社の男
男は空腹だった。
新しい開拓村のうわさを聞きつけ、ふらりふらりと旅をしていた。
時期は晩秋。
山間にあるだろうその村は、これから切り開くために、食料を多く溜め込んでいるに違いない。もぐりこむか。奪い焼き尽くすか。どちらにせよ事が露見するまで、数年ほどゆったりと暮らせるはずだ。
道なき道を歩みつつ、男はそのようなことを考えていた。矢先。遠くから、細い悲鳴が耳に届く。
男は空を、じっくりと見回した。落葉の目立つ木々の端に、薄くたなびく煙を見つける。どこかの不埒者に先を越されたのだと男は気づいたが、焦ることなく腰の物を確かめた。やりようは、ある。
悲鳴が聞こえるということは遠くではないだろうし、襲われたばかりの可能性が高い。うまく立ち回れば、この冬くらいはやっかいになれるだろう。その間に隙を見つけ、奪うなりすれば良いのだ。
昼間から襲撃をかけるような『まぬけ』相手に、引けを取るなど、ましてや共に 略奪 に加わろうなどとは、男は考えなかった。
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山に逃げ入った村人の保護と、賊の捕縛を大過なく終えた男は、予測どおり冬の間の面倒を見させることに成功した。予想外だったのは、冬の間だけではなく、定住を持ちかけられたことだ。それも労働が不要という破格の条件だった。
さて、と、男は思考する。
労働が不要とは言うものの、いざという時に力を貸すのは構わない。それは村側も期待しているだろうし、仕事として割り切れる。だが寝食を共にし、情がうつるのは避けたかった。なにしろ、当初の目的が略奪なのだ。結果的に助けただけなのだ。腰のすわりが悪いことこの上ない。
男は山の中腹に小さな社を建てさせ、住まうことにした。
日常の労働をせず、適度に狩りなどをして暮らすことにしたのだ。もしそれで、村が男を粗略にするようであれば、当初の予定どおり事を運ぼうと。
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しばらくのうちは、何事もなく過ぎ去った。
男は害獣を見つければ狩り、その死骸を村の入り口に置き去りにした。狼や猪など、せっかくの拠り所が襲われては一大事だ。
貴重な労働力を大量に確保できたおかげか、細いながらも立派な道が整備され始めたようだ。男の狩る獲物も、良い交易品として扱われているようだ。
祭りごとなどは固辞していたが、さすがに10年の節目を迎えるときばかりは、有無も言えずに参加させられた。
めったに顔を出さない男は、村衆の視線――とりわけ子供たちの――にさらされたが、すべからく好意的であったためか、気分を害することもなかった。
懐かれた子供に、将来添い遂げてくれと迫られた時などは、逃げ回るので精一杯だった。
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村が豊かになり始め、近隣の町村との交流も増えたが、賊の襲撃を受けることもあった。
村衆は男にただならぬ感謝をしていたようだが、男は村と近すぎず、遠すぎず、距離と節度を持って接していた。
いつか夫婦の仲を無理やり誓わされた少女は、好きな男を追って、村を出たと聞かされた。男は何も応えなかった。
いつからか男は、顔に獣の面をつけ、今までに増して人前に出ることをしなくなった。
その後の祭りで男の姿を見たものは居ない。
時はゆっくりと過ぎてゆく。
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