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あれから数日、類香さんの猛攻をかわすのが大変だった。土曜日うちに来るという約束をしていたにも関わらず、毎日のように類香さんのアパートに誘われる。大学の中でもお構いなしに腕を組んできて、その度にあの強い香りを付けられてしまう。バイトだから、家庭教師だから、と様々な理由をつけ断り続けていると、夜中にもメッセージが来るようになった。
なんと、写真付きで。
最初はちょっと上目遣いで微笑んでいるくらいのものだった。夏だからということもあるが、キャミソールだったりする。そして次にはもう、胸の谷間クッキリ強調。本当に恋人ならまだ許される範囲ではあった。俺はもう今は賢者だ、そんなことでヤニ下がることはない。
添えられるメッセージも、最初は「会いたいな」「もっと一緒にいたい」位のものだった。しかし、木曜の夜に来たメッセと写真には驚いた、ってか引いた。
(海でデートしたいな)
というメッセと共に、全身とバストショットの――結構なセクシーポーズで――ビキニ写真! ぶっ……くそう、類香さんからでなければ! 他の女の子からだったら……いやいや、何を言ってるんだ。
なんとかして俺をその気にさせようと躍起になっているのが手に取るようにわかるだけに、ちょっと滑稽に見えてきた。そんな事で俺がすっ飛んで行くとでも? いや、あの印が刻まれているのならすっ飛んで行くのだろう。そもそも、あの香りは印が刻まれている身体ならば絶対に我慢はできないだろう、と尚登が教えてくれた。くっそ、セカンド童貞なめんな! 2年も賢者だった俺を甘く見やがって。
(海、いいですね。水着も素敵です。では、お休みなさい)
ここはさらっと流してみた。食いつくと思ったか? 残念でした。すると、数分して写真だけが送られて来た。顔は、艶やかでぽってりした半開きの唇しか写っていない。胸元は、水着の紐を解いて手に持ち、片方のおっぱ……胸をぎゅっと寄せて……もう、今にもポロリと……かなり際どい状態になっている、じゃあないデスか! コラコラコラぁ!
……いやもう、ごめん、勘弁してくれ。色んな意味で微妙な気持ちになってしまう。そりゃあ、ガン見したけども! 角度変えたら見えんじゃねえか、ってちょっと画面斜めにしたけども! そして自己嫌悪。
深い溜息をつく。
「ん? どした、陽ちゃん」
「や、何でもない。なあ、那奈……たまには、実家帰ったりしなくていいの?」
「え、だってお盆に帰る、っていうか……一緒に、でしょ? 別にいいよぉ」
そうなのだ、土曜日那奈をどうするか考えてなかった。ここにいない方がいいに決まってる。だったら――話すしか、ないのか。尚登には言ってないけど……
「那奈、真面目に聞いて」
「何?」
「お前は今、狙われている」
「はあっ!? 何それ、漫画か何かの決め台詞? モノマネ?」
キャハハハ、と腹を抱えて笑い転げたが、俺が表情を崩さないのでスッ、と胡坐をかいた膝の上に乗って来た。
「……なに? 冗談、じゃないの?」
「ああ、詳しくは言えないんだけど」
「図書館の人、でしょ」
「えっ……し、知ってたのか」
「あの人の肩に蛇が乗ってるんだけどさ。この前、その蛇が窓の外にいた」
一瞬ヒュン、とナニが縮み上がった。2階の窓の外からのぞいてるなんて、蛇でも怖い。
「でね、でね! 面白いの! ほら、猫脅かすみたいにさ、ワアッ、って言ったらね、飛び上がってピューって逃げたの!」
そしてまた、キャラキャラと腹を抱え笑った。間違いない、類香さんの仕業だ。それにしても飼い主(?)に似ずチキンな蛇ですこと。
「それで……今度の土曜日、決着をつけようと思ってる。詳しくは言えないんだけど、向こうはお前を何らかの形で取り込んで悪用しようとしてるんだ」
「へぇっ? 何それ、ちょっとマジで言ってんの? 陽ちゃん、なんか変な小説とか読んで感化されちゃってない?」
「ないっ! 真面目な話なんだ。だから、頼む……危ないから、お前には土曜日避難してほしいんだ」
俺の真剣な様子に、那奈も真面目な表情になった。
「実家に、行っておけばいいわけ」
「や、ちょっとそれは尚登に聞いてみる」
「尚登ってあのお札くれた、三好君?」
「ああ」
那奈は俺の胡坐の上から離れ、窓に貼ってあるお札の所に行った。
「あの蛇もさあ……このお札なかったら中に入ってたと思うんだよね」
「そっか、助かったな」
「で、その図書館の人が私を狙ってて……三好君と陽ちゃんで守ってくれる、っていうわけ?」
「うん、ま、俺は多分役には立たんけど」
「私、なんで狙われてんの?」
「これも詳しくは言えないんだけど……お前のパワーが欲しいらしい」
「パワー? 何それっ、ウケる」
ウケる、と言いながらも顔は笑ってなかった。
「あの図書館の人、思いっきり陽ちゃんの事誘ってたよね。陽ちゃんは……どうなの?」
内心ギクッとしたが、平静を装う。騙されたとしても1回でも寝た事がバレたらどんなに悲しませるだろうか。
「いいも何も。お前を取り込むために近づいてきただけだよ、俺に興味はないんだ」
「……ふぅん」
何となく納得はしていないようで、テーブルの上にあった俺の携帯をチラッチラ見る。
「あ、いや、確かに向こうからメールは来るけど! 俺はその気ないから!」
「でもアドレスは交換したんだ?」
「あ、いや、……む、無理矢理だよ、無理矢理」
那奈はちょっと頬を膨らませ唇を尖らせたが、ふっと寂しそうな表情に変わった。
「まあその人はどうか知らないけどさ……私が成仏したら陽ちゃん、ちゃんと彼女作りなよ?」
「はあっ、何言ってんの。そんなすぐにできるわけないだろ、俺モテないの知ってるくせに」
「それも多分、私のせいだよね。付き合ってた彼女が死んじゃった部屋にいまだに住んでる男なんて、女だったら誰でも嫌だもん。未練たらしい、重い、キモい。呪い殺されそう」
「お、お前なあ……」
「ね、だからさ。私が成仏したら引っ越して心機一転、新しい人生歩むって約束して」
「あ、ああ」
「私、孫でいいから! だから、陽ちゃんも結婚相手見つけて子供作らないと、私が生まれ変わって来れないんだからね?」
ずるいよ。笑顔でそんなこと言うなんて。こんな時にぎゅう、って抱き締められないのがどんなに辛いか、お前にはわかんないだろな。




