第1話 闇バイトをぶっ潰してみた①
僕は三脚を装着したスマホを地面に置く。
画角や明るさに問題ないかチェックしてから配信を開始した。
「あー、映ってますか? どうでしょう」
画面に映る自分が手を振っている。
狐面に赤ジャージという怪しげな格好だった。
キャラ付けにはこれくらいがちょうどいいだろう。
一分もしないうちに配信の閲覧数が増えてきた。
それに従ってコメントも投稿されていく。
『なんだなんだ』
『新人のDライバーか』
『もう迷宮にいるの?』
やはりダンジョン配信の人気は凄まじい。
便乗した甲斐があったというものだ。
ほどよく盛り上がってきたところで、僕はスマホの前で一礼する。
「皆さん、はじめまして。Dライバーの佐藤キツネです。今日から配信がんばっていこうと思います」
『佐藤さんか』
『いいね』
『よろしく~』
リスナーの反応は悪くない。
早くも興味を持ってくれている。
『何の企画をするんだ』
『自己紹介だけ?』
『仮面とって』
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。一発目からすごい配信にするつもりですから」
僕は苦笑してからスマホに顔を寄せた。
その状態のまま元気よく宣言する。
「題して、闇バイトをぶっ潰してみた!」
数秒の間を置いて、コメントの流れが一気に加速した。
彼らの動揺と興奮が伝わってくる。
『は?』
『何言ってんの』
『物騒で草』
『あれ、もしかして炎上系……?』
理想のリアクションだった。
閲覧数の伸びも見るからに上がっている。
どこかのSNSで拡散され始めたのかもしれない。
この調子で進めていきたいものだ。
「まあ聞いてくださいよ。これには事情がありましてね」
僕は持参のリュックサックを開いた。
中に手を突っ込んで漁りながら事の経緯を語る。
「高額の怪しいバイトを見つけたので、騙されたふりして応募したんですよ。そしたら違法薬物の運搬をさせられそうになったんです」
目当てのものを見つけて取り出す。
それは小さい袋入りの青い粉だった。
赤や紫の粒も混ざってグラデーションを作っている。
「お腹を切ってそこに薬物を詰めて運搬する予定だったそうですよ。ひどいですよねー」
僕は分かりやすく青い粉を見せびらかせる。
リスナーはすぐに食いついてきた。
『やばそう』
『え、マジ?』
『ヤラセじゃないの』
『もしかして迷宮産のヤク?』
僕は青い粉をその場に捨てて笑う。
配信の話題性のために用意しただけなので、こんなものに興味はない。
「お気づきの方もいますね。これは迷宮で発見された薬物が主原料です。中毒性が高くてすごく危ないらしいですよ」
数年前からニュースでも何度か取り上げられており、知っている人間は多いはずだ。
特に都心部ではそれなりの量が出回って社会問題になっている。
マイナスイメージで抑止するためか、過剰摂取による悲惨な末路はやけに生々しく報道されていた。
「ちなみに薬物の情報は、闇バイトの説明役を拷問して聞き出しました」
僕はリュックサックから金槌を取り出した。
血が滴ってぽたぽたと地面に染み込んでいく。
これにはリスナーも唖然としていた。
『……え?』
『さすがに嘘でしょ』
『血が付いてる』
『危険人物じゃん』
『通報した方が良くない?』
リスナーの困惑をよそに、僕は三脚付きのスマホを少しずらす。
画角が変わったことで周囲の風景がしっかりと映し出された。
洞窟のような薄暗い通路で僕は微笑する。
「拷問の結果、薬物の栽培場所も分かりました。それがこの迷宮です」