第96話 真実を告白してみた⑤
千波が軽いスキップで前に進み出た。
そして両手を広げながら、棒読みで話しかけてくる。
「ぱぱーん。裏世界ドッキリです。びっくりした?」
「まあ普通ですかね。もはや何をされても驚きませんよ。メイソウの皆さんはぶっ飛んでいらっしゃるので」
僕は皮肉を込めて返すも、千波は眠たそうな表情を変えない。
特に気にした様子はなかった。
メイソウ――正式名称は全国迷宮清掃協会。
表向きはダンジョンの清掃活動を掲げる零細ボランティア団体である。
一見すると無害なマイナー団体だが、その実態は公安警察の裏に潜む秘密組織であり、日本全土を牛耳る真の支配者だった。
「メイソウはメンバー全員が迷宮人間でしたっけ。規格外の集団ですねえ」
「でしょでしょ。世界トップの戦力だからね」
千波は誇らしげに言う。
もはや隠す気はないらしい。
誤魔化したところで意味がないと理解しているようだ。
ただ、これを聞いても平常心でいられるか。
僕は悪意を湛えた笑みを補足する。
「レベル80以上、Sランクスキルを所持、最難関ダンジョンの単独攻略、既存メンバーによる推薦。これがメイソウの加入資格でしたっけ」
千波の顔付きが変わった。
他のメンバーもピリピリとした殺意を発している。
場の空気が何倍にも重くなっていた。
空間が軋む音は幻聴ではなさそうだった。
それでも僕は飄々と語る。
「運び屋のサリスさんは使い捨てみたいな扱いでしたが、あれが加入試験を兼ねてた感じですかね。僕と常里さんを抹殺できたら、メイソウに入って迷宮人間になれる手はずだったとか」
「……詳しいね。どこで知ったの?」
「世の中に絶対的な秘密はありません。情報はどこからでも漏れるものですよ」
僕が冗談交じりにはぐらかすと、空気がさらに張り詰めた。
今にも攻撃が始まりそうな雰囲気だ。
一触即発という表現さえも生温く感じてしまう。
殺意の重圧を受けながらも、僕は呑気な態度を崩さない。
別にこういう経験には慣れている。
相手が超常的な力を持つグループだろうと……単純な戦力差では絶望的だと分かっていても気にしない。
どんな時でも笑みを忘れずに茶化すのが僕のスタイルだった。
「メイソウは少数精鋭ですね。量より質を優先しているのですか?」
「結果的に人手不足なだけだよ。ここ何年かは各国の秘密組織とも対立が多いからね。メンバーが殺された分、仕事がこっちに回ってきて大変だよ」
「そんなに忙しい方々が僕に何の用ですか?」
「秩序の調整です」
最後の回答は千波の発言ではなかった。
居並ぶメイソウのメンバーのうち、右端にひっそりと佇む者に注目する。
それは、もはや人間と呼んでいいのか分からなかった。
全体像がひどく曖昧で、ぼやけていたり、モザイク状になったり、輪郭が流動したりと判然としない。
最初は黒いコートにシルクハットを被る男に見えた、気がした。
しかし次の瞬間には制服姿の少女に切り替わり、間を置かずに白衣を着た恐竜に変貌する。
そこに立つ者は、容姿が常に変動していた。
(いや、容姿だけじゃないな)
匂いも気配も感情も人格も、すべてが不規則に変わり続けている。
情報が、まったく捉えられない。
存在の認識が困難すぎる。
例えるなら、ゲームのバグが擬人化したような状態だった。
異様な姿を観察していると、当の本人が軽く会釈をした、気がした。
「目に悪くて、申し訳ない。こういう、体質でして。日本は、迷宮人間の技術が、進んでいる……だけど、私が移植を受けた、頃はまだ、不安定、だった。その後遺症な、のです」
言葉が頻繁に途切れる上、不自然にゆったりとした喋り方だ。
時間の流れが違うような印象を受ける。
そして声も一言の中で高くなったり低くなったり変動するので、そこも単純に聞きづらかった。
何もかもが不明瞭なその人物は、灰色のスーツ姿で一礼する。
顔を埋め尽くす無数の目が僕を凝視していた。
「はじめ、まして。私は、メイソウの会長、アビスです」