プロローグ
ただただ、面倒な人生だった。
キャンプ場へ向かう山道で車を駆りながら、これまでの旅の道程を振り返って、今ふとそう思う。
働いて働いて、働き続けた挙句に体を壊して退職した。
そして会社に迷惑をかけたと疎まれ、追われるように辞めた……。
辞める寸前に聞いたが、裏トップダウンという違法な指令が出ていた。
これに関しては小説ネタではなく完全にノンフィクションな代物だ。
大企業がそういう卑怯で違法な真似をしても日本では一切罰されることはない。
そのせいで、そこまで追い詰められたのだ。
世の中、そんな奴は五万といる。
『職業選択の自由』を謳った日本国憲法、または労働基準法などに違反する、奴隷労働を強要する殺人トップダウンだ。
憲法第九条を守れだと?
笑わせるな。
自分の都合のためだけにハルノートなんていう糞な代物を突き付けて、日本を地獄の泥沼戦争に引き摺り込んだアメリカが押し付けた、性根の腐った占領憲法を元にした法律を守る要素なんざ、この日本のどこにもない。
少なくとも大企業には、そんな物を守るつもりなど最初から欠片もない。
これがまた御丁寧な事に、会社から緘口令まで敷かれていたのだ。
まあバレたら社長は逮捕で株価は下がりっぱなしの上、へたをすれば株は管理ポスト行き(株式上場廃止直前である株式の墓場)となる重大な法律違反の指令なのだから、それはもうバレないように努力するわな。
新聞沙汰というか、テレビやネットで海外まで悪行が知れ渡る。
特に欧米ではそういう人権を無視するような事は非常に嫌われるので、国際的に表沙汰になれば向こうの市場は無くなるし、そっち方面の工場は全閉鎖だな。
俺がいた、その悪質な会社にはそっち方面に工場や営業所が結構あった。
だがそのように緘口令を敷いていでも、ついうっかりと口を滑らす者もいたのだ。
特に社内では。
そいつはあっさりと口を滑らして、俺に向かってこう言ったのだ。
「ええっ、よく退職の書類が貰えたね!
信じられない。
社員は全員使い潰すために絶対に退職者は出させるな、体を壊そうがなんだろうが死んでも辞めさせるなっていう会社からの御達しなのに。
あ! あわわわわっ」
などと言っていた。
これらの話が作者の完全なノンフィクションである事実だから、本当にもう困ったものだ。
ネット上で俗にいう『〇〇連による人類奴隷化計画』っていう奴だな。
実際に死んでいる奴らも大勢いたし。
俺も現役の〇〇連企業に勤めていた社員の時には、そういう大げさな文言を匿名掲示板で見つけたら、酒を飲みながら大爆笑して笑いのめしていたもんだが、それも今となっては……。
俺にその話を漏らしてくれたそいつがまた、俺とは長年気心の知れた同じ歳の、凄く仲がいい奴だったので。
同じ中途入社組だたしな。
おかげで余計心に来たよ。
思わず、御互いに無言で項垂れちまった。
だからこそ、俺に対しては口を滑らせてくれたんだろうけど。
そんな奴ですら、仲のいい人間に対しても本来は秘匿しておかねばならない非常の掟。
それが〇〇連企業の『裏トップダウン』という奴だ。
そういう事が、その会社だけの話だったのか、あるいは〇〇連企業の他の会社などでもすべてそうなのか、こんな社会の隅っこに追いやられてしまった俺如きには今更知る術もない。
世の中には他にも俺が知らないような、法律に違反するいろんな裏トップダウンがたくさんまかり通っているんだろうな。
日本は本当に陰湿な島国根性の社会なのだ。
だから日本社会は「いじめ」が基本構造に組み込まれている。
日本で就職した外国人は、もう日本で働きたくないと大概の奴が言うらしい。
今までにも、悪質な法律違反で会社が消えて無くなってニュースになった時も、緘口令が敷かれていたケースもある。
緘口令が守られなかったから連中は社会から抹殺されて消えたのだろうが。
大企業では「バイトも会社員なのですから、誠心誠意とことん働いて働いて死ぬまで働き抜いて、さらには会社が違法にやっている事に対しての守秘義務もあります」とかなんとか仕事が始まる前のミーティングで叫ぶアホな監督者の社員がいるが、そんな都合のいい事がある訳がない。
むしろバイトの連中は辟易して、わざとリークする方向へと心は傾く。
俺が若い頃から、バイト仲間の口コミにはうんざりするような話が多かった。
その頃はインターネットなんぞは存在しなかったので、そうそう漏れて大拡散はしなかったのだが。
もっと酷いと、そこまで言われて会社に無理やり忠誠を誓わされ、無茶苦茶に扱き使われまくっていたのに、ちょっと景気が悪いからって契約途中で無理やりに首を切られて(これも法律違反だ)相当頭に来たものか、そいつはついに一線を越えてしまい架空の爆弾脅迫電話へと一歩踏み込んだバイトもいた(完璧に警察沙汰になった恥ずかしいノンフィクション)。
どっちもどっちだよなあ……。
大概にしろや。
俺も、さすがにあれはやり過ぎだろうと思っていたんだがね。
まあバイトがそうなってしまうのも当然のような最悪レベルの会社だったので、あんな事になったのも無理はないかと正社員全員でうんうんと頷いておいたのだが。
もちろん、そんな事があったというのに会社は当日の予告時間に工場の操業を停止しなかった(爆)。
本当に困ったノンフィクションだわ。
従業員爆死して屍拾う者なし、なのか?
滑稽だった。
何もかもが。
裏トップダウンか。
その内容に責任を持てない階級の人間には知らせてはならない、人を管理する立場にある上の人間にだけ知らされている違法な指令だったのに、やはり良心の呵責に駆られて心苦しいものか、そいつらも信頼している部下にはつい話してしまう。
そして、そいつがまたポロポロと他の人間に漏らしていく。
人間とはそういうものだ。
人の口に戸は立てられない。
それくらい、いたたまれない内容だったのだ。
それは人間の良心、あるいは違法な事への疚しさに対する凄まじい心苦しさなどからなのであろうが、企業犯罪機密は必ず世に漏れる。
そして責任を持つ階級ではないそいつが、あのようにうっかりと口を滑らせる。
その違法な指示の犠牲になってボロボロになった身としては、聞いた方はただただうんざりするだけだ。
聞いたところで何も変わらないし、骨格レベルで壊れてしまった俺の体も健康には戻らない(ノンフィクション)。
監督署も頻繁に労災関係で来ていて、その程度の事などは見抜いているのだが、面倒なのか見て見ぬ振りだった。
警察とて知らんふりだろう。
特にああいう田舎町では。
まあ、そういうものなのだろう。
誰が死んでいようと国の役人には何の関係もない。
多くは書けないが、そのせいで大勢死んでしまった。
年金の説明会当日に配られた組合ビラに訃報が載っていた、丁度年金の説明会に出るはずだった五十五歳で死んだ不憫な人間までいた。
たまたま組合ビラが配布されるような日でなかったため、同じ工場で働いていた仲間が突然死しても訃報が組合ビラに載らない事さえあった。
あれには、さすがに辟易した。
何しろ、そいつは俺が担当していたラインの人間だったので。
俺が辞める時、最後に半分泣きそうな顔で、こう言ってきた奴がいた。
人間として本当に信頼できるようなタイプの、生真面目な奴で現場の監督者をやっていた人だった。
「御願い! 監督署に会社がやっている事を訴えてきて!」
俺はその時、頭の方までボロボロになっていて人の言う事もあまり頭に入って来ずに、そいつとあやふやなやりとりしか出来ていなかったのだが、当時の彼の真摯な言葉と表情を今でもなにくれとなく思い出す(ノンフィクション)。
そんな事を監督署に言ったって、どうにもならないのだが。
俺が何を言おうが、監督署も警察も動かない。
逆に俺が連中から脅されるだけで、精神的な追い打ちを食らうだけ大損だろう。
彼は今も元気にやっているだろうか。
歳を食ったら、ああいうタイプは殊更虐められるような会社だったから気になる。
出世出来なかったら定年間際の数年間は、使い潰すためにわざと肉体的に厳しい仕事場へ放り込まれて苛め抜かれるのだし、ああいう部下を虐めきれないような良い性格をした人間は大概が出世できないタイプの会社だった。
ああいう生真面目なタイプの、いわゆる『いい人』は物凄く割を食うのだ。
ズル賢く、他人を陥れるような人間だけが得をする嫌な会社だった。
だから、更にどんどん嫌な会社へと変貌していった。
もちろん、そいつら他人を犠牲にして自分だけ出世していくタイプの人間は、本当に嫌な人間達だった。
一般社員や派遣の人、それに運送会社の人や取引先の人達からさえも蛇蝎のように嫌われていた。
生きてあそこから出られた自分は、まだマシな方だったのだろう。
生きて出られずに黄泉比良坂へと旅立った奴の総数はカウントできない。
本当の純粋な病死と区別がつかないためだ。
すべて、只の病死扱いだ。
それは北朝鮮の餓死者と一緒で、国家として決して数を数えてはならない禁断のもの、公式に存在していてはならないものだから。
それが日本という国の残念な本性だ。
こうして車を運転している時も、そのような心の断片に引っかかった過去が時折顔を覗かせる。
特にフラッシュバックというほどの物でもないのだが。
心の断片とか引っ掛かったままの何かとしか表現できない、俺が死ぬ最期の時までずっとズルズルと引き摺っていくしかない、心に背負った御荷物なのだ。
いや、只の心に刺さった棘に過ぎない。
時折、それが刺さったままの傷口がうっすらと血を流す。
こんな体で働きに出る事など出来ず、引き篭って僅かな貯金を食い潰してきた。
精神的にもきつかったので働きに出る事に抵抗があった。
長い間、健康保険も入れていなくて体のケアも出来なかったので、もう体もあちこちボロボロだ。
いい事など何も無かった。
独身で家族がいなくて本当に幸いだった。
五十歳も遥かに過ぎたこの身に、やるべき事など最早何も無い。
退職から七年の歳月が過ぎた。
もう後は死ぬばかりの身であったが、なんの因果か宝くじで八億円も当たってしまった。
しかし、それも今更だ。
もう女遊びなど出来るような体でもなし、海外旅行もしんどいから行きたくない。
多少贅沢に飲み食いでもするのがせいぜいだった。
体を壊しているせいか、酒も昔のようには美味くない。
ただ車がもう古かったんで、少し気になっていた奴に買い代えた。
T社のオフロードタイプだ。
二駆とパートタイム四駆を切り替え、ハイロー4WD切り替え付きのトランスファーやデフロックを装備する本格派のクロカン車だ。
その他のオフロード用特殊装備も備えた、なんとも毛色の変わったところがなんとなく気に入っていた。
あまりにも特殊な車なので一般人は関心を持たず、売れまくる事も無く生産中止間際の車なのだが、俺みたいに物好きな客からの注文が途切れないので、国内だけはかろうじて販売が継続している。
アメリカ向けに販売されたのが十年前、国内でも発売後六年か。
打ち切り間近のひなびたモデルで、こんな無様で哀れな俺には似合いの車だ。
御互いに日陰者同士なんだ。
残りの人生は仲良く一緒にやろうぜ。
俺って一度車を買ったら、ほぼ完全に壊れて修理が不可能になるくらいまで長く乗る主義なんだ。
この車は丈夫そうだから長く乗れそうだ。
世界的に壊れないので有名なメーカー製の、ラダーフレームを装備したクロカン車だしな。
もう晩秋の十一月も後半だ。
あるいは冬の到来ともいえる季節。
こんな季節にどうかと思ったのだが、せっかくこんな車を仕入れたのでオートキャンプ場で楽しむことにした。
別にテントを張らなくても泊まれるレンタル・バンガローがあるし、そこに暖房や貸し布団などもある。
いろいろと道具を持ち込んで、キャンプっぽさを堪能するつもりだ。
若い頃は、こういう事も多少は嗜んだものだ。
キャンプ当日、狭い山道を車幅が百九十センチもある大柄な車体を駆り、なんとかキャンプ場に着いた。
久々に馴れぬ山道走行をしたので疲れてしまった。
さすがに狭い山道を走らせるには車幅があり過ぎた。
こんな図体のでかい車を買ったのは生まれて初めてだ。
最近は、まったく遠出なんかはしていないからな。
会社を辞めて以来、往復二十キロ以上を走った試しがない。
会社生活の最後の頃は、会社まで三十分ほど運転しただけで、ぐったりと車内でへたばってしまっていた。
毎朝一時間はそのまま動けない。
昼休みも車の中でぐったりしていた。
あんな状態で仕事が続くわけがないのに、無理やりにもっと何倍も肉体的に仕事が厳しい場所で働かされた(これも当然のように作者のノンフィクションだ)。
死ねと言われているようなものだ。
あれには奈落の底まで落ちそうなくらい絶望した。
七年で償却となる半分壊れかけているような機械を、二十年以上経って部品が無くなって終いに直せなくなるまで磨り潰すような感じに使うような会社だったし。
当然、同じ発想で人間も同じ扱いをされていた。
『人間は買ってくればタダ』
この昔からあるアレ過ぎる人身売買的思想・発想を会社が止めない限り、日本の社会は決して変わる事はあるまい。
もし変わるとしたならば、絶対にもっと悪い方向へだ。
少子化で働いてくれる人がもういないなんていう事は日本企業にとってまったく関係ない。
現地へ着いてからさっそく受付を済ませ、キャンプ場の売店を覗いてみた。
菓子やらインスタント食品やら、後は簡単なキャンプ用品などが売っている。
売っている値段はかなり高い。
まあ、それはこんなところでは当り前なのだが。
普段なら俺も絶対に買ったりはしないのだけれど。
だが気になった。
売っている商品が、何故かとても気になった。
それらに目が吸い付いて離せない。
体中に鉛が詰まったみたいに、体のどこも動かせない。
これらの品々を買っておきたくて堪らない。
この逸品達を買わないなんて選択肢は絶対にありえない。
もうそれ以外の事は考えられない。
それを買わずには、ここから一歩も動けない。
体の奥底から溢れるほどに、激しく突き上げるような、そんな狂おしいような衝動が湧き上がってくる。
立っていても、身動きも出来ずに机に捉まって耐えるしかないほどの、説明のしようもないほどの体の内部・深奥からくる圧迫感。
これは他の人には絶対に理解できない感覚なものらしい。
言葉では絶対に他人へ伝えられない代物なのだ。
それは読者からの感想でも思い知った。
『それって一体どういう事なのでしょう。そんな事を言われてもわかりません!』と力一杯に悲壮感さえ伝わってくる感じに叫ばれてしまった(ノンフィクション)。
理解しようと、そこまで必死に頑張ってくれてありがとう(今更な謝意)。
ここではクレカなんて使えやしないが、金は財布の中に五十万円ほど入っていた。
これは自分の能力、セブンセンス(セブンスセンス)と呼んでいるモノが働いているのだろう。
あれも正確には『俺自身の能力ではない』のだが。
そのように、激しくそこにあった品々に対する圧倒的なまでの購入衝動を感じた。
もう、こいつセブンスセンスと付き合って三十年近くにもなる。
その感覚に逆らってもいい事は一つも無いのが身に沁みている。
俺は仕方がないので、衝動のままに商品を買い込む事にした。
金はあるのだ。
別にケチケチする事もない。
今までもこういう事は多々あった。
そして訳がわからなくてもこの感覚には従ったほうがいい事も、これまでの経験則から知っていた。
「理屈でなくわかってしまう」ような特殊な能力なのだ。
こいつは場合によっては、殆ど全知に近い能力となる。
「何故、お前にそんな事がわかるんだあああ」と何度叫んだか知れない(ノンフィクション)。
まあ叫んだって無駄なのだがな。
あれは、そういう奴なので。
無視した場合、必ずとんでもない事になり、凄まじく後悔する羽目になる(思い出が苦すぎるノンフィクション)。
それに関しての苦い走馬灯が何周も回る。
俺はまだ生きているんだけどね。
スナック菓子にカップ麺、その他食い物や菓子類。
カップスープやウーロン茶などの飲み物。
キャンプに付き物の蚊取り線香・防虫スプレー・殺虫剤とか。
レトルト食品や調味料。
それにワインが二十本くらい売っていたので、そいつも全種類大人買いした。
カップの日本酒に、牛乳・氷・アイスなどの冷蔵冷凍製品までまで。
そんな常温で溶けてしまうような物を、今買ってどうするのだと思ったのだが、強烈過ぎる購買衝動がどうにも抑えられない。
仕方が無く、氷を買って一緒に突っ込んでおく。
抗う事も出来ぬような激しい、強い衝動、狂おしい切望が体を付きぬける。
それが俺を突き動かす。
まるで背後から見えない何かに押されているかのように。
もう俺は半ば前屈みになってしまっていた。
「ぐむう、なんだこれは。
こんな強烈な奴は久しぶりだなあ。
今から一体何が起こるというのか。
こんなところに大地震でも来るというのだろうか」
最近には久しく無かった事だ。
しかし、こいつと付き合うと、とんでもないわくわくした事に出会える事もあるんだ。
最近は家に引き籠ってばかりで、そんな機会もとんと無くなったけれど。
買い物衝動はまだまだ続く。
食器用洗剤・ガスカートリッジ・乾電池・木炭・薪なども買い込んだ。
自販機で販売しているビールやジュース類も一通り仕入れてしまう。
自分でも呆れ返るが、買い物衝動は一向に止まらない。
何かが俺の背中を押す。
押して押して押しまくり、激しく突き動かす。
激しすぎる衝動が、足元から全身を嵐のように突き上げていく。
「買え、買え。力の限り買うのだ」と、『俺の中のあいつ』が言う。
そんな感じで。
洗濯機用の個袋入り洗剤・柔軟剤も仕入れた。
かなり色々持ってきていたのだが、その上キャンプ場のレンタル品も揃えまくった。
布団セット・暖房器具・予約の要るファイヤースタンドは事前に予定していたので受け取った。
それに加えて、ランタン・ざら板・湯たんぽ・調理器具各種・鉄板・かまど・大中小鍋・カセットコンロと、予約無しですぐに借りられる物品も、借りに借りまくった。
終いには、釣りをやる予定もないのに、釣り堀にあったマス釣り用の釣竿まで一式借り受ける。
止まらない。
自分の意思で止められない。
襲い来る、狂おしい衝動。
体が勝手に動いて勝手に事を為していく(これは別に小説だから書いているわけじゃなくて、現実に起きる本当の出来事だ)。
こればかりは、いつもの事なので諦める。
手持ちのお金は十分にあるのだし。
あれは本当に自分でも訳がわからない現象なのだ。
買取のバーベキュー網・ ゴミ袋にガスボンベも買いまくった。
我ながら一体何を考えているんだろう。
さすがに車の中が荷物でいっぱいになってしまった。
実を言うと、ここへ立ち寄る前でのコンビニでも派手にやらかしてきたのだ。
使った分の金までATMで一日に引き出せる限度額いっぱいをマキシマムに補充して。
あれで衝動は収まったと思っていたのに甘かった。
本当に何なんだよ。
しかし、そこまでやっても不思議と後悔が無い。
これらの膨大な品々を、このような場所で一体何に使うものやら。
最早、それすら楽しみになってきたわ。
そして俺は知っているのだ。
『これらは必ず何かに使う羽目になる』のに決まっているのだから。
そして、ふと思い出した。
かつてセブンスセンスが俺に告げた事を。
「お前は、夢と冒険とロマン、富と栄誉を得るだろう。
そして、その時お前は……」
かつてこいつ、俺が勝手に命名したセブンセンス(セブンスセンス)と呼ぶ『者』は、俺にそう語った。
そして多くの、普通にずっとサラリーマンをしていたような人なら絶対にやらないような冒険を、そいつと共にしたのだ。
せめて、もう一度そんな人生があったらいいな。
そう思いつつも、もうそんな歳ではないけれども。
もう車を駆って長く走る事すら出来ない。
あの者、俺が地名所縁のイコマという名で呼ぶ『セブンスセンスなる者』と共に駆け抜けた、小説ではない現実の冒険の日々(ノンフィクション)。
このイコマという名は、作者が本当にそう名付けてやったセブンスセンスとやらの『真名』なのだ(ノンフィクション)。
まさかこの名前を多くの見知らぬ読者と共有する事になるなどとは、奴にイコマという名を付けた二十六歳当時には夢にも思わなかった。
それが作者の人生で一番不思議な事だった。
今更、そのような事を小説に書くなんて滑稽ですらある。
だが全てはもう忘れ去った過去だ。
イコマが俺に語った後半の詩は、俺自身の破滅と、そして魂の安息に関するものだった。
前半の部分も、結果だけを見れば、そうたいした事はなかったしな。
だが本気でやろうと思えば、あるいは凄い事にもなったものを。
だが俺は成功をこの手に掴む事は出来なかった。
日本人にはよく有りがちな事だが、失敗するイメージを拭い去る事が出来なくて逆に失敗したのだ。
破滅の部分に関しては、残念ながら大いに当たってしまった。
バイクでコーナーを曲がる時に出口ではなく、恐怖心を拭いきれなくてガードレールを見ていた奴は逆に破滅のゴールへと突っ込んでいくのだ。
あれと同じだ。
だが、ただ普通に生活しているだけの人達が経験しないような事は、たくさん経験したりしたのだった。
つまり逆に言って後は死んでいくだけ消えていくだけで、俺にはもう何も残されていないのだ。
こうやって、一人ボーっと過去を見つめて過ごすだけの余生だった。
残念ながら、こういう悲惨な状態も作者のノンフィクションなのだ。
だから、この物語は生まれた。
それから予約しておいた五平餅を食べる。
ここは、ちゃんと炭火で焼いてくれるのだ。
これも追加で二本持ち帰り分を頼んでしまった。
またもや買い物衝動が沸き起こったのだ。
まったくもって、焼き立て五平餅なんかを一体何に使うというのか。
仕方が無いので、これもお持ち帰りにする。
これは、よく愛知県の観光地に置いてある土産用のパックではない、美味しい胡桃タレの炭火焼の物だ。
ちなみに、このキャンプ場はモデルとなるキャンプ場が愛知県の山奥に実在する。
ドライブやキャンプが好きな愛知県の人なら、場所がどこにあるのかピンとくるかもしれない。
あの辺りには、このクラスのキャンプ場は、せいぜい三か所くらいしかなかったような気がする。
そこを越えると、もう長野方面に出てしまうので。
残念ながらキャンプ場のリニューアルによって、この手のかかった美味しい焼き立て五平餅コーナーは消滅してしまった。
合掌!
今日はキャンプ場に他の客もいないので、この広いキャンプ場が俺の貸し切りだ。
そしてバンガローに車を着けて荷を降ろそうかと思ったら、いきなり真っ白な濃い霧が出てきた。
やれやれと思ったのだが、車の中で晴れるのを待つ事にする。
しかし、こんな濃い霧は見た事が無い。
まるでミルクのように濃密で、まったく目の前さえ見えない。
なかなか晴れない霧に、短気な俺はいらいらしてきたが、こういう時にやたらと動くと危険だ。
慌てる事は何も無かった。
どうせ、ゆっくりするつもりで来たんだ。
そして家に帰ってからも、しなければならない事など何もないのだ。
後はそのうち棺桶に収まって、葬式すらやらずに葬儀場というか斎場へ直送されるのを待つだけの世捨て人なのだから(作者の悲しいノンフィクション)。
のんびり待とう。
時間に余裕を見て、二泊三日の予定なのだ。
それにしても、買い込んだ大量の荷物はどうしたもんだか。
そいつに関しては俺も首を竦めるに留めた。
そればかりは今考えたって仕方のない事なのだから。
買ったばかりのスマホを覗いて、思わず顔を顰める。
あろうことか圏外だった。
なんとまあ、今時。
しかし、この木々が鬱蒼と茂る山奥なら無理も無いのかもしれん。
愛知県なんて本来はド田舎もいいところなのだ。
自動車産業が発達しているので仕事口が多いから人口だけはやたらと多いのだが、ただでさえ人口比で狭い面積の半分以上は深い山なのだから。
豊田市街地なんか凄く山に近い場所だし、最近は都市部でも熊の出没が多いから餌の具合が良くない年なんかだと気を付けないと熊が出そうだ。
監視カメラに熊が写っていた事もあるらしい。
俺は首を竦め、諦めてスマホで音楽を聴く事にした。
だが音楽を聴いているうちに、いつしか寝てしまった。
……そして、おかしな夢を見た。
なんだか知らないが、自分でパソコンのシステムを組んでいるようだ。
ああでもないこうでもないと言いながら。
「時間が無い、時間が無い」と焦りながら。
まるで不思議の国のアリスに出てくるウサギさんみたいだなと、夢の中でぼんやりと自分のその後ろ姿を眺めていた。
十分余り経ったのだろうか?
目が覚めて辺りを見回すと、霧が段々と晴れてきた。
さすがにホッとする。
さて荷降ろしをするか、と車を降りてから奇妙な違和感を覚える。
「あれ?
なんだこれは……ここは森の中か?」
山間部のキャンプ場なのだから、確かに森の中みたいなところではあったわけだけれど、もっと開けていた場所のはずだった。
だが、ここは鬱蒼とした森の中で、よく見れば隣にあったはずの他のバンガローなんかも無い!
あるのは自分の借りたバンガローと車だけだ。
しかも足元を見ると、何故か今いる場所は瓦礫のような場所にある小山の上と来たものだ。
視点の高さも違和感を覚えた理由の一つか。
そりゃあそうだよな。
最初は寝惚け加減だったのでよくわからなかったのだが、何か足元も不安定な感触だし。
よく見るとバンガローと車のあるところは、周りと地面の色が違う。
そして、まるでそこだけが元の地面から引き千切られたかのような様相だ。
なんだこりゃ。
俺は大混乱した。
えー、そのなんだ?
何が起きたのか、まったくわからん!
◆◇◆◇◆
その頃、キャンプ場では。
バンガローの電線が千切れたせいで元の管理場にも影響が出ており、現場を見に来た管理人は絶句した。
バンガロー棟は本日貸し出された一つだけが、地面から引き千切られたように基礎ごと消えており、そこにいたはずのお客さんの姿や車も無かった。
それどころか、ありえないほどの凄まじい異様な大穴が開いていたのだ。
しかも鋭利な刃物で抉り取ったかの如く滑らかそのものの切り口で。
「これは、一体……」
管理人は心が痺れてしまったかのように呆然と立ち尽くしていたのだが、千切れてしまい火花を散らす電線を見て我に返り、電力会社に連絡するべく管理棟へと足早に向かっていった。
「おっさんのリメイク冒険日記」コミカライズ11巻。
2024年11月22日金曜日発売です。
コミカライズ連載サイト
https://comic-boost.com/content/00320001
コミックス紹介ページ
https://www.gentosha-comics.net/book/b518120.html