31-4 救世主 船橋武推参
「じゃあ、ミレーユ。
後は頼んだぜ」
彼は相棒の女戦士にそう言い残した。
「ああ、しっかりやっておいで【救世主】さん。
プっ」
やや親愛の情を込めた揶揄を加えながら、笑顔で送り出す銀髪の女性がいた。
彼は「ちぇっ」とか言いながら笑顔で手を振り、精霊の森へと旅立った。
子供達を連れてはいけないし、また食料の問題もある。
ゴブリンの里で子供達を預かる話になったのだが、ここには防衛力は無いので彼女が残ったのだ。
案内のゴブリンはまだ若者で、頑張って精霊の森まで走り通した。
若者には彼が身体強化の魔法をかけてくれたので、半日で精霊の森へ着いた。
だが深い森は木々でびっしりと覆われて入り口を固く閉ざしており、中へ入る術が思い付かない。
彼はどうしたものかと思ったのだが、案内のゴブリンが彼らの言葉で精霊に呼びかけていた。
すると、何か言葉では形容しがたい目に見えない何者かが、そこに来ていた。
彼は警戒して魔力を練り放出し始めたが、見えない何かがいきなりむしゃぶりついてきて貪るように魔力を吸い上げた。
だが彼はそれを感じ取り、力を抜き両手を広げ、そっと魔力を放出してやった。
そこにいながら姿が見えなかった者は歓喜の光を放ち、やがて何かの姿を取り始めた。
それは緑の人、いや人間状の何かにその姿を変えていった。
やがて、はっきりとした姿を取ったそれは、緑色の少女の姿をして具現化した精霊だった。
体の一部が植物状になっており、葉や茎に蔓などが垣間見える。
「ああ、美味しかった。
魔力、御馳走様。
あなたは、もしかして稀人?
ああ、やっぱりそうね。
稀人の称号がついているわ。
あら、孤児達の父っていうのもついているわよ」
やや植物状の形態を取った少女の精霊は、無遠慮に言い放った。
「そんな、称号みたいな物があるのか……」
彼は憮然とした表情で、そう呟いた。
「それじゃ、魔力の御礼にそういうものが見えるようにしてあげる。
後、私の加護もあげる。
でも、また美味しい魔力をちょうだいね」
ちゃっかりと勝手な条件をつけて、彼とその精霊との契約がなされた。
彼は称号を思い浮かべると、それが頭の中に浮かんできた。
【稀人 孤児達の父 救世主 ドライアドの契約者】とあった。
「救世主……」
呆然としたように、また呟いた。
「来てくださって、ありがとう。
あなたに授けた加護があれば、いつでも森のカーテンも、その奥の結界も自由に抜けられるわ。
でも悪用はしないでね。
あなたなら、きっと大丈夫だと思うけど。
私の加護は作物も多く実らせるわ。
植物に物凄く力を与えるの。
きっと今の食料などが乏しい時代では、とても役に立つと思うから覚えておいてね。
何かその種の問題で困ったら、加護を通して、いつでも私を呼んでちょうだい。
今日は私が精霊の森へ案内するわ」
言うや否や少女姿の精霊が手を振ると、驚く事に木々は身をくねらせ道をあけた。
しばらく不思議な木で出来たトンネルの小道を抜けると、思わず「む」と思うような一瞬の違和感の後に、里の風景が広がった。
吹き荒れる色彩と光彩の嵐。
いきなりの世界の変遷に眩暈がしたが、それよりも精霊達のにじり寄る気配にたじろいだ。
「ちょっと、あんた達!
何、その態度は。
せっかく来てくれた救世主に対して失礼じゃないの」
そいつらには案内人が文句をつけてくれた。
しかし、次々と顕現してきた様々な姿の精霊達が、逆に彼女へ向かって文句をつけた。
「何を言うか。
お前ばっかり魔力を吸って不公平ではないか。
我らとて力がなくて、もうどうにもならんのだぞ」
「あー、あー、うるせえ。
魔力なんぞ、幾らでもくれてやる!
だから、さっさと卵まで案内しろ。
ここにはあるんだろ?
そのファルスの卵とやらが」
彼は両腕からゴウっと音を立てんばかりに魔力を放ち、小煩い奴らを黙らせる。
その場にいた精霊達は、みんな陶然とした様子で先に立ち歩く。
中には空中をふらふらと彷徨い、木に当たりボトっと落ちる奴までいた。
その時は彼も気が付かなかったが、どさくさに紛れて他の精霊達も加護を付けまくったらしい。
それからしばしの間歩き通した後に目的地へと辿り着いた。
その里で、おそらく一番厳かな場所だろう、そう思わせる神殿のような場所に案内された。
卵はそこに置かれていた。
もちろん、その卵を生み出した母親の姿は、その傍らには無い。
そして、そこにて彼を出迎えてくれた者がいた。
「ようこそおいでくださいました、救世主様。
私は精霊の森の大神官ジョリー。
おお、立派な魔力をお持ちだ。
これは立派な……」
ちゅうちゅうちゅう。
いつの間にか精霊の大神官は彼に抱きついていて、そのような音が聞こえんばかりに魔力を貪っていた。
傍から見ると、子供が大人に甘えているようにしか見えない。
「それで、満足したのかな?
精霊の大神官殿」
彼は、それなりに魔力を吸わせると、おもむろに声をかけた。
「こ、これは失礼。
もう力が殆ど残っていなくて、気が付いたら勝手に体が動いていました。
いつもは顕現などせずに、力の消耗を抑えておるのです」
そこには赤面して言い訳をしている精霊の大神官がいた。
「いいさ。
それで俺はどうしたらいいんだい?」
「こ、この卵を抱いて貴方様の、稀人様の魔力を注いでほしいのです。
孵化するまで、どれだけかかるのかわからないのですが。
なにしろ私の代になって、このような事は初めてなものですから」
「わかったよ。
じゃあ、卵が孵るまで御世話になるぜ。
何か食い物はあるか?」
救世主は、よっこらしょっと座り込んで、その三十センチはありそうな派手な色彩の物体を抱え込んだ。
この色合いは、キノコだったら一発でアウトだよなとか思いながら。




