表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社の守護精霊  作者: わたた
1/1

社の男

 男は空腹だった。

 新しい開拓村のうわさを聞きつけ、ふらりふらりと旅をしていた。


 時期は晩秋(ばんしゅう)

 山間にあるだろうその村は、これから切り開くために、食料を多く溜め込んでいるに違いない。もぐりこむか。奪い焼き尽くすか。どちらにせよ事が露見(ろけん)するまで、数年ほどゆったりと暮らせるはずだ。

 道なき道を歩みつつ、男はそのようなことを考えていた。矢先。遠くから、細い悲鳴が耳に届く。

 男は空を、じっくりと見回した。落葉(らくよう)の目立つ木々の端に、薄くたなびく煙を見つける。どこかの不埒者(ふらちもの)に先を越されたのだと男は気づいたが、焦ることなく腰の物を確かめた。やりようは、ある。

 悲鳴が聞こえるということは遠くではないだろうし、襲われたばかりの可能性が高い。うまく立ち回れば、この冬くらいはやっかいになれるだろう。その間に隙を見つけ、奪うなりすれば良いのだ。

 昼間から襲撃をかけるような『まぬけ』相手に、引けを取るなど、ましてや共に 略奪 (おすそ分け)に加わろうなどとは、男は考えなかった。


 **** **** ****


 山に逃げ入った村人の保護と、賊の捕縛を大過なく終えた男は、予測どおり冬の間の面倒を見させることに成功した。予想外だったのは、冬の間だけではなく、定住を持ちかけられたことだ。それも労働が不要という破格の条件だった。


 さて、と、男は思考する。

 労働が不要とは言うものの、いざという時に力を貸すのは構わない。それは村側も期待しているだろうし、仕事として割り切れる。だが寝食を共にし、情がうつるのは避けたかった。なにしろ、当初の目的が略奪なのだ。結果的に助けただけなのだ。腰のすわりが悪いことこの上ない。

 男は山の中腹に小さな社を建てさせ、住まうことにした。

 日常の労働をせず、適度に狩りなどをして暮らすことにしたのだ。もしそれで、村が男を粗略にするようであれば、当初の予定どおり事を運ぼうと。


 **** **** ****


 しばらくのうちは、何事もなく過ぎ去った。

 男は害獣を見つければ狩り、その死骸を村の入り口に置き去りにした。狼や猪など、せっかくの拠り所が襲われては一大事だ。

 貴重な労働力を大量に確保できたおかげか、細いながらも立派な道が整備され始めたようだ。男の狩る獲物も、良い交易品として扱われているようだ。

 祭りごとなどは固辞していたが、さすがに10年の節目を迎えるときばかりは、有無も言えずに参加させられた。

 めったに顔を出さない男は、村衆の視線――とりわけ子供たちの――にさらされたが、すべからく好意的であったためか、気分を害することもなかった。

 懐かれた子供に、将来添い遂げてくれと迫られた時などは、逃げ回るので精一杯だった。


 **** **** ****


 村が豊かになり始め、近隣の町村との交流も増えたが、賊の襲撃(しゅうげき)を受けることもあった。

 村衆は男にただならぬ感謝をしていたようだが、男は村と近すぎず、遠すぎず、距離と節度を持って接していた。

 いつか夫婦(めおと)の仲を無理やり誓わされた少女は、好きな男を追って、村を出たと聞かされた。男は何も応えなかった。

 いつからか男は、顔に獣の面をつけ、今までに増して人前に出ることをしなくなった。

 その後の祭りで男の姿を見たものは居ない。


 時はゆっくりと過ぎてゆく。


 **** **** ****

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ