第一章 1話 逆・シンデレラ・ガール
深夜の公園に、異様な気配をまとった男がいた……
男がタバコを吸っていると、そこへ若い二人組の男性がやって来る。
「……仕事は、果たしたか?」
「はい……安祐美先輩は、向こうのベンチでぐっすりです。薬も効いてます」
「ふっ……そうか。よくやった」
男は、満足そうに笑った。
「では、約束の報酬だ……ここで待ってろ」
若者二人が顔を見合わせた、その瞬間――
暗闇の奥から、数体のアンデッド系魔物が現れた。
「うわぁぁぁっ!!」
「な、何だこれはぁぁっ!!」
断末魔と魔物の咆哮が、公園に一瞬だけ響く。
だが、すぐに静寂が戻ってきた
その一部始終を見届けた男は、ニヤリと笑う。
その後……男の身体は、一瞬で黒い〝魔煙〝に包まれて消えていった。
――そして、さらにその奥に、その男の存在までをすべて眺めていた別の気配がいた。
その気配は、一呼吸おいて、静かにつぶやく。
『なるほどな……では、篠山恵梨香のところへ行くか……』
そして――その気配もまた、闇の中へ消えていった……
⸻
――同じ夜に……
静かな病室の中で、篠山恵梨香は、読みかけの本を閉じた。
窓の外には、ぼんやりと街の灯りが浮かんでいる。
いつもと変わらない夜。
壁の時計だけが、静かに時を刻んでいた。
――カチ、カチ、カチ……
そして。
キン、キン、コーン――
十二時を告げた、その瞬間だった。
「……………………っ!?」
世界が、軋んだ。
病室の窓ガラスが、ビリビリと震え始める。
胸を押し潰されるような圧迫感。
「な……に、これ……!?」
時計の針が、狂ったように逆回転を始めた。
カチカチカチカチ――!!
壁の影が、大きく歪む。
まるで病室そのものが、どこか別の場所へ引きずり込まれていくみたいだった。
「い、いや……っ!」
その時。
病室の奥の暗闇が、音もなく“裂けた”。
ズ……ッ……
そこだけ、空間が壊れている。
黒い亀裂。
そして、その奥から――
“何か”が、こちらを見ていた。
「――っ!!」
全身が凍りつく。
怖い――!
だが次の瞬間。
――ピタリ。
窓の震えも。
空気の歪みも。
時計の逆回転も。
すべてが止まった。
「……………………?」
荒い呼吸だけが残る。
今の……なに?
夢?
幻覚?
それとも――。
『失礼……篠山恵梨香さんかな?』
「…………っっっ!!?」
エリカの顔が、一瞬で青ざめた。
『あっ、そんな怖がらなくても大丈夫だよ?』
「む、無理無理無理っ!!」
「なに!? 悪霊!? 怖い怖い怖いっ!!」
『いや……落ち着いてほしい』
『私は、セレグ。セレグ・ロシナンテ……キミを助けに来たんだ』
「……助ける?」
『キミは原因不明の症状で、ほとんど動けないんだろ?』
『でも、私と同化すれば、自由に動けるようになるし……さまざまな能力も手に入ると思う』
「……は?」
「それって、私を乗っ取るって事じゃないの?」
「やっぱり、あなた悪霊でしょ……」
『いや……助けたいって言ってるだろ?』
『まあ、自由になれるのは夜だけ……だけどね』
『夜中の十二時から、日の出まで――』
その瞬間。
エリカの頭の中へ、誰かの声が流れ込んできた。
(……っ、誰か……!)
「……っ!?」
(なんで……私ひとりなの……!?)
聞き覚えのある声。
――柏木安祐美。
エリカの表情が変わる。
「安祐美さん……?」
柏木 安祐美は、エリカの担当医で……この世界で唯一心を許せる相手だった。
『もう……同化が、始まりかけているのかもしれないな』
『だから、その人の危機も感じ取れたんだろう』
エリカは、黙り込んでいた。
今日の安祐美は、少しだけ様子が変だった。
何かを言いかけて、やめた。
その顔が、頭をよぎる。
「……セレグ」
『ん?』
「あなたと同化すれば……安祐美さんを助けられるの?」
一拍の沈黙。
『可能性はある』
エリカは、小さく拳を握った。
安祐美さんを――助けたい。
「……やるわ」
「どうすればいいの?」
それは――
すべてを諦めかけていたエリカが、久しぶりに自分で選んだ決断だった。




