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廃色リフレイン  作者: 本宮愁
Gray scale Refrain
6/24

6.

 夏生の言うことが本当なら、プレイヤーは普段、知覚されないことになる。冬也が見つからないのは、そのせいなのか? 少なくとも、クラスメイトの反応の説明にはなる。



試合ゲームに勝つと、どうなるの?」

「……望みが、叶えられる」



 勝者には褒賞を与える。ありがちなルールだ。しかし、その割には、なんとなく引っかかる口ぶりだった。


 夏生の声は心なしか震えていて、可能動詞というよりも、まるで、受動態――強制されているかのような印象を抱かせる。



「望み? さっき、願いは変えられないって言ってたよね。夏生は、なにを願ったの」

「願ったわけじゃない。私、そんなの、望んだことなかった……! でも、一度口にしたら、もうどうにもならない。『蒼氓の天秤』との契約は、変えられない、から」



 夏生は、膝にまわした腕に力をこめて、きつく自分自身を抱きしめる。


 まだ、状況はよくわからない。けれど、一際小さく見える少女に、それ以上の追いうちをかけることはためらわれた。

 ため息を押し殺して、質問を変える。



「ごめん……いいよ。もう一つだけ聞かせて。ソウボウの天秤って、なに?」

「蒼氓――人民のありかたを、そのまま反映させる天秤で、試合ゲームでは、戦況をあらわすたった一つの指標、なんだって」

「つまり、天秤が一定の傾きを超えたら、試合終了ゲームオーバーってこと?」

「そう、なるのかな。でも、『天秤』のカタチをしているわけじゃ、ないから……」



 よどみなく答えていた夏生が、珍しく言葉に迷う。

 続きをうながそうと、足を踏みだしかけて――途中で、固まった。俺の脇をすり抜け、うずくまる夏生の上に、長い影が落ちる。



「『蒼氓の天秤』は、能の仮面だ。戦局を反映して、まだらに染まる。夏生の言うことを信じるなよ、灰李――そいつは『黒』だ」



 同時に割りいった、低く凄みを持った声音に、慌てて背後を振りむく。


 すらりと伸びた長い手足と、華美で無く整った、純和風の顔立ちに重なる面影。肌の白さに反した、濡れたような漆黒の髪は、まさに夏生と同質のものだ。

 ――散々探しまわって、それでも二週間近く見ることのなかった腐れ縁の姿に、ただ瞠目する。



「と、うや……?」

「なんだよ、お化けでも見たような顔して」



 笑いまじりに返された声は、耳触りの良い、王子様然としたテノールボイスに戻っていた。



*****



 久々に揃った九条兄妹を前に、どうしてか心が騒いで落ちつかない。二人を取りまく、張りつめた緊迫感のせいだろうか。


 これがゲームだというのなら、そう――最悪のエンディングへ向けて突きすすんでいるかのような、焦燥感が湧く。



「お前、今までどこでなにして」



 口をついて出た非難に、冬也は、ひょい、と肩をすくませる。



「もちろん、ここで、試合ゲームをしていたさ。知ってるんだろ? 灰李」

「プレイヤー……冬也が、『白』?」

「そう。俺が」



 ちらり、と夏生を見下ろしても、彼女はうつむいたままなにも言わない。ならばきっと、事実なのだろう。冬也が『白』で、夏生が『黒』。それだけ言われたって、なにもわからないことに変わりはないけれど。


 いぶかしむ俺を、困ったように見つめて、冬也は釈明した。



「なにも言わずにいなくなって悪かった。でもまさか、灰李が、だなんて思わなかったから。俺のことも、夏生のことも、無意識下に忘れてるもんだと――」

「変わったね、冬也」

「は? なにが」

「前の冬也なら、言い訳じみた弁明なんて、絶対しなかった。もししたとしても、それは端的な事実だけだ」



 言葉をきって、長身の親友を睨みあげる。



「冬也、いつから俺に嘘をつくようになったの」



 一瞬、虚をつかれたように目を丸くした冬也は、やれやれ、とでも言いたげに息を吐いて、ゆるゆると頭を振った。



「嘘、ね。……そっか、そうなるのか。いや、正直に白状するなら、なんとなくそんな気はしてたんだ。いつだって、俺たちの中心にいたのは、灰李、お前で、だからきっと、『グレイゾーン』は、灰李のことなんじゃないかって、思っては、いた」



 冬也の独白を聞きながら、ぐっと歯を食いしばる。


 つまり、俺がその、『グレイゾーン』――夏生の言う『角』だと言いたいのか。俺の知らないところで、試合ゲームに組みこまれていたって?

 勝手な能面に、ふつふつといらだちが湧く。



「灰李。協力してくれないか? この試合ゲーム、負けるわけにはいかないんだ……わかるだろ? 夏生」



 冬也の視線が、初めて夏生へと動かされる。

 座りこんだまま、沈黙を保っていた夏生の肩が、びくり、と震えた。



「駄目だよ。――冬也を勝たせるわけにも、いかない」



 思いのほか、しっかりとした口調で応じた夏生が、顔を上げる。

 ゆっくりと立ちあがった彼女は、冬也に歩みより、そして。



「灰李を巻きこまないで」



 振りあげられた右手が、容赦のない速度で兄の頬を打った。



*****



「ってぇ……」

「夏生!?」



 ほんのりと赤く染まった頬をかばって、冬也がうめく。


 当の犯人は毅然としたものだ。下ろした右手を身体の横で握りしめながら、頭一つ高い冬也の顔を、キッと睨みあげている。

 はっきりとした目鼻立ちの美人のそういう横顔は、妙に迫力がある。



「……それが、お前の答えか。夏生」

「そうだよ。私は、冬也に勝たせるつもりはない。絶対に、勝たせたり、しない」



 迷いのない瞳で言いきる夏生を、冬也は無表情に見つめている。細まった眼に微かにのせられた感情は、――諦め?



「なら、どうするつもりだ? 引きわけなんて存在しないんだ。試合ゲームを終わらせるには、どちらかが勝たなくちゃならない」

「だけど灰李を巻きこむ必要なんてないじゃない」

「本気で言ってんの? 夏生。どうせ、『グレイゾーン』を制さなきゃ勝敗はつかない。染めるか、取りこむか、あるいは――」

「やめて!」



 冬也のセリフを遮って、夏生が叫ぶ。

 互いを睨みつける兄妹の間に、盛大な火花が散った。肌に突きささるような緊張感が漂う。


 そして、一呼吸置いてすぐ、俺の存在を無視した応酬が、また再開されようとする。


 冬也の口が開くのを見た瞬間、俺の中で、ブチリ、となにかが切れ――いつからか重くのしかかっていた圧迫感が、ついでとばかりに弾けとんだ。

 つかの間の解放感を味わった、その直後、逆流して沸きたつ血が、一気に理性を押し流した。



「いい加減にしろよ……」

「は、いり?」

「いつまでも、ぐだぐだぐだぐだ揉めやがって」



 九条兄妹の瞳が、揃って丸く見開かれている。

 アホ面をさらすイケメンの胸ぐらを掴んで、端正な顔をぐっと引きよせる。我ながら柄が悪いが仕方ない。一般市民のフツメンだってやるときゃやるさ。……たぶん。



「大体なあ、冬也。強情っぱりな夏生が、一度決めたらてこでも動かねえのくらい、お前が誰よりよく知ってんだろうが!」



 兄なら譲れ。身も蓋もなく言いすてた俺に、冬也がひきつった笑みを見せる。



「そんな単純な話じゃないんだって」

「だったら尚更だ。延々とくだらない試合ゲーム続けてんじゃねえ」

「あんなあ、夏生は『黒』だぞ? 譲れるわけ――」

「それが『何』だって?」



 本日一番の低音で吐きすてた俺に、冬也が言葉をのむ。



「冬也が『白』だ? 夏生が『黒』だ? そんなん俺は知らねえんだよ。お前らがなにも言わないからな!」



 冬也が固まった隙をついて、隣で呆然と立ちすくんでいる夏生の腕をひく。



「行くよ、夏生」

「え?」

「いいから早く!」



 戸惑う夏生を強引に連れて、全力で走りだす。



「灰李……」



 ちらり、と振りかえった背後で、冬也は、追いかける様子もないまま、その場に立ちつくしていた。

 丸く見開かれていた眼が、まるで眩しいものでも見るかのように、細められている。――なんだ? あれ。


 一瞬だけ見えた冬也の表情が、焼きついて離れない。



*****

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