154-12 アトランティス祭、開催
そんなこんなで、エリーンの食い倒れなどに付き合っているうちに夜になってしまった。
なんと食べ歩きには、我が兄上カルロス王太子殿下御夫妻も御一緒してくれていた。
これがミハエルと一緒なら回転寿司などに入っていても平常の内に入り、別にどうという事もないのだが、なんか調子が狂うと言うか違和感があるというか。
平服に着替えさせてあるのだが、どうにも高貴な雰囲気を抑えきれない。
通りすがりの道行く人が、思わず振り返るようなオーラを放っているし。
なんというか、日本の皇室の皇太子殿下あたりを繁華街で連れ回しているような強烈な雰囲気だ。
服装は裁縫グループに任せてみたのだが、彼を取り囲んで全員が難しい顔をして、しばらくじっと見ていた。
やがてカミラがにっこりと笑って、フランスの最高級ブランドを一式見繕って彼に渡した。
どっちかというと英国の高級ブランドの方が彼には似合うかと思うのだが、御忍び⁇ なので、御洒落なあのブランドにしたようだった。
こうしてみると悪くないチョイスだなと思える。
あれは俺が着るとまったく様にならないのだが。
それをいきなり渡されて、裁縫グループの黒一点である御世話係の男の娘に手伝われ、見事に着こなしてみせる王太子殿下。
これがベルンシュタイン帝国皇帝のドランだったら、カチっとしたドイツのスーツあたりで決めるところか。
いや、それはどちらかといえばリヒターあたりの役割だろうな。
あいつならドイツ服とかがパシっと似合いそうだ。
今日はリヒターも日本の量販店で仕入れたラフな格好なのだが、あいつも今日は御客さんだしな。
うちのというか、アルスのところのシュワルツならば当然粋なオーダーメイド・イタリアンスーツだろう。
もっとも、そういう物が似合い過ぎていて御仕えする御主人様よりも華があるから、あいつはあちこちの貴族家で御暇を貰ってきてしまっていたのだが。
王太子妃殿下なんかは元々黒髪黒目のモンゴロイド風の御姿なので、高貴な雰囲気ではあるが、この日本では大変な美人である事以外は格別目立たない。
なんというか、そう堅苦しいような国で育ったわけでもないし。
王太子様の方は、日本人を祖に持つとはいえ、金髪青い目の超美形王子様だからね!
そして見事な晴天と相成った夜の空の主役を務めるのは、当然のように我が空中庭園Ⅱエレーミア離宮だ。
まるで千年以上に渡り語り継がれる御伽噺に登場する、砂漠の中に聳えた城であるかのような、強烈な違和感というか存在感。
初めてこの離宮を目にした、あの世界の貴族連はこう呟いた。
「これが……離宮……なのだと!?」
まあ魔法技術溢れる向こうの世界でも、最初はそんな感じだったのだが、皆すぐに馴染んだ。
人間はどのような奇天烈な事象にも、あっというまに順応できるものなのだ。
名古屋市民も、最初は脇見運転で交通事故を起こすほど驚きを持って臨んでいたのだが、一時間もしないうちにすぐに慣れてしまったようだ。
まるで有史以来、月と同じくそれが夜空を飾っており、古くは万葉集あたりにも歌われてきましたよといった面持ちで祭りを楽しむ事にしたらしい。
店という店が活況を呈し、道も店も活気で満ち溢れた。
俺もサービスして、空中庭園の底部表面にLED映像っぽい感じに、異世界をテーマにした様々なプログラムを流してみた。
ラスベガスのダウンタウンのアーケードへ設置された巨大LEDボードに、でかでかと流しているような映像だ。
この街が、いつもこうだといいんだがな。
生憎な事に、そうはなっていない。
そして飲食店ほど割に合わないものはない。
後から後から、それはもう出来る端からまた潰れていく。
ちょっと立地が悪い場所の御店はすぐ潰れてしまうし、賃貸料が安く居抜き物件として設備が手に入るからといってその跡地に入居すると、その跡を見事に踏襲して居抜き連鎖のストリームの一つとなり果てるのだ。
日本の自宅の近所にも、その種の『名門』が一軒ある。
ちょっと離れたところにも、もう一軒。
定年後の進路として、ド素人が飲食店だけは絶対にやってはならない。
年金を貰いながら盆栽でも弄っていた方がまだマシだろう。
食い物を作る修行の前に、まず飲食店経営について学ぶべきだ。
学んだが最後、飲食店などやろうと思わなくなるかもしれないが、それはそれでまた非常に有意義なのだから。
特別優秀で、その道に才があるならば別だけれど。
銀行勤めだった父親の同僚が脱サラして作った飲食店はチェーン店になって、今も普通に営業している。
経営を宴会に特化できるほど広い座敷を用意してあったのだ。
自動車関連の大手企業が多い日本のデトロイトでは、あれが非常に強い。
あのタイプは長く繁盛している。
他に代替が利かないから。
その場合は立地も重要になるけれど。
その店は、あの街一番の大きな道路沿いの賑わう界隈に居を構え、中々他に無いような広さの座敷を有していた。
後は、せいぜい街一番の大きなホテルが一軒、洋式のテーブルタイプの大型宴会場を持っているだけだった。
それくらいきちんと狙いを持って投資して、しっかりとした経営的なビジョンがあれば別なのだが。
そこも最近は愛知県だけではなく、東京都へも進出しているらしい。
その他の都道府県への進出は一切なし。
大阪にすら店を出していない。
あまり儲からなそうな半端なところへは絶対に出店しないという頑なな信念も素晴らしい。
また店主が銀行出身で、会社も円満に退社したので融資関係も非常に強かった。
創業社長である御本人様が融資の専門家だったのは大きい。
銀行を相手に戦うのに、これ以上の人材もない。
相手が融資のプロであった銀行出身なので、銀行も妙な煙に撒くのは絶対に不可能だし。
融資を受ける社長本人が、相手の銀行マンの金玉の裏の裏まで読み切っているのだから。
飲食店系の御店で社長になるには確実な経営力が必要だ。
その業種のプロである必要は必ずしもない。
むしろ社長が業種のプロ中のプロであるが故に、経営へのリソースが不足し過ぎる場合が多いのではないだろうか。
日本はこの辺が、特に中小企業の場合は弱すぎるので。
他の業種でもそういう事は少なくないように思える。
アニメ会社なんかも、そういう傾向が強いらしい。
全てにおいて奈落へと転がり落ちてゆく日本の中でも、大都市としては地味すぎると言われる名古屋の繁華街を行きながら、そのような穿った見方をしつつ同行者と共に歩きながら街の喧噪に身を任せ店の門構えなどを眺めていたのだが、王太子殿下がある小さな店の前で足を止めなさった。
「あれ、こんな店でいいんですか」
「ええ、何かとっても心をくすぐられるようないい匂いがしますね。
だいぶ歩き回って御腹も空きましたし、この店でどうでしょう」
「まあいいですけどね。
実を言うと、俺はこういう店も大好きでして!」
「そうですか。
美味しそうな匂いですね」
日頃から和食に親しんでいる元草原の御姫様も同意した。
この人達は牧畜生活をしていたので、特に肉料理には一家言あるのだろう。
おそらくは内臓料理にも煩いはずだ。
「同じく。
これは中々の御店ですね」
完全な肉食人種といってもいい、よく鼻の利くこの元狩人のエリーンも認めた。
それなら絶対に美味いのに違いない。
それは『どて煮』の御店だった。
日本では少ないと言われる内臓料理だ。
焼き肉は一番ポピュラーな内臓料理をラインナップしているけど、部位が朝鮮語で呼ばれるほど純粋に完全な朝鮮料理だから除外だ。
当然、名古屋はどこの店も基本的に味噌で煮込まれている。
やはり内臓は元々臭みのある素材だから味噌で煮込むのがよく似合う。
どて味噌なんて呼ばれているくらいだからな。
俺にとっては子供の頃から、メジャーなおかずとしてごく普通に慣れ親しんできた味だ。
それも大人になってからは御酒の友に成り果てたが。
異世界へ味噌を持ち込んでコピー出来ていて、俺は本当に幸せだった。
だが味噌の香りは異世界の王族の嗅覚を大いに刺激したようだ。
この御方は、そこの鼻をひくひくさせながら店を(嗅覚により)検分をしている食い倒れ冒険者とは違い、御自分でそうそう狩りなどはしない。
貴族王族との御付き合いで狩りに行く事はあるのだが、そう大した腕ではない。
たまにうちのフェンリルであるフェルドが猟犬として指名され、彼の子供連れで行楽代わりに御付き合いしているくらいである。
王太子たるものが獲物の一つもないと格好がつかないので、鷹狩りならぬ、フェンリルを用いて『猟犬を使った猟』であるフェンリル狩りを実施するというわけであった。
もちろんフェメラやキメルといった子供達は、その日頃は出来ない御遊びに大喜びなのだが。
あれらも随分と大きくなった。
昔は大きな動くヌイグルミのようなものだったのだが、今ではかなりの数の園児を背中に乗せて歩けるようになった。
そもそもアトランティス祭などと銘打っているが、実際にはみんな地上で飲んだくれているだけなのであった。
肝心のアトランティス宮殿様は天空に鎮座ましまして輝いているだけであり、スマホなんかで中を3Dで見られるようになっているので、御客さんは各自でイベントをやっている店の中などでそれを見ながら一杯やっている。
あれこれとキャラクターを動員して多少はイベントをやっているのだが。
名古屋駅前ではドワーフの一団が各所で芸をしているし、精霊もビラ配りの手伝いをしている。
ドワーフ連中には見た目が見苦しい面も多々あるので、ドワーフと仲の良い見目麗しいエルフさん達も動員しておいた。
そのビラというのは、あちこちの組合に加盟した飲食店の割引チケットなどが載った、いわばパンフレットというか只のチラシである。
幸いにして、この狭いどて煮屋さんの店内には俺達全員が入る事ができた。
王太子夫妻だの公爵家当主だのが入るにはあまり相応しくない店なのだろうが、俺なんか地元民だから今更だしな。
むしろ、めっちゃ懐かしいわ。
こういう感じの歩きながら店を決めるような気ままな飲み会は。
「このどて味噌というものは美味しいですねえ」
ジョッキの生ビールを飲りながら上手に箸で突く王太子殿下。
俺としては、この料理だと日本酒にするかビールにするか迷うパターンだ。
メニューに載っている地酒の銘柄を睨みながら、とりあえず義兄上に付き合ってビールだな。
何はともあれ、飲み屋での最初の一杯はビールと生涯に渡って固く決めているのだ。
「はっはっは、むしろこういう野趣あふれる感じの料理の方が名古屋っぽい感じはしますかね。
この辺りの地域は、昔天下の覇権を争った物凄い国内戦争がありましてね。
この愛知県出身の三武将が主役を務めたのです。
そのせいもあってか、今でもこの街の人間は気が荒いものですなあ」
交通事故死ワーストワンはどこの都道府県にも譲る気配が1㎎も1㏙もない。
愛知県民に『得物』を渡してはいけないのだ。
そして、うんうんとリヒターとエリーンが頷いていた。
だから何故俺を見る。
俺は交通ルールをちゃんと守るタイプで、歩行者自転車には凄く優しいんだからね。
いつも自分が車に轢かれかかって怒っている口だから。




