1-1 コピー能力
これから一体どうしたもんだろうか。
おっさんは一人悩んでいたのだが、こんな事はどうにもしようがない。
えーとまさかと思うのだが、何かこう異世界みたいなところに来ちゃった……とか?
特段、召喚魔法陣で呼ばれてもいないのに?
勝手に?
こんないい年こいて?
思いっきり体も壊して普段は家に引き籠っているおっさんなのに?
若い子じゃないんだから、それはちょっと勘弁してくれよ……。
大昔の小説で、『異世界の勇士』という小説を思い出した。
確か日本で最初の、異世界転移した人間の物語だった。
主人公は高校生のサッカー選手で凄い身体能力を持った少年だった。
異世界へ行くのは、ああいう元気で好奇心に溢れる子供あたりにしておいてもらいたい。
頼むから、誰か若い子で異世界へ行きたい奴が代わってくれ。
こういう場合は、はは。
えー「ステータスオープン」とか?
とりあえず言ってみた。
……。
いかん、これは相当混乱している。
おっさんよ、現実を見なさい!
俺って家に籠ってばかりだったから、おっさんのくせにWEB小説とかをよく読んでいたから、そういう事に毒されているしな。
だが、目の前へ本当にウインドウが現れた!
うそ!
しかし、よく見るとこれは、御馴染みのPC画面のような気もする。
空中に浮かんでいる平面の映像のような感じだ。
と、とりあえずタップしてみる。
マウスも付いていないしな。
「コンピューター」をタップする。
画面にはAドライブからFドライブまである。
C・Dはわかる。
Fは光学ドライブだな。
Eドライブを開けてみると「アイテムボックス」とある。
カーソルを当てると、説明に「無限収納の領域」とあった。
え? これっていわゆる、あのファンタジー小説に出てくるようなアイテムボックスなの?
どうしたらいいかわからなくて、試しに車からバッグを出して画面に突っ込んでみた。
するとバッグがいきなり消えて驚いた。
なんだこりゃあ!?
よく見るとEドライブに、バッグ1とある。
それを画面でタップすると中身が展開された。
しかし、こいつをどうやって取り出すんだ?
そいつをタップすると「取り出しますか? Y/N」と大きく出たのでYをタップする。
この画面はスマホやタブレットみたいに使えるんだな。
まあ今の時代は画面をペンで弄れるタイプのPCもあるのだが。
手の中へ急にバッグの持ち手が現れて驚く。
おっとっと、バッグを取り落としそうになって慌てた。
マジかよ。
それからアイテムボックスのヘルプをタップすると、その説明が表示された。
「無限に物体を収納できる。
基本、状態保存により時間停止状態にあり、物が腐ったりはしない。
設定により変更もできる。
ボックス内に新規のファイルを設定する事により、専用のインベントリを作成できる。
状態などは本体とは別設定にできる。
意思ある生物は魔力抵抗があるため収納できない。
様々な機能を持つ」
よくわからん。
わからんのだが、せっかくだから使ってみるか。
とりあえず、中では物が腐らないという事なので食い物とかを仕舞ってみた。
というか車ごと仕舞ってみた。
入った、全部入ってしまった。
うーむ。
なんとなく出せるか心配になったので、一回それを外に出してみる。
大丈夫だった。
ちゃんと出て来た。
そして改めてまた仕舞い直す。
それからもう一度、アイテムボックスの詳しい説明を見てみる。
「コピー。
MPをコストに物体をコピー出来る。
MPを回復量を超えて限界まで消費できればMPレベルが上がる。
稀人の場合、通常はLvアップで元値の二倍となるが、EXP±のスキル補助により、補正増減は二倍から始まり最大で百二十八倍となり、百二十八倍に到達して以降は全て百二十八倍となる」
なんだかまたチートくさいスキルの説明が書かれている。
続けて説明を読むと、拡大縮小コピー可とあった。
部分コピーも可か。
しかし、稀人だと?
俺みたいな「時空の迷い人」の事なのか?
昔ネットで稀人という言葉の説明を見た事があるような気がする。
うーん、あれは確か『まれびと信仰』だったかな。
確か神様の御寳来とか、高貴な御客様の御訪問とかだったかね。
その中に先祖の魂の訪問も入っていなかったか?
生憎な事に俺は高貴な御客様などではなく、只の好奇なおっさんなのだが。
まああれも、終いには只の御客さんを指すような言葉になっていなかったかな。
山奥の村レベルだと、過疎っているならばそれさえも貴重な訪問者だろう。
通常の二倍増のMPでも十分にチートなのだが、これは想像もつかない。
一つファイルを作り、それの名前を「元本」としてみた。
そこへ「車」を放り込み、中で車ファイルを展開した。
すると車の中にあった、中身の物体が延々とリストアップされる。
とりあえず、命の水をコピーする事にした。
二リットルの水六本入りの箱を積んできたのだ。
右クリックして中からコピーをクリックする。
通常コピーを選択した。
するとMPが表示された。
10/10MP・Lv1とある。
えーと、それだとどれくらい使えるのかな?
試しにコピーしてみた。
どんっと足元にペットボトルの水が箱ごと出てきた。
うおう!
しかし、これで水には困らないだろう。
いや助かる!
水探しから始まる本格的サバイバルなんてものは、俺のような、よれよれのおっさんには絶対無理だ!
MPは5/10となった。
数字の基準は金額だとか?
よくわからない。
1MP百円分くらいなんだろうか?
それだと5MPで五百円か。
水一箱の値段ってそんなもんだよな。
あるいはMPというからには『エネルギーを対価』にするという事なのか。
もう一つコピーしてみる。
今度は設定で水ファイルを新規作成した。
しかも、この二リットル入りペットボトルの水をコピーしたら、ここへ入るように設定できた。
しかし面倒くさいな。
もう一回説明をよく見ると、収納をイメージしただけでも物体は出し入れできるらしい。
元本をうっかりと使ってしまうといかん。
もし元本からしか物体をコピー出来なかったらどうするんだ。
気を付けよう。
これも確認しておかないといけない。
MPを使い切ってレベルアップする時に、MP不足で倒れたりするような事は特になかった。
これは重要だな。
なんていうか、このMPという奴は「領域の確保」というものに過ぎないなのかもしれない。
「HDDの中でゲーム用の使用領域の確保を行う」というような作業に過ぎないのかもな。
そして、MPを使い切ったら40MP/Lv2となった。
本来20になるところがEXP±のスキル補助により、最初はその二倍という事らしい。
次は食い物か。
諸々食い物をコピーすると、今度は40×2×4で320MP・Lv3となった。
どこまで上がるのかなと思ったら、説明には時間回復で二十四時間で回復とある。
MP消費でそれを越えられなくなったら、そこで頭打ちという事か。
ありがたいことにそれはまだ先の話のようだ。
食い物のコピーをしていると、320×2×8で5120MP/Lv4に上がった。
食い物は一応コピーし終わったが、MPが少し余ったのでトイレットペーパーなどをコピーしてみる。
異世界では、こいつが一番貴重な物のような気がするのは俺の気のせいか?
子供の頃に起きた石油ショックで、商社によるトイレットペーパーの買占め騒動が起きた事を思い出した。
しかし、これで葉っぱマンにはならなくて済むなあ。
あるいは不浄の左手……。
5120×2×16で16万3840MP・Lv5となり、ついに車を、いや荷物全てをコピー出来るだけのMPになった。
丸ごとコピーして「車コピー」ファイルが出来た。
それをタップして出してみる。
コピーで作成された物は、紛うことなき本物の車だった。
押しても引いても動かない、ガッチリとしたクロカン車そのものの感触だった。
もう一度確認してみたが、やはりオリジナルではないコピー品だった。
頭がくらくらする。
こんな事ってあるんだろうか。
五十歳を過ぎたおじさんには、なかなか受け入れ辛い厳しい現実だ。
これが頭が柔軟な若い子だったら、あっさりと受け入れられるのだろうか。
「車が出来たんならラッキーじゃん」みたいな感じで。
元本の方の車も出してみたが、見事に車二台が並んだ。
荷物も満載だった。
頭がおかしくなりそうだった。
元本である本物が消失したら怖いんで、とりあえずコピーの方を一旦Eドライブに入れた。
それをDドライブにドラッグしようとしたらファイルが弾かれた。
あれ。
弾かれたコピーのファイルがどっかにいっちゃった?
ヤバイぞ!
どこにも見当たらない。
よかった元本のほうじゃなくて。
こういうファイルが弾かれて無くなる現象は、本物のPCでもよくあるんだよな。
慌ててファイルを探したが、よく画面を見たら光学ディスクドライブ用のFドライブがGドライブとなっており、新しいFドライブが設定されていた。
そこが普通のPCでいうところのDドライブに相当する、「アイテムボックス用Dドライブ」という事らしい。
そこに「車コピー」が収まっていた。
直接出してみようと思ったが、出せないようロックがかかっていた。
どうやら一回Eドライブにコピーしてからでないと出せない仕様のようだ。
元本となる物体を失くさないようにと親切仕様になっているのかもしれない。
念じるだけでも出し入れできるとヘルプ先生にあったので、元本の「車」を画面に対して指を使わずにFドライブへと放り込んでみた。
「車」と「車コピー」がFドライブに並んでいた。
Fドライブにあるものは、絶対に消えないのかと疑問に思って、その辺の石コロで試してみた。
試しに『ゴミ箱』に捨てたら……消えて無くなった。
こ、怖すぎて、二度とこの「削除」は使わない事に決めた。
ちなみにゴミ箱の中身を元の位置に戻す復元の操作をしたら、見事に石コロが復旧したけど。
このあたりもPCの操作と同じだな。
時間が経つとPCと同じようにゴミ箱に入っている物体も消滅してしまうのだろうか。
検証には時間がかかりそうだ。
俺の事だから、検証出来る頃には、もう検証しようとした事すら忘れていそうだけど。
どうやらこの画面というかシステムは、普通のPCとしても使えるようだ。
C・Dドライブは通常通りにデータが入っている。
そしてE・Fドライブは物体、Fドライブの方はロックがかかっている元本専用、そう分けられている感じだ。
とりあえず、Fドライブに「中身の荷物だけ」のファイルを作った。
コピーの方の車のファイルを開いて、左側のコンピュータ・ローカル(F)の中の「中身の荷物だけ」ファイルへ荷物を移動していった。
やっと空の車が出来たんで、Eドライブにコピーした。
そちらには「車・車体のみ」と表示されていた。