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廃色リフレイン  作者: 本宮愁
Gray scale Refrain
13/24

13.

「理論的に考えちゃあ駄目だ。灰李、この試合ゲームに勝つ鍵は『激情』だよ。要するに人心を掌握すればいいんだ。大衆心理の扇動。まずは一人を誘導するだけでいい。あとは代理人が適当に調節する」

「掌握? ちょっと待てよ。冬也こそ、なんの話をしてるんだ」

「『蒼氓の天秤』を揺らせ――つまり、民衆の価値観、そのものを塗り変えるんだよ」



 世界を変える。スケールがデカすぎて的を得なかった話が、ふたたび目の前に展開される。



「プレイヤーの役割は、選択を強制することだ。『黒白』(おれたち)はそうやって戦う。……だけど、『灰』(おまえ)は違う」



 岐路に立つ人間に選択を迫って、すこしずつ、自分の望む方向に寄せる。そうだ、たしかに、そう夏生も言っていた。



「日本人にアンケートをとると、『どちらでもない』に回答する割合が高いことは知ってるか?」

「え、ああ、……まあ、たしかに」

「まず、そんな選択肢が用意されていること自体がおかしいんだ。『どちらでもない』人口が、最終的にどちらを選ぶかで結果がひっくり返ってしまうなんて、馬鹿げた話だろう」

「それ……つまり、それが『グレイゾーン』ってことか?」



 どちらでもない。それは、この試合ゲームにおける『灰』の立ち位置そのものだった。


 白と黒がまだらに交錯していた能面。その中央に、二色を分かつように引かれた灰色の帯。『蒼氓の天秤』が示した、あれは、境界線なのか。



「なにもしなくたって人は狂うよ。なんの指針もなく正しくあれるほど、人間は強くない。だから俺たちは、逃げ道を奪って追いこんできた。でも灰李、お前は逆だ。逃げ道を与えて誘いこめばいい」

「誘いこむって……」

「弱さに、つけ入るんだ」



 身も蓋もなく言いきった冬也に、息をのむ。反論しようと開いた口は、どんな言葉をつむぐこともできないまま、引きつって震えた。


 そんな俺の様子を、冬也は表情無く眺めていた。俺たちを隔てる道の中心を、寒風が勢いよく吹きぬけていった。巻きあげられた木の葉が、沈黙に乾いた音色を響かせる。


 やがて、流れるような仕草で身を起こした冬也は、ぐっと距離を詰めて、告げる。至近距離で、黒珠の双眸が玲然と揺らめく。



「いいか、灰李。決めたなら迷うな。絶対に目をそらすな。刻みこめ。お前が選びとった道が、その選択が、生みだす結果から逃げるな」



 そのまま身を返し、遠ざかっていく冬也の背中を、呼びとめることもできずに呆然と見送った。



*****



 これしかないと、すがりついた。その選択は、本当に正しいものだったのだろうか。後には退けない。わかっていた。


 わかっている、つもりだった。


 冬也は、たった一言を告げるためだけに来たのだろう。腹をくくって試合ゲームを動かせと、それだけを、伝えに。



「あー、……くっそ」



 ずるずると路上に座りこむ。

 なにもかもが思い通りにいかない。逆か。いきすぎてる。


 決められたレールの上を、予定調和で走るだけ。せいぜい速度調節が関の山で、方向転換なんて夢のまた夢。小さな頃に遊んだ、電車の模型と変わらない。


 漠然とした不安は消えず、だけど、立ち止まることは許されない。一刻も早く試合ゲームを終わらせて、それで、……それで?


 終わったら、どうなるんだ。



――望みが、叶えられる。


――それを『望み』といたしましょう。



 泣きそうに笑う夏生の顔が浮かんで、やがて歪に微笑むグレイの姿へと変わる。


 眼をつぶれば、すぐさま暗闇のスクリーンに『蒼氓の天秤』が映しだされて、どうやっても試合ゲームからは逃れられない。


 俺の望み。願い。

 ……もう一度、なんの変哲もないあの日々へ。


 変わってしまったなにもかもを。傷ついてしまった女の子を。支えを失った親友を。どうか。



――戻してくれ……なにもかも、全部。



 あの一瞬から変わらない、俺の……たったひとつの、道しるべ。


 あの男に、すがりたくなんかない。でも、それが最後の希望だというのなら、俺に選択肢なんかなくて。だけど。



――口に出したら変えられない。


――いいから戻せっつってんだよ!



 いくつもの言葉が、頭の中を駆け巡っていた。


 夏生のために。冬也のために。大切な幼馴染を、彼らと過ごす日々を守るためなら、俺は、なんだってする。


 冬也ひとのことなんて言えやしない。俺だって大概、身内びいきで、身勝手だ。わかってる。


 始まりがなんだったのか、なんて、いまさらどうだっていい。ただ、俺は守りたい。取り戻したい。この手の中にあった、なによりも大切な宝を。



「やってやるよ……なんだって、やるさ」



 ひとり、呟く。震えを抑えるように握った手のひらに、爪が食いこんだ。



*****



 様々な人々が行き交う駅前。夏生に殺されかけた、まさにその場所で、立ち止まる。


 ショーウィンドウのガラスに映る俺は、ずいぶんとひどい顔をしていた。触れた手のひらから、ひんやりと冷たい感触が伝わってくる。


 つけ入れ。惑わせ。なんども自分自身に言い聞かせながら、深く、息を吸う。できるのか? 俺に。……いや、やるしかない。



「『灰』は、逃げ道を与えて、誘いこむ」



 冬也から聞かされた攻略法を、必死で頭に叩きこんだ。まずは一人。そうすれば、あとは積み木崩しだ。


 なにもしなくたって『灰』は勝つ。だけど、試合ゲームを終わらせるにはそれじゃ足りない。共通思想を生みだせ。統一しろ。完全に。


 ――完全試合パーフェクト・ゲームを。


 固くひき結んだ唇をほころばせて、足を踏みだした。約束された勝利へ。大丈夫。きっと、冬也ならこう言うだろう。



「Take it easy.」



 気楽にいこうぜ、簡単な仕事だ。自己暗示のように呟きながら、ガラスごしに眺めていた人波を睨みつける。


 さあ、溺れかけた人間へ、藁を投げろ。腐りかけた眼の奥の、微かな燻りを燃えたてさせろ。身を焼き尽くすほどの業火を。


 ――そうして、ターゲットを、定めた。



*****

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