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廃色リフレイン  作者: 本宮愁
Gray scale Refrain
4/24

4.

 誘われるがままに、もう一度、ゆっくりと伸ばした手の先が、めまぐるしく入れかわるモノトーンの文様へ迫る。

 ぞわり、漂う冷気にひるんだ刹那、ふ、と思いとどまった。――なぜ?



「俺、なんで……?」



 違う、駄目だ。ソレジャダメナンダ。

 いつかのゲームセンターと同じ、理屈ではないなにかが腕を縫いぬめる。



「おヤ……残念デス」



 少しも残念になんて思っていないだろう口調で、能面は告げた。


 さびれた洋室を背景に、淡い燐光をまといながら浮きあがっていた能面が、霞がかるように徐々に闇に溶けはじめる。



「ソレデハ気ガ変ワラれマシタ頃、今一度オウカガいシマショウ」



 もやの向こうで、能面はやはり笑っていた。

 結局、なにがしたかったんだ。盛大に顔をしかめた俺を、見透かしたように声が届く。



試合ゲームノお誘イデスヨ――貴方は知っているはずだ」



 妙に滑らかな発声を最後に残して、能面も、奇妙なモノクロの洋室も、すべてが視界から失せた。



*****



 背中にあたる、冷えたコンクリートの感触。熱の失せたアスファルトが、尻に食いこんで痛い。

 まぶたを上げれば、細い弧を描く月の下、なんの変哲もない三叉路が、なにごともなかったかのようなすまし顔でたたずんでいる。


 二度目の白昼夢を、もう俺は、冗談だと笑い飛ばせなかった。カラカラに乾いた喉に、引きつった笑い声が絡まって、いびつな声音が漏れだす。



「ゲーム、だって?」



 さっきの会話のどこに、そんな要素があった。俺が『知っている』? まさか。超能力者でもなんでもない、平凡な男子高校生に、何を期待しているのか。



――勝者の願いを叶えましょう。ルールは単純、相手を呑め。あなたの色に世界を染めよ。



 唐突に頭の片隅をかすめたフレーズを、意図的に遠ざける。


 気のせいだ、気のせい。こんなタイミング、できすぎていて気持ち悪い。きっと夏生から聞いた新作ゲームのあおり文句だろう。



「夏生……ゲーム……?」



 ふと、嫌な予感が、胸を占める。あの能面は、なんと言っていた?



アレホド ニ チカイ コクビャク ハ メズラシイ



 こくびゃく。黒白。あなたの色に世界を染めよ。まるでボードゲームのリバーシだ。狭い盤上を自らで埋めようと、むさぼり合うように競う二色が脳裏に浮かぶ。



ソノ スグソバ ニハ ハイ



 灰? それがなんだ。白と黒の試合ゲームには不必要な中間色に、一体なんの用があるんだ。中途半端にくすんだグレイは、どうしたって対戦相手プレイヤーにはなり得ない。

 なり、得ない? ……ああ、そうか。



「プレイヤーは……俺じゃ、なくて」



 じくり、と鈍い痛みが頭を襲う。くり返し脳内に浮かんでは消える、無数の言葉。覚えのない、けれど知っている、そんな気色の悪い感触をこらえて、今度は一つ一つに耳を澄ます。



――二度の説明はいたしません――プレイヤーは足りておりますよ、灰李サマ。ゆえに私は貴方に声をかけたのです――その面をご覧ください。今は『白』がやや優勢のようですね。



 『プレイヤーは足りております』。灰の、俺のすぐ傍にいる、近い黒白。残念なことに、複数思い浮かぶほど、俺の交友関係は広くない。



「まじ、かよ」



 姿の見えない冬也と、様子のおかしい夏生。たった二人の、俺の幼馴染。

 そうだ。夏生が、ゲームと名のつくものに燃えないはずがないこと、わかっていたのに。


 どちらが白で、どちらが黒か。そんなことはどうでもいい。戦況は五分五分。きっと今もあのまだらな能面の上で、白と黒はせめぎ合い、不可思議な文様を描きつづけている。



 止めなくては。

 あれは駄目だ。あの能面は、いけない。



 握りしめた拳の中で、深く爪が突きささる。理屈じゃない。もう何度目かわからない、そんな焦燥に駆られる。


 そもそも、かき回すためだけに第三者オレに参戦を望むようなやつ、うさん臭くて仕方ない。ましてや魅力的な取引の代償は、高くつくと相場が決まっているものなのに。


 そして、――何よりも、本能が警鐘を鳴らした。あのとき、逆らいがたい誘惑を前に、俺は、たしかな恐怖と嫌悪を抱いていたのだから。



*****



「冬也、今日も来てないの?」

「あ、うん……、みたい、だね」



 歯切れの悪い言葉を返すクラスメイトに、そう、と短い返答を零して、席を立つ。



「わ、渡部くん?」

「……なに」



 教室の入り口で、肩ごしに振りむいて短く問えば、彼女の細い肩が、びく、と一瞬跳ねあがり、笑顔が強張った。思いあたる節がなくて首をひねる。が、最近は一々気にしないことに決めた。そんな余裕も無い。


 黙りこんでしまった女の子――そういえば名前が思い出せない――に、視線で返答を急かす。



「えっ、と……」

「用が無いなら、俺、行くけど」

「ご、ごめんね、引きとめて!」



 やっぱいいや、と慌てて頭を振った彼女が、情報通だという評判の妹尾セオさんだったということを、昇降口で靴を履きかえながらようやく思いだした。……前は、それなりに会話もしてたような気がするんだけど。まあいいか。


 自分の靴箱に上履きを戻せば、否応なしに視界に入る、その隣。『2のA九条冬也』――顔に似合わず悪筆なネームプレートを、そっとなぞった。



「なにやってんの、お前」



 家にもいない、学校にも来ない、携帯に連絡もつかないらしい幼馴染。消息が完全に絶たれてから、もう、一週間以上が過ぎた。街中探しまわったって見つからなくて、なのに俺以外の誰も、そのことに焦燥感を抱いていない。


 まるで自分だけがおかしくなってしまったかのようで、油断すると時々わからなくなる。



 ――冬也は本当に、プレイヤーなのだろうか。



 疑いだしたらキリがない。そんなはずはない、とうち消しながら、ふとした瞬間に、冬也がそこにいないことが当たり前のように感じて、寒気がした。


 奥歯をかみしめて、校舎を後にする。

 諦めたくない。まだ、なにか、あがけるはずだ。どうすればいい? 昨日は、隣町を闇雲に探した。次は? 一体どこを探したらいい。なにをしたらいい。



「灰李」



 考えに没頭したまま、足早に通り過ぎようとした校門で、ぴたり、と立ちどまる。


 耳に馴染んだ、柔らかなソプラノボイス。弾かれたように振りかえった先で、女子高の制服に身を包んだ夏生が、いつかのように門柱にもたれていた。



「な、つき……?」

「なあに、どうかした? 灰李。変な顔しちゃって」

「だって、そりゃあ……、え?」



 きょとん、と無邪気な表情を浮かべて微笑む夏生を前に、わけがわからずに混乱する。

 当たり前のように現れた、当たり前じゃなくなった日常。なんだよ、それ。意味わかんねえ。――ああ、違う。そうじゃなくて、ええっと。考えなければ。――なにを?



「ね、灰李。ゲーセン行こうよ」



 立ちすくんだままの俺の腕を、夏生が引っぱる。

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