150-21 外来種
そして世の中では往々にしてある事なのだが、それからゴブリンの奴め、さっぱり現れなくなった。
「おい、リーダー。
どうなっているんだ。
こんなに魔物が現れないなんて。
あまり奥まで入ると、今度はまたこいつを入り口まで送っていかないといけなくなる。
それに第一、何かこう変だ」
「ああ、これは少しばかりキナ臭くなってきたかもしれんな。
おい、アマンダ。
本気でそいつの御守りをしておけ。
こいつはまた、ちょいとばかりマズイかもしれん」
ど、どういう事?
俺は自分の顔色がどんどん悪くなってきたのを覚えた。
入り口付近で幼気なゴブリンさんを一匹嬲り殺しにして帰る、簡単な御仕事だったんじゃあなかったの。
「ちい、だからさっきのゴブリンをやらせておけばよかったんだよ。
本当に危ないようなら私が寸止めにさせてやったし、強力な回復薬もたくさんあるんだから。
御蔭で碌な事になってない。
いざとなったら、足手纏いのそいつは置いて逃げるからな」
ちょっ!
だが、御姉さんは本気の顔付きで戦闘態勢に入っていく。
集中し瞬発力をいつでも発揮させられる態勢だ。
ま・さ・か。
その時、フィーが俺の髪を引っ張って言った。
「ダイゴ。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」
「え、フィー。
何がヤバイんだ」
「外来種が来る。
逃げて。
早く~」
「外来種って何だ?」
この俺の言葉にチーム全員が振り向いた。
そしてフィーは言った。
「それは『このダンジョンの外からここに湧いてきた』イレギュラーな奴って事さ」
「小僧。お前今、何と言った?」
「お、俺が言ったわけじゃないです。
俺に加護をくれている精霊が、外来種が来るから大至急逃げろって」
「貴様、精霊の加護持ちだったのか。
何故それをもっと早く言わん」
「えー? それは、どういう……」
だが、俺はその台詞をすべて言う事は出来なかった。
大音響と共にダンジョンの壁が大きく崩れて、その向こうから巨大な怪物が現れたからだ。
ここのギルドのリーダー的冒険者が言っていた異様なデザインをしたそいつは、魔物というよりは地球に伝わる異界の怪物神話に登場する暗黒世界の人食い神のよう。
禍々しいのは何よりもその目だ。
残酷で酷薄で、どんなに残虐な人間にもする事が出来そうにない異様な目の光。
そこには悪しき知性が邪悪に煌いていた。
その根底にあるものは嗤いだ。
相手を卑しめ貶め辱め、その上で相手の血肉も含めて全てを奪おうとしている。
まるで卑し神。
「なんだ、こいつは」
「こんな魔物は今まで見た事も聞いた事もないわ」
「こいつは紛れもなくハインドが言っていたという特殊な奴だ。
これがドラゴンを越えるオーバーSランクの怪物だというのか。
おい、ベルモント。
さすがに、こいつはヤバ過ぎる」
「ちっ」
思わず舌打ちするベルモント。
相手の力量を、外来種というキーワードごと受け止めたせいだろう。
どうやらこいつは、このチームで敵うような相手ではないらしい。
「おい、加護持ちの小僧」
「な、な、なんでしょう」
俺は膝腰上半身、いや全身で震えながら、かろうじて返事を返した。
「お前をなんとか逃がしてやる。
お前なら加護の御蔭で逃げ延びる事が出来るかもしれん。
戻って問答無用で王都の騎士団と高ランク冒険者をありったけ寄越せと領主殿に伝えてこい。
領主館の住人であるお前の言葉ならば、彼もすぐに信じてくれるだろう。
雑魚は寄越すな、犬死にが増えるだけだと言っておけ」
俺は極度に震えるあまり逆に足が固まった。
この人達は、この超強敵を相手に迷わず死の決意を示したのだ。
俺を逃がすためだけに。
いや、それと己の責務を全うするために。
だが。
「駄目です。
逃げられません。
フィーが、そこにいる精霊が言っています。
どうやら、こいつの本当の狙いは……」
俺は少しだけ言い淀んで、涙と鼻水でいっぱいの顔で答えた。
「稀人である俺らしいんで」
「な!」
「お前が稀人だと⁉」
「なんてこった」
「それでギルマス預かりですか」
そして信じられない事に、そいつは喋った。
異様なイントネーションで。
「あたありぃィィィィ」
「馬鹿な、魔物が喋るだと!
人化ドラゴンでもあるまいに」
「そうよョョョョあなたの力が欲しいのォォォォ。
なんという魔力ゥゥゥゥ欲しいィィィィ。
お前の血が肉が魂がァァァァ」
俺は足が震え、腰が砕けそうになりながら、からくも言い返した。
「へっ、舐めんじゃねえぞ。
このモブの中のモブ、キングオブモブであるこのダイゴ様を食ってどうしようというんだ。
何の足しにもなりゃあしないぜ」
「おバカさんねェェェェ稀ビトォォォォ食えばァァァァ進化するーゥゥゥゥ更なる更なる高みにィィィィ」
俺は、からからになった喉が破れそうに感じながらも絞り出すような声で皆に言った。
フィーが解説してくれるままに。
「こいつらは、この世界のどこかのダンジョンで発生し上り詰め、高い知能を持ち進化してきた一種の魔物の亜種、いや新種です。
単なる魔物を越えた特別な体系に属するダンジョンの特別種。
そしてダンジョン間を越えて、他のダンジョンから直接このダンジョンへポップしてくるのです。
だから外来種と呼ばれます。
常に最適の餌を求めて、時にはダンジョンの最奥や外の世界で隠れ潜んで眠りにつき、冒険者による掃討を免れる。
以前に他の冒険者と遭遇しても襲わなかったのは、そいつなんか足しにもならないから。
そして姿を表せば強い者がやってくると知っている。
稀人ならば現れると。
駄目だ、こいつはなんていう知能と能力の持ち主なんだ。
こいつをこれ以上進化させてはいけない。
これをこのダンジョンの外へ絶対に出してはならない」
それを聞いて思わず固まるチームの皆。
こんな強者の中の強者を相手にするのは、完全にこのチームの力量を越えている。
くそ、一体どうしろというのか。
ちくしょう。
俺はモブなんだぜ!




