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マンホールに落ちたら、まさかの冥府に辿り着いた件について

作者: 夕星

平凡だった日常はある日突然変わることがある。

例えば知り合いが交通事故で亡くなった、祖父母が天命を全うした、親の会社が倒産したなどその突然は様々だ。


それが偶然なのか必然なのかを知っているのはきっと神様だけだろう。


正直神様なんて1ミリも信じていなかった私にとって、あれは衝撃的な偶然であり運命的な必然だったのかもしれない。





────────

────

琉月(るか)。琉月起きなさーい」


4月某日。柔らかな日差しが差し込む朝。

天気は良好。晴れ渡る青空がどこまでも広がる気持ちのいい朝だ。


『るか』と書かれた可愛らしい文字に雲型のネームプレートがかかったドア越しに琉月と呼んだ人物ーー母は声をかける。


「あと10分…」


しかし返ってきたのは眠たそうな少女の声だった。ドア越しのせいか、それともお布団の中にくるまっているせいか……その声はくぐもっている。


「もう。さっきもあと5分って言ってたわよ〜」

「10分経ったら起きるから〜〜」

「はいはい。わかったわ、眠り姫」

「……すぅ」



ーー10分後。


「琉月、起きなさーい。遅刻するわよ〜」


とここで夢の中でに揺蕩っていた琉月の意識が浮上する。うつ伏せで眠っていたせいか目が腫れぼったい。ゆっくりと体を起こした。寝ぼけ眼で下を見る。布団だ。自分の布団がぐちゃっと形を崩し視界に広がっていた。


寝癖だらけ黒髪がカーテン越しの光によって、光沢を放つ。天使の輪とも呼ばれる光輪もできていた。

うさぎの可愛らしい着ぐるみパジャマを身に纏う彼女の焦茶色の目は開いたり閉じたりを繰り返している。


意識が夢と現実をいったりきたりする。だがあるものに目が止まった。8:00と刻まれたデジタル時計だ。


今日は何曜日?彼女は自問自答する。

導き出された答えに意識が一気に覚醒した。


今日は月曜日。学校の登校日である。



「ち、遅刻だ〜〜〜〜!!!」


彼女は乱雑にクローゼットを開ける姿からして慌てているのが目に見えてわかった。


そこにはいろんな服と皺ひとつない紺色のセーラー服が入っている。紺色の線が入った朱色のスカーフ、スカートの裾には赤い線が入っているデザインらしい。


高校の一年生となった彼女にとって、今日は授業初日。遅刻なんてしたら先生達の印象はダダ下がりだ。それだけはダメだ。いただけない。


新品のセーラー服に身を包んだ彼女は階段を駆け降りてリビングに顔を出した。

そこにはのんびりとテレビを見る母がおり、テーブルの上にお弁当と朝食が一つずつ置いてあった。


「も〜〜お母さん!!起こしてって言ったじゃん!」

「起こしたわよぉ。何度も。それでも起きなかったのは貴女でしょ〜〜?」


あと5分、あと10分って先延ばしにするもんだから面白くてその通りにした、と母は笑いながら言った。


なんて意地悪な母だろう。もっと怒りたいところだが、なにぶん自分には時間がない。

食パンをくわえ、弁当をカバンに突っ込む彼女は母と話をしながら玄関へ向かう。


「あ、そうだ。琉月」

「はに!?(なに!?)」

「外にある……えーっとなんだっけ?」


あれが思い出せない。ほらあれよあれ、と指を立てをくるくると回す母に構っていられるほど余裕はない。


靴を履いた彼女はつま先をトントンと蹴る。


「ひゃあいっへひます!!(じゃあいってきます)」


玄関の扉を開け、彼女は一歩踏み出す。

前しか見なかったせいだろうか。まるで空気を踏むような感覚に襲われた。


「……えっ?」


思わず下を見る。

空洞。どこまでも続く闇がそこに広がっていた。


「ひ、ひぎゃぁああああああ!!!!??」


「あ、そーだ!思い出したわ!!マンホール!開いているから気をつけてね…ってあれ?いない」


ひゅーー!と音を立てて体が落下していく。

どういうことだ、と上を見れば不意に母の声聞こえてくる。


落下の抵抗かなんなのかはわからないが口からくわえていた食パンが離れた。


「ふ……ふ、ふざけんな〜〜〜!!!」


そんな大事なこと先に言え〜〜〜!!と琉月は吠える。怒りの形相だ。マンホールの中だからだろう、彼女の声が木霊する。


「もう学校に行ったのかしら…意外と足速いわね」


しかし琉月の声は母には届いていないようだ。

ここで一つ何故という疑問が生まれる。


(この距離なら私の声が届くはずなのに……)


まるで厚い壁に阻まれているような……?





真っ暗闇だった世界が突然パッと変わった。

ふわりと鼻をくすぐったのは瑞々しい花の匂い。えっと彼女の目が大きく見開かれる。


視界いっぱいに広がるは闇ではない。

それは何処までも続く青空だった。雲は一切なく、太陽もない。

なのになんでこんなに明るいのだろうか。


疑問が心を埋め尽くす中、急に落下の速度が低下した。ふわりと地面にへたり込むように座る彼女は未だ状況の整理がついていないようで、ただただ目を白黒とさせている。


「……え?」


青空の次に目に入ったのは地平線まで続くお花畑だった。白い花、青い花、黄色い花に赤い花など色鮮やかな花があたり一面に咲き誇っている。淡い光を放ちながら。


「え、え?」


意味がわからなかった。

自分はマンホールの中に落ちたはずなのに何故花園にいるのか。普通なら下水道につながっているはずのマンホールが何故…


「……ねぇ」


声が聞こえた。

美しくもどこか影があるダウナー系の声。少し色っぽくもありながらどこか懐かしさを感じる。


こんな美声を持つ声の主は一体どこだと辺りを見渡すが誰もいない。


「ねぇってば」


あれっ?と首を傾げたところでまた声が聞こえた。近い。とても近くで声がする。でも右も左もヒトっ子一人いなかった。


「いい加減どいてくんない?重いんだけど」


その声は下の方から聞こえた。

嫌な予感がする。琉月は恐る恐る下を見ると男がいた。


前髪長めのニュアンスパーマな白髪。

髪と同色のまつ毛に縁取られた瞳は切れ長で透き通るような赤色をしている。


芸能人などに劣らない。それどころかそれ以上の美貌を持つ男が眉を顰め、こちらを見上げていた。


どうやら自分は彼の上に落っこちてきたらしい。そのことに気づくまで数秒は要した。


ひゅっ!と喉が鳴り、気付いたら飛んで退いていた。

男は倦怠感丸出しに体を起こす。リン、と彼の片耳についている耳飾りが鳴る。目と同色の和玉にタッセルがついた中華風のピアスだ。


あちこちに寝癖がついている眠たそうに目を擦る彼はこちらを見る。頭のてっぺんから足のつま先まで見た後、目を眇めた。


「……アンタ、魂有者だろ。なんでこんなとこにいんの?」

「こんうしゃ…?」


それは聞き馴染みのない言葉だった。

なにそれ、と首を傾げる琉月に青年は軽い説明をした。面倒そうな顔をしながら。


魂有者。

その名の通り『魂が有る者』という意味。

生きとし生けるもの全般を指し、肉体の中に魂が収まっている状態のことをいう。



「普通ならこんなところに来るはずがないんだけど。どうやってきたの?」

「いやそれは…その自分でもよくわからなくて…マンホールに落ちたらここにいた、というか、なんというか…」

「へぇ?」


「ドジなの?」「ドジじゃないです」と軽く会話を交わしたのち、琉月は質問する。


「ところでここ、どこですかね?」

「冥府」

「めい、ふ?」


何も言わずに頷く彼に琉月は徐々に顔が強張っていくのを感じた。


彼女にとって“めいふ”という言葉に聞き覚えがあった。否、聞き覚えしかなかった。


冥府。死後の世界。地獄。いろんな言い方はあるが、とにかく死した者が閻魔大王の裁きを受ける場所であるということだけはわかった。

冷や汗がツーっと頬を伝う。


「え、私。死んだんですか……?」


青年は軽く首を横に振る。否定の意を込めて。


「え?でもここ冥府ですよね?」


その言葉に彼は頷いた。今度は肯定の意味を込めていた。


「……てことは私死んでんじゃん!!」


頷く彼の姿を見た琉月は間髪入れず突っ込んだ。

そんなことある!!と頭を抱える彼女に頭の出来が悪い子を見るような視線を送ってくる男は小さくため息をつく。


「確かにここは冥府ーーー死者が蔓延る亡者の国だ。でもアンタは死んでいない」

「ほ、ほんとに?」

「大体死んでたらアンタはあんな状態になってる」


そう言って男が指し示した方を見るとふよふよと浮かぶ淡く光る光の玉だった。


「え、なにあれ」

「人間の魂」

「あれがですか!??」


人の魂ってあんな綺麗なものなのか。

しかもよくよく見れば人魂はあっちにふよふよ、こっちにふよふよとあちらこちらで浮いている。1つ2つなんて量じゃない。数百、数千の単位だ。


「何かの拍子でこちら側の世界とアンタがいる世界が繋がったんだろうね」


人魂が彼の周りを漂い、青年の人差し指の先に触れる。ぴゃっ、と彼から離れた人魂は突然現れた器を持つ琉月に興味津々のようで彼女の方へと向かっていく。


琉月の指先に先程青年が触れた人魂が触れるとほんの少しの温もりを感じる。人肌よりかは低く初春の気温よりかは暖かい、不思議な温度だ。


ぽーっとその人魂を見つめていると突然頭に痛みが走る。だぁ!と頭をおさえ青年を見ると彼はチョップの構えをしていた。それで脳天にチョップしたのは彼であると気付く。


「え、な、なんですか。いきなり……」

「なんですか、じゃない。危機感とかないの?もう少しでその魂がアンタの身体を乗っ取るところだったんだけど」

「……はい!??」


身体が乗っ取られる!??と仰天した顔をする琉月に青年は呆れた眼差しを向けている。


「え、魂が身体を乗っ取ることあるんですか?」

「ある。実際、今、アンタの魂を追い出そうとしてた」


そう言いつつ、青年は彼女の周りに漂う人魂を手で払いのけると顎で軽くつきだした。ついてこい、ということだろう。


何も言わずに背を向け青年は歩き出す。その後を慌てたように琉月を追いかけたのだった。



しばらく歩くと草がひとつ生えてない場所に辿り着く。

そこには自分の背丈以上の大きな壁があった。木製ではない、完全な石製で造られた壁だ。


しかし真ん中が割れていること、そして蔦のような金の模様が左右対称で描かれていたことから壁ではなく、扉で有ることに気付いた。


彼はその扉に手を添えると呪文を唱える。するとその呪文が浸透するように彼の手から素早く全方向に何かの文字をなぞるように光が迸ると目の前の扉がガゴンと重々しい音を立てた。


ーーゴゴゴ。

両開きタイプのスライドドアのように開き始めたソレに琉月はポカン顔とした顔をする。


否、ドアが開くなんて生優しい言葉じゃない。地響きが轟くような音を立てる砦とかによるある門だ。


人1人が通れるぐらいのスペースが開いたところで轟いていた音が止む。


「こっち」

「い、いやいやいやちょっと待ってください!?タンマ、ストップ!!」


唖然と一部始終を見ていた琉月に青年は声をかける。

ハッと我に返った琉月は信じられないような顔で隣に並ぶ青年を見る。


「え、今、扉開きましたよね?穴も鍵も取っ手もないのにどうやって……」

「特殊な呪文で開閉する」

「え、じゃあ、あの光の玉逃げちゃうんじゃ」

「それはない。逃走防止のための結界は常に張り巡らされている。よほどのことがない限り脱走することはほぼ不可能」


結界。

青年の言葉で琉月は辺りを見回す。しかしそこにあるのは草ひとつ生えていない火星のような道と目の前にある扉、少し遠くに見える草原ぐらいだ。結界どころか薄い膜一つも見当たらない。


本当に結界はあるのか、という疑いの眼差しを向ける琉月に青年は一度息を吐くと彼女のおでこを人差し指と中指をつきたてた。


いでっと一瞬目を瞑る琉月は次に目を開いた時、その表情は驚愕の色に染まった。


自分の遙か上空にうっすらと見える薄い膜を見たからである。

否、上空だけではない。この空間全てに半透明のベールのようなモノに不思議な文字列が何重にも重なった結界がかかっていることに気付く。


「え、なにあれ…」

「結界」

「あれが!??」


二度目の衝撃が琉月を襲う。ばっと青年の方を向く彼女に彼は何かを思い出したかのように少女を見た。


「そういえば名前を聞いていなかった。アンタ、名は?」

「知らない人には名前を教えるなとお母さんに言われているので」

「ここまで一緒に来ておいて知らない人はないんじゃないの」

「それはあなたがついてこいって合図するから…」

「ふぅん?」


青年は両手を前に出すと突如として大きな本が現れた。両手じゃ持て余すほどの分厚い本は、最早辞典だ。いや辞典よりもページ数が多い。

あれは一体なんだろうと琉月は不思議そうな顔をする。


「……“開け”」


青年が静かに告げた瞬間、本がひとりでにペラペラと捲られる。捲られる度に彼の前髪が舞った。全てのページを捲り終わった本は予備動作なくその動きを止める。


「……亡者のリストには載ってない。まあ当たり前か、生きてるし」

「え、それリストだったんですか!??」


こくんと頷く彼に琉月はただただ驚きを隠せない。リストにしては分厚すぎるからだ。目を白黒とさせている彼女に青年は説明する。


1日で世界中の死者はざっと二〇万を超えている。今日は少ない方であると。


つまり今日1日だけで二十万人の亡者の名前がこの本におさまっていると考えていいだろう。

この分厚さからみて過去の亡者も載っていそうだ。

びっしりと人間の氏名が書かれた辞典の中身を想像して、彼女はなんとも言えない顔をする。


「……生者はこの何十倍何百倍もいる。リストからアンタの名前を探すのなんて上空から1人の人間を見つけるようなものなんだけど」


本を静かに閉じて青年は彼女を一瞥する。


「名前、言う気になった?」

「琉月。神屋琉月、です」


流石に言わないという選択肢はなかった。

これ以上面倒事を増やすなという青年の圧と想像を絶するような苦労が垣間見えたからである。氏名を言えば、青年はうん、と頷く。

 

「リュカね」

「いや“りゅ”じゃなくて“る”……」

「今アンタが言った名前、真名だろ。相手が俺だったからよかったけど他のところで真名を名乗らない方がいい」


真名はその真名を持つ人間の身体、魂を縛ることができる。もし他の神様がその人間の真名を知った時、その人間を操ることができてしまう。と彼は言った。


「だから真名は安易に出すモノじゃない。わかった?」

「あ、はい。わかりました………ん?」



“他の神様?”

この言葉に引っ掛かりを覚えた時、遠くの方からハデス様!!!と叫ぶ声が聞こえた。


タタッと視界に飛び込んできたのはヘビの頭をした人間がローブのような服を引きずって走ってくるのが見えた。その後ろにはカラスの頭をした人間もいる。どちらも目元を覆う仮面をつけていた。


「ハデス様!探しましたぞ!!一体どちらにいらしたのです!そろそろ裁判が始まると言うのに」


そう大声を出したのはヘビ頭の男だ。目元を覆う仮面は鮮やかな赤い色をしている。

耳をつんざくほどの大声で思わず琉月改めリュカは耳を抑える。それは青年も同じなようで顔を顰めていた。


「……こちらの女子(おなご)は……人間!?しかも魂有者ではありませんか。何故ここに…」


次に喋ったのはカラス頭の女だった。目元を覆う仮面は鮮やか青い色をしている。

こちらはリュカの存在に驚いたものの、冷静に彼女を見つめていた。


「喚くな。今、説明するから」

「…いやその前にちょっといい、ですか」


青年が説明しようと口を開いた時、リュカが遮る。その顔は顔面蒼白。今にも死にそうなぐらい白い顔をしている。


「あの、今……ハデスって言いました?確かあの冥府の王様の…」


彼女にとってハデスという言葉は冥府と同じぐらい聞き覚えがあった。冥府の治まる神様でギリシャ神話の登場する重要な神様だ。亡者を善悪を裁く最高審判官と言えばわかるだろうか。


まさかそんな人いや神様が、今目の前にいるという事実にリュカは信じられなかった。


「なんだ貴様、このお方を知らずに話していたことだけに飽き足らず言葉を遮るなど!なんて不敬な……!!」

「まあまあアナスタシオス、落ち着いてください」

「いやしかし!!」

「彼女は人間。普通であればこちら側の世界の事情など知らないのです」

「ならば今ここで知り、尊大で偉大なる存在とならせられるを思い知るがいい。このお方こそ、この冥府を統一する我らが王ハデス様である!!人間、跪いてひれ伏すといい!!」



(拝啓。ここにはいないお母さん)


リュカの頭はすでにパンク寸前だった。いろいろな情報が頭に入って身体が小刻みに揺れる。


(どうなら私、冥府にきたようです)


ふらりと彼女の体が揺れ後ろに倒れ込む。倒れる寸前で青年もといハデスが彼女の体を支える。


(そしてハデス様を踏んづけてしまいました。これはもう死刑確定ではないでしょうか)


あ。人生終わった。と最後に思った彼女の意識はテレビの電源が消えるようにぷつりと音を立て途切れた。




これは冥府にきてしまったと琉月とハデス、そして冥府の仲間達が繰り広げるドタバタ異界の物語である…?

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