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加護持ち侯爵令嬢、浮気王太子に捨てられたので砂漠の王子に拾われました

作者: 夜宵
掲載日:2025/11/27

アレイシア王宮。

白と青の静謐な謁見の間は、今日だけはざわついていた。


理由はただ一つ。

王太子クライド・レイ・アレイシアが、婚約者の侯爵令嬢——スレイシア・ド・チャームを断罪すると言い放ったからだ。


蜂蜜色の髪は光を受けて柔らかく揺れ、澄んだ水色の瞳は静か。

生まれながらに水の精霊の加護を持つ少女。


だが、家は伝統ある水源管理の名門でありながら、国が水に困らぬ豊かな土地ゆえ、彼女の価値は軽んじられてきた。

家族との関係も冷え切っており、味方と呼べる者はほとんどいない。


それでも彼女は、毅然と立っていた。



「スレイシア・ド・チャーム! お前との婚約は破棄する!」


クライドの叫びに広間がどよめく。


その隣には、勝ち誇ったように立つ少女がいた。


マカーナ・ピルレオ子爵令嬢。


金髪を揺らし、柔らかい笑顔。

しかし、その周囲に浮く光粒は“薄い”。

下級精霊の小さな加護——擦り傷すら満足に癒せない。


それを“聖女の光”と吹聴していた。


クライドは胸を張り、高らかに言う。


「マカーナこそ真の聖なる加護を持つ女性!

お前の水の加護など、そこらの泉で代わりになる!」


——瞬間、広間の湿度が揺れた。


スレイシアが怒ったわけではない。

水の精霊たちが、だった。


だが彼女は静かに歩み出る。


「殿下。ご判断は承りました。

ですが、一つ確認してもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「——マカーナ様の加護が、私より優れているのは本当ですか?」


マカーナは自慢げに袖を広げた。


「もちろん! 昨日だって殿下の指を治したもの!」


クライドは誇らしげに手を掲げる。

そこにあった傷が消えているのは事実だった。



スレイシアの背後に、透明な波紋がふわりと広がった。


空気中の水気が彼女へと集まってゆく。


「水よ。」


その一言。


《王宮全体の水が震え、彼女の背に巨大な水流の翼を描き出す》


ざわぁ……!!


貴族たちは息を呑み、喉が鳴る音すら響くほどの静寂。


だがスレイシアは、小さな一滴を指先に浮かせた。


「マカーナ様。この程度の傷、癒せますか?」


彼女は紙で自分の指を少し切った。

赤い血が滲む。


マカーナは慌てて光を集めるが——


光はチカッと点滅しただけ。


「……え……?」


スレイシアは淡々と言う。


「下級精霊の加護では、生命力に触れられません。

殿下は……その区別すらご存じなかったのですね?」


クライドの顔が引きつった。


「マカーナは聖女だ! 俺が選んだのだぞ!」


「でしたら、殿下——」


スレイシアは手をかざした。


美しい水の翼がふわりと舞い、次の瞬間——


マカーナの“光”を、綺麗さっぱり洗い流した。


「ひっ……!?」


光は霧散し、残ったのは普通の少女。


「水は、薄い加護を剥がしてしまいます。

……殿下は本当に、何もご存じなかったのですね」


広間は完全に凍りついた。


さらにスレイシアは、心底優しげに微笑む。


「ちなみに……殿下の指の傷。

書類の角で切ったものでしょう?

あれなら、子どもでも治せます」


——沈黙の後、どっと笑いが起きた。


クライドだけが真っ赤になり怒鳴る。


「き、貴様! 無礼な!」


「無礼を積み重ねたのはどちらでしょうか」


スレイシアは深く礼をした。


「本日をもって婚約は破棄いたします。

殿下のご希望通りに」


彼女が横を通り過ぎると、水の精霊が小さな泡を弾けさせて笑った。


 


その時。


「……やはり。あの日の少女だ。」


黒髪の青年がスレイシアの方へ静かに歩み寄る。


アルランド帝国第二王子

ルマーン・ジル・アルランド。


深い青の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめていた。


幼い頃、国境の祭礼で出会った少女。

水の精霊に愛され、それでも寂しげに家族を見ていた少女。


(この国に……彼女をこのまま置いてはおけない)


スレイシアが振り返ると、ルマーンは静かに一礼した。


「スレイシア嬢。

もしお望みなら——」


深い声が広間を震わせる。


「——あなたを、我がアルランドへお連れします」


砂漠に苦しむ国で、水の精霊の加護は宝そのもの。

だが、彼の瞳にあるのは欲望ではない。


再会の喜びと、彼女を守りたいという強い願いだった。


スレイシアの運命は、その瞬間から大きく動き出した。

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