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なんだかわからん展開に、呆然と立ち尽くした。尚登こそ一体何者なんだ。ただ「見える」ってだけじゃないのか? 結界張れるって言ったら類香さんの名前がすぐに出てきたし。類香さんもなんかそういう業界で有名なのか? わかんないことだらけで、午前中の講義は頭に入らなかった。それにしても、馬鹿はねえだろ。俺は本気で誘われたと思ってたけど何か裏がありそうだ。
昼休み、またさっき尚登と別れた場所に行くと、尚登が紙パックのオレンジジュースを飲み終え握り潰しているところだった。
「お前、午後講義あんの」
「ああ、午後イチのやつ……お前もだろ?」
「そうだな、じゃ昼飯は?」
「ああ……元々昼飯食わない習慣」
「へえ……どうするかな、人に聞かれたらマズいしなあ。ちょっと購買付き合えよ、パン買う」
尚登は早足で購買へ向かい、2つのパンとお茶のペットボトル、そして紙パックのトマトジュースを買った。
「昼食べないのは体に悪いぞ」
俺に強引にトマトジュースを押し付け、見晴らしはいいけれど人気のない中庭の隅のベンチに連れて行かれた。
まずは那奈の事を詳しく聞かせろ、と言うのでザッと話をした。俺が那奈と付き合っていた1年の間は尚登と知り合っていなかったので、亡くしたことは知らなかったがまあ多分彼女なんだろうとは思っていたようだ。
「彼女、結構レベル強いんだよ。もしかしたら前世がすごい人だったかもしれんな」
「へえ……なんか、先祖は武家だったらしいけど」
「前世と先祖は関係ない。オレはそういうのは見えないけど」
「そうだ、だからお前は何なの」
「オレは……なんつったらいいかな……安藤はさ、岡山の山奥で祈祷師みたいな事やってる一派なんだ。オレの方は島根なんだけど元は出雲の方で、本来は同じ流れを汲む一族だったんだけど、戦後内部分裂してあっちの一派が出ていったんだ。最近ちょっとあいつらが不穏な動きを始めたもんだから、止めろ、ってことでオレが送り込まれた……なんだよ、その目」
胡散臭い話だ。なんかこう、遠い昔に読んだ小説に出てきそうな設定? 不穏な動き、ねえ。
「いや……疑うわけじゃないけどさ……俺、今の時点でどっち信じていいかわかんねえ。る……安藤さん、なんか後継ぐ必要ないから占い師みたいなことやってる、って気楽な感じで……とてもお前が言うような不穏な動きとかしそうにないんだけど。那奈のことだって、成仏させてあげないと、って」
「お前さ、バリバリ神道な祭壇見たんだろ? 『成仏』っておかしいとか思わねえの」
「……あ」
「それに成仏だったら小さくなったりとかしねえんだよ。それはな、あいつらが取りこもうとする前準備だ」
「取りこむ?」
「パワーの強い霊体を、お前みたいなのから引き剥がして集めてまわってる。何するつもりなんだか……じいちゃんはまだ教えてくれないんだ、とにかく安藤達がそれやるのを3回邪魔しろ、って」
「さ、3回」
「この前やっと1回できたんだ。だから今躍起になってるはずだ。向こうは多分、オレらが知り合いって知らないはずだから……協力してくれ。もちろん、彼女のためでもある。あんなのに取りこまれて悪用されていいのか?」
尚登は全く以て真面目に話している。まあ、作り話にも思えないんだが。
「ちょ……ちょっと待って……なんかよくわかんねえ。混乱してる」
「……仕方ねえな。今夜、お前空いてる?」
「あ、う、まあ」
「安藤に誘われても断れよ。夜、オレのアパートに来い」
尚登のアパートは、俺のアパートと同じ大家の系列で割と近い。
「いいけど……何時頃?」
「夜は食うのか」
「うん、一応」
「じゃあ、夕方でもいい。飯食う前に……悪いけどな、風呂入ってきてくれ。服はまあ……洗ってる奴ならいい」
「え? あ、清めるとかそういうこと? シャワーでいい?」
「いい。ケツの穴まで綺麗にして来いよ」
「ケ……ああ、わかった」
午後の講義を終え、アパートに戻る。那奈の気配もない、呼んでも出てこない。小さくなって寝室に消えてから見てないんだ。尚登の言葉が頭をよぎる。もしかしてもう手遅れとか……
彼女ができたら成仏する、なんて嘘だったのか。どっちを信じたらいいんだ……霊界の事はよく知らないが成仏しないとまずい、ということはなんとなくわかっている。
俺はまだ判断しかねていた。それでも一応シャワーを浴びようとした時、携帯が鳴った、類香さんだ。
「も、しもし。類香、さん?」
もし尚登の話が本当なら、まだだまされてる振りをした方がいいんだろうか。
「陽一君、今から来ない?」
たったその一言で、なぜか突然ムスコが反応した。えっ、こんな事で? 俺なーんも思い浮かべてすらないんですけど!? いくらなんでもそこまで盛ってねえって、おい、こら、下向け、下!
「やっ、あのっ、ととととと友達と約束があって」
「えぇ、せっかくおいしいご飯作ったのにぃ」
「ご、ごめんなさい、ははっ、ね、その、急だとちょっと」
「じゃあ、明日は?」
「や、その、明日はバイトが」
「何時まで?」
「じゅ……や、深夜枠までなんで! ごめんなさいっ」
「……陽一君」
「はいっ」
「私……そんなによくなかった?」
「なななん、ななにがですか」
「やだ、言わせないで……私は陽一君が欲しいのに」
だ、駄目だっ! ゆ、誘惑に負けちゃ駄目だって、頑張れ俺の理性! だ、騙されてる、らしいぞ!?
「い、いいとか悪いとかじゃなくてですね、その、すみません、バイト休めないし、あの、また連絡します!」
無理矢理切った。あれ以上、あの甘い囁きを聞いていたらきっと爆発してたな。くそっ、痛ぇ……どうしてくれんだよ、コレ。シャワーついでに、抜くか……そう思ったとたん、嘘のように鎮まった。俺の心には今、高原の爽やかな風が吹いている。……こんな感覚は初めてだ、やっぱりおかしい。
シャワーを浴びた後もう一度那奈を探したがやはり見つけられず、洗濯したばかりの服一式に身を包んで尚登のアパートへ向かった。
「おう、悪いな。どうぞ」
「わっ、何その格好……お邪魔します……ひょっ、なにこれ」
尚登の部屋は、玄関からずっと白い布が敷かれ、奥の部屋は天井から壁から全てがそれに覆われていた。そして尚登も白い着物姿で、いつもは後ろでひとつに束ねている髪を下ろし白い鉢巻きを締めていた。
「布の上を歩いてこっちのまで来てくれ」
言われた通り行くと、部屋の手前で止められた。
「脱げ」
「えっ」
「全部脱いで、この籠に入れてくれ」
「ぜぜぜ」
「下着も。素っ裸になれ」




