったりして。
この大陸の右上に位置するハイドから見て一番近いのは、このひよこ大陸であるメルス大陸だ。
ここでは米が盛んに作られている。
元々水が豊富なところだったから。
ちなみに今いるこの大陸はロスという神の名で呼ばれている。
メルスは豊穣の女神の名前だ。
農業国サイラスでは、メルスはロスと同じくらい熱心に拝まれている。
メルス大陸の西端からロス大陸東端にあるハイドとの間には、最短距離となるメルス大陸上部に突出した、ひよこの嘴部分からでも三千キロ以上に渡る大海原が広がっている。
当然向こうから来るものはいない。
メルス大陸の船は基本的に短距離専門だ。
ロスとメルスの大陸間は全てハイドが船を出し、多くの取引を行っている。
独占商売は美味しい。
この世界の海は非常にリスクがでかい。
クラーケン・大海蛇・海竜などの大型海中魔物に加え、海上の海を縄張りとする大翼竜もいる。
そいつらに船を沈められて海の藻屑になるのは、多くの国家ではあまり御好みではないらしい。
基本的に人々は、各大陸に引き篭もっているのだ。
あの覇権国家であった帝国さえも、上方にある大陸は氷に閉ざされている事も多く、無理に海洋進出はしない方針だ。
その分、陸軍は最強といっていい規模であった。
ロス大陸の上端は日本で言えば青森あたりに相当する。
王都アルバは四国の上くらいか。
緯度的には名古屋近辺とみていい。
緯度的には北海道部分を除いた日本の位置に相当するくらいか。
ロス大陸は地球のユーラシア大陸なんかに比べたら、比較的赤道寄りに在る大陸なのだ。
だから南の地域は気候が暑い一方で、北の地域の国は気候が比較的穏やかだ。
そのせいか、大国は比較的北寄りに存在する。
やはり、その辺りの事情は地球に近似するのか。
かつて存在したアル・グランド王国のように例外となる、南方面でも魔法技術などがよく発展した国もあったようだが。
俺の魔法PCのMAP機能によれば、アルバトロス王国は約二百四十万平方キロの広さを誇る。
それなりに面積は広いのだ。
約日本六個半分の面積に相当する。
ロス大陸の南側は南国だ。
砂糖やスパイス、南国フルーツの産地なのだ。
そんな大海へ乗り出していく、ハイド王国の最新鋭ドワーフ船プラウドオブハイド号。
さすがのハイドといえども、このクラスの船は二隻しかないという。
こいつは全長六十メートルほどの超高速魔導船だ。
その超高価な特殊魔導船の内の一隻を蟹漁船にしてしまっているところがまた、あのハイドの恐ろしいところなのだが。
蟹漁船の方の名は、プリンスオブハイド。
シド王子が蟹を追い回すために乗り回していたって事だな。
王になったので改名したほうがいいと思うのだが。
いっそ王妃様の御先祖である稀人由来の漢字で蟹王丸とかでもいいんじゃないか。
大洋横断船、プラウドオブハイド号はおよそ時速百キロメートルの巡航速度を誇る。
地球の常識から言っても、とんでもないスピードで大海原を駆け抜けていく。
魔法による水中測定士が交代で常時監視しているため、岩礁・水中の漂流物・魔物などは前もって捉えることが出来る。
なかなか凄いな。
地球でも一部のウォータージェットのスピードボートや、軍用のエアクッション船でないと出せないようなスピードだ。
ホバークラフトや水中翼船でもなく、またスピードボートのように殆ど水の上で浮いているような感じでもないのに、水上を高速道路並みの速度で進めるのだから、実にたいしたものだ。
おまけにどういう仕組みになっているものか、揺れはかなり少ない。
まるで波が穏やかな有明海を往くフェリーのようだ。
たぶん、これも魔法の為せる業なのだろう。
魔導スタビライザーのような技術があるんだな。
実際に貿易に使う航路がどんなものか見たいので、行きは船で行く事にしたのだ。
到着まで三十二時間あまり。
朝の八時に出たから、翌日の夕方には着く勘定か。
遭遇するであろう魔物との戦闘時間は計算に入っていないが、それはまあ仕方がない。
デッキから海を見ていると、隣で幼稚園くらいの女の子がはしゃいでいた。
いや小学校一年生くらいなのかな。
「爺や! 爺や! 見て。
この御船、すごく速いわ!」
黒髪でエキゾチックな顔立ちは南国の子かな。
爺やなどと言っているところを見ると、どこかの王族か貴族あたりか。
よく見れば侍女が二人ほどいる。
エミリオ殿下を思い出して、思わずほっこりする。
アドロスへ帰ったら、御土産を持って殿下のところへ遊びにいくかな。
その子も年の頃はエミリオ殿下と一緒くらいのようだ。
だがハッと気が付いたら、何故かファルがいない。
あれ?
慌てて探したがどこにもいない。
そんな馬鹿な。
すると海の方から、「きゃははははー」とはしゃぐ声がする。
見たら、ファルがくじら? のような動物なのか魔物なのかよくわからない生き物に乗っかって、連続ジャンプを決めている。
どうせ魔物なのに決まっているが、その子は大変穏やかな性質の魔物なのが俺には『視た』だけでわかる。
水面を石ころのように跳ね飛んで、特に水の中には潜ったりはしていない。
背中に御客さんがいるからな。
さすがは鯨魔物、頭のいい子だ。
乗っけている方も、乗っけられている方も実に楽しそうだ。
「爺やー、私もあれに乗りたい~」
「いけません、姫様。
危のうございます。
第一、乗せてはもらえませんでしょう。
たとえ乗せてくれると言っても駄目です」
爺やさんは、聞き分けのない事を言っている御姫様に対して、言い聞かせるような感じに宥めていた。
うん、あんたは正しい。
しかしうちの子は、いつの間に海の生き物を、あんな風に手懐けているものやら。
さては、いつもの「よしよし」で手懐けたな。
「だって、あの子は乗っているよ~」
「あ、あれは、あれは……」
示威やさんは上手く説明出来なくて困っているようだ。
ま、まあ、うちの謎生物のやる事だしなあ。
やがて、その鯨っぽい生物は高速で泳ぎ、この船に併走した。
そして御誘いが来てしまった。
「おいちゃ~ん、一緒にこの子に乗ろうよ~」
もうこれは笑ってしまうしかない。
それから、爺やさんに声をかけた。
「私はアルバトロス王国のグランバースト公爵です。
あそこに乗っているのは、神の子たる神聖エリオンです。
よかったら、そっちの御姫様も一緒にどうです?
私が同乗して付き添うので大丈夫ですよ」
そして皆で乗った「くじら号」は軽快に泳ぐというか、水面を跳ねるというか。
「きゃあ~、すごいー」
御姫様も大層御満悦の御様子だ。
「それ~、もっといけー」
ファルも、すこぶる御機嫌のようだ。
そして、その鯨っぽい奴が「ピーっ」っと一声鳴いた。
「そっかー。じゃ、バイバイね。
おいちゃん、この子もう帰る時間なんだって」
「そうか。
いや、御苦労だったね」
俺はそう言って、フライの魔法で鯨から降りる際に大きめサイズで用意した魚や何かを色々やった。
くじらは美味しそうに食べていた。
ヒゲ鯨のようなプランクトン食専門のような生き物には見えなかったので、魚を食べるかなと思ったのだが、やっぱり魚は食べるようだ。
「ありがとう、公爵様。
楽しかった~。
ファルちゃん、今度は御部屋で遊ぼう」
思わぬ御姉ちゃんの御友達が出来て、ちびエリオンも大喜びのようだ。
しばらく甲板の上で二人は、はしゃぎまくっていた。
爺やさんは、ずっとはらはらしていたようだが。
そして突然に遠方から、劈くような悲鳴が届けられた。
振り向くと巨大な水飛沫が上がっていて、さっきの鯨擬きが水平線の向こうで何かに襲われていた。
声だけが風に乗ったようだ。
この船に余裕で併走するだけあって、もうあんなところまで泳いでいったのか。
しかし、あのスピードでもって遊泳していて捕まるとは、相手は一体……。
「おいちゃん!」
「ああ、任せろ」
俺は一瞬にして水平線まで目視転移を行って、そこから現場付近の上空へ飛んだ。
さすがに、これだけ障害物が無いなら長距離目視転移も楽勝だ。
そのままフライで行くと、なんと超巨大なクラーケンがその触手で鯨を締め上げていた。
こいつはでかい。
鯨も二十メートル以上あったが、奴は広げた足から反対側の足先までが三百メートルはありそうだ。
胴体長は百メートルといったところか。
こいつらは、普段は何を食っていやがるのだろうな。
巨大な鯨がおやつにしか見えん。
そりゃあ、こんなのがうようよいるというのなら、どこの国も海には進出したがらないわけだ。
ハイドの連中の頭が完全にいかれているのだろう。
俺はとりあえず、超強力ゴッドスタンを部分的に食らわせてやった。
かなりの魔力を食った強制効果百パーセントの課題達成型魔法を食らい、吸盤だらけの触手が緩む。
鯨さんが脱出出来たのを見届けると、重力魔法で奴を海から引っ張り上げた。
うん、新凧揚げだ。
おおー、それにしてもタコかあ。
タコ焼きにタコ飯、あるいはタコ煎餅にしてやってもいいよなあ。
かなり上に上げたんで、船の方からもその巨大な姿がはっきり見えているだろう。
それから久しぶりとなる強烈な『サンダーレイン』をぶちこんでやった。
天から降り注ぐ超アンペアの嵐。
圧倒的パワーを込めた必殺の雷の雨が、海水で濡れた超巨大モンスターの全身を貫いて焼き回り、全身の触手を激しくうねらせた。
その雷光は、サーガの中の怪物を包み込んでも余りある巨大さで辺りを轟かせた。
これぞ、まさに晴天の霹靂。
パワーを込める限り、決して止む事の無い超々雷撃雨は、海の覇者の一つとして恐れられる八本足の怪物を踊らせ痙攣させ続けた。
まるで神話のワンシーンのように、雲一つ無い青空とスクリーンのような大洋の水面を、超高電圧の雷轟によるフラッシュで染め上げた。
やがて、スパークする紫電の中で青白い煙を吹きながら、さしもの巨大な怪物も息を引き取った。
いつしか船は足を止めて、全ての乗客が甲板から固唾を呑んで見守っていた。
音に関しては、スピーカーはまったく不要の大迫力だった。
観衆のために獲物を船の近くに持っていって、魔力を用い、そいつの足をグイっと広げてみせる。
人々は、海の怪物のあまりにもの巨大さに畏怖した。
運が悪ければ、この船が襲われていたかもしれないのだ。
何しろ、あのスピードで泳ぐ鯨を捕らえてしまえるのだから。
アイテムボックスにクラーケンを収納すると、大空が少し寂しくなった。
さすがに、こいつは大物過ぎたか。
甲板にトンっと爪先から下りると船長が労ってくれた。
「御疲れ様でございます。
いやはや、凄い戦いでしたな」
いや、どっちかっていうと、漁?
ゴッドサンダーバーストを食らわせてやれば、多分一撃だったのだが、それだと獲物が台無しだ。
冒険者も、魔物はただ倒すだけではいけないので難しいものだ。
「いや大物が獲れましたなあ。
大漁旗を揚げたい気分ですな」
そして船長は腹を揺すって、甲板中に響くような大きな笑い声を上げた。
これがハイド人という奴なのだ。
そして、あの国の船乗りなのだった。
さすがに観客は殆ど笑っていなかったけど。
突然、笛が鳴るような音がした。
お、鯨が来たのか。
よしよし、可愛い奴だな。
「助けてくれてありがとう、だって」
ファルさん、通訳御苦労。
やっぱり鯨さんと御話が出来たのね。
レインボーファルスの謎がまた一つ増えた。
甲板から、乗客みんなで手を振って鯨を見送った。
あの子は帰ると言っていたようだが、どこへ帰るんだろう。
肺呼吸生物だろうから海の中で寝ない筈だし、普通は鯨類って海上生活だよな。
溺死したりしないように、確か脳は左右交代で常時半分くらい起きているのではなかったか。
しかし、あの鯨もいい根性をしている。
あの触手に締め上げられてもゲロ一つ吐いてない。
さっき、あんなに食ったばっかりなのに。
あれくらいじゃないと、この非情の海は生き残っていけないという事か。
動画サイトで、大ヘビに締め上げられて物凄く吐き散らしている犬を見た事がある。
あれは、御飯前にはちょっと見たくない動画だった。




