第129話 世界の終わりを始めてみた⑧
短くなった煙草をくわえるボブは世間話の口調で尋ねてくる。
「これから何をするんだ」
「旅行でもしようかと思ってる」
「はあ?」
ボブが煙草を落として呆れ顔になった。
俺は地球に向けて手をかざしながら語る。
「世界と接続したことで分かった。時空の壁を抜けた先には無限の世界があるらしい。そこに干渉して旅行するのさ。カオスの感染爆発が起きるだろうなぁ」
「壮大な計画だな。そのうち本当に死ぬぞ?」
「構わねえよ。俺はやれるだけやるだけだ」
かざした手を閉じると、地球がねじれて細くなっていく。
かと思えば立方体で安定した。
地球は不規則な挙動で回転している。
一連の余波で途方もない数の生物が死んでいた。
そのことに何の感慨も抱かない。
俺はなんとなしに眺めながらぼやく。
「砂の城を見たら蹴り壊したくなる。水を流したらどんなふうに崩れるのか。虫を放り込んだら溺れるのか……とにかく気になるんだ。そして実行する」
「地球こそがお前にとっての砂の城か」
「結果的にそうなった。ダンジョンマスターに選ばれた因縁でな。可能だと分かったら俺は我慢できなくなる」
別に大それた理由なんてない。
ただやれると知ってやりたくなっただけだ。
まあ、その末路が地球崩壊だからボブが呆れるのも無理はない。
俺はボブを一瞥する。
殺意も警戒心もなく、ただそこに座っている。
意地悪をしたくなった俺は、挑発的な目付きで提案する。
「鈴木は死んだ。俺を止めてみるか。受けて立つぜ?」
「バカ言うな。自殺する趣味はねえよ」
ボブは無防備な様子で笑う。
裏表のない言葉と態度だった。
ゆっくりと歩き出したボブがひらひらと手を振った。
「俺は遺品商だ。小汚い死体漁りでもしてくるよ。殺し合いなら別の奴をあたってくれ」
「そうか。残念だなぁ」
俺は肩をすくめて苦笑する。
そしてボブに忠告した。
「一分後に時空の壁を曖昧にして世界を繋げる。巻き込まれないように気を付けろよ」
「おう、とりあえず日本にいるからそこだけ避けてくれ」
「了解」
ボブの姿が音もなく消える。
座標データによると日本の大阪に移動したらしい。
呑気に観光でもしているのだろうか。
あいつならやりかねない。
戦友と別れた俺は、きっかり一分後に時空の壁をハッキングした。




