魔王奮闘記
美人で天然の義姉を持つと妹は大変なんです。
街で男どもに声を掛けられるわ、悪徳業者に目をつけられるわ…、義姉って見捨ててもいいんでしたっけ? そりゃ、義父母が他界してから色々と義姉のおかげで助かってるところはあるけれど、さすがにもう引いてもいいと思う(←と言うか思いたい)。
それよりも、心配なのは義姉さんの無防備すぎる行動だ。義姉さんはかなりのボンキュボンッなのに、薄着で男の傍によるっていうのはどうなんだ! 母上、あなたは私に『男を確実に殺る方法』を伝授するんじゃなくて、義姉さんに『男回避方法』を教えて欲しかった…(義母はかなりの男遊びだった)。
…ただでさえも、今不審者とか出て危ないのに。
「ナーオッ!」
「ッ!? とっととと、とわっ!」
椅子に座って本を読んでいる体制から90度倒れる。私は天井を見上げていた。
「だ、大丈夫!?」
私の視界に入ってきた女性。この人が私の義姉。名前は優姫。体型は上から??/42/57。身長は157cmで、容姿は幼さが残る童顔。その顔がいつもは笑顔なんだけど、今はあたふたと焦った顔をしている。とりあえず…、年下な自分より多くの表情をもってる人だと思う。男どもが義姉に惹かれる理由はそこにあると思うんだけど。一応自分も義姉の笑った顔が好きなので、安心させようと私に出来る精一杯の笑顔で対応する。
「大丈夫だよ姉さん。ちょっと驚いただけだから」
笑顔を見せる私に安心したのか微笑む義姉。あーやっぱり義姉さんは笑ってるほうがいいや。
「で、どうしたの? いきなり呼んだりして」
「あのね、今からコンビニ行こうと思うんだど、リオ何か欲しい物ある?」
「…へ? コンビニ??」
チラリと壁に掛けてある時計を見やる。…11時25分、よい子は寝るお時間ですよー。
「ダメ」
「なんでー!」
なんで、だって? そりゃ、夜のコンビニといえば入り口に集る不良どもと相場が決まってるじゃないか!! そんなところに義姉さんを連れて行けますか!? この超鈍感、天然記念物を!!! …とまあ、そんなことは言えないので。
「最近は不審者とか出てるし、危ないでしょ? だからダメ」
断固としてダメを貫き通す私にしつこく行きたいと言ってくる義姉さん。ダメなもんはダメです! 義姉さんを一人で夜のコンビニへなんか行かせられますか!
「じゃあ、ナオと一緒に行けばいいんだね」
「……え?」
今、なんと仰いましたか。私のお義姉さまは。私も同行しろと? え、マジで?
「一人で行っちゃダメなんでしょ? だったらナオも一緒に行けばいいんだよ!」
そう嬉々として言う義姉さんに言葉を無くす私。まあ、それなら少しは安心できるけど…それって、屁理屈なんじゃ…。
「屁理屈も理屈って言うでしょ? さ、行こー!!」
……義姉は読心術が使えるんじゃないかって思う、今日この頃。
+-
「うわー真っ暗だねェ」
「うん…、そだね」
…だれか、助けてください。だれかこの天才天然暴走美女を止めてください。
「あっ、流れ星!! 願い事…」
「姉さん、もう消えちゃったよ」
私の一言にショボーンと肩を落とす義姉さん。なんか、私が悪いことをした感じなんだけど…。
「…流れ星になんて願わなくても、姉さんが願えば大抵の望みは叶えるけどなー」
主に義姉さんのファンクラブの人が、だけど。…特に金銭面に関してはそこらへんの男に頼めば貢いでくれるでしょ。義姉さんの美貌にやられて。と言うのは心の中だけに閉まっときます。義姉さんはそんなことを知ってか知らずかドンドン笑顔になっていき、私に抱きついてきた。
「もー! ナオってば漢らしい!! 私ナオのお嫁さんになろっかなー」
丁重にお断りしときます。そんなことしたら絶対に殺られる。義姉さんのファンの人に。想像しただけで背筋が寒くなってくる。
その時、背後からの殺気に近い視線を感じた。現代っ子なのに、殺気を感じ取れる私って…。まあ最初に心配していた通りの不審者だろうと検討は付いていたので、義姉をまず安全な場所への誘導を先にする。
「姉さん、かけっこしようよ」
「へ? いいけど…なんで突然?」
「この頃、運動不足だし。外に出たついでに、ね?」
ゴールはコンビニッ! と久しぶりに見せる年下らしい笑顔に義姉さんは疑いも無くOKを出す。…こんな義妹でごめんなさい。そして、後ろの不審者に気付かれないようにスタートを切った。
「ッ!!」
後ろの不審者も突然走り出したターゲットに焦ったのか走って近づいてくる。夜の街に合計3つの足音。幸い義姉さんは走るのに気を取られていて気づいていない。
「ッハァ、ハアハア!」
しかし、…ドンだけ早いんだ義姉さんは!学年でぶっちぎりトップだとは聞いていたけれど、ここまで早いとは思わなかった。私と義姉さんの差はどんどん開いていく。
…仕方ない、義姉さんは気づいてない見たいだし後ろのやつを伸してから行くか。
私は足を止める。すると瞬く間に開いて行く義姉さんとの距離。あのスピードならすぐにコンビニにつくだろう。私は後から行って、転んで遅れたとでも言っておけばあの義姉なら騙せる気がする。
のほほんと考えていると後ろから不審者がハアハアゼエゼエ言ってやって来た。男だろうと思われる不審者は中肉中背であの速さはかなりきつかっただろうと哀れむ。
やっと私の前までやってきた男は膝に手をつきながらも懐から黒い小さな箱を取り出した。カチッと鳴る音とともにパチパチと弾け光るそれは私に緊張感を走らせた。
「中学生相手にスタンガンかよ…」
男が突進してくる。私は男をギリギリまで引き寄せ、男がスタンガンを当てようとして手を伸ばした瞬間に脇に避ける。そして男の脇腹に渾身の一撃(蹴り)をお見舞いしてやった。上手く鳩尾に入ったのか、男はうめき倒れていった。
「ふぅ…やっぱりこの頃運動不足かなー?」
頭を掻きながら、しみじみと思う。私は不埒な輩から義姉さんを守るために部活には所属していなかったのだが、こういう事があるのならば仮入部ぐらいしとけばよかったと思う。
…そう言えば、義姉さんは大丈夫だろうか? すっかり忘れてた。まあ、義姉さんは武道をやってるからそれなりの対処はできるはず。…多分。
その時だった。
「きゃあぁあああああぁああぁぁぁああああ!!!」
義姉さんの声だ! 何かあったんだ。そう思って義姉さんのもとへ行こうと走りだした時。
―――バチバチバチィッ!!
弾けるような痛みが私を襲った。
「な、んで……?」
声を出すにしても徐々に体の機能が停止していく。息が吸えず、血が頭に行き渡らない。ああ、くらくらしてきた。私の体は重力に従い倒れる。コンクリートの冷たさが頬に伝わってきた。
ふと引っ張られる感覚がした。目を開けるとそこにあったのは漆黒の球体だった。