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緑王子  作者: 浮雲
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第01話 緑王子誕生!

この物語はフィクションです。実在の人物、団体、名称とは一切関係ありません。


 坂田金七。

 『緑(色)』をこよなく愛する男。

 まさか、この変態が地球を救うとは、誰も、思いもしなかった。

 唯一人を除いて……。



「朝ズバット!」

 今日も朝からモンタローの声がテレビから響き渡る。

 芸能ニュース好き、モンタロー好きの母ちゃんのおかげで、家の食卓は毎朝『朝ズバット!』だ。


「金七、まぁだ、そんな格好で高校に行くの?」

 坂田家の朝の食卓。緑黄学園入学以来、恒例となった母ちゃんの小言が始まる。いつもの事だ。もう慣れてる。こう言えば良いんだ。

「うちの学校は服装自由なの! 校則にも『好きな服着ていいよ』って書いてあるでしょ!」

 食卓の上に置いてた生徒手帳を開いて見せ、説明する。生徒手帳を持ち歩くなんて奴、めったに居ないが、俺はいつも持ち歩いている。説明するのに便利だから。服装の項のページは何度も開いてて、跡がつき、すぐに開ける。もちろん『好きな服着ていいよ』なんて友達に喋るようには書いてないけど、まぁ、だいたいそんなとこだ。

「母ちゃん、毎朝、何度も、同じ事言わさないでよ」

 俺は緑色の箸でピーマンを挟み、口に運びながら言う。

「せっかく頑張って勉強して、偏差値の高い、緑黄学園に入学出来たのに……」

「母ちゃん! 俺が緑黄学園狙ったのは学校の名前に『緑』って字があったからだよ!」

 この辺の高校じゃあ『緑』の付く字は緑黄学園だけ。他の高校は地元の名前『麒麟』に東とか西とか北、南が付いている。

 ん? 母ちゃんの口が開いたままだ。

 そう言えば緑黄学園志望した理由、まだ言ってなかったっけ……。母ちゃんにとっては『驚愕の真実』だったって訳だ。

「あんた……東大とか……医者目指して……緑黄学園に入ったんじゃないの?」

 そんな事一言も言ってない……。

 母ちゃんは短大を卒業してすぐに結婚をした。俺が出来たからだ。出来ちゃった結婚っていうやつだ。21歳で俺を生んで、今36歳。童顔で年齢の割には若く見えるが、今はけっこう、おばさんに見える。

 俺がしょうもない理由で偏差値も学費も高い、緑黄学園に入学したからか? そういえば受験勉強の時、夜食も頑張って作ってくれたし、月謝の高い塾にも入れてくれた。学費の為に色々と家計に気を使ってくれてたなぁ。

 そんなこんなで、理由が『緑』の字が付くからって……。あまりにもショックだった!?

 母ちゃんは小刻みに震えながら、声を振り絞って言った。

「モンタローに……相談してやるぅ!」

「目の前に父ちゃんが居るんだから、父ちゃんに相談しろよ!」

 俺は言う。

 実は食卓に俺の父ちゃんが居た。母ちゃんと同い年の36歳。黙々と朝飯を食べ、俺と母ちゃんの話を聞いていた。聞いていたはず? だ。いつも黙ってて存在感がないから、わからない。

「……」

 男は黙して語らず……だ。

「いってきます」

 あっ、喋った……。

 父ちゃんは箸を箸置きの上にきちんと乗せ、眼鏡を掛け直し、黒い鞄を持ち、会社に出勤した。もちろん、朝食は残さない。米粒を一粒も残さず、綺麗に平らげる。母ちゃんはいつも「後片付けが楽だ」と言う。

 俺も皿いっぱいに盛り付けられた美味しそうなレタスを平らげる。

 早く学校に行かなきゃ。時計を見る。遅刻しそうだ。

 緑色の弁当箱を、アジックスの緑色の鞄に入れる。お気に入りだ。

「いってきまーす!」

 これも、お気にのアジックスの緑色のシューズに足を入れ、颯爽と家を出る。

 遠くで母ちゃんの声がする。何か叫んでるみたいだ。

「お昼のテレビ見てなさいよ、絶対モンタローに相談するんだからぁ〜!」

 こちとら昼間は学校だ。テレビ付の携帯電話なんか持ってないんだからテレビなんて見れないよ。

 と、思いつつ、緑色のマンテンバイクに乗り、緑黄学園を目指す。

 母ちゃんに注意された服装、緑色の全身タイツを着て。



 この緑色の全身タイツは“超”が付くほどのお気に入りだ。

 俺の一番好みの緑。黄色の少し混ざった濃い緑。瑞々しい生命を感じさせてくれる葉のような色。

 そして肌に優しい滑らかな質感。暑くもなく、寒くもなく、程よく体温を調節してくれる。まるで絹の衣を纏っているようだ。

 さすがはアジックス製。ちなみに曜日毎に同じ物を七着持っている。毎日洗濯するから臭くないぜ!

「あぁ、風が心地良い……」

 マウンテンバイクを漕ぎ、風を全身に感じる。Ibotから流れるBGMは「ぐりーんまん」。十年前に流行った曲だ。今こそ至福の時。

「あっ、緑の人だ!」

「葉っぱおじさんだ!」

「ただの変態だよ!」

 第一麒麟小学校に通う子供達が俺を羨望の眼差しで見つめる。俺の事を指差し、何かを喋っている。どんな噂をしているのかは知らないが、きっと俺の事を称えているのだろう。


 新品のマウンテンバイクは好調だ。入学祝いに両親に買ってもらった。

 もう少しで緑黄学園に着く。この辺りで、

「今日も格好良いよ! いい身体だね! 緑のお兄ちゃん!」

 なんて、いつも大きな声で褒め言葉を叫んでくれる八百屋のおばちゃんが居る。

 俺は、その、おばちゃんに手を振る。

 そして、俺は自分の格好良さに酔いしれ、マウンテンバイクを漕ぎ、また至福の時を迎える。


 始業時間五分前、いつもの時間通り、学校の自転車小屋にマウンテンバイクを置く。


 教室の窓際、一番後ろの席に着く。実は教室の雰囲気に、まだ慣れない。

 緑黄学園に入学して以来一週間。いまだに俺に話しかけてくれる人間は居ない。

 一週間も経てばクラス内では、もう、あちこちに、お友達グループが出来ている。

 あのグループも、このグループも俺を見て指を指したりしてくるが、決して話しかけようとはしない。

 自分で言うのも何だが、顔、スタイルには自信が有る。

 スタイルの方は全身タイツの似合う男になる為、週三日、ジムに通い、身体を鍛え、トレーニングしている。タイツから、うっすら見える腹筋は少し自慢だ。

 顔にしても、中学生の時には俺のファンクラブが有り、街を歩けば芸能界にスカウトされ、そして年上のお姉さん方に逆ナンもされた。

 ついて行った事はないけど。

 そんな格好の良い俺だから、みんな話しかけづらいのか?

 緑色のタイツの肩に埃を発見する。俺は埃を奇麗に払った。

 ちなみにアジックス製、緑色の全身タイツは高校入学祝に爺ちゃん、婆ちゃんに買って貰った。

 そして教師が教室に入り、授業が始まる。



 一日の授業が終わると担任の中山翔子先生が教室に入ってきた。黒縁メガネを掛けた髪の長い若い先生だ。初めて担任を持ったらしく、いつも自信が無さそうにしている。メガネが大きいのか、顔が小さいのか、しょっちゅう、ずり下がったメガネを元に戻そうと上げる。

「坂田君……ちょっと……」

 教室の出入り口で中山先生が俺を小さく手招きする。何かバツが悪そうだ。

 俺は廊下に出て、中山先生の所に行く。

「ごめんね、今、少し時間ある?」

「ハイ、大丈夫っすけど……」

「本当ごめんね、本当にごめんね」

 たださえ猫背で小柄な先生が小さくなる。

 一体何だろう?



「えぇぇぇ! 何、言ってるんですかぁ!」

 俺は思わず大きな声で叫んだ。ここが校長室にも拘らず。

 高そうな樫の木の机、黒い革張りの、これまた高そうな椅子。その椅子に踏ん反り返って座る校長。メタボリックなお腹で、今にもスーツのボタンが張ち切れそうだ。

 その校長の傍に背筋を伸ばし立つ教頭。髪の毛の位置がいつもずれててカツラだとすぐわかる。

「常識だろう、よく考えたまえ!」

 教頭は髪の毛を押さえながら威嚇するように言う。今、少しずれたぞ……。

「ここに書いてあるじゃないですか! 服装は自由って!」

 俺は、いつも持ち歩いている生徒手帳を開いて言う。もちろん何度も開いている服装の項を指差して。

「ここに『良識の有る服装で』とも書いてある!」

 教頭も生徒手帳を指差す。

「俺の服装が! この緑色の全身タイツが! 良識がないって言ってるんですか!」

「……」

 校長も教頭も沈黙。信じられないという顔をしている。

「き、きみは、その全身タイツに良識が有ると?」

 教頭が言う。

「ここに居る中山先生に素敵な服装だと褒められました」

「中山先生ぇぇ。この生徒に服装の事、注意してくださいと言ったでしょう?」

 教頭が泣きそうな声で中山先生を叱る。

「で、でも、坂田君が、本当に誇らしげに……あの……全身タイツを着ているから……つい、素敵だって……」

 俺の隣に居る中山先生が肩をすぼめ申し訳なそうだ。

「坂田君、うちの学園は私立です。私立は世間の評判も大切なんだよ。そのような変な格好で来られては、うちの学園の評判が落ちる。わかるね?」

 教頭は丁寧に言う。アメとムチのつもりか?

 こうなったら、しょうがない、

「校長先生、教頭先生、俺に三時間下さい」

「三時間?」

「今から三時間、いや、三時間じゃ足りないかも……俺に話しをさせてください。いかに緑が素晴らしいか、いかに緑が好きか、いかに緑が最高なのかを、話しを、いや力説させてください! そうすれば俺の素敵な全身タイツも許して頂けるはず」

 俺は真剣な眼差しで校長と教頭を見る。

「……また今度ね」

 校長があっさり言う。

「とにかく、三日間期限を上げます。その間に服装を改めてください。もし出来ない場合は……」

「場合は?」

「退学です」

「退学ぅぅぅ!?」

 それはヤバい、マジ真剣にヤバい。母ちゃん俺が合格した時、死ぬほど喜んでたのに、『退学』なんてされた日にゃぁ、母ちゃんショックで倒れるよ。

「わかりましたね、坂田君。三日間ですよ。三日で服装を改めなければ退学です!」



「坂田君、ごめんなさい。私の力が足りないばかりに……」

 校長室を出た廊下、中山先生と俺は喋りながら歩く。

 と、言っても、俺は先生の言う事が頭に入らない。爺ちゃんと婆ちゃんに七着ものアジックス製、全身タイツを買ってもらった時の事を思い出していた。

 俺の喜ぶ顔を見て、喜んでいた爺ちゃんと婆ちゃんの顔が目に浮かぶ。

 俺が全身タイツを着ないという事は爺ちゃん、婆ちゃんを悲しませる事になるに違いない。

 かと言って退学すれば母ちゃんが泣くことになる。

 どうしよう……。

「坂田君、坂田君」

 俺は先生が呼んでいる事に気付く。

「え!? 何で!?」

 俺はビックリした。

 何で先生、泣いてんの!?

 先生の大きく黒い目から涙が溢れている。

「私のせいで……私のせいでぇぇぇ……」

 俺は大人がこんなに泣くところを見た事がない。顔はクシャクシャ、鼻水はズルズル、涙も滝のようだ。まるで止まりそうにない。

「せ、先生のせいじゃないって! 先生は本当、一生懸命で、良くやってくれてると思うよ!」

 廊下の向こうから二人の女生徒が来る。見た事ある。クラスメイトだ。マズイって。こんなとこ見られたら、どんな噂が立つか!?

「イヤ、イヤ、イアァァ! ぞんな事、言わないでぇぇぇ!」

 何? 何言ってんの? そんな誤解を招くような事言うなよ。まるで別れ話のもつれみたいじゃん。先生、俺と別れるの拒否ってんの? 俺、別れを強要してんの?

 案の定二人の女生徒クラスメイトは、俺達とすれ違う時、怪訝な表情を見せた。そして足早で何やらコソコソと喋るように逃げて行った。

 完璧誤解してるね、うん。

「先生、お願いだから、泣かないで。いい子、いい子、いい子でちゅよー」

 俺は先生の頭を撫で、子供をあやすように先生を慰めた。左手で肩から抱きしめ、右手で頭を髪の毛がクシャクシャに乱れるまで撫で続ける。

 先生は自分の親指を口で吸い、徐々に落ち着き、涙が止まっていった。まるで本当の赤ちゃんみたいだ。

 咄嗟の判断で、こうしたが良かったのか?

 案の定、先生は突然、俺を突き飛ばし、

「ごめんなさい、恥ずかしいぃぃ」

 両の手の平で顔を抑えて言う。指の隙間から紅潮した顔が見える。メガネは斜めになり、ずり落ちそうだ。

「先生、メガネ、落ちますよ」

 と言い、俺は先生のメガネを直してあげた。

「ありがとう」

 先生はもう一度、自分でもメガネを直す。うつむき加減で上目使いに俺を見る。

「先生、俺、先生泣いた事、黙っときますんで。誰にも言いません」

 友達居ないから誰にも言えないが……。

「あっ、ごめんなさい。黙っとくじゃなくて、忘れます。今の記憶、全消去」

「……」

 先生は黙ったまま、さっきと同じく上目使いで俺を見ている。

 俺はアジックスの緑の鞄から緑色のハンカチを出す。

「先生、これ……」

 と、言い、先生にハンカチを渡す。

「先生、本当、良い先生ですね。俺、翔子先生が担任で良かったです」

 中山先生から翔子先生になってるよ。いいよな? 今日の事で親近感沸いたし。

「じゃあ、翔子先生、サヨナラ」

 俺は翔子先生に一礼した。こういう雰囲気苦手だし、気恥ずかしさもあったのだろう。急いで、全力疾走でこの場を走り去った。

 後ろを振り向くと、翔子先生は、さっき渡した緑色のハンカチを口に当て、黙って俺の方を見ていた。俺は手を挙げ、先生に手を振った。俺は直ぐに前を向き返ったので、翔子先生が俺に手を振っていたのかどうか、わからなかった。



 疲れた。

 俺は家に着くと、すぐに二階の自分の部屋に入り、着替えもせず、緑色の全身タイツのまま、ベットに横になった。緑色のベットだ。

 俺の部屋は緑色に埋め尽くされている。緑色の天井、壁、床。多種多様な観葉植物。趣味のフィギュア集め。ピョッコロの人形、ガチョピン、戦隊物の緑のヒーロー達。量産型サク2のプラモデルは三小隊、九体も有る。

 緑だらけの部屋。落ち着く。心が洗われる。

 学校側の出した三日間の期限があったなぁ。どうしよう? 考えなきゃ、でも、今は眠たい。寝よう。

 なのに……

「金七ぃ、ちょっと来て〜」

 下の階から母ちゃんの声が聞こえる。甘えた声だ。ウザイ。

「早くぅぅぅ」

 俺は気だるい身体を無理やり起こして、母ちゃんの呼ぶ一階に下りた。文句の一つでも言ってやろうと思って。


 が、文句を言えない状況に陥った。

 食卓の上、俺の目の前にドッコモの携帯電話PC―1100がある。テレビ機能の付いた最新型だ。モスグリーンの光沢が眩しいぜ。

「色、それで良かった? 緑系って、それしか無かったから」

 母ちゃんが言う。

「いいよ、いいよ。いい感じの緑だよ」

 最新型の携帯電話が、あまりにも嬉しくて、文句を言うのも忘れた。疲れも吹っ飛んだぞぉー。

「でも、何で? 何で急に携帯電話買ってくれたの? 誕生日は、まだ先だよ」

 俺は当たり前の質問をした。親が子を、こんなに甘やかしていいはずはない。

「あんた、お昼テレビ見た?」

 俺は首を振る。学校に居て、テレビを見れる状態じゃない。屋上で一人弁当を食べていた。

「でしょ? 見れないもんね。私がモンタローに相談したところ」

「モンタローに相談した??」

「お昼のテレビ『重いっ糞テレビ』でモンタローが主婦達の相談受けてんの。それに」

「マジで相談したんか!!」

 軽妙な司会でお馴染みのモンタローはお昼のテレビで、そんな事まで?

 朝の番組だけに飽き足らず、昼までも!?

 俺はモンタローに興味がないので知らなかった。夜の番組でもちょくちょく見るぞ。あんた、いつ寝てんだ!?

「お母さん、声が若くて元気だねって褒められちゃった」

 嬉しそうだ。くねくねして気持ち悪い。

「で、俺の事、相談したんでしょ? モンタローは何て言ってた?」

 本当は怒りたいけど、携帯電話買って貰ったから怒れない。それにモンタローが俺の緑色の全身タイツに対して、どう思っているのか知りたかった。

「それがさぁ、結局、世間話で終わっちゃったの。母さん、モンタローにあれも聞きたい、これも聞きたいって思っちゃって、それで質問攻め。結局、金七の相談出来なかったわ。テヘッ」

 何が「テヘッ」だ。我が親ながら気持ち悪い。

「で、金七にテレビ付き携帯電話買って上げたのは、モンタローが今度はちゃんと相談してくださいねって言うから、また相談事を明日にでも電話掛けようと思って。あんたも親の勇姿、見たいでしょ? だからよ。今度から、その携帯電話で見なさい」

「うん、わかった。ありがとう」

 テレビ局の人は母ちゃんの迷惑な電話に困ってたんだろうな。きっとブラックリスト行きだ。テレビ局の人が繋がない。もう二度とモンタローが相談に乗ってくれる事もないよ。

 さて、明日からお昼は『笑って良い友』でも見よう。

「ねぇ、ねぇ、金七。モンタローって本当は宇宙人らしいよ。私が、どうして寝ないで大丈夫なんですか? って質問したら、そう答えてた」

「へぇ〜」

 あんた、重いっ糞からかわれてるぞ。



 翌日。

 俺は寝不足気味だ。昨晩、携帯電話の説明書を読破してたから。けっこう分厚い説明書だった。後、着メロ落としたり、待ち受け画面選んでて、結局夜中の二時まで起きてた。

 着メロは定番の「ぐりーんまん」待ち受け画面は、ちょうどかわいいのがあったので「ガチョピン」にした。

「ふぁぁぁ」

 俺は大きなあくびをしながらマウンテンバイクに跨った。

 蛇行しながらマウンテンバイクは進む。

 もちろん服装は昨日と同じ、いつも通りのグリーンタイツだ(言い方を変えてみた)。


 相変わらず小学生のガキ共が俺の噂をしている(きっと「今日もかっこいいね」とか言ってるんだろう)。出勤する会社員やOL、散歩中のお爺さん、お婆さん。頭の悪そうな女子高生達も俺に注目する。

 フェミニンな顔立ち、鍛え抜かれた肉体。このアンバラスさが俺の魅力を更に増しているのだろう。


そういえば、新しい携帯電話に浮かれてて、忘れていたけど、校長との約束があった。このまま、爺ちゃん、婆ちゃんに年金で買って貰った全身タイツを学校に着て行くのか、それとも母ちゃんが卒倒しそうな退学を選ぶのか。

 俺としては全身タイツのまま、円満に学園生活を送りたい。その方法を考えなくちゃ。

 期限はあと二日。

「神様! 良いアイデアをプリーーーズ!」

 思わず叫んでしまった。

神様なんて信じちゃいないけど、マジでアイデア降臨しないかなぁ……。


 さっきから気になってたんだけど、俺の事をずぅっとつけて来る車が一台。

 割と大きな白いワンボックスカーで屋根にはパラボラアンテナのようなものが付いている。あまり見ない車だ。車の横に「TBES」とロゴが貼り付けられている。どこがで見た事のあるロゴ。

 窓ガラスに黒いフィルムが貼られててよく見えないけど、カメラのレンズが俺の方をずっと見てる。

「俺の魂を聞いてくれ〜♪」

 突然携帯電話の着信音が鳴る。あわてて出る俺。母ちゃんからだ。

「もしもし、母ちゃん、何?」

「キャー、金七ぃぃぃ、早速新しい携帯電話が役立つ時が来たわよぉぉ!」

 うるさい。何興奮してんだ? いつにも増してウザイぞ!?

「早く早くぅぅぅ、携帯電話でテレビ見なさいよぉぉぉー」

「わかった、わかったってば。うるさいよ、声のトーン下げろよ」

「*@\+;\><:」

 切った。母ちゃん興奮しすぎて何言ってんのか、わかんないし、何より電話を一旦切らなきゃテレビ見れないから。

 五分前には学校に着きたい。マウンテンバイクを止めてテレビを見てたんじゃ学校に間に合わない。走りながらでもテレビが見れるようにハンドルの真ん中辺りに携帯電話を差し込めるものを取り付けた。それに携帯電話を差し込み、テレビを付けチャンネルを変える。

 朝のドラマ、芸能ニュース番組とチャンネルを変える。別段、おもしろい番組をしてるわけじゃない。と、思ったら、

「えーーーーっ!?」

 驚いた。ビックリした。母ちゃんが興奮するのもわかる。世の中には自分に似ている人間が三人は居るというが、正にその内の一人が今、テレビの中に、

「って、俺じゃん!」

 ためしに右手を上げてみる。テレビの中の緑の人も右手を上げる。

「完璧、俺だよ……」

 さっきから俺の横を走り続けてた車はテレビ中継者だったのか。『TBES』だから、

「朝ズバットか!」


「我が町、○○王子のコーナーでぇす」

 テレビの中で色黒、ロマンスグレー、油ギッシュな顔をしたモンタローが言う。そして、

「本日はペンネーム、八百屋のおばちゃんからのご紹介。皆さん、どうですか?」

「ギャハハハッ、あたしは好きなタイプだね。お尻がキュと上がってて好みだよぉ。ギャハハハッ」

 コメンテーター? 下品なおばさんが言う。

「僕はね、センスがいいと思うよ。一見して全部緑だけど、タイツ、自転車、鞄、靴、それぞれ同じ緑でも色合いが違う。それが微妙なおしゃれに繋がってますよ」

「先生、自転車じゃなくてマウンテンバイクって言うんですよ」

 年のいったおじさんと若いタレントが絡む。

 それにしても『朝ズバット!』に、こんなコーナーがあったとは……。

「全身タイツがよく似合ってますねぇ。腹筋のラインがくっきり、アソコも標準以上ですよ」

「朝からやめてくださいよ〜」

 計五人のコメンテンターが一通りコメントし終わったみたいだ。

「皆さん、大絶賛ですねぇ」

 モンタローが言う。

「顔もよく見るといい男じゃないですか? カメラさんアップで写してくださいよ」

 若いタレントが言う。

 すかさず、俺の顔のアップが。横顔だがテレビにくっきりと俺の顔。

「お〜」

 スタジオ中が感嘆の声を漏らす。

「これは久々ヒットじゃないですか?」

「いや、ホームランですよ。芸能界でもここまでのイケメンはそうは居ませんよ」

 などとコメンテンターの間から褒め言葉が応酬される。

「さぁ、ここで事前に撮っておいたVTRを見てみましょう。近くに通う小学生にインタビューしてきました」

 と、モンタローが言うとVTRが流れる。五、六人のランドセルを背負った子供達がインタビューされる。通学中によく見る子供達だ。

「知ってる、知ってる、緑のおじさんでしょ」

「葉っぱだよ、葉っぱぁ」

「キモ〜イ」

 唖然とするスタジオ内。微妙な空気が流れる。

 アイツら、そんな事、噂してたのか……。俺は少し鬱になった。

「子供達の意見は辛辣ですねぇ」

「子供達から見たらそうなんでしょう」

「でも、おばさんから見たらイケメンよ、ギャハハハッ」

 コメンテンター達がフォローしてくれる。

 俺は、そのフォローが身に沁みた。


「ここで一つ新情報。この少年は偏差値の高い、地元でも有名な緑黄学園の生徒らしいですよ」

「ほぅ〜、偏差値高いんですかぁ。これは採点が上がりますねぇ」

 コメンテーター達が大きく頷く。

「さて、それでは、そろそろ時間も押し迫ってまいりました。採点しましょう」

 モンタローが言う。

「さぁ、何点!」

 五人のコメンテンター達が一斉に札を出す。

「10点、10点、10点、10点、10点。お見事! パーフェクト50点。去年の夏以来、ハッチャケ王子以来のパーフェクト、おめでとう!」

 スタジオからは沢山の拍手が。

「ペンネーム、八百屋のおばちゃん。パーフェクト、五万円取りましたよー」

「モンタローありがとうー!」

 電話からの声? が、モンタローにお礼を言う。

 五万円って何だ? お金貰えるのか。八百屋のおばちゃんって?

 学校の近く、いつも通る麒麟商店街。そこの八百屋のおばちゃんが、いつも通り俺に手を振ってくる。片手には電話の受話器を持って。

「五万円ありがとー!」

 と、おばちゃんが叫んでいる。表情は満面の笑みだ。

 お前かー。テレビ局に俺の情報を流したのは。

 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、学校に遅刻しそうなのでやめた。今度、高そうなメロンの一つでも貰ってやる! と、心に固く誓った。


「モンタローさん、命名しないと!」

 おばちゃんタレントが言う。

「あっ、そうだった、そうだった」

「もう、モンタローさんボケが始まったんじゃないですかぁ?」

 スタジオ中に笑い。モンタローは苦笑いだ。

 なんてフレンドリーなスタジオ内。ゆるい。いつもこんなにゆるい雰囲気なのか?

「え〜、それでは命名します」

 静まり返るスタジオ内。照明は消され、スポットライトがモンタローだけを照らす。

「命名、緑王子!」

 拍手が渦巻くスタジオ内。満足そうなモンタローの表情。


 誰だよ『緑王子』って俺の事? 俺の事なの?


「パーフェクトを取った緑王子君には、これからも番組内でフォロー追跡していきたいと思います。それでは、皆さんお時間です。朝ズバット!」

 モンタローが人差し指をカメラの前に突き出す。お決まりのポーズで番組は終了した。

 と、同時に中継車は俺から離れて行く。

 俺は呆然とするしかなかった。

「……緑王子か……」

 俺は、ほっぺがほんのり熱くなるのを感じた。



 結果的に、このテレビ中継で俺は助かった。

 職員室にあるテレビでほとんどの先生が『朝ズバット!』を見ていた。

 校長曰く『緑黄学園』と言う名前が全国で流され、学園の株が上がったと大満足だ。

 期限の三日を待たずして、俺の全身タイツの許可が下りた。

 これで、退学もせず、堂々と全身タイツを着て緑黄学園に通える。

 担任の翔子先生も泣きながら喜んでくれた。俺も嬉しい。


 モンタロー、朝ズバット! 八百屋のおばちゃん、ありがとう。



 緑を愛する男に新しい名前が付けられた。

 ――緑王子――

 この名前、彼は、かなりお気に入りらしい。



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