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雪止マヌ村ニテ

この作品にはしょっちゅうデタラメな植物や動物の名前が出てきますが、これはそういう作品です。


医学に詳しいわけでもないのにこういった作品を書いてしまいました!



皆さまの暇潰しにでもなれば嬉しいです。

春真っ盛りの山道。


 冬に溜め込んだ生気を一斉に解放している様は、薬師として嬉しい限りだ。


 様々な薬草、生薬の原料の時期が重なっている春はとてつもなくありがたい。


 習慣とは恐ろしいもので気がつけば春夏秋冬、それらの収集に明け暮れてあちこちを旅をしていた。


 ある日の事、薬師の総本山、薬師堂から手紙が来た。手紙にはこう綴られている。

『薬師 森羅へ

君の道中、あちこち寄り道を頼みたい。詳しい場所は追って伝えるのでよろしく頼む。

追進、寄り道先での事例は記録を残しておくこと。


 運が良いのか悪いのか、俺は病によく廻り合う。 旅の記録を記すかどうか迷っていたが、手紙のお陰で踏ん切りがついた。

 旅の事例と思い出を忘れないよう、ここに書き留めよう。

 その村は一年の大半が冬らしい。

 春の訪れは極端に短く、雪が消えることは無いのだと、還暦を迎えた長老は語る。


「この村は…年を重ねる毎に冬が延びるのです。今に始まったことじゃぁありませんが……」

――世間話を終えて、本題が始まる。

「頼みと言うのは他でもない。孫の病を治してください…」

 今年で14になるという娘の名前は「桜花おうか

 明るく活発で、よく村の手伝いをしていたが、先週から目の違和感を訴えた。

 そこで、掛かり付けの医者に診てもらったが


「異常なし、ね…だから薬師に依頼と?」


「えぇ…どうか引き受けていただけないでしょうか?」

「……世間は、『薬師呼ぶなら医者三度呼べ』と言う。これは薬師の治療代を風刺したものだが…」

 承知の上、とばかりに長老は頷いた。


「…早速、診せてもらおうか。」

――…屋敷に招かれた。


 部屋の前まで案内した長老は頼みます、と告げて去っていく。


 襖を開け、中へ入ると

「…じいちゃん?」

 少女が問うた。

 床に伏している少女は長めの黒髪、両目は包帯で覆っている。


「俺はじいさんに招かれた薬師だ…アンタが桜花さん、かな?」


「そうですけど…」


「そう緊張しないでくれ。ちょっとアンタを診るだけだ。」


 布団の傍まで歩み寄る。

「でも、お金……」

 背負っていた商売道具の薬師箱を横に下ろして、横になっている桜花の枕元へ座る。


「俺は腹一杯食えればそれでいい。金は有ってもまず使わないしな。」

 自分よりもじいさんの懐を心配するなんて、優しい娘だな…



「アンタのじいさんが話してくれたよ。桜花の料理は村一番だって。だから、俺は君を治す。金の為じゃなく、自分のためにな。」


「ふふっ…変な人…」

 クスクスと笑う彼女はとても可愛らしい。


「変なヤツの診察、受けてくれるか?」


「はい、よろしくお願いします。」

 


快く診察に応じてくれた。

 問診と検診の結果から彼女の病の原因は恐らく

『ある生物』の仕業だ。


「え、み…し?」


「そう。それがアンタの眼のなかに居る。いわゆる寄生虫の類いだな。」

蝦夷えみし:成虫体長、平均値1㎝

幼虫体長、測定不能


 青空色の蟹に似たような姿を持つ為、宿主の虹彩が変色する場合がある。


 傷口や粘膜を通して幼虫を生物に送り込むことで繁殖する寄生虫の一種。

 幼虫は寒さに弱く、成虫は暑さに弱い。


 送り込まれた幼虫は宿主の血液から養分を奪って成長する。

 成虫となった蝦夷は冬になると宿主の眼球を突き破り、外へ出る。

 その後は吸血によって養分を摂取する。

「眼球に集まるのは、蝦夷の習性だ。

アンタの症状に綺麗に当てはまる。眼の色も、たぶんコイツが原因なんだろうが…………」

 端的に原因を告げるが、腑に落ちない事がある

「でっ…でも!私そんな虫見たこと無いし…」

「それなんだよ。」

「え?」

 蝦夷自体からの一次感染。

 それ自体は何ら不思議じゃない。

 不思議なのは、なぜ犬を通して感染したのかだ。

 恐らくは唾液腺に寄生した蝦夷が唾液を通じて感染したのだろう。

 つまり、二次感染を引き起こしたということになる。

 ところが、今までに二次感染を引き起こした事例は報告されていない。

 通常、蝦夷は眼球へ我先にとに集まる。もっとも効率的に外へ出てこれるからだ。

 だが…なぜ唾液腺に集まる?……なんにせよ

「今はアンタを治すのが最優先だ。」

 薬師箱から手際よく薬草を取り出しては並べていく。

「ベニアカネ…マイチモンジにナラクオトシ………」

 ベニアカネ…本来は毒草だが、その毒素はあらゆる動物に作用するため場合によっては薬にもなる。


 マイチモンジは解毒作用の強い貴重な薬草…ナラクオトシは薬草ではなく食虫植物の一種で、虫を溶かす汁を分泌する。


「スゴいです…」

 ただ待っているのは退屈だろうと薬の材料について話してやると、桜花は感嘆の声をあげた。

「薬師としては初歩的な知識だ、別にスゴい訳じゃない。」

 話している間も手は動かす。まず、よく乾燥させたベニアカネとマイチモンジを粉塵にし、一定の分量で混ぜ合わせていく。

 その後、混ぜ合わせた物を湯に溶かして煮詰めていく。途中、灰汁を取るのも忘れずに。


「そんなことないです。お医者さんと違ってお薬をその場で作るなんて、スゴいと思います。」


 煮詰まった物を火から下ろし冷めるのを待つ。


「それが薬師だからな。千差万別…一人一人の症状、容態に合わせた薬を作る。だからこそ、でかい顔が出来るのさ。」

 次はナラクオトシだ。コイツには袋状になっている箇所があり、そこに目当ての分泌液が溜まっている。 その袋に水を入れて希釈して、マイチモンジの煮汁と混ぜてお仕舞いだ。


「…よし。準備はできた。」

 後は投与するだけだ。

「本当ですか!?」



 するだけだが…

「ただし、この薬は毒でもある。体調を崩さないとは保証できない。」

 毒を盛って毒を制す、だ。


「でも、眼は治るんですよね?お願いします。」

 嬉しそうに微笑む桜花。

「まぁな。じゃあ注射するから腕を出してくれ。」


「や、優しくお願いします…。」

 薬液を注射器へ込め、差し出された桜花の腕に近付け――ゆっくりと薬液を送り込む。


「…―いたっ!!」

 注射が苦手なのだろう。

うなり声が聞こえる。



――数秒の沈黙。

「…終わったよ」



 安堵の吐息。

「あ、ありがとうございます…」



 最初の処置、注射は終わった。

「これで…治るんですよね?」


「これで蝦夷を殺した後に、その死骸を溶かす注射をしたらな。」

 注射と聞いて安堵から一変、しょんぼりしている。

「また、するんですか…」

「今すぐにって訳じゃない。2、3日様子を見てからだ。」


「そうですか…良かったぁ……」

 よっぽど注射が苦手らしい。


「後は安静にしてさえいれば良い。視力が弱くなってんだから無理はするなよ?」

 そう言い残して軒先へ向かう。


「…どこにいくんですか?」


「気分転換だよ。散歩してくる。」

 雪降る山道を歩いている。薬師として、だ。


 蝦夷が唾液腺に寄生した事に、1つの仮説をたててみた。

 

もし眼球の場所とりが起きるほどの量のが送り込まれたとしたら?


眼球に寄生しなかったのではなく、寄生出来なかったのだとしたら?


 そうして蝦夷の二次感染の原因について考えた末に、二つの結論まで絞り込んだ。


大量発生した蝦夷が一斉に犬に幼虫を送り込んだのか………それとも、何らかの突然変異で大量の幼虫を送り込める蝦夷がいるのか。


……出来ることなら前者であってくれ。

こんな山中で一匹の蝦夷を探すのは御免被りたい。


だが、二次感染の原因は断ち切らなくてはならない。 感染予防も、薬師の仕事なのだから。半身が雪に埋もれながらも森羅は探すことを止めない。

 そんな森羅の眼にぽっかりと空いた洞窟が移った。


「すこし…休むか……」 幅3m高さ4m程の洞窟は案外深く、奥の様子はうかがえない。恐らくは氷室だろうか…?


「冷えるな…」

 村を出る前、長老が色々と貸してくれた。

防寒着、かんじき、温かい飲み物。

「村に帰ったら、調合を聞いてみるか…」

 この飲み物、飲むと体が芯から温まるのだ。

 薬師からみても、なかなかの効き目だ。是非とも習得しておきたい。


…カサ………

「!…?」

 洞窟に音が響く。

 いる。何かが、確実に居る。

「…………」

 空耳だったのか?洞窟は静寂に包まれる。


カサカサ…

 徐々に何かが近付いてくる。やはり空耳では無かったのだ。

「来るなら来やがれ!」



 焦れったくなりそう叫ぶと、暗がりから音の主が現れた。

「青い蟹!?」



 いや違う、青みがかった蟹ではない。そもそも蟹が洞窟にいるわけがない。


 そこまで考えると、自然と答えが浮かび上がる。




「…蝦夷か!!」

 襲い掛かる全長2mほどの巨大蝦夷を掻い潜り、懐から薬瓶を取り出す。


「こんだけデカくなるもんなんだな。お前は」


 出口は蝦夷が塞いでいる。あまりやりたくはないが、やるしかないようだ。


「突然変異でそうなったのか、成長の成れの果てかは知らねぇが…」


 背後をとられた蝦夷の回れ右で向かい合う。

「焼けば死ぬだろ…」


 向き合いやいなや、蝦夷へ瓶を投げ付ける。



 パリン――…空虚な音と共に、蝦夷が燃え上がっていく。

 本当は、剥製にしたかったが仕方無い。お前、デカいし…


「…白燐はお前にもってこいだろ?ましてやこっちは風上。安心して投げ込める。」


 悪く思わないでくれよ。非力な人間は、知恵で生き延びてきたんだからな。


 火が収まる頃には…原型を止めていないだろう。


「…これで一件落着、と」

 吹雪が強くならないうちに、村に戻るか。

 その三日後、村では賑やかな宴会が開かれていた。


「本当に…ありがとうございます。孫を助けていただいて。…その上、治療代も要らないとは感謝してもしきれません…」

 長老はしきりに礼を述べている。


「こっちだって、三日も居座っちまって申し訳ない。食事も振る舞ってもらえて助かったよ」

 冬野菜というのだろうか?この村の野菜は甘くて旨い。

 それを生かした料理の数々はおそらく、ここでしか食べられなかっただろう。

「二人とも世話になった。薬は置いていくから、じいさんはちゃんと注射してやってくれ。」


「じ、自分で出来ますからっ!」


 桜花もすっかり元気になり、今も宴会の賄いを手伝っている。


「ごちそうさん。……じゃぁ、そろそろ行くかな。」

 桜花の運んできてくれた粥を平らげ、名残惜しくも村を後にした。

 春真っ盛りの山道。


 冬という長く厳しい寒さを忍び、乗り越えた木々や草たちを以前よりも逞しく感じる。


 俺は今、巨大な蝦夷の甲殻を背負って、春の野山を下って行く。


 驚いたことにあの蝦夷、甲殻だけは全く燃えていなかった。これも突然変異の仕業かね?

…ここだけの話、こういった品は高値で取引されているのだから嬉しい誤算だ。



「にしても…」


 村を発つ直前、見ていたかのように絶妙なタイミングで手紙が配達された。


『薬師 森羅へ

君の事だ。この手紙が届いている頃には村にたどり着いているのだろう。


頼んだこととはいえ、君を振り回して申し訳ない。

あの村には少し、縁があってね。どうしても私の関係者を寄越したかった。



いずれまた、君に寄り道を頼むかもしれない。そのときも、よろしく頼むよ。


春真っ盛りの山道。


 冬に溜め込んだ生気を一斉に解放している様は、薬師として嬉しい限りだ。

「おっ…ヤエグサにワタゲソウ…マイチモンジまで有るじゃんか!」


 様々な薬草、生薬の原料の時期が重なっている春はとてつもなくありがたい。


 習慣とは恐ろしいもので気がつけば春夏秋冬、それらの収集に明け暮れてあちこちを旅をしていた。


 ある日の事、薬師堂から手紙が来た。手紙にはこう綴られている。

『薬師 森羅へ

君の道中、あちこち寄り道を頼みたい。詳しい場所は追って伝えるのでよろしく頼む。

追進、寄り道先での事例は記録を残しておくこと。


 運が良いのか悪いのか、俺は病によく廻り合う。

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