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第二話 異世界

 僕が五歳のある日、信じられないことだが父親が帰ってきた。

 だがすぐに馴染めるはずもなく、自分の父親だと信じられるわけもなく、僕と彼の間に深い溝が生まれただけだった。

 その対面の二週間ほど後、突然僕の前に神様が現れた。この世界で見るのは初めてだ。

「久しぶり!あっくん。大きくなったねでも可愛いよ!」

 久しぶりに見る神様の外見は全く変わらない。だがやけに早口だ。……というか、意味のわからないことを言っている。少なくとも、中身はおじさんの子ども(ぼく)に言うことではない。

「あっくんを転生させた時、何で人界に転生したのかようやく分かったよ。私、間違えて新しい世界創ってた……」

 神様は申し訳なさそうな口調ながらも、その口角は上がっている。そのせいで、申し訳ない口調が意味を為さない。

「それで?神様が僕に言うってことは何かあるの?」

 神様は頷いて続けた。

「その世界なんだけど、特に設定せず創ったみたいで、そうすると誰一人感情を持たないんだよ。機械的でそりゃもう、ういーん、ういーんがしゃん、って……あはは冗談だよ。例えるならジェットコースター乗っても誰一人騒がない感じ。真顔で前しか見てないような」

 僕は愕然とした。異世界といえど、それは人間と呼べるのか?だが見た目は人間なのだろう。

「その機械的な奴ら、実は他の世界からの干渉で治るんだよね。数人程度だったら大丈夫だけど、私が世界自体に干渉したらまた初期化しちゃうから行けなくて、あっくんなら行けると思うからあっくんに彼らを治してもらいたいんだけど……。もし嫌なら……」

「やるやる!やりたい!」

 僕は食い気味に叫んだ。機械的でも、とりあえず異世界に行ってみたかった。

——この夢が叶う機会(チャンス)を逃すわけにはいかない!

「じゃあお任せしよう」

「やったぁ!」

 僕はガッツポーズをした。これで夢が叶う!

「あ、あとね」

 テンションの上がった僕を、神様が呼び止めた。先程よりも少し真剣な表情だ。

「どうしたの?」

「私にも名前がちゃんとあってね。ルシアっていうんだ。今度から名前で呼んでくれないかな?」


 神様、改めルシアに新世界へ移動する方法を教えてもらったが、問題はタイミングだった。母は僕から片時も離れたくないようで、誰にも知られずに異世界へ行けない。だからといってニ人で行くのも、その世界で何が起きるか分からないし、危険に巻き込みたくない。

 考えた果てに、嘘をつくことにした。

 土曜日の朝。特にどこへ出かけるとも聞いていないので、朝食時に、幼稚園で比較的仲のいい子と公園で遊ぶつもりで、その子が人見知りで緊張してしまうから、お母さんには来てほしくないと伝えた。もちろん、その子の保護者がいるから大丈夫だとも。

 母は考えに考えた末、渋々許可を出した。


 初めて降り立った異世界は、どこかヨーロッパの街並みのような景色が広がっていた。

 時刻はこちらも朝だ。空気がきんと冷えている。ルシアから事前に気候を聞いていたので防寒はばっちりだ。

 日本と同じように四季があり、今は晩秋だそうだ。日本でいうと十一月から十二月くらいだろうか。

 レンガで舗装された道を行く人々は、皆一様に感情のない、死んだ顔をしている。これがルシアの言っていた感情のなさの表れなのだろう。道ゆく人に会話はなく、通路に面した店の接客も必要最低限で、かつ棒読みだ。これほど感情のない人間たちを初めて見たはずだが、どこか日本のくたびれた会社員たちに似ている。生きる楽しみを見失うと、感情の起伏も少ないのかもしれない。

 ルシアは僕が現地の人と接触することで、人々に感情が生まれると言っていた。つまり、この世界の誰かと会話することが、人々に感情が生まれる要因になるということだ。

 僕は誰に話しかけようか迷い、丁度脇を通り抜けた女性に声を掛けた。栗色の長髪で二十歳前後に見える、なかなか美人な人。僕の語彙力は元からないのだからこれ以上表現する術がない。

「そっ、そこのお姉さん!綺麗だね!僕と話さない?」

 今の僕は大人の真似をする子どもでしかない。

 可愛いと大人ぶった子どもに話しかけられた女性は無表情で振り返った。

「…………」

 女性は黙ったままだ。首が痛いのを我慢して、勇気を出す。

「お姉さん、ちょっと僕に付き合ってくれない?ほら、そこにあるカフェでさ……」

「カフェ?」

 お姉さんは真顔で首を傾げた。なぜだか知らないが、カフェをパフェと同じ発音で言っている。それに美人だけど、真顔はちょっと怖いな。一気に緊張してしまう。

「えっ……。あれカフェじゃないの?だって、ほら、あの人優雅なアフタヌーン楽しんでるようにしか見えないし……」

 指差した先には、座ってマグカップを傾けるおしゃれな白髪混じりの壮年の男性。

「アフターヌン……?カフェ……?って、何ですか?」

 謎は深まるばかり、と言った具合に女性は聞いてくる。身長の差から彼女は僕を見下ろし、僕はビルの天辺を見上げるかのように見上げる。

「カフェって、飲み物飲んだり、ちょっと食べたりするところだよ!」

 これで分からなかったらこの世界はだいぶ僕の住む世界と設定が違うのだろう。だが、そこまで言われると分かったようである。

「確かにあの店で何度か飲み物を注文したことがあります。カフェというのですね、覚えておきます」

 彼女は真顔で数回頷いた。ルシアはさらっと言ったが、人間の感情を芽生えさせるのはなかなかに難しいのではないだろうか?

 僕の心配をよそに、彼女は今度はアフタヌーンについて考え始める。

「アフターヌンは、聞いたことがないですね……。どんな生物なのでしょうか…………」

 言葉を間違えているのは、初めて聞いたからかもしれないが、アフタヌーンが生物の名前というのは、文脈から見てもおかしいと気づくはずなのだが。

「アフタヌーンは、午後って意味だよ。紅茶とかゆっくり飲みたいのが午後だから、さっき言いたかったのはあのおじさん優雅にお茶してるってこと」

 数秒してから、彼女は分かったような顔で頷いた。本当に理解したかはかなり怪しい。

 だがずっと気にしていても時間の無駄になってしまうので、切り替えることにした。

「お姉さんはあのカフェ入ったことあるんだね。僕初めてだから、何がおすすめか教えてほしい!」

 彼女を見上げる。ふと名前を聞いていないことに気づいた。彼女から話しかけてはこないので、僕から聞かないと教えてもらえないだろう。

「はい、いいですよ」

「じゃあ入ろう!そういえばお姉さん、名前何ていうの?」

「え、っと……。レイカといいます」

 彼女——レイカは一瞬戸惑ったが答えた。苗字はこの世界にあるのだろうか?

「僕は敦司だよ!よろしくね」

 とりあえず名前だけで名乗ることにした。もしかしたら苗字は存在しないかもしれないし、貴族だけが持つものかもしれない。念の為だ。

 カランカランとなるドアは、前世と同じらしかった。

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