精霊のご加護
「助けてあげればいいんじゃない?」250年前、一人の少女の優しさが精霊を救った。やがてその小さな優しさは、王国を救う奇跡になる。
『精霊のご加護』
目次
序章 250年前のあの日
1.三姉妹と薪拾い
2.小さな命
3.傷ついた妖精
4.優しさの証
5.精霊の願い
6.「助けてあげればいいんじゃない?」
7.伝書の魔導書
8.250年後への約束
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第一章 250年ぶりの少女
1.ベクトリア誕生
2.絵本の中のご先祖様
3.魔物討伐は嫌です
4.セバリシアとの毎日
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第二章 運命なんて信じない
1.魔法大学入学
2.退屈な才能
3.デビュタント
4.最悪の出会い
5.王太子ドリアタ
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第三章 怖いもの
1.精霊たちの秘密
2.社交界の片隅で
3.強くなる理由
4.交際の申し込み
5.真実の石
6.運命の相手
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第四章 優しさは受け継がれる
1.討伐隊を見に行く日
2.負傷者たち
3.助けたい
4.治癒魔法
5.変わり始めた心
6.隣にいたい人
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第五章 約束のその先へ
1.父の祝福
2.成婚式の朝
3.王太子妃ベクトリア
4.最初の討伐
5.250年越しの約束
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終章 本当の人生
1.精霊のご加護
「250年前のあの日から、すべてが始まっていた」
「これは、まだ王国が小さく、魔獣の脅威に怯えていた頃のお話――。」
「三人の姉妹が森で拾った小さな命。それが、やがて王国の運命を変えることになる。」
――250年前。
エミリア、10歳。
セレナ、8歳。
リリアン、3歳。
そして、生まれたばかりのレオン、0歳。
まだ幼い四人の子どもたちは、エルセリア王国の小さな家で暮らしていた。
「お姉ちゃん、こっちにもあるよ!」
セレナの声が、庭に響く。
今日は三姉妹で、薪を集めるお手伝いの日だった。
家の庭から少し離れた牧場の近くまで、三人はそれぞれ袋を斜めにかけ、楽しそうに歩いている。
「セレナ、無理して持たなくていいよ。重かったら私が持つから」
エミリアは、妹の袋を気にしながら歩いていた。
「大丈夫! 私もお姉ちゃんみたいにできるもん」
セレナは胸を張る。
エミリアの真似をすることが、セレナは大好きだった。
その隣では、リリアンが小さな袋を引きずりながら歩いている。
「リリアン、ちゃんとついてきてね」
「うん!」
エミリアが振り返るたび、リリアンは嬉しそうに笑う。
そんな三人の姿を、家の中から母親のメーテアが見つめていた。
生まれたばかりのレオンを抱きながら、心配そうに声をかける。
「エミリア、あまり遠くへ行っちゃだめよ」
「はーい!」
元気な返事が返ってくる。
けれど――
三人が牧場の近くまで来た、そのときだった。
「……あれ?」
リリアンが、足を止めた。
「どうしたの?」
エミリアが振り返る。
リリアンは、少し離れた場所を指差した。
「あそこ……何かいるよ」
エミリアとセレナも、リリアンの指差す先を見る。
そこには――
小さな羽を震わせる何かが、地面の近くを飛んでいた。
リリアンが「何か」を見つけてしまう……
「あっ……!」
って何かを見つけて走り出す。
エミリアが追いかける。
セレナも追いかける。
そして、3人が森の中で出会う――。
「小さな命」
ここから本当の物語が始まる、、、
「蝶々が……怪我してるよ……」
リリアンが、小さな指を伸ばした。
その先には、一羽の蝶がいた。
羽を震わせながら、地面の近くをふらふらと飛んでいる。
「危ないから、触っちゃだめ……」
エミリアがすぐにリリアンの手を取った。
「……でも、怪我してるよ?」
リリアンは蝶から目を離さない。
「痛そう……。可哀想……」
その後ろから、セレナがそっと顔を覗かせる。
「……本当に怪我してるの?」
「うん」
リリアンは頷いた。
エミリアも蝶をよく見る。
「あっ......」
蝶の羽に、小さな木の枝が引っかかっていた。
「木の枝が……。これで傷ついたのかな?」
エミリアが眉を寄せる。
けれど、セレナはエミリアの背中から離れない。
「大丈夫なの?.....」
小さな声だった。
「分からない……」
エミリアは妹たちを振り返った。
「二人とも、ここから動かないでね」
けれど――
リリアンの瞳は、蝶だけを見つめていた。
リリアンだけが
「……蝶々じゃないよ?」
って何かに気づく。
でもエミリアとセレナには、まだ分からない。
そして少しずつ、
羽の光り方がおかしい。
傷から血ではなく、淡い光がこぼれる。
触れていないのに、周囲の草花が揺れる。
「……助けて……」
「お姉ちゃん……」
リリアンがエミリアの服を引っ張る。
「この子、痛いって……」
エミリアも恐る恐る近づいた。
「……本当に、しゃべってる」
羽には木の枝が絡まり、傷ついている。
「待って。今、助けるから」
エミリアは小さな手を伸ばした。
けれど、枝は思ったより深く絡まっている。
「……一人じゃ無理……」
エミリアはセレナを見る。
「セレナ、こっちの枝を持って。私が外すから」
「う、うん!」
セレナは姉の言う通り、震える手で枝を押さえた。
「リリアンは、そこにいてね。絶対に動いちゃだめよ」
けれどリリアンは、妖精から目を離さない。
「大丈夫だよ……」
小さな声で、何度も話しかける。
「お姉ちゃんが助けてくれるからね……」
そして――
妖精の羽から、淡い光がこぼれた。
しばらくすると、妖精の震えていた羽が、ほんの少しだけ動いた。
「……あっ」
リリアンが嬉しそうに顔を近づける。
「もう、痛くない?」
妖精は小さく頷いた。
「……少し」
「お家に帰れる?」
また、こくんと頷く。
「よかったぁ……」
リリアンは、ほっとしたように笑った。
「もう大丈夫? 痛いところない?」
小さな手を胸の前で握りながら、何度も尋ねる。
その様子を見ていたエミリアは、妖精の傷をじっと確認した。
エミリアは立ち上がると、持っていたハンカチを握りしめて川へ向かった。
「少し待っててね」
川の水でハンカチを濡らし、戻ってくる。
そして、傷ついた妖精の顔をそっと拭いてあげた。
「痛かったら言ってね」
エミリアの小さな手は、驚くほど優しかった。
妖精は何も言わず、その手をじっと見つめている。
少し離れたところでは、セレナが二人の様子をじっと見つめていた。
姉が妹を心配し、妹が小さな妖精を心配している。
セレナは、そんな二人を見ながら――
何も言わなかった。
ただ、静かにその光景を見つめていた。
すると。
妖精の羽から、先ほどよりも淡い光がこぼれた。
その光は、三人の少女を包みこむ
三姉妹は、妖精の様子をじっと見つめていた。
「……まだ、痛いのかな?」
リリアンが心配そうに首を傾げる。
その隣で、セレナはエミリアにそっと近づいた。
そして、小さな手で姉の手をぎゅっと握りしめる。
エミリアも、妹の手を握り返した。
そのとき――
妖精が、ゆっくりと顔を上げた。
「……ここは?」
かすかな声だった。
「……どこ?」
「ここは、森だよ」
リリアンは、当たり前のことのように答えた。
「私たちのお家の近くなの」
妖精は、ゆっくりと周囲を見渡した。
「……森……?」
「うん!」
リリアンは嬉しそうに頷く。
「お姉ちゃんとセレナと、薪を拾いに来たの」
「薪……?」
妖精が、小さく首を傾げる。
その声を聞いて、セレナがエミリアの腕にそっと寄り添った。
「……ねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「この子……本当に妖精なの?」
エミリアは答えられなかった。
目の前にいる小さな存在は、蝶のような羽を持っている。
けれど、その羽からこぼれる光は、今まで見たことがないほど美しかった。
「……たぶん」
エミリアが小さく答える。
すると妖精は、三人を見つめた。
「あなたたちが……私を助けてくれたの?」
「うん!」
リリアンが元気よく答える。
「お姉ちゃんが助けてくれたの」
「リリアンも、ずっと心配してたよ」
セレナが小さく付け加える。
リリアンは少し照れたように笑った。
「だって……痛そうだったから」
妖精は、しばらく何も言わなかった。
やがて――
その小さな身体から、ふわりと光が溢れた。
淡い光の粒が、森の木々の間を舞っていく。
すると。
さっきまでしおれていた草花が、少しずつ顔を上げ始めた。
「……え?」
エミリアが驚いて辺りを見回す。
セレナも目を見開いた。
「お姉ちゃん……草が……」
妖精は、三人を見つめたまま微笑んだ。
「ありがとう」
その声は、先ほどよりもはっきりしていた。
「あなたたちの優しさは、ちゃんと届いたよ」
「届いた……?」
リリアンが首を傾げる。
妖精は、ゆっくりとリリアンの前まで飛んできた。
そして――
小さな手を、リリアンの胸元へそっと近づける。
淡い光が、リリアンの身体へ溶け込んでいった。
「……あったかい」
リリアンが胸に手を当てる。
エミリアが慌てて妹の肩を抱いた。
「リリアン、大丈夫?」
「うん!」
リリアンは笑った。
「ぽかぽかするよ」
妖精は、今度はエミリアの前へ飛んだ。
「あなたにも……」
エミリアの手のひらに、光が落ちる。
続いて、セレナの小さな手にも。
三人の手のひらに宿った光は、それぞれ違う輝きを放っていた。
「これは……?」
エミリアが尋ねる。
妖精は、静かに答えた。
「あなたたちが、私を助けてくれた証」
三人は顔を見合わせた。
まだ、このときの三人には分からなかった。
この小さな出会いが――
やがてエルセリア王国の歴史を大きく変えることになるなど。
そして。
三人が受け取った小さな光が――
二百五十年後まで受け継がれる、最初の「ご加護」になることを。
森の奥で、妖精は静かに笑っていた。
「今までは、私たち精霊が魔物を追い払うことができていた」
妖精は、森の奥へ視線を向けた。
「けれど……最近、魔物たちは以前よりも強くなっている」
エミリアは、黙って妖精の言葉を聞いていた。
「強く……?」
「そうだ」
妖精は小さく頷く。
「森の奥から、次々と魔物が現れるようになった」
セレナが、不安そうに姉の手を握った。
「……だから、みんな怖がっているの?」
「そうだ」
妖精は静かに答えた。
「人間たちは、この森を恐れている。私たち精霊も、人間を恐れている」
「……どうして?」
エミリアが尋ねた。
妖精は、少しだけ黙った。
「昔から、人間と精霊は仲が良かったわけではないからだ」
その言葉に、エミリアは眉を寄せる。
「でも……」
エミリアは、足元に落ちていた小さな枝を見つめた。
「私たちは、あなたを助けただけだよ」
「……分かっている」
妖精は、エミリアを見る。
「だからこそ、不思議なのだ」
妖精は三人を見つめた。
「おまえたちは、私が怖くないのか?」
「うん」
リリアンが即座に答えた。
「だって、怪我してたもん」
「……それだけ?」
「うん」
あまりにも迷いのない答えに、妖精は目を瞬かせた。
セレナが、少し恥ずかしそうに口を開く。
「……お姉ちゃんが助けるって言ったから」
エミリアは、少し驚いた顔で妹を見る。
「セレナ……」
「だから、私も手伝ったの」
セレナは姉の手を握り直した。
妖精は、そんな二人を見つめた。
そして最後に、リリアンへ視線を向ける。
リリアンは、まだ何も分からない様子で妖精を見ている。
「……おまえは?」
「え?」
「どうして私を助けようと思った?」
リリアンは少し考えた。
そして――
「……痛そうだったから」
妖精は、言葉を失った。
魔物を討伐するために森へ来た。
人間に恐れられている。
精霊でさえ、人間を警戒している。
そんな自分を、この幼い少女たちは何の疑いもなく助けた。
「……そうか」
妖精は、ほんの少し笑った。
「おまえたちは……変わった人間だな」
「変?」
リリアンが首を傾げる。
「悪い意味ではない」
妖精はそう言って、三人の周囲に漂う光を見つめた。
「むしろ――」
妖精の瞳が、わずかに揺れる。
「私たちが、ずっと探していたものなのかもしれない」
「探していたもの?」
エミリアが尋ねる。
妖精は答えなかった。
ただ、三人の手のひらに残る淡い光を見つめていた。
そして――
森の奥から、低い唸り声が響いた。
「……!」
セレナが、びくっと身体を震わせる。
エミリアはすぐに妹たちを自分の後ろへ隠した。
リリアンだけが、森の奥を見つめている。
妖精の表情から、笑みが消えた。
「……魔物だ」
森の木々が、ざわざわと揺れ始める。
妖精は三姉妹を振り返った。
「ここにいてはいけない」
「でも……」
エミリアが言いかける。
妖精は、初めて強い声を出した。
「早く逃げるんだ!」
その瞬間――
森の奥で、大きな何かが動いた。
妖精の表情が曇る。
「けれど……最近は、魔物の力が強くなりすぎた」
「……だから、私が魔物の王を討つために来たのだ」
そう言った妖精は、傷ついた自分の羽を見つめた。
「……だが、私は失敗した」
森の中に、静かな風が吹いた。
妖精が、
「私は魔物の王を討つために、この森へ来た」
と三姉妹に話す。
そこでエミリアが、
「魔物の王……?」
と聞く。
そしてリリアンが、
「それって、悪い人なの?」
って無邪気に聞く。
妖精が答えに困る。
「……悪い、とは……」
だからエミリアが、
「じゃあ……あなたも困っているの?」
って聞く。
妖精が、
「……困っている?」
と聞き返す。
そしてリリアンは、
「じゃあ、助けてあげればいいんじゃない?」
「じゃあ……助けてあげればいいんじゃない?」
リリアンの言葉に、妖精は目を見開いた。
あまりにも簡単な言葉だった。
けれど――その言葉が、胸の奥に深く響いた。
困っているなら、助ける。
それだけ。
妖精は、リリアンを見つめた。
そして、ふと思い出す。
――人間の国。
――エルセリア王国。
妖精は知っていた。
この国には、強大な魔力を持つ者がいる。
その中でも、最も強い魔力を持つのは――
「……王」
妖精の口から、思わず言葉がこぼれた。
エルセリア王国の王。
人間でありながら、精霊にも匹敵するほどの魔力を持つ存在。
今まで、精霊と人間が力を合わせることなど考えたこともなかった。
人間は、自分たち精霊を恐れている。
そう思っていた。
けれど――
目の前にいる三人の少女は違う。
怖がるどころか、自分を助けてくれた。
そして一番小さな少女は、迷うことなく言った。
「助けてあげればいい」
妖精は、ゆっくりと立ち上がった。
まだ傷は癒えていない。
それでも、その瞳には先ほどまでなかった光が宿っていた。
「……王に、会わなければ」
妖精は、知っていた、、、王の力だけでは、足りない事を、、、
精霊の力を足してあげれば、必ず勝てる事も、、、しかし、精霊は、人間と結婚できない、、、考え込む。
リリアンが、私なら結婚できるよ。
助けるよ、、、と。
「エミリアー! セレナー! リリアンー!」
森の向こうから、声が聞こえた。
三人は、はっと顔を上げる。
「お父様……?」
セレナが、ぱっと立ち上がった。
「お父様ー! ここにいますー!」
大きな声が森の中に響き渡る。
しばらくすると、木々の間から一人の男性が姿を現した。
「お前たち……!」
父親は、三人の姿を確認すると、急いで駆け寄ってきた。
「心配したぞ。こんなところまで来て……」
エミリアは、ほっとしたように父親を見上げる。
「お父様、ごめんなさい……」
「怪我はないか?」
三人を順番に確認する。
そして――
父親の視線が、三姉妹の後ろにいる小さな存在へと向いた。
一瞬。
父親の表情が変わった。
「……その子は?」
エミリアが振り返る。
「この子、森で怪我をしていたの」
「木の枝が絡まってて……」
セレナも続ける。
「私たちで助けたの」
リリアンは嬉しそうに頷いた。
「痛かったんだよ。でも、もう大丈夫なの」
父親は、黙って妖精を見つめていた。
そして、ゆっくりと息を呑む。
「……違う」
「え?」
「これは……妖精ではない」
父親は、一歩近づいた。
小さな羽。
淡い光。
そして、人間には感じ取れないほど微かな魔力。
父親には、それが何なのか分かっていた。
「……精霊だ」
三姉妹は、目を丸くした。
「「「精霊……?」」」
父親は、驚きと戸惑いの入り混じった表情で、精霊を見つめた。
「なぜ……こんな場所に精霊が……」
精霊は、カカシスを見つめた。
「……伝書の魔導書のことを、頼みたい」
その言葉に、カカシスの表情が変わった。
「……まさか」
カカシスは、慌てたように精霊を見つめる。
「まだ……あの約束を覚えていらしたのですか?」
精霊は、静かに頷いた。
「忘れるはずがない」
その言葉に、カカシスは息を呑んだ。
精霊は、三姉妹へ視線を向ける。
「伝書の件……今の時代なら、まだ間に合う」
「……はい」
「頼んだよ」
精霊はそう言うと、ゆっくりとリリアンの前まで歩み寄った。
そして――
小さな手で、リリアンの頭をそっと撫でた。
「……ありがとう」
淡い光が、精霊の身体を包み込む。
リリアンが目を丸くする。
「またね……」
その声が森に響く。
次の瞬間――
光は静かに消え、そこにはもう精霊の姿はなかった。
250年後――。
クライシア家に、女の子が250年ぶりに生まれた。
キキムは、妻のランの手を握り、微笑んでいた。
「ラン、よく頑張ってくれた! 250年ぶりの女の子だよ」
精霊たちも、お祝いに駆けつけていた。
口々に飛び回りながら、
「おめでとう、おめでとう!」
と、喜びの声を上げる。
祝福の光の雨が、クライシア家を包んでいた。
このとき、兄のアリは3歳だった。
妹が生まれたことが嬉しくて、満面の笑みを浮かべている。
「僕の妹? 嬉しい!」
キキムは、アリに優しく話して聞かせた。
「アリ? 可愛がるんだよ。
アリはお兄ちゃんだから、妹を守るんだ」
アリは、理解しているようで、まだよく分かっていなかった。
そして――。
妹の名前は、
「ベクトリア」
と命名された。
ベクトリアが生まれてから、3年の月日が流れていた――。
ランは、ベクトリアに何度も、リリアンの話を絵本のように聞かせていた。
おばあちゃん、そのまたおばあちゃん、そのまたおばあちゃん……。
この国を救った、ご先祖さまの話だった。
けれど、ランが話すリリアンの物語は、いつの間にかベクトリアに置き換えられていた。
そのため、幼いベクトリアは思っていた。
――怖い魔物の討伐に行かされるのは、私なの?
幼いながらも、怖くて仕方なかった。
心のどこかでは、
――兄のアリが行けばいいのに。
とも思っていた。
「セバリシア? ベクトリアの執事でしょ?」
「はい! お嬢様」
「ベクトリアの代わりに、魔物をやっつけに行かない?」
セバリシアは、困った顔をした。
「セバリシアには、荷が重いです」
そして、少し考えてから、
「やはり、お嬢様のほうがお強いかと?」
「えっ?」
セバリシアの返事に、ベクトリアは驚いた。
「ベクトリアは、三つだよ!」
「セバリシアは? いくつ?」
それから毎日のように、ベクトリアはセバリシアにお願いするのだった。
ベクトリアは、6歳になった———
夜、眠りにつく時の絵本の話しは、ご先祖様のリリアンの話しが定番となっていた。
ベクトリアは、お母様に思い切って話してみた。
「りりアンの話しじゃなく、別のお話がいいわ。夜、怖くておトイレに行けないの。お願い。」
ランは、違う話しをしてくれた。
リリアンが王子さまと幸せに暮らす話しだ。
ベクトリアは、思った。
大きくなると、王子さまと結婚するの?
絶対、嫌だった。
だって、王子さまと結婚したら――
魔物の討伐にも行かなくちゃいけないの?
そんなの、怖くて嫌だった。
アリが王子さまと結ばれて幸せに暮らせばいいと……?
アリは、男だった?
じゃあ、お姫様と???
アリの幸せは、どうでも良いと思えてきた、ベクトリアだった。
いつも、この辺りで眠りについてしまう。
ベクトリア9歳になった。
「セバリシアは?誰と結婚するの?」
「まだ、決めておりません。」
「ベクトリアはねぇー、強い人がいいなぁ」
「お嬢様、どうしてですか?」
「だって、魔物から守ってくれるでしょー?」
「だから、お父様みたいな強い人が好きだなぁ」
「そうでございますか?お嬢様を守ってくれるお方が現れると良いですね」
「うん」
ベクトリア 12歳 大学入学!
ベクトリアは、3歳年上のアリと同じ魔法大学へ入学した。
ベクトリアは、自覚はないが、魔力だけはある。ただし、使い方を知らない。
3歳年上のアリに馬鹿にされるが、何とも思っていなかった。
魔法が使えなくても、生きていけると思っているからだ。
この大学への入学も、水晶の示す魔力量だけで合格したのだ。
だから、授業は全く面白くない。
授業が終われば、お迎えの馬車の中でアリが来るのを待っているのが日課だった。
馬車の中で、セバリシアがベクトリアに話しかける。
「お嬢様、授業は楽しいですか?」
「全然、楽しくないわ」
「授業の内容がわからないもの」
「大学を辞めたいなんて言ったら、お父様にどれだけ叱られるか……。
だから、のらり、くらり通うの」
「特にやりたいこともないからね」
セバリシアは、お嬢様らしいと思いながらも、お嬢様の力だけは知っていた。
ベクトリア 14歳
ベクトリアには、大きな悩みがあった。
「セバリシア? 社交界デビューをすっぽかしちゃー、ダメ?」
セバリシアは、少し考えた。
「ダメだと思います。お嬢様は、貴族さまなのですよ」
「興味がないの。病欠にしてほしい。お願いね」
セバリシアは、驚いた!
デビュタントを病欠にする姫を、初めて聞いたからだ。
「お嬢様、ダメです。私が旦那さまに叱られてしまいます」
「いいの。当日、熱が出たことにしてね。お願い!!」
デビュタントは、父親が決めていた。
「ベクトリア? デビュタントは、ドリアタ王太子殿下と踊るように、王家との取り決めだから、必ず出席しなさい」
ベクトリアは、悩んでいた。
しかし、日程は待ってくれず、デビュタントの日が来てしまった。
「セバリシア? 踊れるかな?」
「足、踏んだら怒るかな?」
セバリシアは、優しく話した。
「大丈夫ですよ。練習しましたし。足を踏んでも、アリ様のように、踏み返したりはしないと思います」
会場に着くと、昼間のような明るい光に、ベクトリアは目がクラクラした。
セバリシアの後ろに隠れるようにしていると、ドリアタが現れた。
「ベクトリアだね? 僕と踊ってくれますか?」
ベクトリアは、緊張で話せなかった。
いつものように踊れず、ドリアタの足を何回も踏んでしまう。
そのたびに謝った。
ドリアタも、ベクトリアの可愛さに緊張していたのだ。
二人の出会いは最悪で、二度と会いたいとは思えなかった。
ベクトリア 17歳
「大学では、落第点ギリギリで毎回、進級を果たしていた。」
身体が魔力量に合うようになり、声に出すのが恥ずかしくなるほどの小さな詠唱でも、魔力を発動できるようになっていた。
成績も、上位になりつつあった。
教授たちも驚くほどの成績に、一番驚いていたのはベクトリア本人だった。
成績は上がってはいるが、魔法が好きなわけではない。
授業が終わると、一番に帰宅していた。
お父様に言われ、社交界にも時々顔を出していたが、浮いた話があるわけではなかった。
月に一度は、社交界へ行くようにお父様から言われ、参加している。
時々、ドリアタを見かけることがあった。
しかし、最初の出会いが最悪だったこともあり、ベクトリアは姿を隠すように、遠くから見ていた。
ドリアタも、ベクトリアに気づいていた。
もう一度会って、あの日のことを謝りたいと思っている。
しかし、周りに取り巻きが多く、なかなか近寄ることができない。
ベクトリア本人は、そのことに気づいていなかった。
セバリシアは、そんなお嬢様が自慢でもあり、可愛くもあった。
夜、眠りにつくころになると、精霊が時々遊びに来て、ベクトリアの話を聞いてくれていた。
魔法のこと、大学のこと、社交界のこと、家族のこと。
何でも聞いてくれる精霊が、ベクトリアは大好きだった。
誰にも話さないでいてくれるところも、気に入っていた。
ある夜、ベクトリアは精霊にドリアタのことを聞いてみた。
すると、精霊たちの反応が少し違った。
ベクトリアは、母親が頑張って話してくれた絵本のことを思い出した。
――魔法は使えるようになった。
でも、魔物は怖い。
そう思いながら、ベクトリアは考えるのをやめて、眠りについた。
ベクトリア 19歳
ベクトリアは、19歳になった。
この頃になると、ベクトリアの魔法はかなり威力を増していた。
大学での成績も上位になり、魔物討伐に召集されることも多くなってきていた。
しかし、ベクトリアは仮病を使い、討伐には行っていなかった。
理由は、ただ一つ。
――だって、怖いもん。
同級生たちからも一緒に行こうと誘われるが、頑なに拒否していた。
そんなある日、セバリシアがベクトリアに話しかけた。
「お嬢様、魔物は怖いですか?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「お嬢様には、武器があります!」
「それでも怖いですか?」
「私の方が強い? とでも?」
「はい」
ベクトリアは、首を傾げた。
――なんでセバリシアは、こんなことを聞いてくるのかしら?
「わかったわ」
その夜、ベクトリアは父親と話していた。
ドリアタから、交際の申し込みがあったからだ。
ベクトリアは、返事を保留にしていた。
「お父様、会ってお話だけしてみたいと思います。交際は、その後に決めたいです。
運命の相手なら、光るものがあるでしょう」
すると、精霊が真実の石をそっと差し出してくれた。
ベクトリアは石を受け取り、ドリアタに会った。
石が光った!
ドリアタは、14歳のデビュタントのとき、父上から「お前の相手はベクトリアだ」と言われ、押し付けられるのが嫌だったと話した。
踊っているうちに、運命の相手を見間違えるわけもなく、悩んでしまったのだという。
ドリアタは、いつもベクトリアを目で追ってしまっていた。
しかし、話したのはデビュタントのときだけだった。
「悔しいけれど、クライシア家に交際を申し込むのが一番早いと思ったんだ」
ベクトリアは、話を聞いて、少しだけ嬉しくなった。
しかし、この人と討伐に行くには、まだまだ時間がかかることも分かっていた。
まだ、信じていないからだった。
夜になり、ベクトリアは精霊に石を返した。
そして、今日の出来事を話して聞いてもらった。
精霊は、ベクトリアがドリアタと一緒に討伐へ行けるほど、まだ信じられていないことを分かっていた。
ベクトリアの気持ちは、まだ追いついていなかった。
魔物の力が強くなり、時間がないことを知っても、ベクトリアの気持ちは、まだついていかなかった。
翌日、ベクトリアは大学の講堂にいた。
ぼーっとしながら、教授の講義を聞いていた。
「我が国において……」
教授の話が続いていく。
この国で最も魔力量が多いのは、ドリアタらしい。
王太子でありながら、時間の許す限り魔物討伐にも参加しているという。
大学からの帰り道、教授の話が頭に浮かんだ。
魔物の討伐に、王太子であるドリアタも参加しているという。
少し興味があった。
どんな場所で、どんなふうに討伐をしているのだろう。
一度、のぞいてみたくなった。
「セバリシア? 討伐隊が出てるの。少しだけ見たいの」
ベクトリアは、セバリシアを見上げた。
「セバリシアに何かあったら、全力で私が守るから。だから、一緒に行ってほしいの。ダメかな?」
少しだけ不安そうに尋ねる。
「お父様には、内緒にしておいて。お願い」
はじめは、遠くからそっと見るだけにしようと思っていた。
討伐隊が、どんなふうに魔物と戦っているのか。
それを少し見てみたかっただけだった。
けれど――。
目に入ってきたのは、想像していたよりもずっと多くの負傷者だった。
何もない、休憩所のような場所に、次々と運ばれてくる。
傷を負った人たちは、簡単な手当てを受けるだけで、横になっている。
「……こんなに……」
ベクトリアは、立ち尽くした。
魔物との戦いが、こんなにも大変なものだとは知らなかった。
痛みに顔を歪めている人。
傷口を押さえている人。
苦しそうにしている人。
見ているだけで、胸が苦しくなった。
気がつけば、ベクトリアは走り出していた。
苦しんでいる人たちを、このまま放っておくことはできなかった。
怖い気持ちよりも、助けたいという気持ちが勝っていた。
「私が治癒魔法をかけるわ!」
次々と負傷者のもとへ駆け寄り、痛みを和らげ、傷を癒していく。
一人。
また一人。
そして、また一人。
「ありがとうございます!」
「助かりました……!」
「ありがとう……!」
感謝の言葉が聞こえてくる。
けれど、ベクトリアの耳には、ほとんど入ってこなかった。
ただ、目の前の傷を治すことだけを考えていた。
そして――すべての負傷者の治療を終えた。
その行動を見たセバリシアが何も言わず見守っている。
ベクトリアは、静かにセバリシアのところへ戻った。
「セバリシア。負傷者、全員に治癒魔法を使ったわ」
少しだけ周囲を見渡す。
「……帰りましょう」
セバリシアは何も言わず、ベクトリアとともにその場を後にした。
馬車の中でも、ベクトリアは黙ったままだった。
窓の外を見つめたまま――。
何も話さなかった。
ベクトリアは、大学で一番の魔力量を持っている。
それでも、討伐へは一度も行っていなかった。
――ドリアタの力になりたい?
――なれるのかな?
――足を引っ張らない?
――私、できる?
頭の中で、いくつもの考えがぐるぐると回り始めた。
セバリシアは、お嬢様が変わっていく姿を、目の前で見ていた。
以前、ベクトリアが多くの怪我人を一人ですべて治療し、何も言わずに立ち去ったこと。
それは、誰にでもできることではなかった。
ベクトリアにとっても、あの光景は衝撃だった。
多くの人たちが苦しんでいる姿を見たのは、初めてだった。
そして、勇敢に戦っているドリアタを見たのも初めてだった。
――私が、あの方の隣にいても嫌われない?
――「そばにいたい」と言ったら?
――側にいさせてくれるかな?
ベクトリアは、悩んでいた。
精霊は、何も言わずに見守っていた。
ドリアタが、お茶に誘ってくれた。
最近は、時間を見つけては誘ってくれている。
会えないときには、お花の贈り物が届くこともあった。
ベクトリアには、ドリアタが自分を大切にしてくれていることが、少しずつ分かってきていた。
「ドリアタ? 私のこと好き?」
「もちろんだよ。ベクトリアを見てると、飽きないからね」
「先日、怪我人の手当をしたこと、ありがとう」
「どうして分かったの?」
「討伐しているときに、ベクトリアの香りがしたんだ」
「私の、香り?」
「多分、僕にしか分からないよ」
ベクトリアは、思わず笑った。
「ドリアタの隣にいたいと言ったら? 困らせることになるのかな?」
「一緒にいてほしい」
「私を守ってくれる?」
「命に変えても守るよ」
「それはやめて! ドリアタほどの魔力がないわ。国民に怒られる」
二人は、顔を見合わせて笑った。
ドリアタのことを、お父様に話した。
「そうか……ドリアタ殿と、これからも一緒にいたいと思ったんだな?」
「うん」
ベクトリアは、素直に頷いた。
「怖くはないのか?」
「……少し怖いわ」
「そうか」
キキムは、優しく微笑んだ。
「それでも、一緒にいたいのか?」
「うん。ドリアタの隣にいたいの」
「そうか……」
キキムは、嬉しそうにベクトリアを見つめた。
「ならば、父さんは何も言うことはない。ベクトリアが自分で選んだのなら、それが一番だ」
「ありがとう、お父様」
「幸せになりなさい」
「うん!」
そして、成婚式の朝。
ベクトリアは、セバリシアにお願いした。
「一緒に王宮に来てくれないかな?
ダメかな?」
セバリシアは、微笑んだ。
「お嬢様から、その言葉を待っておりました。
もちろん、一緒に参ります」
少しだけ目を細める。
「そういえば……三歳の頃のお嬢様は、私に魔物をやっつけに行ってほしいと、おっしゃっていましたね」
ベクトリアは、三歳の頃を思い出して笑った。
「そんなこと、言った?」
「はい。はっきり覚えております」
セバリシアも笑った。
「長いようで……あっという間でございました」
ベクトリアは、何も言わずにセバリシアを見つめた。
セバリシアの気持ちは、もう決まっていた。
これからも、このお嬢様のそばにいる。
それだけだった。
成婚式は盛大に執り行われた。
この国の未来を託す妃でもあるベクトリアのために、国内外から大勢の来賓が集まり、王宮の周りも、王宮の中も、お祝いムードで湧いていた。
「ドリアタ、一緒にいさせてくれてありがとう」
ドリアタは、優しく微笑んだ。
「僕こそ、ベクトリアと一緒にいられて幸せだよ」
ベクトリアも、微笑んだ。
王宮内の教会で、二人は永遠の愛を誓った。
精霊たちは大喜び!
祝福のダイヤモンドシャワーを、ありったけ降らせた。
しかし、お祝いムードの中でも、終わらせてしまいたいことがあった。
後回しにしたくないことがあった。
ベクトリアは、初めてドリアタと討伐へ向かった。
瞬く間に光が走り、稲妻が落ちる。
魔物の群れは、一瞬にして倒された。
「……早かったね?」
ベクトリアが、ドリアタを見て笑った。
ドリアタも、微笑んだ。
「そうだね。」
その光景を目にした人々は、口々に語った。
――伝説は、本当だったのだ。
250年前から続く約束は、今ここで果たされた。
そして、ベクトリアの本当の人生が、これから始まるのだった。
完

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