転移の間
「皆様ようこそ!異世界転移の間へ!そして初めまして、私は転移の神です。皆様を異世界へ案内しますよー!」
目が開いた、というか意識がハッキリしたというか、そんな変な感覚の意識に飛び込んできた。
まず、理解するのに数秒は要したと思う。
目の前でニコニコと両手を広げるこの人?今言ってた内容的に神様?なのだろう。なんか浮いてるし。
金色の髪はくるくるして長くて、水色の瞳と相まって、女の人みたいに綺麗な顔をしてるけど、袖の無い白い服から出てる腕には細いが筋肉があり、更に視線を下に下げると、胸が無い。…凄い詐欺感のある神様だよ。
「そろそろ皆意識がハッキリしてきたかな?じゃあ取り敢えず説明して行くから、質問は置いといてねー!まずはー…」
転移の神様が言うには、ぼくたちは選ばれたらしい。
僕達とは、見回したところ男女合わせて10人くらいこの空間にいた。
因みにこの空間、転移の間は真っ白な空間だが、僕達の周りには沢山の大小様々な球体がふわふわと浮いている。
見た目は地球が色々な色大きさで浮いている感じだ。
明らかに現実ではありえない空間だとわかる。
そんな中で聞く神様の話は、何故かするりと脳が理解していくお陰か、僕以外の人達も同じなのか、ただ皆冷静なのか、何も言わずに黙って神様の話を聞いていた。
つまり、僕達は異世界に転移しても耐えられる魂を持っているらしい。
そして神様達が話し合いの中から選んで今回集められたそうだ。
何故集められたかだが、神様の感覚だからあやふやだが、数年か数十年か数百年かに一度、沢山の世界の均衡が歪む時があるらしい。
その原因は説明が難しいらしいのだが、沢山ある世界が無くなるくらい大変なことになるんだとか。
それを回避できるのが、転移可能な魂を、各世界に転移させることで歪みが正されるんだとか。
だけど、どうしても転移が嫌だと言うなら、今のこの記憶を消して元の世界と生活に戻してくれるそうだ。
神様は神様なのだろう、無理強いする気はないんだとか。
そして転移してくれる魂達は、この浮いている世界の中から、好きな転移先を選ばせてくれるそうだ。
「本当は私達神々がどうにかしなきゃいけない問題なんだけど、可愛い魂達を輪廻の川に留めたままだとこの方法しかなくてね、私達の力不足に巻き込んでごめんね…
さあ!ここまで聞いて質問がある人はー??」
本当に申し訳無さそうに眉を下げた転移の神様、気を取り直すように明るい声を上げてニコリと笑い、片手を挙手を促すように上げてみせた。
「え、とー、はい」
「はい!どうぞ!」
遠慮がちに手を上げた人に、他の人達も注目するように目を向ける。
薄い茶色の髪の大人しそうな女の子だ。銀フレームの眼鏡から真面目な委員長という感じの印象を受ける。
「行きたい世界が被っても大丈夫なんですか?明らかに私達の人数より転移できる世界?の数が多いんですけど、選ばれなかった世界はどうなるんですか?」
「被っても大丈夫だよー。選ばれなかった世界も異常は怒らないから心配いらないよ。ただ君達の魂が転移するっていうのが重要なんだ。流石に全員同じ世界に転移ってなったらダメだけど、偶然にも数人が同じ世界を選ぶくらいなら支障はないよ」
僕達には理解出来ない事情があるのだろう。
「他に質問ありますかー?」
「転移するとして言葉とか生活はどうなりますか?」
挙手をしながら聞いたのは、大学生くらいのお兄さん。染めた茶髪だろう、根本が黒いが顔はアイドル系だ。
「言語は転移オプションで勝手に変換されるから、全言語識字まで苦労はしないから大丈夫だよ。希望によっては最低限の言語以外は外すこともできるよ。で、生活面は各世界には私達神々の協力者がいるから安心して。まぁわかりやすく言うと神の信者かな?各世界の常識や生活面、希望次第では勉学や仕事なんかも、できる限りサポートしてくれるよ。各世界独自の文化があるからね、科学なのか、魔法なのか、はたまた違う文化なのか、自分が適応出来そうな世界を選んでね」
魔法、と聞いて顔が明らかに輝いた人が数人。
かく言う僕もときめく。魔法、憧れるよね。
「もう質問はなーいー?…………よし、じゃあ世界を選ぶ方法を説明するねー」
神様が一番近くにあった世界の球体を手にする。
「こうやって触るだけで、脳に情報と映像が入ってくるよ。良いところも悪いところも大まかだけど教えてくれるよ。数が数だから、見るの大変だろうけど、この空間にいる間は疲れは感じないし、脳にバフが掛かってる状態だから、情報を脳が勝手に整理してくれるから安心してね」
話を聞いて、近くにあった世界に触れてみる。
「…っ!?」
ブワッと世界が見えた。
VRを見てるみたいに世界が広がり、脳が情報を勝手に受け取って整理する。……なるほど、慣れるまではちょっと気持ち悪いな。
「慣れるまで最初は気持ち悪くなるからねーって言う前に触っちゃったキミー?大丈夫ー?」
「…はい、なんとか」
「好奇心旺盛な子は大好きだよー」
神様がニコニコとこちらを見る中、何人かは呆れた視線を寄越した。
「取り敢えず、この砂時計が落ち切るまでに決めてくれると有難いかなー。出来たら全員まとめて送る方が世界への負担が少ないからさ。あと選べるのは一度だけだから、その世界で生涯を終えるからね、後悔しないように選んでね!はい、じゃあここまでで、転移が嫌な人は元の世界に戻すから挙手お願いしまーす!」
神様の言葉に手を上げたのは1人だけ。
スーツを着た顔色があまり良くないお兄さんだ。
「仕事が、まだ残ってるので………すみません」
申し訳無さそうに頭を下げるお兄さんに、神様は眉尻を下げると、お兄さんの前に下りてきて両手を握った。
「いいんだよ。…記憶は無くなるけど、辛い時は逃げていいんだって、覚えておいてね」
神様はお兄さんの頭ごと、愛おしそうに抱き締める。
すると、お兄さんは光の粒子となって消えた。
「今のは……」
誰かが呟く。
「元の世界に帰ったんだよ…」
神様は少し悲しそうな眼差しで、粒子の消えていく様を見届けていた。
「さて、じゃあ残りの君達は転移してくれるってことでいいのかな?」
神様の問いに皆それぞれ頷くと、神様は一瞬ホッとしたように顔をしたが直ぐに笑顔になった。
「じゃあ、この砂時計が落ちるまでに行きたい異世界を選んでね!」
宙に浮く砂時計に神様がフワリと浮いて近付くと、指先が砂時計を押した。
さらさらと黄色い砂が少しずつ流れ出した。
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「さ、そろそろ時間だけど、行きたい世界は決まったかな?」
砂時計が落ち切った。
砂時計の砂は思ったよりも落ちるのが遅かったように思う。実際かなりの数の世界を見たけど、僕は早々に決めてしまい、待ち時間の方が長かったからかもしれない。
いくつも見て迷うよりも、直感に近い状態で決める方が良いかと思ったのだ。……それでも10個以上は見た気がするが、パッと見るだけでも全部で50以上あるんだから、面倒が優った。
どの道選択肢を増やせば増やすだけ、迷うのは目に見えてるのだ。なら少ない中でも気に入った世界があったならそこにしたっていいではないか。
因みに、僕みたいに比較的早めに決めた人が半分、時間ギリギリまで悩んだ人が半分という感じだ。
神様な各々の顔を見て満足気に頷いた。
「では各自行きたい世界の側へ」
沢山の世界が浮いているが、どの世界なのかは何故かはっきりわかる。
他の皆もそうなのか、各々が気に入った世界の側に立った。
僕も気に入った世界を視界に入れたが、先客がいた。
ミルクティー色の髪をした男の子だ。
吊り気味の目を見開いて、自分と同じ世界の側に立った僕を見る。
初対面の相手に何か声を掛けるにも言葉が見つからないし、無難に軽く会釈だけしてみた。
すると男の子も戸惑うように目だけキョロキョロすると、同じく軽く会釈してくれた。
「じゃあ皆、自分の行きたい世界に手を添えてね、君達2人は半分ずつでね、うん、そう。それじゃあ皆目を閉じててね」
僕が左手を世界に添えると、男の子も反対側から右手を添えた。そして言われた通り目を閉じる。
「愛しい魂達に、幸多からんことを」
その言葉を最後に、僕達の意識が消えた。