another: W.1-6
特別なことなんて、なにもない。あきれるほどに単調な毎日。嫌気がさしたことは、不思議とない。たぶんそれは、灰季がいたからだ。
灰季に再会するまでの時間は、俺にとって苦しみであり、救いであり、……どうかしてるな、こんなこと考えるなんて。
「九条くん?」
妹尾が、きょとんとした目を向ける。邪気のないまなざしは、昔の夏生にも似ていて、一瞬、不意をつかれた。
「あ、ああ。なに?」
「ゲームセンター、そこだけど……」
指さされた先に、見覚えのある騒がしい建屋がある。認識した途端に、濁流のような音が流れてきた。
「ありがとう。助かったよ」
すぐさま笑顔をとりつくろう。ほとんど無意識のうちに仮面を織り上げる自分に、自嘲した。
「いいえー。どういたしまして。そういえば、九条くんって転校生だったね」
大げさな身ぶりをつけて話す妹尾が、ポンと手を打った。
「なじみすぎてて忘れるけど、一時期、すっごい美形が越してきた! って話題になってたもん」
「そりゃ、夏生の話でしょ」
「妹ちゃんも美人だけど、噂に広がったのは『完璧な兄』の方だよ。――九条くんがガードしてたから」
息を、のむ。
「あたり?」
いたずらっぽく笑う妹尾を、すぐさま要注意人物にカテゴライズした。子供っぽいクセにだまされるな、こいつ、かなり冷静に分析してる。俺が言うのもアレだけど、タチ悪い。
「いや……」
「なぁんてね、さすがの九条くんでも、そこまでシスコンじゃないか」
からから、と明るく笑った妹尾が、じゃーまたね、と両手を振って去っていく。また明日、とあいまいに笑って見送りながら、背筋は冷たく凍る。
遠ざかっていく妹尾の背中が、すこしだけ迷うようにゆれて、それでも振りかえらず逃げるように、彼女は走っていった。
「大丈夫……あいつの興味の対象は、俺じゃない」
ぱたり、と手を下ろしながら思い浮かべるのは、無頓着で鈍感な幼馴染。たぶん灰季は、夏生のことすら妹としてしか見えてないだろうけど、わざわざ教えてやるほど俺は優しくない。
妹尾、か。
要注意だけど、……報われないね。お前も。
「冬也! なにしてんだよ、おっせーな」
騒がしいゲーセンの入り口から顔を出して、灰季が叫ぶ。顔色がわるいのはきっと、退屈した夏生に対戦相手にすえられて、多大なハンデを付けた上で連敗したんだろう。
「ごめん、ちょっと長引いて」
「なにが!?」
「用事あるから、って言っただろ」
「聞いてねーしどうでもいいから早くこいって」
そして俺をたすけろ、と自分から聞いてきたくせに勝手なことを述べて、灰季は俺を引きずっていく。これは、かなりまいってるね。
苦笑しながら、これからのことを考える。
この世ならざる能面男。
毎日顔を合わせる妹尾。
厄介だな。なんて形だけ思ってみても、胸の奥底は沸いている。まったくどうしようもない性分だ。そんなに英雄になりたいのか、この血は。
なんでもいい。夏生にさえ余波がいかなければ、それでいい。
「そういや、だれか一緒にいたのか?」
騒音にまみれたフロアを抜けながら、すこし冷静さをとりもどしたらしい灰季が問う。
ここで正直に答えたって、まったく問題はないんだけど――。
「いや、誰もいなかったよ」
なんとなく、妹尾に灰季を近づけるのは、避けるべきだと思った。とくに理由はない。しいて言うならば、予感がした。
なにか、よくない変化の引き金になるような、予感が。




