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廃色リフレイン  作者: 本宮愁
Gray scale Refrain
5/24

5.

 流されるまま足を踏みだした俺を、可憐な容姿に似合わない強引さで、華奢な背中がけん引していく。

 ゆっくりとしたペースで、町並みが流れる。人通りが少ない、けれど見慣れた朝の景色。



「夏生」



 制服のスカートを揺らして歩く少女の右手は、俺の手首を握ったまま離れない。



「夏生、待って」



 急に立ちどまった俺につられて、夏生の足がとまる。けげんそうに振りかえった彼女が、口を開くより早く、俺は尋ねた。



どこ行くの・・・・・

「どこって、言ったじゃん。ゲームセンター」



 ほら、そこ。と言いながら、夏生は、空いた左手で道の先を示す。


 じゃあ。夏生の指した方向になにがあるか確認もしないまま、続けて間をあけず、問う。



「鞄も持たずに、こんな時間に、どこに行ってたの」



 朝の冷たい風が、頬をなでて吹きぬけた。


 そうだ。俺だって人のことは言えないけど、夏生が、今、この時間にいるはずがない。


 一度崩れ去った日常は、やっぱりもう日常たり得はしなくて、いびつに再現された現在は、やっぱりこんなにも脆い。

 もう遅いんだ。空の手をどれだけ強く握りしめたところで、取りもどすどころか、なに一つ掴めやしない。



「灰季……?」



 かりそめの『日常』。一体、なにがかりそめだったんだろう。それは、まるで胡蝶の夢。……こんなことまで考えるなんて、俺も大概どうかしてきてる。



「ねえ、夏生」



 だめだ。頭は回らないし、とても遠まわしな鎌掛けなんて思い浮かびそうもない。

 腹をくくって、直球を投げかけることに決めた。声の震えを、必死に隠す。



「冬也は、どこ」



 すぅ――と表情の消えていく彼女の顔を、冷めたまなざしで見つめていた。



*****



 桜色の唇をわななかせて、夏生は立ちつくしていた。もともと白い肌から血の気が引いて、艶やかな黒髪とのコントラストが、まるで良くできた日本人形のようだ。



「なんで……?」

「知ってるよね、夏生。……教えて。冬也は今、なにをしてるの? 夏生は、なにをしてたの? ――試合ゲームは、どうなったの?」



 一つ一つ、重ねて問うたび、夏生は固く表情を強張らせていく。



「夏生」

「だっ、て、……嘘だ。灰李が、知るはず、ないのに……。どうして、冬也――私たちプレイヤーのこと、――」

「知るはずないって、どういうこと?」



 厳しい口調で問いつめると、夏生は、唇をかんで黙りこんでしまった。絶対に口を割る気がないときの、彼女の癖だ。このまま意地の張りあいになれば、分が悪い。



「俺は、能面に会ったよ。能面アイツは、俺にゲームに参加しろと言った」



 夏生の動揺が収まらないうちに、たたみかけるように告げた。


 脳裏に焼きついて離れない、まだらに染まった面。薄笑んだまま固まった表情が、機械質な声音が、まだ俺を嘲笑いつづけている。



「……違うよ、灰李」



 ぽつり、とつぶやいた夏生が、顔を伏せる。アスファルトを見下ろす彼女の表情を、影が隠した。



「これは、陣取りゲームなの。一対一。白対黒。プレイヤーはもう揃ってる。灰李に、試合ゲームに『参加』する余地なんて、あるわけない」

「陣取り、ゲーム?」



 飲みこみきれない単語を反復する。『参加』の余地がない? なら、あいつは俺に、なにを求めたんだ。大量の疑問符が、脳内を舞う。能面の目的は、いまだわからずじまいのままだ。



「灰李が、……なんだね」



 一人、納得したような言葉をもらした夏生は、ゆっくりと俯いた顔を持ちあげた。視線が交錯する。妙にスローモーションに感じられるまたたきが、一度、二度。



私たちプレイヤーは、世界を変える。きっかけは、どんな些細なことでもいい。ちいさな波紋は、いつか、大きな揺らぎになる」



 単一な口調で、夏生は言った。



「は? なにそれ、世界を変える……?」



 予想だにしないぶっとんだスケールに、あごが落ちる。



「少しの行動じゃ大局は動かせない。私たちプレイヤーは、走りつづけなければならない。『蒼氓そうぼう天秤てんびん』を傾けるために」



 ソウボウの天秤? どういう意味だよ。


 難解な固有名詞に、抽象的な表現。つらつらと、夏生の並べたてていく言葉は、まるでゲームの前口上のようだ。……頭が痛くなってきた。



「だけど、たった一人でそんなの、どうしたってできっこない。だから、『世界』は区切られる――ある一定の範囲を染め・・れば、呼応する土地全体の『色』を変えられるように」

「染める? 待って夏生、ソウボウの天秤って一体」

「――聞いて!」



 俺の言葉を遮るように、夏生は声を張りあげた。

 がらりと変化した、鬼気迫る表情に、先ほどまでの淡々とした語りが、激情を抑えたものであったことを知る。



「ここが盤上フィールドなの。この街に垂らした一滴は、世界規模のになる」

「フィールド……」

「リバーシに『角』があるように、このゲームにも、抑えれば有利になるポイントがある。その一点さえ落とせば、『蒼氓の天秤』は一気に傾いて、簡単にはくつがえらない」



 それきり、崩れおちるようにうずくまった夏生は、両手で顔を覆った。しゃくりあげるような音が聞こえる。



「夏生!?」



 慌てて差しのべたまま、どうしていいか迷って固まった俺の右手を、夏生が掴む。柔らかな感触に反して、その手は酷く冷たい。

 黒曜石のような瞳を不安定に揺らして、夏生は言った。



「たすけて……灰李。もう、私たち、どうしたらいいのかわからないの。勝っちゃだめ。負けてもだめ。願いは変えられない。試合ゲームもやめられない。どうしよう。……どうしよう!」



 小刻みに震える細い双肩を、俺は呆然と見下ろしていた。



*****



「夏生」



 落ちついた頃を見計らって、静かに呼びかける。



「場所、移動しよう?」



 恐る恐る提案すると、夏生はうずくまったまま首を振った。ぼそり、と静かな声が落ちる。



「自分から接触しなければ、プレイヤーの存在は気づかれない。試合ゲームが終わるまで……誰も、気づかない。……だから、大丈夫」



 ちらり、と少しずつ増えはじめた往来に目をやっても、誰一人目があわない。



「それ、俺も……?」

「わからない。でも、多分」

「……そう」



 一度、ゆっくりと息を吸って、呼吸を整える。

 さっきから、鼓動の音がうるさい。ハイペースで刻まれる脈動を、鎮めようと必死に言いきかせる。

 ――落ち着け、はやるな。やっと、手がかりが掴めるんだ。まだ、手はあるさ。絶対に。



「夏生……質問しても、いい?」



 顔を伏せたまま、夏生が、こくり、と頷いたのを確認して、一つずつ確かめるように問いかける。



「夏生は、プレイヤー?」

「うん」

「もう一人は、冬也?」

「……うん」



 一拍おいて、夏生はハッキリと肯定した。

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