第18話 ダンジョンのヤクザと対決してみた⑪
僕は欠損した片腕を見る。
肘の少し上から先が丸ごと無くなっていた。
乱暴に噛み千切られたせいで傷口もぐちゃぐちゃだ。
大量の血がとめどなく溢れている。
これにはコメント欄も動揺していた。
『腕が!』
『これヤバくね?』
『一気に不利になった』
『佐藤キツネの配信も第二回で終わりかー』
なんだか僕が死ぬことが確定しているような反応である。
まあそれはいい。
敗北色が濃厚になるほど、ここからの逆転で盛り上がってくれるだろう。
僕はジャージの生地で腕の断面を縛りつつ、片腕を喰らった巨大な狼を観察する。
ライオンサイズの狼は漆黒の毛に覆われていた。
額に三筋の古傷を持ち、ねじれた一本角を生やしている。
逞しい四肢は人間の筋肉とは比較にならないほどに強靭であった。
周囲のヤクザも僕への攻撃を止めて距離を取っている。
狼の攻撃に巻き込まれては堪らないと考えたようだ。
『ナイトウルフの魔獣だ』
『デカくない?』
『魔物とは違うんだっけ』
『義務教育やり直せ』
『魔物の進化版が魔獣。元の種族より凶暴な見た目になるから分かりやすい』
通常のナイトウルフはただの黒い狼だ。
ところが、魔獣化したナイトウルフは体躯が三回りほど大きくとなり、額から角が生えてくる。
毛の質感も刺々しくなり、全体的に獰猛な雰囲気を纏うようになるのだ。
もちろん戦闘能力も跳ね上がるため、探索者にとっては難敵とも言える存在である。
威嚇してくるナイトウルフを見て、僕は素直に感心する。
「魔獣のペットですか。なかなか贅沢な趣味ですねえ」
「いいだろう。生まれた頃から飼ってるんだ。だから俺の言うことには従順でなぁ。魔物でも人間でもバリバリ喰ってくれるのさ」
親分は勝ち誇って笑う。
ナイトウルフは親分に頭を擦り付けて甘えだした。
懐いているのは本当らしい。
魔獣の飼い慣らすのは困難なので、おそらくテイマー系のスキルを所持しているのだろう。
部下を脅してパワーアップさせた時もそうだが、親分は徹底して支援能力に特化しているようだった。
ヤクザとナイトウルフが僕を包囲する。
敵の数はだいぶ減ったが、ナイトウルフの参入によってトータルの戦力は上がったのではないか。
リスナーから見れば絶体絶命の状況だろう。
そんな中でも僕は冷静だった。
威嚇してくるナイトウルフを眺めて呟く。
「ちょっと時間がかかってますねえ……」
「何のことだ」
「すぐに分かりますよ」
次の瞬間、くぐもった爆発音が響く。
音の発生源はナイトウルフだった。
吐血したナイトウルフは一度だけ大きく震えた後、そのまま崩れ落ちて動かなくなった。