150-46 幸福と動乱
やがて我が家に可愛い女の子が誕生して、俺はもう有頂天だった。
非常に有難い事に例の稀人はアルフォンス商会という物を作って、凄い商品を山ほど販売してくれているのだ。
一体どうやったら、こんなに日本の、あるいは地球の商品を再現できるのか。
特に赤ちゃん用品の充実は!
あとは女性向け商品も素晴らしい充実度だ。
男の俺でも名前を知っているような生理用品まであるじゃないか。
あの勇者は、男のくせに何故こんな物まで作っているのだろうか。
あとたくさんの化粧品なんかもあるし、医薬品にビタミン剤なんかもある。
カルシウム剤もあるので、産中産後のラーナにはたくさん与えた。
なんか見覚えのある小魚駄菓子まであるんですけど。
やがて生まれてきた子供にはミーナと名付けた。
凄く可愛らしいネコミミの女の子だった。
ああ、まるで天使だ。
御母さんと、なんとなく御揃いな感じの名前なんだぜ。
もちろん、日本語では相川美菜って書くのだ。
少しキラキラネームっぽいかしら。
でもいいのさ。
ここでは漢字なんか使わないしな。
だが娘が節目の五歳になった時に、本当の名である真名を与えよう。
異世界生まれの父から愛を込めて。
そして日々充実していくアルフォンス商会の御菓子の商品にフィーの奴が夢中だ。
「ねえ、ダイゴ。
新商品の御菓子だよお!
買ってえ」
「はいはい。
なんたって、お前は俺の守り神様なんだからな」
俺はフィーに強請られるままに御菓子を買い与えた。
精霊が御菓子を強請るのは子供とは理由が違う。
御菓子や魔力がないと精霊は顕現できなくなる。
そうすると加護の力も凄く弱まってしまう。
俺の今があるのも、この本人が言うところの高級な精霊の加護の御蔭なのだ。
意思というか意識の弱い、人間の言葉も話さないような精霊の加護は非常に弱いものなのだ。
フィーは力こそ強くないが、上級精霊であるため人間に加護を与える能力が非常に強い。
御蔭で本当に助かったのだ。
御菓子くらい好きなだけ買ってやらないと罰が当たるというか、物理的に彼女の加護を失うのだから。
だが平穏な日々は突如として終焉を迎えた。
ある日、御領主様に呼ばれたので彼の部屋へ行くと、その上質だが質実剛健で黒を基調とした調度の中で難しい顔をしている子爵の顔を見つけた。
「あの、何か?」
「うむ、実はな。
我が国エルトミア王国が、ついにあのゲルスと同盟を結ぶに至った」
「えええーーーっ」
俺はたっぷり三十秒間ほど、彼の顔を見詰め続けた。
これって多分、あのドイツ第三帝国と同盟を組んで強大な連合国と戦う羽目になった日本と同じなんじゃ。
何しろ、ゲルスに対抗する向こうの軍勢にはチート勇者がいるんだぞ。
「あのう……それはかなりマズイのでは?」
「特にお前にとってはな」
「というと?」
「諜報の話ではな。
ゲルスの奴らも稀人を抱えていて、例のアルバトロスの魔王にぶつけるらしい。
もし、お前がここにいると知れば、おそらく新戦力として確保に走るだろう。
あるいは我が国自身がお前を欲するかもしれん。
例の外来種の件で、お前の力の事は国にバレておるようじゃしのう。
さりとて、お前をアルバトロス方面に逃がせば何の身の保証もないしのう」
楽天家の俺も、この事態にはさすがに絶句した。
だが、その言葉は同時に心に沁みた。
彼は俺だけではなく、俺の家族の事も心配してくれているのだろう。
それが、この御領主様という方の御人柄なのだから。
だが、こいつはまた困った事になったものだ。
「案ずるな。
お前はもう、この儂の家族なのじゃ。
何かあるようであれば、必ず逃がす。
だがこうなると、国境のこちら側にも奴らゲルスの手の者が大挙してやってきて活動するだろう。
お前の事も直に知れてしまうやもしれぬ。
お前もこの街では勇者として有名人じゃからのう。
ゲルスならば、お前が稀人と疑うやもしれぬ。
あるいは我が国を通して知れる可能性もある。
様子がわかるまで、しばらく屋敷を出てはならぬ。
子供も生まれ、商売も軌道に乗ってきたところで辛いだろうが、そうした方がよい」
俺はまるでオジギソウのようにたっぷりと項垂れてしまったが、やがて面を上げて言った。
「ありがとうございます。
本当に残念ですが、安全のため御忠告には従います。
御店は誰かを雇うか誰かに譲るかでもいいかなと。
商業ギルドに相談してみます。
俺とラーナで作った味を皆が楽しんでくれるなら、それでいいです。
お金はまだ十分にありますし」
彼も頷いてくれ、立ち上がり俺の手を取った。
「ダイゴよ、そう気を落とすでない。
我がフリードリッヒ子爵家にはこんな家訓がある。
『汝、友を裏切るなかれ』とな。
わが友、相川醍醐よ。
この世界もまた捨てたものではないぞ」
俺は、立ち上がり剣を腰に差してその柄を叩いて笑う彼の言葉に声も無く涙した。
そして、ただ「ありがとう。ありがとう、我が友フリードリッヒ子爵」と、それだけをなんとか声を絞り出したのであった。
そして俺達一家は緊張感に包まれたまま、気配を押し殺して屋敷で暮らしていた。
フィーの御菓子は屋敷の使用人さんが買ってきてくれていたので、彼女の加護を途切らせる事はなかった。
だが、ある日彼らはやってきた。
ゲルス共和国の軍人が『エルトミア王国官吏』を伴ってやってきたのだ。
「開門、開門」
「何用ですかな、貴族の館に前触れもなく無礼であろう」
すぐに御領主自ら現れて対応してくれた。
巨大な対ドラゴン武器『ドラゴンスレイヤー』を帯刀して、というかずるずる引き摺って。
それを見た相手は門前で沈黙した。
俺と女房子供は、奴らが踏み込んできたら、裏口からいつでもトンズラできる態勢で待っていた。
すでに『渡りはつけてある』のだ。
強力な援軍に。




