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孤独な魔王様と 神々の愛し子  作者: にくきぅ


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16/22

16__魔王様の視た光景

リクに 北の塔へ運ばれた後のロキの お話です。


では、どうぞ。



___視点:東の魔王 - ロキ___


ロキは、カーテンの隙間から射し込む 朝の晃(ひか)りの中、寝室にいた。

窓際に竚(た)って、じっとベッドのほうを見ている。

離れた場所にあるベッドには、起きたばかりのシシィがいた。


  『 シシィ。』


彼女は、朝陽の眩しさに耐えかねたらしく、もぞもぞと掛け布団の中に潜り込む。

暫(しばら)くして、掛け布団を被ったまま 上体を起こした。

更に 時間をかけて、シシィは、被っていた掛け布団を 頭の上から剥ぎ取り、不機嫌そうな顔で 周囲を見回した。

淡い紅藤色の瞳が、広い部屋を 右から左へと揺れながら動いてゆく。

「 ……………… 」

シシィの 小さな口が、小さく動いた。

ベッドの上に ぺたりと座ったまま、何度か 口を動かしては 不満そうな顔になる。

短い単語を繰り返しているらしいと気付いて、ロキは 小首を傾(かし)げた。

じっと シシィの口許(くちもと)を見詰めていたロキの睛(め)が、大きく瞠(みは)られた。


  『 え? ––––––––––––え? え? 』


ロキは、信じられない と云った表情を見せる。

見間違いではないか、そんな事を考えてもいた。

しかし、再度 動いた唇を見て 一瞬前の疑念が拂(はら)われた。


  『 う………うそ。』


瞠目し 茫然としていたロキの頬が、徐々に赧(あか)みを帯びてゆく。

蒼碧(あお)い瞳に、喜色と感動が滲んでゆく。

ロキが 嬉しさと戸惑いとで複雑な表情になっている間も、シシィは その単語を繰り返している。

だが、声は出ない。

「 ………… 」

眉を寄せ 小さな口をへの字(・・・)にし、やや 頬を膨らませる。

直後、シシィは ふわふわのベッドの上に竚(た)つ。

先程よりも険しい顔で、シーツやら 掛け布団やらの上を歩く。

そして、ベッドの端へ往(い)くと 躇(ためら)う事なく跳んだ。


  『 あっ!! 』


止めに入りたかったが、軀(からだ)が動かなかった。

シシィは、勢い良く跳び降り 前舒(まえ の)めりに転んだ。

小さな軀(からだ)が 洌(つめた)い床に打ち付けられたまま、動かない。

しかし、シシィは 泣きもせず むくりと上体を起こした。


  『 シシィ……。』


ロキの声は 届いておらず、その姿も シシィには見えていない。

この事は、ロキ-自身も察していた。

これは 夢である、と。

そして、どうして自分が こんな夢を視ているのか と云う事も、何となく察していた。


  『 シシィ………。』


シシィは、無言で竚(た)ち上がると、寝室のドアへ 走った。

そして、扉の前で背伸びをする。

だが、どうやっても 取手(ノブ)に届きそうもないと悟ったのか、シシィは 室内を見回した。

しかし、すぐに 扉へ向き直る。

小さな手が、扉板に觝(ふ)れた。


  『 ––––––––––––まさか……。』


ロキが声にするよりも早く、シシィは それを行(おこな)った。

シシィの両手が光ると同時に、木片が飛び散った。

厚さ-5センチ以上の扉に、ぽかりと穴が開いていた。

自分が通れるサイズの風穴を開けたシシィは、ふん と鼻を鳴らして 寝室を出て往(い)った。


  『 駄目だよ、シシィ。駄目なんだ、外に出ちゃ………。』


遠去(とおざ)かる小さな背中を、ロキは ぼんやりと見送る事しか出来なかった。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



シシィは 北の塔を出て、森に入っていた。

跣(はだし)で枯れ果てた草の上を歩く幼女は、趾(あし)の下の感触を娯(たの)しむ事もなく 真っ直ぐ森を目指していた。

小さな趾(あし)で 懸命に進むシシィを、ロキは、啻(ただ) 見ていた。

見ている事しか出来なかった。


  『 シシィは、俺を捜してたんだ………。』


〔愛し子〕であるシシィには、神々から授けられた叡智がある。

生後-4ヶ月の彼女に 綜(すべ)てをコントロール出来る様な 程度の低い叡智ではない。

だが、シシィは、自分が特別であり そのせいで狙われる事を識(し)っていた。

その証拠に、ロキと共にいても シシィは外に出たいと云ったアピールをしなかった。

それなのに、何故 外へ出たのか……この理由を、ロキは理解した。

何となく判っていた事だったが、はっきりと そう感じさせる顔だった。


  『 俺が……出掛けた、から………。』


ロキが悟った通り、シシィは ロキの許(もと)へ往(い)こうとしていた。

ロキが シシィの気配を見付けられる様に、シシィも ロキの位置が判る。

眼が寤(さ)めて 暫(しばら)くは待っていたのだが、気配は 一向に帰って来ない。

このまま 二度と会えないのではないか、そんな想いが シシィを動かしていた。

これから踏み入る森が危険である事を理解していたのだろうが、その森にロキがいる事も感知しているらしい。

幼女は、周囲の景色に睛(め)もくれず、一直線に 北の塔の庭を進んで往(い)く。

森には ロキ以外の生き物もおり、危険が伴(ともな)う行為だと、シシィにも判っている筈だった。

しかし、自分の生命(いのち)の危険よりも ロキに会えなくなる恐怖が勝(まさ)ったのだろう。

故に、シシィは 寝室のドアを吹っ飛ばし、転げ隕(お)ちそうになりながら 階段を降り、跣(はだし)で外へ出たのである。


  『 シシィ………シシィ…………。』


産まれて4ヶ月の 幼い〔愛し子〕は、自分の存在が齎(もたら)す影響を識(し)っていた。

識(し)ってはいたが、理解が足りていなかった。

暗い場所に閇(と)じ込められてきたが、彼女は 魔法を使う事が出来た。

魔法は使えたが、それだけの事だった。

森へ入り 暫(しばら)くした頃、これを悟る事となる。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



シシィは、真っ直ぐ ロキの許(もと)へ邀(むか)っていた。

森に踏み込んでからも それは変わらず、迷いなく下草を踏んで進む。

しかし、5分もしない内に 彼女の様子が変化した。

脇目も振らず 一直線に進められていた趾(あし)は 停(と)まりがちになり、睛(め)は忙(せわ)しなく辺りを見回す。

周囲に 警戒すべき生物の気配を見付けたのだ。

見える範囲に姿はないが、シシィは 緊張を俔(うかが)わせていた。

低い位置から森を見回す瞳に、戸惑いが泛(う)かんだ。

ロキとの距離は、進行方向へ 4キロ弱と云った攸(ところ)だろう。

一方、ロキが仆(たお)したアクリスは、右へ逸(そ)れて 2キロくらいの距離だ。

グーロ達は、そのアクリスに群がっていた。

正確には、ロキがアクリスの角(ツノ)に宿した魔力が 特殊な障壁になっていて、グーロは近付く事が出来ない。

だが、アクリスは 魅力的な獲物だ。

何とかして喰えないものか、と集まっていたのだろう。

その内の何匹かが、シシィに気付いて 近付いて来ているのだ。

自分のほうへ邀(むか)って来る肉食魔獣の気配に、シシィは 表情を硬くしていた。

ロキの傍(そば)へ辿り着ければ、グーロが追って来ても 問題はない。

だが、まだ遠く離れており シシィの移動速度は速くない。

邪魔が入らなくとも、40分以上は縣(かか)るだろう。

アクリスの周囲も安全地帯ではあるが、其処へ至るには グーロの群れを蹴散らさなければならない。

先程 見事に扉を破壊したとは云え、あれが 初めての魔法だ。

大群を相手に 満足に闘えると判断する程、シシィは無知ではなかった。

故に、惑(まど)い始めていたのだ。

戻るには 少し遠い処まで来てしまった。

更に、北の塔へ戻れたとしても 絶対に安全とは云えない。

北の塔が安全だったのは 其処にロキがいたから、である。

彼の勍(つよ)すぎる魔力が防壁となって、共にいる〔愛し子〕を護っていた。

その加護(ロキ)が離れた あの場へ戻れても、グーロの侵入を防げるとは云い難(がた)い。

生後-4ヶ月とは惟(おも)えない知性で 其処まで考えた時、樹々の間に 大型の犬の様な生物が現れた。

〔愛し子〕の気配に引き寄せられ、ふらふらと やって来た幻獣-グーロである。

遠くにシシィを見たグーロは、その趾(あし)を停(と)めた。

この時 グーロが目視したのは、黒髪の幼女ではない。

眩く煕(かがや)いていて、だが 辺りを光りで充(み)たすモノではない光り。

謂(い)わば、凝縮された光りの塊だ。

その光りは、神々から受けた加護の数に因(よ)って 強弱がある。

事実、シシィに加護を与えた神は多く、加護を与えたのは 上位神ばかりだ。

東の魔王として 数いる魔王達と較(くら)べても特出した勍(つよ)さがあるロキと共にいられる時点で、その数も知れると云うモノだ。

加護の象徴である光りも、その分 強い。

視える事で、それに惹かれるのは 仕方のない事だ。

しかし、好意を持って接してくれるとしても グーロの様な魔獣が相手では不都合がある。

知性の低い獣や魔獣は、睛(め)にした光りに觝(ふ)れようとしただけで〔愛し子(あいて)〕を傷付ける。

視えているのは 人ではなく光りだけだからだ。

悪意はなくとも、手加減など出来よう筈もない。

本体の〔愛し子〕が死にかけていても、彼等には それが見えないのだから。

故に、この接近は 死を意味した。

シシィにも、それが判ったのだろう。

幼い背は、震えると同時に 硬直した。


  『 だ め だ。 』


見ている事しか出来ないロキの口から、掠れた声が出た。

こうして視ているのは、過去だ。

過ぎし時を 夢に垣間見(かいまみ)ているだけだ。

手出しは 惷(おろ)か、口出しすら不可能である。

援(たす)けたくとも 侑(たす)けたくとも、ロキには 何も出来ないのだ。

そんな彼の前で、グーロが駆け出した。

樹々の間を飛ぶ様に走り、孳(しげ)みに体当たりをしてまで シシィを目指して迓(むか)って来た。


  『 逃げて! 逃げてっ、シシィ! 』


叫んでも、ロキの声は 何処にも届かない。



   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎   ✳︎



「や……っ だ…………ぃ や だ、よ………シシィ、シシィ………… 」

そう呟いて、ロキは 眼を寤(さ)ました。

ベッドの上にはいたが、頭は 枕から隕(お)ちていた。

魘(うな)されて 踠(もが)いていたのだろうか、シーツも掛け布団も しわくちゃになっていた。

当然、頬は 泪(なみだ)に濡れており、眼が寤(さ)めた今も 嗚咽は止まらない。

ロキは、乱れたシーツの皺(シワ)を見詰めたまま ぼんやりとしている。

直前まで視ていた夢は、悪夢と評するべき現実(・・)だった。

森に入り グーロに見付かったシシィは、最初の1匹を 魔法で仆(たお)そうとした。

幼女は、扉を壊した時と同じ魔法を放った。

産まれて4ヶ月で 既に魔法を使える事は驚愕だったが、その精度は低く 初速は遅い。

とても 実戦向きとは惟(おも)えない攻撃だった。

しかし、シシィが光りの球を撃ち出すと、グーロは 趾(あし)を停(と)めた。

撃ち出された光球は〔愛し子〕の光りと同種類のモノだ。

グーロは、その光りに意識を簒(うば)われたのだ。

端的に云えば、触ってみたい と惟(おも)ったのだ。

その為、初速の遅い光球でも グーロに当たった。

尤(もっと)も、当たっただけであった。

結果的に 致死には至ったものの、即死させる事は出来なかった。

当然、悲鳴があがる。 絶叫が、だ。 数10秒も続いた断末魔とも云う。

その声は、然(さ)して遠くない距離に集まっていたグーロ達の耳に届く事となった。

アクリスの周囲に屯(たむ)ろしていたグーロ達が、これを聴き付けた。

次々と グーロが集まって来れば、最早(もはや) シシィに出来る事はない。

光球を撃ち続けても、数匹を斥(しりぞ)けるのが 精一杯だった。

そんな彼女が どうなったかは、視たくなかった。

実際に睛(め)にしているが、再度 過去夢で その過程を確認したくはなかった。

ロキは、無理矢理 意識を覚醒させ、今に至る。

泣き濡れた蒼碧(あお)い睛(め)に映っている光景は、皺(シワ)だらけのシーツと ベッドから離れた場所にある調度品だ。

緻(こまか)いレースのカーテンと、その向うの大きな窓。

淡いクリーム色の壁と、その前に置かれている 木目の美しいチェスト。

これ等へ睛(め)を向けてはいるが、見えてはいない様だ。

「 ………シシィ」

視えているのは 今し方まで視ていた夢の内容のほうらしい。

ロキの双眸からは、止(と)め処(ど)なく泪(なみだ)が流れていた。

「 シシィ………… 」

ふと、この部屋を出る直前の事を思い出した。

このベッドで眠っていた幼女は うっすらと眼を寤(さ)まし、出掛けようとしていたロキを見た。

ロキへ向けられた とろんとした淡い紅藤色の瞳を思い出した。

魔王の側近である魔族でさえ近付く事が出来ない 最強の魔王である自分の傍(そば)にいて、寛いでいられる稀有な存在。

何の負荷もなく隣にいて、自分を見てくれる唯一の存在。

ロキが躇(ためら)いもなく觝(ふ)れる事が出来る特殊な存在。

生命(いのち)とは 温かいモノだと思い出させてくれた掛け替えのない存在。

それが〔愛し子〕-シシィなのだ。

倖(しあわ)せを実感した この場所で、後悔に苛(さいな)まれる事になるとは惟(おも)わなかった。

「っ………シシィ」

ぽろぽろと泪(なみだ)が零(こぼ)れ隕(お)ち、頬を、シーツを濡らした。

「やだ、よ………シシィ、っ〜〜〜〜ぃ やだ、いやだよぉぉ」

大切な存在を喪失するかもしれない恐怖に、ロキの嗚咽は大きくなった。

ロキに哀しい思いをさせてばかりですが、もう少し続きそうな気配です。

ごめんよ、ロキ。泣かせたくなかったのに、やっぱり これは飛ばせなくて……。

幸せになってほしいのに、侭ならないです。

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