7 暴虐の襲来
「大丈夫ですか、ローリーさん」
塞ぎ込み、ソファに座り込んでいるブラウン伯爵に昭二は心配そうに声をかけた。
彼は自分の作った菓子が招き入れた災いによる恩人への災禍に心を痛めていた。
「いや、気にしないでくれたまえ。
あのベッケンハイム公爵は、とんでもない人物だ。
この帝国の恥と呼ばれるような碌でもない人物なのだ。
こんな事はよくある事さ。
あちこちでやらかしているんだ。
利権はともかく、外国人である君を奴に引き渡すなど有り得ない愚行だ。
まったく、あの男ときたら。
こんな悪行が、この帝国で許されるなど言語道断だ。
おそらく皇太子殿下もいい顔をなされていまいよ。
あの方は皇帝家の中でも一際優れた人士だからね」
「そうですか。
それにしても困った事になりました」
「まったくだ。
だが、いつまでもこうではあるまいよ。
若い貴族の中には、こういう事を良しとしない気概のある者も少なくない。
帝国には新しい風が必要なのさ。
今の帝国は他国への侵略による利益にばかり目を向け過ぎている。
そんな真似ばかりしていたら国際的な軋轢ばかりが増えて、我が国だって却って困るだろうに」
昭二にはもう何も言えなかった。
日本にいた頃は新聞やテレビのニュースの中でしか存在しなかった強権国家。
しかし、今自分は訳のわからない異世界のような場所でそういう国のど真ん中にいる。
そこは民主国家では有り得ないような理不尽と横暴の嵐が吹き荒れていた。
平和な日本でのほほんと、うどんやその他の和食系料理、そして今は本業である御菓子作りだけに邁進してきた彼には戸惑いしか覚えないような展開であったのだ。
そしてブラウン伯爵は行きどころのない想いに、やがて酒に溺れるようになっていった。
(やれやれ。
やっぱりこうなったかねえ。
なんとも始末に負えん。
せっかく昭二の奴も仕事が出来るようになったと思ったのによ。
まあ、そいつらが昭二に手を出してきたら、この忠犬クロ様の出番っていう訳なのだがなあ)
昭二も他にどうしようもないので、なんとか商業ギルドへの出荷だけは出来ているユキトウ作りに邁進していた。
あのベッケンハイム公爵を恐れた国内貴族により、貴族家同士の付き合いからはハブられてしまったが、ユキトウの需要自体はあるため商業ギルドとの付き合いはあった。
なんというか、ワンクッション置く感じで世間と付き合っている感じだ。
他の商売の方も、そんなビニールカーテン越しのような微妙な付き合いの中で行われていた。
寄り親であった侯爵様もブラウン伯との付き合いを自粛せざるを得ないような状況で、彼を父親のように慕っていたブラウン伯にとっては、より堪える状況であった。
すべてが膠着するような状況の中で、進むのは酒だけであった。
無論、いい酒の飲み方ではなかったのだが。
そんなある日の事だった。
ブラウン伯爵家の周辺にて闇夜に蠢く影があった。
それも一人や二人ではない。
本来であれば、警邏による警備の厳しいこの貴族街において、そのような者達が堂々と跋扈出来るはずもない。
その闇に潜むかのような練度と、それでいて警備の衛視など恐れぬ堂々とした態度は、その正体が自然と知れようというものであった。
(ふう。
やっぱり、お出でなさったか。
やれやれ。
それでは得意の奴でいくとするかね)
するっと気配さえも感じさせずに展開される隠神の術。
更にスーッと、うっすらとした霧が立ち込めていく。
そして陣笠を被り半纏を羽織った大入道が現れた。
その身の丈は約十メートルあまり。
その手には、まるでクワガタの大顎のように刃が幾つも突起したような凶刃を誇る大槍を持って。
「何奴じゃあ」
何か妙な雰囲気に飲まれかかっていたベッケンハイム公爵家騎士団の一団は、深夜に突然向けられた大声の誰何にビクっとした。
そして半霧の中からぬーっと現れた異形に慌てて飛びのいた。
「うぬう、貴様こそ何奴。
魔物か、あるいは悪鬼悪霊の類いか!」
「我らをベッケンハイム公爵家騎士団と知っての狼藉か」
「正体を現せっ」
だが大声で笑いながら進み出る刑部。
「ほお、我の正体を知りたいと申すか、この帝都の闇を騒がす賊どもめ」
(何が公爵家騎士団か。
狼藉しようとしておるんは、お前らの方だろうが。
ふふ、俺の正体か。
見たらビックリするぜ。
何しろ日本にしか生息していないと言われる狸の、それはもう大妖怪様なんだからなあ)
そして、なるべく不気味そうな声で嗤いを響かせると、槍の石突に付けられた金属の輪が不気味な擦過音を響かせる。
まさしく、そういう音を出すためだけに取り付けられているパーツなのであった。
だが不思議な事に、その笑いは闇夜に連鎖していった。
(おや? どうした訳だ。
こういう効果を持つ手管も用意しちゃあいるが、今は特に何もしちゃあおらんのだがな)
だが、少しばかり小振りな感じのする槍の音も連鎖を始め、まるで輪唱のような様相を帯びてきた。
おまけに霧に見え隠れする幾多の蔭が。
その数、およそ八百あまり。
「おいおい、お前ら」
「隠神刑部あるところ、常に八百八狸あり。
まあ大将、そういう事ですわ」
「そういや、そうやったなあ」
それこそ、この隠神刑部と八百八狸の持つ特質なのであった。
たとえ、どこであろうと大将あるところへ子分どもが現れる『妖怪軍団性』という固い絆で結ばれていたのであった。
地球世界から刑部が消える時、彼らもまた共にあったのだ。
それは通常の物理法則に支配されぬ妖怪ならではの資質であったろう。
今ここに『稀四国八百八狸軍団』が誕生したのであった。
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