国立図書館の新館別棟と暗号
歯が生えて離乳食の時期になるとウンチの色や匂いも変わってくる。
正義は心のベッドの横に置いていた蓋つきバケツの中にウンチの時のオシメを入れて
「お母さんに教えてもらったけど」
こっちの方が良いよな
と満足げに呟いた。
今までは紙パンツにして気にせずに捨てていたのだが布のオシメにして状態を見るようにしたのである。
母親の一途に言ったら
「……そう」
と一言で終わってしまったのだが、正義は最近「バブー」から少し言葉らしいものへ変わり始めている心の成長が嬉しくて仕方なかったのである。
そんな彼に警察庁のキャリア組である久守晴馬の視線が向いていることを知らなかったのである。
専業主夫の探偵推理
渡井武は忙しく捜査へと繰り出す仲間たちと同じように足を踏み出しかけて久守晴馬の言葉に目を見開いた。
「はぁ?」
久守晴馬は笑みを浮かべ
「あの、青年……いえ、渡井さんのおばさんの知り合いの彼に助言を求めてみては如何でしょう?」
と告げた。
武は顔をしかめながら
「神楽君か?」
彼は警察の人間じゃないぞ?
と告げた。
久守晴馬は「知ってます」と答え
「しかし、諸外国では優秀なプライベートアイの助言をもらうことは極々普通に行われています」
と言い
「先の横領事件の彼の助言は正しかったし筆跡鑑定の基礎も知っている」
優秀なプライベートアイだと感じます
と告げた。
「繋ぎを入れておくことは有用なことだと判断します」
武は腕を組むと
「キャリア組の考えることはわからん」
と思いながらも
「確かに宝石の性質とかも知っていたし……物知りではあるけどな」
と呟いた。
だが自分の認識としては
『若い専業主夫っ子』
である。
伯母の静子の話では20歳で心ちゃん……赤ん坊……の父親で彼の妻である神楽一途に養われている専業主夫という情報のみである。
久守晴馬はその事を武から聞くと
「その辺りの話も詳しく聞けばより距離が縮まると思います」
と言い
「彼の意見を聞いてみましょう」
と告げた。
武は携帯を手にすると
「わかった、今回はお前の意見を尊重するが役に立たなかったら次はないからな」
と告げた。
伯母の静子は武の電話に出て話を聞くと
「あらあら、あんたも頼りのない……というか兄さんに似て脳筋だからねぇ」
わかったわ、来なさい
と告げた。
「呼んでおいてあげるわ」
武は舌打ちすると
「脳筋って……伯母さん」
とぼやき
「行くぞ」
と足を踏み出した。
正義は心の貯めていたウンチのオシメをバケツの中でウンチだけ落として洗濯機に入れると
「よし!」
綺麗にウンチ落としたし完了
と言いゴム手袋を外して掃除機のボタンを押した。
「心ちゃんの機嫌が良い間にトンボを動かして掃除機かけておかないとな」
寝たら音立てられないし
その時、戸を叩く音が響いた。
正義はご機嫌な様子で回っているベッドメリーと戯れている心を確認すると玄関へと向かい戸を開けた。
そこに渡井静子が立っていたのである。
「ごめんなさいね、神楽君」
彼女はそう言うと
「実は武が神楽君の力を借りたいんだって」
と告げた。
正義は驚きながら
「え? けど俺そんな力ないですよ」
と返した。
静子は笑って
「あるわよ」
宝石強盗の時も
「この前の横領事件の時も」
神楽君の助言のお陰なんだもの
「自信もって良いわよ」
とさっぱり告げた。
正義はう~んと悩みつつ
「誰でも知っている事しか知らないのになぁ」
と心で呟いたが
「けど、武さんにはお世話になったからお返ししないとな」
と決めると静子に
「頑張ります」
と答えた。
が、慌てて
「あ、でも心ちゃんのお出かけ準備して来るので待っていてください」
と踵を返すと心のところへ行き
「いつものお出かけ準備でいいか」
と紙パンツと離乳食パックを入れると心を抱っこ紐で抱っこして姿を見せた。
静子は「心ちゃんの面倒は見るから安心して頂戴」と言い
「これでも武の面倒を見ていたんだからね」
と告げた。
正義は笑むと
「よろしくお願いします」
と答え、静子と共に彼女の部屋へと向かった。
10分程してから渡井武と久守晴馬が姿を見せたのである。
武が持ってきた事件は東京の英知と言われる日本国立図書館の問題であった。
図書館を爆破するとメールが送られてきたのである。
正義は前に差し出された一枚の紙を見て
「これは暗号の予告状?」
と聞いた。
『201E337』
『312K902』
『1352M913.6』
『063G521』
武は首を振ると
「いや、警告だ」
爆破をしようとしているグループの一人が知らせてきた
「メールで送られてきたものを印刷した」
と告げた。
久守晴馬は更に
「恐らく危険を感じながらの送信だったのだと思います」
見ても直ぐにそうだとは分からないものにしているのだと推測されます
と告げた。
正義はそれを見て
「その人は」
とチラリと武を見た。
武は冷静に
「わからない」
ただ我々にとっては強力な助力だ
と答えた。
正義は「そうなんだ」と言い
「数字にアルファベットが一つか」
と呟いた。
「少し違うけど……この913.6ってどこかで見たことがあるんだけどなぁ」
それに武と晴馬は目を見開いた。
正義はう~んと考え少しするとハッとすると
「そうだ! これって、NDCじゃないかな?」
913.6は日本の近代小説の分類番号だ!
「図書館関連だからそうしたのかも」
と告げた。
武は上を仰いで
「そのNDCってそれは……なんだ?」
と聞いた。
正義はにっこり笑うと
「日本国立図書館の話だから……もしかしたら日本国立図書館の本を請求する請求番号かもしれない」
と答えた。
「一度この書いている通り日本国立図書館に本を請求してみたら何かわかるかも」
検索でも対象の本が出るからそれを見てみたら良いと思う
久守晴馬は感心したように
「なるほど」
図書館だから特有の……か
と言い
「検索を掛けるにはパソコンが必要ですね」
と呟いた。
「良かったら、警察庁へ来ていただいて調べてもらえると助かります」
正義は驚いて
「え!?」
でも心ちゃんが
と静子と遊んでいる心をチラリと見た。
静子はにっこり笑うと
「私の甥っ子の手伝いだもの」
心ちゃんは預かっておくわ
「安心して頂戴」
と告げた。
武はふぅと息を吐き出すと
「……そうだな」
認めざる得ないか
というと、静子を見ると
「伯母さん悪いけど心ちゃんを頼む」
と告げた。
正義は立ち上がると
「わかりました」
と言い、心のところへ行くと
「心ちゃん、少しだけお留守番してて」
と優しく撫でた。
心はジーと正義を見るとウーと顔をしかめてギュッと指を握りしめた。
正義ははぁ~と息を吐き出すと
「心ちゃん、ごめんなぁ」
お父さん頑張ってくるから辛抱な
と優しく指をほどいて静子に頼むと武と晴馬と共に渡井家を出た。
瞬間に心の泣き声が少し響いたが直ぐに収まった。
武はそれを見て
「流石、伯母さんだ」
と言い、車を走らせた。
警察庁の特別室では慌ただしく人が行き交っている。
正義は驚きながら武と晴馬の後ろについて進み、部屋の奥に置かれたノートパソコンの一台に座った。
そこへ壮年男性が一人姿を見せた。
「渡井刑事に久守刑事……彼は?」
武は敬礼をすると
「これは間宮一課長」
彼は知り合いの探偵で先のメールの内容を相談したところ
「国立図書館の請求番号ではないかと助言をいただいたので」
と告げた。
間宮浩一郎は「なるほど」と言い晴馬を一瞥すると
「わかった、今回は特別に許可しよう」
これからは事前に連絡を
と告げた。
武と晴馬は同時に敬礼をして答えた。
正義はパソコンのキーボードを触ると
「国立図書館の蔵書検索……で」
恐らく最初の番号は受け入れ番号だよな
「それから分類番号だけど最初のアルファベットは恐らく棚番号だよな」
と言い、4冊全て打ち込んで出てきた内容を見た。
『新しい貨幣理念』
『別世界交流録』
『館の秘宝』
『棟の種類・図解』
それを武と晴馬も横合いから見つめた。
武は冷静に
「金の話に文学に近代小説に建築か」
と呟いた。
晴馬は目を細めると
「もしかして最初の文字」
と告げた。
正義は頷くと
「恐らくそうだと思う」
新館別棟
「建物を示しているんじゃないかな」
と告げた。
武は「なるほど」というと
「それは国立図書館の新館別棟に仕掛けられているということか」
と告げた。
それを聞いた全員が駆けつけ間宮浩一郎が
「……そうなのか?」
と言い
「あそこには」
と険しい表情を浮かべて振り返ると
「良し! 直ぐに爆弾処理班を向かわせろ!」
と指示を飛ばした。
「それから出入りした全ての人間を調べるように!!」
東京都の中央にある巨大な国立図書館に数台のパトカーが駆けつけると爆弾処理班が新館別棟へと入って行った。
爆弾は地下の分電盤に取り付けられており無事に回収されたのである。
そして、二日前に点検に来た電気業者に警察の査察が入るとそこが『JDW』と闇契約をしていたことが分かったのである。
多額の支援金を受け取っていたようである。
『JDW』は50年ほど前に頭角を現した過激派組織で襲撃事件を起こし、首謀者だった人物が自首をして一斉殲滅が行われたが地下で復活したのではないかという噂が流れていた。
それが……現実だったということである。
正義は渡井静子の家に戻り心を抱き上げるとぎゅぅと抱きしめた。
心は笑顔で懸命に
「あうぅ」
あー
とか正義に話しかけてきていたのである。
静子は笑顔で
「やっぱりお父さんね」
少しぐずっていたんだけど一生懸命我慢していたんだよね
「心ちゃん」
と頭を撫でた。
心はにっこり笑うと
「あー」
と答えた。
正義は静子に
「ありがとうございます」
というと、静子は首を振って
「こっちこそよ」
脳筋の武を助けてくれてありがとうね
と告げた。
正義は頷いて
「あまり、お役には立てないですが」
と答えて、家へと戻った。
太陽は既に南天を越えてかなり西へと傾いていた。
家へ戻り心の離乳食と夕食の準備に入ったのである。
その頃、事件が落ち着いた国立図書館の新館別棟から一台の車が出て東京駅で停車した。
そして、一人の女性が降り立つと運転していた人物に見送られて駅の中へと消え去ったのである。
その女性から離れた場所では数人の男が守るように追従していたのである。
見送っていた男性はそれを確認すると
「一途さま……旦那さまはお子さまも受け入れられると仰っておられるのに」
何故お戻りになられないのか
と視線を伏せて呟くと車に戻り東京駅から立ち去った。
男性の名前は久守冬馬。
そう、久守晴馬の兄であった。
太陽は足早に沈み夜が訪れようとしていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。