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結 Take care~元気でね

                     §


 三月に入った途端、三年生の卒業に向けての準備で毎日が慌ただしくなってきた。


 うちの中学の卒業式は全校生徒全員出席で行われる。と言っても、総勢六十人そこそこだけど。

卒業式の前には生徒会主催の送別会なんてのもある。

そういった行事の合間に公立高校の受験が重なっているので、三年生は忙しい事この上ない。

送る在校生側も、少ない人数で行事の準備を整えなければならなくて、色々と大変だ。


 クラス委員のわたしは、生徒会役員と一緒に連日、送別会の準備に追われていた。

卒業式でも裏方で色々と仕事があるので、毎日やる事が多くて気持ちの休まる暇がない。

その上、今日先生に、明後日までに在校生総代の送辞の文面を作ってくるようにと言われた。

「ちょっと待って先生!何でわたし?総代、よっちゃんですよね?」


 思い出すだけでも口惜しいんだけれど……二月の中間テストの順位、二点差で美矢に負けてわたしは二位だった。

昨日終わった期末テストの順位が出るのは明日。だから今の時点では、二年の学年総代は美矢だ。

先生の依頼が今日ならば、文章作成もそれを読むのも、当然美矢になるはず。

わたしの抗議に、先生は困ったような笑顔を向けてきた。


 「……タローが二日で送辞、書けると思うか?」

「思いません」


 即答してしまった自分がつくづく憎い。あ~わたしの馬鹿馬鹿!


 その日の、帰り道。

「そんなわけで、文章はわたしが書くから、当日はよっちゃんがそれ読んでね」

「何で俺!おまえが読めばいいだろが」

「わたし、当日は裏方で忙しいから」

横から上がるブーイングを、にべもなく切り捨てる。

「ホントならよっちゃんが文章から考えなくちゃならないのよ?総代なんだから。面倒な所だけわたしが代わりにやってあげるんだから感謝して欲しいもんだわ」

ふん、と鼻を鳴らす、と。

「総代ったって!あれはおまえがケアレスで一問落として勝手に自滅しただけだろっ!」


 「――美矢」

「え……」

「キジも鳴かずば撃たれまいに、ってことわざ、知ってる?」


 今いちばん言われたくない事を言われて。

普段は口にしない名前を静かに呼び捨てしたわたしに、ただならぬ殺気を覚えたのか。

美矢は二、三歩後じさりして……いきなり前方へ駆け出して行った。


 「逃げるなこらぁ!」

「事実を言っただけだろがーっ!」


 五十メートル走のタイムが美矢と僅差のわたし、全力で獲物を追いかけて追いついて首根っこをつかまえた。

「いてぇ!離せよおい!」

「僕が読ませて頂きますからどうか文章を作って下さいお姉様、って言うまで、離さない!」

「っててっ、ぐるじいっ……おまえ誕生日俺より後だろ!何でお姉様!」

「いいじゃないのそんなこと!ほら早く!」

「あー!俺様が読んでやるから文章作ってぇ!おねぇさまぁ!」

「うわ、キモ!」

「おまえがそう言えって言ったんだろ!」

「科白、全然違うじゃない!」


 ……ま、いっか。

そこまでやって気が済んだので、わたしは美矢の学ランの襟首を離してやった。


 ぜえぜえ言いながら。

「……たくもう、おまえホントに女かよ」

美矢がぼそりと呟いた。

「女じゃなきゃ巫女さんやってないわよ」

何の気なしにそう返す、と。


 息を整えながら……美矢がわたしの顔を、じっと見た。


 「……何?」

「あれにはだまされた、よな」

「はぁ?何よそれ」

「一応オンナに見えた、ってこ、と!」

そう言って、ふっと笑って、くるりと背を向けて歩き出した。

「失礼ね!一応じゃなくて正真正銘、女なんですけど!」

少し後ろを追うように、わたしも歩き出す。


 いつの間にかわたしよりも少し高くなった頭と、かっちりした学ランの背を見ていて、ふと。

氏神様の境内で見た光景を、久々に思い出した。


 ……こいつは、オトコなんだよね、やっぱり。


 そんな風に意識した事なんかなかったのに。

あれからいろんな事があって……たまに美矢の事、今までとはほんの少し違う見方で見るようになった。

何なんだろうね、この気持ち。


 『弓佳とよっちゃんはね、結婚は出来ないのよ。絶対駄目なの』


 不意に、お母さんの言葉を思い出した。


 ……大丈夫、間違ってもそれだけはないから。

そういう事じゃないから。



 ふわんと宙に浮いたような気持ちを、振り切るように。

「ねえ!明日からもう、わたし一緒に帰らなくていいよね?」

少し前を行く背中に呼びかけると……歩みが、止まった。


 「ゆんちゃん?」

振り返る美矢の顔を敢えて見ずに

「だって、沙希ちゃんにヤキモチ焼かれたくないも~ん」

さらりとそう言ってやった。

「なっ!何でおまえがそれ……」

「今日、本人から聞きましたっと。いい返事もらったんでしょ?」

立ち止まった美矢を追い越して、歩く。

「え、あ、まあ」

後ろから、戸惑ったような声が、ついて来る。


 それは、学活の時間の事。

送別会の準備で、生徒会役員と一緒に生徒会室で作業をしている時に、沙希ちゃんがこそっと話しかけてきたんだ。

『タロー先輩に、付き合ってくれって言われたんですけど……弓佳先輩、いいんですか?』

一瞬、いいんですかキタ!と思った後

『やだ!いいも何もないわよ!わたしよっちゃんとは従兄妹だから仲いいだけで彼女じゃないんだから、そんな事気にしないでがっつり付き合ってあげて!』

笑いながら沙希ちゃんの肩をぽんぽん叩いた。


 手が早いから気を付けろ、って付け加えるべきか迷ったけれど、とりあえずやめておいた。


 その後、仕事をしながらぼそぼそと沙希ちゃんが語ってくれた所によると、どうやら美矢、ポインセチアの世話の仕方を聞きに沙希ちゃんちの花屋さんに何度か通ううちに、沙希ちゃんと仲良くなったらしい。

それで、一昨日告られたんだとか。


 そんな風にずっと、菜香ちんとお揃いのポインセチアを大切に世話していた美矢の気持ちの中で、菜香ちんの事がきちんと整理がついたのかどうかは判らないけれど。

他の女の子と付き合いたいって思えるようになったんなら、もう大丈夫、だよね。


 そして、わたしは――。


 「じゃあね」

いつの間にか着いていた本家の門の前で、美矢に軽く手を振る。

「何?今日は寄ってかないのか?」

この所ほぼ連日お邪魔していたので、わたしのその反応がかなり意外だったのか。

いつも『今日もかよ!いい加減にしろよ!』と毒づいていた美矢が、驚いたような顔で言った。

わたしは極上の笑顔を作って、手を口の前に斜めにかざして。


 「わたくし早く帰って、誰かさんの送辞の文章を考えなくちゃなりませんの、ほーっほっほ」


 ぐっと詰まった美矢に改めて、じゃね、と言って、歩き出す。

と。

「ゆんちゃん、ごめん!ありがと!頼むな!」


 背中に響く、美矢にしては珍しく素直なコトバの羅列に、思わず振り返って。

「うん、任せといて!」

手を振りながら、作りモノじゃない笑顔で、応えてやった。


                     §


 ――Dear Nakachin.



 『ゆんちゃんはタロー君にとっては特別な子なんだよ』

それ、逆だよ。

美矢にとってわたしはただの従妹。特別なんかじゃない。

わたしにとっては美矢は――特別、だけど。


 『多分、誰もゆんちゃんの代わりにはなれないと思う。私も無理だった』

ううん、それも逆。

わたしじゃ、誰の代わりにもなれないんだ。

でもね。


 『彼女とかじゃなくても、タロー君を大事にしてあげてね』

うん。

大事にするよ。


 蒼汰先輩にも言われたんだ。

『ゆんちゃんってもう、いとことか、彼氏彼女とか、そういうのを超えた所でタローの事、大事にしてるんだな』って。


 これからも、大事に思う、美矢の事。

だってわたしは、宮江の『斎姫』だから。

総領を護るのは、斎姫の役目、だから。


 わたしが、他の誰と付き合っても。

美矢が、他の誰と付き合っても。

いつかお互いに、他の誰かと結婚する事になっても。


 わたしはずっと、美矢の『斎姫』だから――。



 ひとりで、家路を辿りながら。

行く手に傾く太陽が、薄く紅色に染めている空に向かって。

大切な親友についに書けなかった手紙の返事を、届けられなかった言葉を、思い描くように綴った。

そして最後に。


 Take care,――Yumika.



=完=


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