表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

五 Backstage~舞台裏にて

                     §


『Dear Nakachin.

 これを読むのはもうお正月明けかな。

 その頃には元服式も終わっているんだろうけれど

 これを書いている今は潔斎六日目です。あと一日だ~!

 一週間外出禁止ってどんだけ厳しいんだろうって思っていたけれど

 過ぎてみればあっという間でした。

 閉じこもっている間に冬休みの宿題は全部終わっちゃったし

 本もたくさん読めたよ。

 肉や魚やお菓子を全然食べなかったから、ダイエット効果もばっちり!

 ウエストワンサイズくらいは落ちたかな?

 でも終わったら多分、我慢していた分色々食べちゃいそう。

 リバウンドきそうで今から怖いよ~!

 よっちゃん、まだ手紙出してないの?

 全く男子って筆不精だよね。ちょっとは女子を見習ってまめに書けっての。

 わたしががつんと説教してやりたいけれど、潔斎中は会えないからなあ。

 弟に聞いた話では毎日、元服式の準備とか練習で忙しいらしいよ。

 菜香ちんも淋しいだろうけれど、ちょっとの間、許してやってね?

 大体、よっちゃんって元々文章書くのが超苦手なんだよね。

 作文とか昔からダメダメで。おまけにあの字!

 メソポタミア文明のくさび形文字の方がまだましだと思わない?

 菜香ちんも毎回、解読が大変でしょ?』



 昨夜書いた手紙を読み返して、一枚ずつ丁寧に折って。

便箋五枚分きれいに重ねて、封筒に入れて、封をする。

五枚くらいなら普通に入れられるけれど、もっと枚数が多い場合は、一枚一枚折った後にアイロンをかけると意外と薄くまとまるんだよね。これは菜香ちんに教わった裏ワザだ。


 今日は、大晦日。

元服式まであと一日。一週間の潔斎も今日一日で終わる。


 巫女舞の最後のおさらいは午前中で終わった。後は明日の本番で舞うだけだ。

もうすっかり慣れた、一汁一菜の昼食を自分の部屋で食べた後、お膳を下げに来たお母さんに、菜香ちんへの手紙を投函してくれるように頼んだ。

あとはもう夕方の禊まで、特にする事がない。

わたしは読みかけていた本の続きを読んで、日が暮れるまでを過ごした。

こういう時、読書好きというのは有難い。退屈せずに時間をつぶせるものね。


 この一週間、禊とお風呂とトイレと、あと階下の和室で巫女舞のお稽古をする以外、わたしはほとんど自分の部屋から出ないようにしていた。大掃除もやらなくていいと言われたから、皆が掃除している間はずっと部屋に引きこもっていた。

わたしがあまりうろうろすると、お父さんも美道も動線の取り方に困って挙動不審になってしまうんだよね。うっかりぶつかりでもしたら大変だって、わたしの半径二メートル以内には絶対に近寄ろうとしなかった。二メートルあれば例えつまづいてコケても私に触ることはないから。

美道なんか半分泣きそうで、ここ二日くらいは

「早く冬休み終わって欲しいよ……もう正月なんかどうでもいいから」

なんて言ってる。

ごめんね美道。……まあ、姉ちゃんが謝らなくちゃならない事じゃないんだけれどね。


 今日の夕飯はなし。明日の式の終了までは絶食だ。

明日は夜中の三時に起きて、禊の後に巫女装束の着付けがあるので、今夜は早めに寝なくちゃいけない。今年は年越しソバも紅白もゆく年くる年もなし、って事だ。


 紅白が始まる頃に、今夜は氏神様の神主様のお宅に泊まる本社の巫女さんが、神主様の奥さんと一緒にウチに来て下さって、明日の装束の最終確認をした。

そして九時半には、わたしは布団に入っていた。


 寝て起きたら……いよいよ本番。

この四年間の全てを賭けての――元服式だ。


                     §


 暗く静かな、闇の中。


 誰かをぎゅっと、抱きしめていた。

両手を回した背中が、ちいさく、震えているのがわかる。


 寒いの?

それとも……泣いてる、の?


 泣かないで。

哀しまないで。

わたしがずっと、護るから。


 側に居ても。

いつか離れても。

変わらず、ずっと。


 わたしが、あなたを、護ってあげる。


 どこに居ても。

どんな時も。

一の姫だから。

斎姫だから。

そして何より……


 何より――。



 どこからか聞こえて来る、気持ちの良いBGM。

何より……何より、何?


 って、この曲……目覚ましの、だよね。


 闇の中、ぱちりと目が開いた。

反射的に時計に手をやって、アラームの音楽を止めながら時間を見る。

二時五十分。


 ……何だろう。

ものすごく気持ちのいい夢を見ていたんだけれど。

二度寝して続きが見たいって位、ふわんと心地良い、夢。


 ああ。

ぼんやりしている場合じゃない。

いよいよ今から、本番開始なんだ。


 思い出しかけていた夢の事を、頭の中から消し去って。

身体を起こして、寒くないように半纏を羽織って、わたしは布団を出た。



 今朝の禊は、氏神様から頂いてきた手水舎ちょうずしゃの水を混ぜた、ぬるま湯でない普通の水を使う。

白い襦袢じゅばんを着た上からとは言え、肩から掛けられた時にはさすがに冷たくてうひゃぁ!と叫びそうになったけれど、辛うじて堪えた。

身を清めた後、装束の着付けの前に化粧をして、髪を整える。

わたしの支度のために、本社の巫女さんに神主様の奥さんに凪子叔母さんに、それから凪子叔母さんが巫女を務めた時にお支度を手伝ったという遠縁のおばあさんに、堀之内のばば様までが来ていて。

ウチはちょっとした賑わいになっていた。

今日は完全に男子禁制という事で、お父さんと美道はゆく年くる年を観て新年の挨拶をお母さんと交わし合った後、本家に行ったそうな。


 本家では今頃、美矢も同じように、今日の支度に臨んでいるはず。

あの根性ナシの事だから、水をかぶらされて、冷てぇぇっ!とか叫んでいるんじゃないかしら。

想像するだけで笑いが込み上げてきて

「ゆんちゃん!お化粧歪むから笑っちゃ駄目!」

わたしの顔に白粉おしろいを塗っている凪子叔母さんにめっ!と叱られた。


 「髪は後ろで束ねるの?」

誰かが聞くのに

「後ろで全部まとめるより、下がりを削いだ方がきれいに決まりそうなんだけどね」

堀之内のばば様がそう言い、遠縁のおばあさんが頷いている。

下がり端って何だろう?どこかを切るって事かな?

「でもせっかくこんなにきれいに揃えて伸ばしているのに、ゆんちゃん切りたくないでしょ?」

凪子叔母さんに聞かれて

「あ、いいです切ってもらっても」

わたしはさらっと即答していた。

その場が、ざわりとする。

「え!いいの?」

「切ったら後からくっつけられないのよ?」

「もったいなくない?」

皆が口々に止めるのに

「一生に一回の事だから、どうせならとことん本格的にこだわりたいし。切った方がきれいに見えるなら、ばっさりやっちゃって下さい!」

にこっと笑いながら、わたしは思い切りのいい事を言っていた。


 横に分けて前に垂らした髪を、胸のあたりで剃刀で削ぐ。昔のお姫様とかがやっていたように。

これを下がり端と言うんだと。

見栄えを重視するならと、更にもう一段、頬のあたりでも削いで。

後は後ろで束ねて、白い和紙でくるみ、紅白の水引を結ぶ。


 白襦袢と小袖を着た上に、濃紅こきくれないと言われる濃い赤紫色の長袴を着ける。

普通の巫女さんは緋色ひいろと言う朱色の袴を履くのが一般的らしいけれど、宮江ではこの色が使われる。元々は緋色は既婚、濃紅は未婚の女性が履く色なんだそうな。

上から、千早ちはやという、薄い生地に宮江一族の紋である丸に波形の一の字の模様を透かした装束を羽織って、前で紐を結ぶ。

頭に白の長い鉢巻を締めて。

肩から腕に緩く、二枚の薄絹の領巾ひれを掛けて。

手にはずしりと重い檜扇ひおうぎを持って。


 「まあ……!」

「きれいに仕上がったこと!」

窓の外が白々と明けてくる頃、やっと支度が整った。

皆に口々に誉めそやされて、ちょっと恥ずかしいな、と思っていたら……堀之内のばば様がいきなりわたしの前に正座して、わたしを見上げ

「……ああ」

ため息をつきながら、涙ぐんだ。

「ばば様?」

「どこから見ても斎姫様だよ、弓佳」

ちいさく呟くようにそう言って。

ばば様は膝の上に両手をつくと、わたしに向かって深々と頭を下げた。


 ちょ!ばば様何してるの!今日の主役はわたしじゃなくて、よっちゃんだよ!


 言いかけて……でも、思い直して。

紅を差した唇をきゅっと結んで、微笑んだ。


 『斎姫様』

皆が巫女さんって言う中で、ばば様だけが、そう言ってくれた。

何だか嬉しくて、何だか……とても厳かな気持ちになった。


 わたしは、宮江の『斎姫』。

宮江の一族と、総領の――護り姫。



 「あら、まあ、ゆんちゃん!すごくきれい!巫女さんの装束、よく似合ってるわ!」

七時過ぎにやって来た絹子伯母さんが、わたしを見るなり手放して褒めてくれた。

あけましておめでとうございます、と挨拶を交わした後

「よっちゃんの支度も整ったの?」

そう聞くと、伯母さんは頷きながら。

「あの根性ナシってば、禊の時に冷たい!凍って死ぬ!って大騒ぎだったのよ」

「あ、やっぱり?」

想像した通りの顛末に、わたしは化粧の崩れを気にしながら、ぷぷっとちいさく笑った。

「……あら?これ何?」

箱の中に入れて隅に置いてあった、削ぎ落としたわたしの髪の毛に、伯母さんが目を留めた。

「ああそれ、わたしの髪」

「えっ!切っちゃったのゆんちゃん!そんなもったいない!」

目を丸くした伯母さんは、実の妹であるうちのお母さんに

「綾子ってば、止めなかったの?」

と聞くと、お母さんが苦笑いをしながら

「皆で止めたのよ。でも弓佳がどうせならとことん本格的にこだわりたいって」

そう返すのに

「だって伯母さん!一生に一度の事なのよ?どうせならそれらしくしたいじゃない!」

わたしが勢い込んで言う、と。


 「……そうよね。一生に一度だものね。どうせならこだわりたいわよね」


 満面の笑みで、独り言のように呟いた伯母さんは

「これ、もらっていい?」

箱の中にあった髪を手に取って、そう言った。

「いいわよ。弓佳、いいよね?」

「うん、わたしはいいけど?」

お母さんと顔を見合わせて頷きながら、わたしはちょっと首を傾げた。

伯母さんってば、あんな中途半端な量の髪の毛、何に使うつもりなんだろう?

伯母さんがああいう顔をするのは、決まって何か面白い事を思いついた時、なんだけれど……。


                     §


 氏神様の神社まで上がるのは、一苦労だった。

長袴をたくし上げて膝のあたりで紐で括ってもらったけれど、足がごわごわして、おまけにいつ裾がずり落ちてくるかと気が気じゃない、

自力では歩けなくて、お母さんと凪子叔母さんに両方から支えてもらいながら、いつもは軽く駆け上がる階段をゆっくり時間をかけて上った。


 元服式まではまだ一時間以上ある。それまでやる事はない。

とりあえず長袴に慣れておこうと、わたしは辺りをゆるゆると歩いた。

本番前に表の方をうろうろするのもまずいかな、と、拝殿の回廊を裏手の方へと歩く。

…と。


 拝殿裏にある階段の陰に、誰かがいる。

いる、と言うより、身を縮めて隠れている、という感じ?


 近付いて行くと、紺色の布に金色の紋の縫い取りがされているのが見えて。

階段の所まで来た時、それがわたしの千早の透かし文様と同じ、丸に波形の一の字、とわかった。

頭を陰に突っ込むようにしているけれど、着ているのは時代劇で見るような武士の着物。


 元服式では、直垂ひたたれ、っていう昔の着物を着るんだ、と。

ずっと前に、今日の主役が教えてくれた。


 「よっ、ちゃん?」

思わず、声を掛ける。

紺色の着物がさわっ、と揺れた。


 「よっちゃん、だよね?」

何で今日の主役がこんな所で人目を避けるように隠れているんだろう?と思いつつ。

確認のためにもう一度、声を掛ける……と。


 「そ……」


 大声でひとことだけ言いかけて、振り向いて。


 階段の下からわたしを見上げた美矢が、目を丸く見開いたまま、固まったように動かなくなった。


 紺地に、宮江の紋が金糸で縫い取られた着物を着て。前を飾り紐で結んで。

すっきりした顔立ちによく似合っている、けれど。


 何かちょっと、いつもと違う…顔回り?ううん、髪型……え?

ええ?

ちょっと……っ……マジ?


 ……笑っちゃ、駄目。

笑ったら化粧が崩れる、絶対駄目だ。

我慢しなくちゃ……我慢、がま……っ……。


 むずむずする唇を必死で結ぼうとしたけれど。

……も、もう駄目、堪えらんないっ!



 「やっだーっ!何それっ!どしたのよっちゃん!」



 叫んでしまった後はもう、抑えが効かなくなった。


 「わは、わははっ、うゎははははははっ!」

笑える!笑えちゃうっ!

か、勘弁してお願い!お腹痛いっ、痛いんですけどぉ!


 「そっ……その髪っ!」

指さして辛うじてそこまで言って……また、笑いが込み上げてくる。


 美矢の頭は、前髪をひっつめるように後ろに固められていて。

太い和紙で括ってまとめられたてっぺんから短い髪の束が後ろに垂れている。

つまり……ポニーテール!


 「うそっ……うそでしょうっ!フツーそこまで、やるっ!」

お腹を押さえながら、切れ切れにそこまで言う、と。

「……付け毛だよ。母さんにやられた」

むすっとした顔が、ぶっきらぼうな応えを返してきた。

「ゆんちゃんでこれじゃ、クラスの奴等なんかに見られたら何言われるか……くっそーっ!」


 忌々しげなその叫びで、わたしは美矢が何でこんな所に隠れていたのかを悟った。

まあ確かに、見られたくないだろうな、知り合いには。

……だけど。


 「でも、ねえ、よっちゃん」

どうにか笑いを収めて、わたしは階段を下りた。

「そこまでやるってのは、やっぱり総領の家の元服だから、だよね。すごいね」


 フォローのつもりで言ったわけじゃない。

素直な感想だった。


 改めて同じ目線に立ってみると、美矢の格好、なかなか決まっている。

もともと和風な顔立ちっていうのもあるんだろうけれど、直垂っていうの?上に羽織るのと下の袴がお揃いの布で作られた、普通の着物よりも改まったような装束が、すごくよく似合う。

これぞ宮江家総領、って感じ。

つい今しがた大爆笑したわたしが言うのも何だけれど、こうして正面から見ると、いつもは前に下ろしている短い髪を全部後ろに撫でつけて括っているヘアスタイルも、今の格好によくハマっていると思えた。


 わたしに笑いまくられて憮然としていた美矢の顔が、何時の間にか真面目な調子になっている。

「……俺はさ、ゆんちゃん」

「何?」

もしかして本気で怒っちゃったかな、だったら謝らなくちゃ、と思っていたら。

「自分の髪でそういうカッコが出来るおまえの方が、すごいと思うけどな……」


 しみじみとした口調で、そう言われて。

ちょっと、面食らってしまった。

似合わないとか、らしくないとか、反撃されるかと思っていたんだけれど。


 まあ確かに、自前でこんな髪型が出来る人って、そうはいないだろうからね。

おまけに多少切ってそれらしく整えているし。

……ん?

もしかしたら。


 「あ、そっか、わかった!」

ぽん、と手を打った。

「何だよ?」

「さっき絹子伯母さんが、切った髪の毛見て『これちょうだい』って持って行ったの」

……そういう事だったんだ。

「何する気かなあって思ったら、それね」

美矢の頭のてっぺんを、指差す。

「これ?」

「それ、わたしの髪だわ」


 伯母さんてば、何か面白い事を思いついたみたいな顔していたけれど。

もしかしたらわたしの『一生に一度の事なのよ?どうせならそれらしくしたいじゃない!』で、美矢にもそうしてやろう、って思ったのかしら。

確かに伯母さんの判断は大正解だと思う。美矢、すごくイケてる。

もしここに菜香ちんがいたら、絶対に惚れ直すと思う。

でも本人はそう思っていない、どころか、ものすごく嫌がっているみたいだから。

それ、もしかしたらわたしのひとことのせいかも、なんて、言うに言えない。

あれだけ笑いまくった後に実はわたしのせい、なんて言ったら……美矢、激怒しそう。

と。


 「ゆんちゃん……」

わたしの顔から胸元のあたりをまじまじと眺めていた美矢が

「もしかして、髪……切った、のか?」

今更のような事を、問うてきた。

「あったり前じゃない、巫女さんやるんだから、髪型だって完璧にそれらしくしなくちゃ」

見ればわかる事を何でわざわざ聞くかな、と思いながら、答える。と。


 不意に、肩先に手が伸びてきた。

反射的にさっと身をかわす。


 いきなり何すんの、と言おうとして。

伸ばした手をそのままに、呆然とわたしを見ている美矢に、文句を言うのも何だか悪い気がして。

「男子は触っちゃだめなんだって」

咄嗟に身を引いた理由を、わたしは口にしていた。

「えっ……?」

「巫女さんは身を清めなくちゃならないから、お父さんも美道もここ一週間、わたしの側には近寄らなかったのよ」

「……それって、もしかして、部屋の中に注連縄張って、そこから出るな、って奴か?」

手を宙に浮かせたまま、何故か下ろそうとせずに、美矢が問うてきた。

思わずぶっと噴いてしまう。

「やだ、そこまでやらないわよお。そこまでやってたら、こんな間近でよっちゃんとしゃべる事も出来ないって」

笑いながら言うと、美矢はそれもそうだ、と頷いた。

お父さんから聞いた話では凪子叔母さんの時はそうだったらしいけれど、今時そこまでしなくてもいいだろうって言われて、単に家から出るなって事だけになり。

それでもウチの男ふたりはわたしにうっかりぶつかったらまずいからと、絶対わたしに近寄ろうとしなかった。美道なんかここ二日ばかりすっかりストレスを貯めちゃって情緒不安定で……あれじゃ本家に泊めてもらった方がマシだったかも。

そんな事を話した後で

「ま、食事制限はしきたり通りって事で、ちょっとしたダイエットしちゃったけどね」

ぺろっと舌を出して、付け加えた。

美矢は

「ゆんちゃん……」

呟くようにわたしを呼んだ後、黙ったまましばらくわたしの顔をまじまじと眺めていた。そして


 「それで、平気、なのか?」


ぼそりと、そう言った。


 この四年間、全く平気だったかと聞かれてそうだと言ったら、嘘になる。

巫女舞のお稽古はかなりハードだったし。

長い長い髪をいつも邪魔にならないように上げておくのも、毎日の手入れも、大変だったし。

でも、だから。


 「平気だよ」


 ここまでの一週間の事なんか、何とも思わなかった。

むしろわくわくしながら、年が明けるまでの日をカウントダウンしていたんだ。

だって。


 「だって、ずっと楽しみにしていたんだもの、『巫女さん』やるの」

「ずっと?」

「うん」

こくりと、頷いて。

「四年生の時にお母さんに、よっちゃんの元服式でわたしが巫女さんになって踊るって言われて、それからずうっと、楽しみだったの」


 あ、言っちゃった。

つい口が滑っちゃった。

……でもいっか、もう今日が本番なんだし。


 楽しみだから、ずうっと、頑張ってきた。

そしてついに、この日を迎えた。


 わたし、ちゃんと『斎姫』の役割を、務めるから。

『斎姫』として、将来の『総領』の無事を祈って、氏神様の前で上手に舞うから。

だから、ちゃんと見ていてね、よっちゃん。


 黙って、静かな眼差しをわたしに向けている美矢に。

言葉に出来ない思いを込めて、わたしは柔らかく、微笑んでみせた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=737030476&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ