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145-5 魔王対番長

「ふふ。

 さあ、地球の番長さんは、どんな手で攻めてくるのかな~」


「は!

 そんなものは決まっているじゃないですか。

 ほら、これですよ」


「え! そ、それは~」


 そう彼女は忘れていたのだ。

 自分の弱点と彼の得意技について。

 傍から見ると丸わかりな弱点も、自分ではよくわかっていなかったりするものだ。


 食いしん坊魔人対乙男。

 相性から言って、勝負の結果など最初から決まっていたのだ。


 あの何事にも卒がないエリーンの唯一の弱点。

 そこを攻めない織原ではなかった。

 彼は大変頭がいいのだから。


 彼がアイテムボックスから出して見せたのは、彼の手になる大傑作スイーツだ。

 それは本来ならば子供達に振る舞うべく、愛する彼女と共に昨日丸一日がかりで用意された品であったのだが。


 それは大皿の上へ山のように積み上げられた『シュークリーム子供の日スペシャル』だった。


「こ、このシュークリームは、ただのシュークリームではない。

 この芳醇な甘い香り、香ばしい皮の誘い。

 その上、中にも何かクリームとは違う凄い物が入っているわね。

 これはまたなんと!

 おそらく何かのフルーツ?

 物凄く香しい匂いで圧倒されるっ。

 う、動けないわ!」


 吸い寄せられるようにそれから目を離す事ができず、また影を縫われた如くに身動きする事が出来ないほど魅了されているエリーン。


 それをにやにやしながら見ていた織原だったのだが、こう言い放った。


「ははは、さすがはいい鼻をしていらっしゃる。

 この勝負の勝ち負けは、美食魔王エリーン。

 あなたの舌で判定していただこうじゃないですか」


 言われなくても、額から滲み出る汗を拭く事すら叶わずに、まるでブラックホールに吸い込まれるかの如くに体ごと引き寄せられていく。


 既に目は恍惚状態だった。

 最初の一つに手を伸ばしたのも束の間、それは一瞬にして全て消え失せた。


「早い!

 予想はしていたものの、まるで転移魔法だ」


 そのような織原の戯言は、するりっと耳を通過して反対側の耳から抜けて出ていったエリーン。


 なんというか、カーソルを当てて消去命令で画像を消していくかのように、そのシュークリーム子供の日スペシャルは虚空、いやエリーンの胃袋の中へと消えていった。

 そして最後にその手が虚しく空を掴んだ時、彼女は宣言した。


「くっ、もう無くなってしまったのか。

 ああもう。

 これじゃ負けを宣言するしかないじゃないの。

 仕方がない、そこの鯉のぼりは持っていくがいいさ」


 だが子供達からは凄いブーイングだった。


「えー、ひどいー。

 せっかく、おやつでばいしゅうしたのに。

 うらぎりもの~」


「はっはっは。

 お前らもこれを食ってみな」


 織原からそう言われてエリーンに文句を言っていた子供達も、織原が新たに出したシュークリームに手を出した。

 エリーンが物欲しそうにしていたので、仕方がないのでもう三個出しておいた。


「もう、相変わらずシュークリームには目が無いんですね。

 後は子供達の分なんですから、それは味わって食ってくださいよ?」


「うう、これが後三個しか食べられないというの⁉」


 人生最大の衝撃を受けた、とでも言いたそうなエリーン。

 美味しいシュークリームやケーキに出会う度にこうなのであるが。


「まるで人生最後の晩餐みたいなこと言わないでください。

 たかがシュークリームじゃないですか!

 また今度作ってあげますから」


「本当?

 やったー!

 いつ、いつ? 今から?」


 そして、後ろからエドのハリセンが思いっきり唸った。

 相変わらず、いい音がする。

 食い物が絡むと頭の中までシュークリーム状態なのか。

 普段は大変有能な女なのであるが。


「エド、何をするのよ。

 いったいなあ、もう」


「やかましい!

 いや済まないね、織原君」


「いえいえ、勝負事なんで」


 エドと織原は御互いに苦労人同士なので、よく気が合うようだった。


「うわあ、これとってもおいしいやー」


「ほんとう。

 くやしいけど、これならエリーンがうらぎるのあたりまえだよねー」


「ことしもまけたー!」

「でもシュークリームがおいしい~」


 それを見て涎を垂らしている織原組の子供達。

 織原も笑って彼らにも特製シュークリームを出してやるのだった。


「これ、すっごくおいしい」

「かわサクサク」

「なかにはいっているおいしいの、なにかなー」


 それはスペシャルの名に相応しいものだった。


 最近取引を始めた、北海道のコンクールクラスの乳牛が出すスペシャル生乳から作られた生クリームとカスタードクリーム、そして極上の名古屋コーチン卵。


 そいつは一個千円のスペシャル卵を奢ったのだ。

 1パックではない。

 一個千円という信じられない価格の奴を惜しげもなく使っているのだ。

 物価の優等生たる卵にあるまじき、とんでもない暴挙だった。

 だが出来上がった物は、それに相応しい逸品であったのだ。


 皮は異世界で入手したドワーフやゴブリンの、あの素材から作ったという有り得ないものだった。

 すべてはコネの勝利である。

 その対価として差し出した物もまた、彼ら好みである地球の逸品であったのだが。


 そして今回は空気をよく含みサクサクな感じの生地をチョイスした。

 本日のイベントは、がっつり系を好む顧客向けだったし。


 また中身には各種のフルーツを入れておいた。

 一個の対価として複数枚の万札が飛ぶ特級の宮崎マンゴー、最高級のあまおうイチゴ、変わり種ではドラゴンフルーツだ。


 特にドラゴンフルーツ、こいつは上手に熟成された物を使わないと味をピークに持ってこれないので、その辺りの事を非常に苦労した。

 それらは祖父の代から付き合いのある果物屋さんに全面支援していただいたものだ。


「そうですか、坊ちゃん。

 とびきり美味しい御菓子を作って、異世界の孤児院へ慰問にねえ。

 坊ちゃんも成長されましたね。

 ここは是非、私に任せてくださいよ!」


 そう言って気のいい笑顔で協力してくれた、織原を幼い頃より見守ってくれていたプロ中のプロが尽くしてくれた真心が最大の隠しトッピングなのだった。


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