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2-4:湖の貴婦人

 クロトールは胡散臭い傭兵とともにクー・ファディルへ出発した。傭兵は自らをオレクと名乗り、「俺が近くにいれば狼はおろか、ヒグマさえ逃げ出すだろう」と請け負った。残りの報酬を意識して先導する彼を、クロトールはファリオンの背に乗り、追った。


 傭兵オレクは見た目通りの武骨な男で、口数が少なかった。道中のほとんどを無言で過ごしていた彼が、不意におしゃべりになったのは休憩の時だった。水筒の水をある程度飲んだ後、オレクはクロトールに対して次のような質問を投げかけた。


「なあ、審問官っていうのは、異端者を捕まえるのが仕事なんだろう? 俺が代わりにそいつらを捕まえたら、褒美をもらえるのか?」


「賞金稼ぎになるつもりか?」


 クロトールは疑問を口にした。


「これを言うとがっかりさせるかもしれないが、今の私には十分な持ち合わせがない。だから、あんたが該当者を連れてきたとしても、即日払いとはいかないぞ」


「ちゃんと支払ってもらえるなら構わない。あんたが追っている異端者の、名前や見た目について教えてくれよ」


「えらく熱心だな」


 それまで馬のファリオンの世話をしていたクロトールは、手を止めてオレクを見据えた。この傭兵のために異端者の名前を教えてやっても良かったが、それより彼の醸し出す余裕のなさと、不穏な気配の方が気になった。


「なぜそんなに気になるんだ? 金に困っているのか?」


 と尋ねると、


「いや、金というより、人間に困っているんだ」


 とオレクは答えた。


「あんたは前に、笑い者になった仲間の話をしただろう? 今の俺もそいつと同じで、皆から笑われる身分なのさ」


 クロトールはファリオンのそばから離れると、オレクの近くに腰を下ろした。<黒鉛の森林>には多くの訳あり者が引き寄せられるが、この男も例外ではないようだ。


「どういうことだ? あんたに何があったんだ?」


 無口な傭兵は促されると、ぽつりぽつりと、途切れの悪い雨のように語り始めた。


 話は彼の父親が病弱であったところから始まった。ろくに動けない父に代わって、彼は子供の頃からずっと仕事をしてきたらしい。食べ物がない時は、山でこっそり捕まえた兎の肉でしのいでいたそうだ。


 貧しさゆえに身なりは整わず、自宅もぼろぼろだった。しかし、同郷の人々はそんな彼を憐れむどころか、陰で好き放題に言い散らかしていたという。


「人間という生き物は、いつも見下すための誰かを探しているんだ」


 オレクは真理を悟った哲学者のように言った。


「父親を気遣うふりをして、家までやって来る奴もいた。そいつは家の中を盗み見した後で、こんな風に言いふらすんだ。“天井は雨漏りがひどくてカビだらけだった”とか、“鼠と同じ場所で飯を食っていた”とか。これも全部貧乏のせいさ。家に金があれば、あんな風に言われずにすんだんだ」


「それが金を欲しがる理由か」


 傭兵の手入れされていない防具を見ながら、クロトールはつぶやいた。やはり彼は歴戦の戦士ではなさそうだ。装備を整える金もろくにない、戦いの素人だろう。


「金持ちになることが、お前を嘲った者への復讐になると考えているんだな?」


「まあ、そういうことだ。十分な金が集まったら、故郷で新しい家を建てるつもりだ。村の連中が羨ましがるような、でかい風呂場がついた家をな。それが済めば、俺と家族を笑う奴はいなくなるだろうさ」


 すでに無口ではなくなった傭兵オレクの話を聞きながら、クロトールは自分が幼少期を過ごした場所がどんな風だったか、思い出そうとした。白い壁の家屋と緑の平原、そこを横断する羊の群れと、狼が棲む暗い森——だが、それ以外は記憶の(もや)の中にあった。十歳になる頃には首都に移り住み、そちらで暮らす方が長くなったから、多くを忘れてしまったのだろう。


「ひどい経験をしたんだな。私も子供時代の多くを村で過ごしたが、あんたほどの過去はない」


「何だ、あんたも村の生まれなのか?」


 オレクはクロトールの一言に強く反応した。


「それならあんたは、村から出世した成り上がりの手本ってわけだな。教えてくれよ、偉くなるためにどんな手を使ったんだ?」


「別にコネや賄賂に頼ったわけじゃないぞ」


 クロトールは顔をしかめてみせた。それにしても“成り上がり”とは。今の自分は僻地へ飛ばされ、出世どころか人生転落の真っ最中だというのに。


「ただの成り行きさ。審問官になったのも、この森に来たのも。果たしてこれでいいのかと、悩むことも多い」


「あんた、言っちゃ悪いが、そんな悩みは贅沢ってもんだよ」


 オレクはあきれたように笑った。


「あんたは俺と違ってお偉いさんだし、何より金がある。だろう? そもそも人を雇う余裕があること自体——」


「静かに」


 何者かの気配を感じたクロトールは、オレクを瞬時に黙らせた。見ると、クー・ファディルに続く道の上を、一人の女が歩いてくる。まばらに生えた薄い金髪に、ひどく曲がった背骨。身を包む灰色の衣からは、耐え難い悪臭が漂っている。


「何だ、あの女は。風呂に入ってないのか?」


 オレクが歯をむき出しにして騒いだが、クロトールに応える余裕はなかった。こちらへ近づいてくる女は異様な雰囲気を放っていて、それは以前、ダイアウルフと遭遇した時の空気によく似ていた。


 女は頭を下げると、二人の前で両手を椀のように広げた。その動作の意味はすぐに分かった。彼女は物乞いで、金を欲しがっているのだ。クロトールは懐から財布を取り出し、女に施しを渡そうとした。だがその時、傭兵のオレクが止めに入った。


「よせよ、審問官。その金は、俺が後で受け取る報酬の残りだろう?」


「しかし、彼女は困っているようだぞ」


 とクロトールは言った。


「今日のパン代くらいは出してやってもいいんじゃないか?」


「俺の親父はろくに働かなかったから、家には金がなかった。こいつも同じで、金が欲しいなら働かなきゃ駄目だ」


 オレクの態度は頑なだったが、クロトールも折れなかった。


「弱者の救済は信徒の義務だ。貧者を見捨てる罪を、神は決して見逃さない」


「なら、俺だって貧者の一人だ!」


 オレクは屁理屈をこねて、子供のように喚いた。


「さっきの話を忘れたとは言わせないぞ、審問官。金が必要なのはこいつだけじゃないんだ」


 その後、ケチな傭兵は肩をゆすって歩き出し、女の前に立ちふさがった。


「お前にやる物はないぞ、物乞いめ。金が欲しいなら、他をあたれ」


 女は垢だらけの顔を上げ、魚のようにぎょろりとした目でオレクを見返した。すると、ぼろぼろになった唇が突如開き、呪詛めいた低い声が聞こえてきた。


「そこをどいてくれませんか? 私はあなたではなく、そちらの旦那様に用があるのです」


 オレクが女の発言に腹を立てたのは明らかだった。彼は短い悪態をつくと、女の顔に唾を吐きかけた。


 女はオレクの仕打ちに耐えた。むしろ耐えられなかったのはオレクの方だった。彼は突然苦痛の声を上げると、両手で顔を覆い、その場にうずくまった。駆け寄ったクロトールが目にしたのは、火傷のように焼けただれた彼の皮膚だった。


「おい、何だ、これは! 何をしやがった、女?」


「私が何をしたかですって?」

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