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31-2 伝説の語り部達

 朝食もまた素晴らしいものだった。


 慈愛に満ちたスープ。

 それは茶色をしていて、なんとも言えぬ良い香りを漂わせていた。

 一口啜ると、なんともいえない旨味が口中を侵略した。


「これは大変に素晴らしいものです。

 一体……」


「これは『ミソシル』です。

 稀人の国で大変愛されている豆から作ったスープ。

 我々が、初代国王が言い残された製法で何代も何代もかかって、とうとう作り上げました。

 でも、その頃にはもう初代国王は、とっくにこの世の人ではなかった……」


 それを聞いて、思わず感慨深く味わってみた。

 そして思い浮かべる。

 稀人の国の食卓で柔らかく響く家族の笑い声。

 それを彩る一日の活力を与えてくれる糧。

 私もありがたくその滋味を頂くことにした。


 そしてなんと、昨日とは異なる種類のパンが出されていた。

 これは昨日よりも深い味わいがある。

 おそらく昨日のパンは、消化に良い種類の材料を使ったものなのだろう。


 パン一つからとっても彼らゴブリンの繊細な気遣いが伝わってくる。

 思わず、目尻に涙が滲んでくるのを感じた。


 私は体を休める事に決めたが、いろんな話を聞かせて欲しいと子供のようにせがんだ。

 彼らは笑って了承すると、幾人もの語り部を連れてきてくれた。


「まず、この国の初代国王の御話を!」


「そうですなあ。

 では初めて彼がやってきた時の事を御話いたしましょう」


 私はわくわくして彼に注目した。

 明らかに老人とわかるそのゴブリンの、その豊かな表情に魅せられて。


 その傍らには真剣な面持ちの子供が座っていた。

 恐らくは、次代の語り部として選ばれた子供なのであろう。

 私は彼に向かって優しく笑いかけた。

 そして彼もぎこちない笑みを返してくれた。


 緊張しているのだろう。

 人が怖いとかいうのではなく、これは語られる物語を上手く覚えられるかとか、そういう類のものだ。

 頑張れ、愛すべき異種族の子供達よ。


  * * *


 それは暗黒の時代。

 ファルス不在の時代。


 世界は荒廃し、人々は互いの不信と物の奪い合いで争い続けるだけであった。

 少なくなった神の恩恵を、人々は少しでも多く手に入れようと分かち合うことなく奪い合った。

 そして世界はより荒廃の一途を辿っていた。


 そんな中、一人の英雄が現れた。

 その名はヤマト。

 だが彼はその時、それとは違う名を名乗っていた。


 そして我々ゴブリンも、その世界の大激動の中で危機に晒されていた。

 大地の恵みは激減し、自然は猛威を振るい、多くの命をその牙にかけた。

 その中でもゴブリンの芸術家だけは、果敢にそれを眼の奥に渦巻く精神の底に焼き付けて、その恐れさえも壁画に刻み込んでいった。


 そんなある日の事だった。

 奴らはやってきた。


 それは蛮族の者達。

 彼らは多くのゴブリンを殺し、語り部や芸術家の命を奪った。

 そやつらは家々を破壊し、我らの栄華もこれで終いかと思われた時、彼はやってきた。

 我々よりもみすぼらしい格好にさえ見える、多くの子供達を連れて。


「おい! やめろ」

「なんだあ? お前は」


 山賊のような風体の男が、睨みつけるように言い放った。

 その手入れなど全くしたことすら無い髭面、ギョロリとした目、頬に大きく走った傷跡。

 だが彼はその凶悪な様に臆することなく、そいつらに立ち向かった。

 

「そいつらは無害なゴブリンだ。

 無闇に殺すな」


 彼は怒ったように言ってくれた。

 なんと人が、我々魔物のために。


「おい、聞いたか。

 無害な魔物ちゃんなんだとよ」


 それに呼応して、どっと笑う山賊たち。


「こいつらが食い物とかを蓄えているっていう話は前から聞いてたからな。

 丁度通りかかった時に食い物がなかったんで、頂きに参上したまでさ。

 人だ魔物だなんてのは関係ない。

 欲しけりゃ殺して奪うまでだ」


 別の山賊の下卑た笑いが、木霊のように連鎖する。


 ギリっ。

 そんな歯軋りの音が、その人からは聞こえてきたような気がした。


 だが、それに被せるように「ぐ~」という音が響く。

 連れていた子供の御腹の声がそれに被ったのだ。

 更に山賊どもの下卑た笑いが一際高く響いた。


「なんだ。

 お前らだって、こいつらの食い物を奪いに来たんじゃねえか。

 偉そうに言いやがって。

 こいつらもやっちまえ」


「お? 痩せぎすだが女もいるじゃねえか。

 まだガキだが贅沢は言えねえな」


 それを聞いた少女は震え、彼の後ろに身を隠した。


「くっ」


 彼は苦悩を押し隠すような声を絞り出した。


 彼はどうして……。


 だが一行に襲い掛かろうとした山賊どもは、その目的を果たす事は出来なかった。

 吹き抜ける一陣の疾風。

 そして倒れ伏す山賊達。


 そこには、真っ赤なマントを翻して立つ人族の女性がいた。


「この馬鹿武!

 何をやってるんだい。

 死にたいのかい?

 いや、子供達が死ぬよ。

 お前はこの子達の父親になったんじゃないのかい?

 そんな柔な事じゃ、こんな時代に家族は守れないよ!」


 女性は怒りに任せ、彼を怒鳴りつけた。

 無理も無い。

 だって彼は……。


「くそ! こいつ、 紅蓮の風だ。

 なんでこんなところに」


 女性の叱咤と、己の背中にしがみ付く幼い少女の震えが彼に決心をもたらしたようだ。

 決意の光をその眼の奥に揺ぎ無く刻み込み、彼は進み出た。


「ヤーン」


 彼の手から放たれたそれは、恐らくは細い魔力の糸。

 普通の人の目には見えぬが、我ら魔物には、はっきりと見える。


 それは、何一つぶれる事なく研ぎ澄まされて山賊どもを襲った。

 全ての首が鈍い音を立てて森に墜ちた時。

 半ば蹲るようにしていた私に、彼の震えが大地を通して伝わった気がした。


 そうか、初めてであったのか。


 人は人を殺めるのを嫌がるという。

 例え、それが自分を殺しに来る者であったとしても。

 我々魔物にとっては不思議な、絶対に理解出来ないような事なのであるが、人とはそう在るものなのだという。


 だが一度(ひとたび)殺戮に狂った人は何よりも恐ろしいものだと伝え聞く。

 あの、今は首を失い伏している山賊達のように。


 彼からは、あまりにも強大な魔力を感じたのだ。

 あのような山賊風情に遅れなどとるわけがない。

 半端な魔物など、それだけで怖気づき逃げ出すであろう。


 だが、その魔力は何故か、果てしない優しさを湛えているように思えた。

 今この時も、彼の魔力は震えているように感じる。


「はん、やれば出来るじゃないか。

 いいかい?

 こんな時代に山賊如きに臆していたら、あんただけじゃない。

 この子達も骸に変わる。

 それをよく覚えておくんだね」


 きつくはありながらも、その声の主は彼の事をとても案じているように思われた。

 そして彼女は、ずかずかと私のところへやってくると無造作に言い放った。


「悪いな、ゴブリン。

 少し食い物を分けてくれないか?

 みんな、昨日から何も食っていないんだ」


「紅蓮の風」と呼ばれた、その女性の冒険者は暖かい手で私を優しく助け起こしてくれた。


 そして彼はまだ、初めてであろう殺人を犯した自分の手を見つめながら、彫像のようにその場に立ちすくんでいた。


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