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エルフが現れた!

作者: 雉白書屋

「ちゃんと質問に答えなさいよ!」


「くだらない質問だよ」


「なっ、総理! 今なんて言いましたか!?」

「くだらないとはなんだ!」


 ある日の国会議事堂。冷笑を浮かべる与党議員たちと、舞台俳優さながらに身振り手振りで詰め寄る野党議員たち。いつも通りの不毛な応酬に、生中継を眺める物好きな視聴者たちでさえ退屈そうにあくびを漏らしていた。

 だが次の瞬間、その誰もが息を呑んだ。

 議場の中央に、突如として白銀の閃光が奔り、眩い光の柱が立ち上がったのだ。

 椅子を蹴り倒さんばかりに仰け反る議員たち。腕を組んで舟を漕いでいた老議員も目をしばたたかせる。

 逃げなければ――そう思う間もなく、光の奥から“それ”は姿を現した。そしてその瞬間、議場の空気は一変し、誰もが呼吸することすら忘れた。

 長く尖った耳。陶磁器めいた白い肌。陽光を閉じ込めたような金色の髪。

 誰もが即座に確信した。間違いない。あれは――『エルフ』だ。


「皆さん、はじめまして」


 皆が唖然とする中、彼らの代表と思しき人物が一歩進み出て、優雅に一礼した。

 その瞬間、議員たちは揃って息を吐き、そしてその異様なまでの美しさに再び息を呑んだ。

 創作物で幾度となく描かれてきた、まさにエルフの姿そのもの。いや、それ以上だった。スクリーンの中の虚構とはまるで異なる、本物がそこにあった。俳優の仮装などとは比べものにならない。その美しさは理屈を超え、圧倒的な現実が空想を完膚なきまでにねじ伏せていた。

 これまで自分たちが目にしてきたものは、ただのコスプレに過ぎなかったのだ――誰もが打ちのめされるような感覚に沈む中、代表は静かに告げた。我々はこの国、ひいては人類社会と正式な国交を望む、と。


「では、またお会いしましょう」


 彼らは光の柱を『ゲート』と呼んだ。接続には制限時間があるらしく、次の来訪日時だけを残し、光とともに消え去った。

 沈黙に包まれた議場――しかし、それはほんの数秒のこと。次の瞬間には、石をひっくり返された虫のように、混乱とどよめきが渦を巻いた。

 おそらく、あの『ゲート』とやらは魔法なのだろう。人類には到底持ち得ない力だ。なんとしてでも、手に入れたい。いや、手に入れねばならない。これは人類史における一大転換点となる。

 政府はすぐさま緊急対策会議を開き、国を挙げてエルフを歓迎する方針を決定した。

 しかし、すぐにある問題が浮上した。


『この国にはねえ! 彼らエルフを性的対象として扱った漫画や小説が多すぎるんですよ!』


 ワイドショーにて、コメンテーターの一人が憤慨気味に声を張り上げた。スタジオの他の面々も険しい顔で頷き、司会者は困ったように鼻の横を掻いた。


『ええ、私も前々から申し上げてきましたよ。ああいう同人誌だの漫画だのは、女性の尊厳を踏みにじるものです』

『すべてがそうだとは言いませんが……まあ、確かに目に余るものもあるかもしれません。政府はそういった“エルフを性的に扱った創作物”の回収に乗り出しました。しかし、これは創作の自由を侵害することになりかねないのでは?』


『そんな悠長なことを言ってる場合ですか! 彼らがあんなものを見たらどう思います? 逆の立場になって考えてみてくださいよ。国交どころか即・断交ですよ、断絶! なんだよ、触手プレイって』

『まあ、古くは江戸の浮世絵にもあったらしいですよ。蛸と女性が絡む――』

『そんな話はどうでもいいんです! これを機に、女性を性的に扱う創作物を、即刻廃絶すべきです!』


『さすがにそれは極論では……。それにしても、創作上のエルフ像と今回現れた実物のエルフが、あまりにも一致していましたね。もしかすると、初めてエルフを描いた人も、実際に彼らと接触していたのかもしれませんね』

『偶然だろう。近いうちにタコ型宇宙人が現れたって驚かんね。それより、漫画家やイラストレーターが政府の規制に反発してるって?』


『ええ。ネット上では、エルフを性的に描いたイラストがむしろ増えているようです。政府は削除要請を出していますが、いたちごっこの様相を呈していますね』

『えー、ここで速報です。エルフを凌辱する内容のイラストを投稿した人物が、つい先ほど逮捕されました。政府は今後も取り締まりを強化し、さらなる摘発を行う模様です』


 取り締まりの強化と並行して、政府は新たな政策を打ち出した。莫大な予算を投じ、“エルフを美しく描く”創作活動を国家主導で推進するというのである。

 著名な漫画家だけでなく、SNSで人気を博すイラストレーターにも声がかかり、エルフを礼賛する作品が次々と世に送り出された。優雅で気高く、崇高な存在としてのエルフ。そうした理想像がネット、テレビ、新聞――あらゆる媒体で繰り返し描かれ、世の中は辟易するほどエルフ美化作品であふれ返った。

 人々は嫌でもそれらを目にすることになり、「ステマだ!」という非難の声も上がったが、そうしたコメントは即座に削除され、批判はすべて封殺された。「反対するほうが恥ずかしい」という空気が醸成され、誰も批判できない状況が作られていった。

 そして各企業はこの『エルフ礼賛』ブームに便乗し、エルフをイメージキャラクターに据えた広告を次々と打ち出した。お茶に化粧水、おにぎり、自動車、仮想通貨、ホームセキュリティ、不動産――。

『いつの日も、私のそばにはお茶がある。――エルフ茶』『憧れるのをやめましょう。あなたも綺麗になって。――木肌精』『私はハワイが大好きです』


 そうして万全の準備を整えた上で、再会の日を迎えた。

 国会議事堂前に、再び出現した光の柱――ゲート。その中から使節団が静々と姿を現した。

 まず盛大な歓迎パレードが執り行われた。沿道には、エルフ風の衣装をまとったコスプレイヤーたちがびっしりと並び、紙吹雪が空を舞い、歓声がこだまする。華やかな音楽が鳴り響き、人々はスマートフォンを掲げ、歓喜と興奮の中で次々にシャッターを切った。

 続いて、使節団の希望に従い都市を案内する。

 街の景観はすでに“エルフ仕様”に塗り替わっていた。大通りの看板にはエルフの肖像が掲げられ、巨大スクリーンにはエルフのCMが流れていた。商店のウィンドウには『エルフ歓迎』のポスター。書店の平台にはエルフを主人公に据えた漫画や画集が所狭しと並べられ、飲食店では『エルフティー』『森のシチュー』『神樹のケーキ』といった、いかにもな限定メニューが提供されている。

 使節団の面々はその一つひとつに目を留め、薄く微笑み、頷いた。人々はその様子に胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべた。よかった。うまくいった――誰もがそう信じかけていた。しかし……。


 屋外に特設された会見場にて、各国から集まった報道陣が息を潜め、無数のレンズが壇上を捉える中、代表が優雅に歩み出て、静かにマイクを手に取った。


「このたびは、心より感謝申し上げます。皆さまの熱い歓待、我々一同、深く感激しております。……ただ、一点だけ、少々気になることがございます」


 場内のざわつきがぴたりと止まった。代表は表情を崩さず、穏やかな声で続ける。


「なぜ、我々を題材とした創作物の多くが、我々が森に住み、自然をこよなく愛する存在として描いているのでしょう?」


 今度はざわめきが走った。

 やらかしたか。ステレオタイプ、価値観の押しつけ――嫌な言葉が政治家たちの頭をよぎった。総理は焦りを隠せぬまま壇上へ駆け寄り、ぎこちなく頭を下げた。


「そ、それはですね……古くからのファンタジー作品に根ざしたイメージといいますか……。その、もしも不快なお気持ちにさせてしまったのであれば、誠に申し訳なく……」


「いえいえ、気にしてはおりません。ただ少し不思議に思っただけですよ」


 代表は柔らかく微笑み、軽く手を振ってみせた。場内に安堵の吐息が広がった。


「なにしろ、我々の生活形態はそれとは正反対ですので」


「正反対……? とおっしゃいますと、この街のような高度な都市文明と……?」


「いやいや」


 代表の口元が今度は冷たく吊り上がり、かすかな嘲笑が浮かんだ。


「我々の文明は、あなた方よりも遥かに進んでいますよ。あの転送装置を見て、そう思われませんでしたか?」


「転送装置……? あの光の柱のことですか? あれは魔法なのでは……?」


「魔法? なるほど、それは面白い解釈ですね。確かに、あなた方にはそう映るのも無理はない。ああ、だから誰もこうして我々と滞りなく会話できていることに疑問を抱かなかったのですね」


 代表はそう言って、自分の耳を指さした。


「ここに通信デバイスを埋め込んでいるんですよ。自動翻訳機能付きのものです。それから、喉には音声変換装置が――」


「えっ、それで耳が尖っているんですか!? 生まれつきではなくて?」


「ええ。しかし、あなた方が我々を好意的に描いてくださるのは、とても嬉しいことです。実は我々の星でも、あなた方をモデルにした創作物が数多くあるのですよ」


「え、星……? ということは、あなた方は異星人……?」


「ええ、当然ではありませんか。何か問題でも?」


「あ、いえ、問題など、まったく……ははは……えー、その、創作物というのは、どんな内容なのですか?」


「凌辱ものですね。我々が、あなた方“ゴブリン”に酷く蹂躙される――そんな作品です。ふふふ……」


「ゴブリン!?」


 恍惚とした表情で微笑む“エルフ”たちを前に、人々は言葉を失った。

 そして思った――この食い違いは、果たして友好に繋がるのか、それとも……。

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