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2年ぶりの帰省

 極々普通の住宅街に家がある。

 二階の一戸建て。

 母親は専業主婦で父親は市役所勤めの公務員だった。

 

 神楽正義は娘の心を抱っこしながら実家の前に立つと小さくため息を零した。

 大学受験に失敗して浪人している最中に神楽一途と出会って子供を作って逃げるように家を飛び出して妻の一途に生活を支えてもらいながら自分は専業主夫として心の面倒を見ているのだ。

 

 両親の期待を裏切り、この生活。

 あわせる顔が無い気持ちが無いわけではなかった。

 

 正義は機嫌よく胸の中で周囲を見ている心の顔を見て

「心ちゃん、ここが俺の実家だよー」

 と呼びかけ、三度目の溜息をついてインターフォンを押した瞬間に扉が開いた。

 

 母親の安積正子が家から姿を見せたのである。

「正義、何時までもインターフォンを押さないから待ちきれずに出てきてしまったわ」

 

 そう困ったように笑って正子は玄関先に足を進めると正義の胸の中で目をぱっちり開けて正子を見ると笑顔を見せる心に

「心ちゃんね」

 ちゃんと育てているみたいね

 と微笑んだ。

「さあ、中に入りなさい」

 お父さんは市役所へ行っているわ

「今日は泊まれるの?」

 そう言いながら、正義を家の中へと連れて入った。

 

 正義は家を出て1年半ほどしかたっていないのに酷く懐かしい気持ちになったのである。

 

 専業主夫の探偵推理

 

 正義の部屋は綺麗に掃除されていたのもの、荷物は何も変わっていなかった。

 机も。

 ベッドも。

 本棚の中の本すら動いてはいなかった。

 

 正義は一途が

「泊まってきなさい」

 折角の実家だし

「好きなだけ居てもいいわ」

 と『それって帰ってこなくてもいいという意味なんだろうか?』と思わせる言葉で言われ正義は

「んー、分った」

 お父さんに心ちゃんを見て欲しいし

 と答えた。

 

 一途はにっこり笑って

「じゃ、行ってくるわ」

 と手を振って家を出た。

 が、正義は

「一途さん、ちょっと元気ないな」

 と彼女の指先が小さく震えているのを見て、そんなことを感じながら見送って家の掃除を済ませて家を出てきたのである。

 

 母親の正子は布団に心を寝かせ

「可愛いわねぇ、小さい頃の貴方を思い出すわ」

 と言いながらも、正義が家を飛び出したことには何も触れなかった。

 

 正義は自室からリビングに戻りコーヒーを飲みながら

「あのさ」

 というと

「ごめん」

 と告げた。

「俺、大学受かる自信もなかったし……このままで良いのかなぁってまた大学落ちて二年も三年も浪人してと思ったら人生乗り遅れていくようで」

 逃げたんだ

 

 正子は正義を見つめ

「そうね」

 と答えた。

「置手紙を残して貴方が出て行ったときはびっくりしたわ」

 悲しかったしやるせなかった

「でもどうしたらいいのか分からなったのは私も同じだったと思うわ」

 

 正義は小さく頷いた。

「俺はお父さんやお母さんの期待する人間にはなれないと思うけど」

 今はちゃんと心ちゃんを育てて

「もう少し先のことも考えようと思う」

 今も時々このままで良いのかなぁって思うこともあるから

「一途さんは生活を一生懸命支えてくれてるけど……結局家にいる時と同じで俺甘えているだけみたいな気がするから」

 

 正子は微笑むと

「お父さんは分からないけど」

 私は貴方がちゃんと心ちゃんを育てて

「家に連絡してくれただけでも安心したしそれ以上望むことはないわ」

 でも貴方が先のことを考えて何かしようと思うことは良いことだと思うの

「私もお父さんも貴方に駆け足をさせていたようだと反省はしているのよ」

 だから先ずは心ちゃんと一途さんを大切にして

「貴方の道を貴方のペースで考えながら生きて頂戴」

 と告げた。

「私が望むことは貴方が後悔のない幸せな人生を歩く事だけだから」

 

 正義は笑顔で頷いた。

「ありがとう、お母さん」

 

 家の庭に夏の陽光が射しこみリビングを静かに照らしていた。

 穏やかな正午である。

 

 そのゆったりとした静寂を破るように慌ただしくインターフォンが鳴り響いた。

 

 正子は立ち上がると

「何かしら、何度もインターフォンを鳴らして」

 とパタパタと玄関を出て隣に住んでいる酒井康代が困った顔でインターフォンを押しているのに

「まあ、酒井さん」

 どうかしたんですか?

 と駆け寄って呼びかけた。

 

 酒井康代は気位の高い女性で隣の家の正子たちだけでなく近所の人たちにも弱みを見せるような人間ではなかった。

 

 その康代が蒼褪めながら

「息子が……辰康が……冤罪で捕まってしまって」

 と、言い両手で顔を覆うと泣き崩れた。

 

 正子は驚きつつも自分を落ち着かせて

「とりあえず、酒井さん」

 家に入って頂戴

 と家の中へと誘った。

 

 正義は玄関口に出てその様子を見ながら慌ててリビングへと戻った。

 

 康代は正義を見ると

「あら、正義くん」

 帰ってきているところに……ごめんなさい

 と言い、心を見ると

「もしかして、正義君の子供?」

 と聞いた。

 

 正義は頷いて

「心と言います」

 と答えた。

 

 康代は泣きながら

「そうなの……」

 辰康もちゃんと成人して育ってくれていたのに

「銀行で横領なんて」

 とテーブルに突っ伏した。

「冤罪に決まってるわ」

 

 酒井家は正義が生まれる前から隣に住んでおり、息子の辰康に関しては正義も良く知っていた。

 彼女とは余り接触はなかったが辰康は気の良い兄のような存在だったのである。

 

 正義は康代に

「あの、俺で良ければ力になります」

 なれないかも知れないですが

 と告げた。

「その、受験は失敗しましたが……一応、法学部を受けて法の方へ行こうと思っていたので多少は勉強してました」

 

 勿論、その手前で門前払いの状態なのだが。

 

 正子は正義を見て、直ぐに康代に顔を向けると

「そうね、もし良かったら」

 正義が話くらいは聞くと言ってるわ

 と告げた。

「気は楽になるんじゃないかしら」

 

 康代は正義を見て泣きながら頷き

「ごめんなさいね、正義君」

 というと意を決したように話し始めた。

 息子を救うためなら……そう言うことなのだろう。

 

 彼女は涙をハンカチで拭きながら

「今、辰康から電話があって横領の嫌疑が掛かっているけど自分はやってないから安心してくれと」

 誰かが何か言ってきても相手にしないでホテルとかに行っておいてくれと

「ほら、夫の辰男さんが亡くなって私だけでしょ?」

 だから心配になったんだと思うわ

 

 正義は頷いて

「なるほど」

 と言い

「その辰康さんの生活って2,3年の間に変わったりしてましたか?」

 と聞いた。

 

 康代は首を振ると

「いいえ、別に何時も通りだったわ」

 正義君のように恋の一つもしてくれれば安心なんだけど

 と呟いた。

 

 正義は苦く笑って

「はぁ」

 と答え

「普通はギャンブルとか女性に入れ込むとか横領をする理由が必ず存在するモノです」

 なので会社の関係者に関してもそう言うところから調べていく必要があると思います

 と告げた。

 

 康代は正義の手を握りしめると

「正義君、辰康を救ってちょうだい」

 お願い

 と頭を下げた。

 

 正子は最初のうちは康代の変貌に目を見開いて驚いていたがやがて微笑んで

「正義、お母さんからもお願いするわ」

 と告げた。

 

 子供を思う気持ちはわかるのだ。

 

 正義は頷いて

「わかった」

 と答え

「酒井のおばさん」

 知ってる限りで良いから辰康さんの会社と会社の人間関係を教えてもらえる?

 と告げた。

 

 康代は大きく頷いて

「わかったわ」

 と立ち上がると

「会社のアルバムがあるから一緒に取りに行ってくれる?」

 と告げた。

 

 正義は「はい」と答え、寝ている心を見ると

「お母さん、ちょっと心ちゃん見ておいてくれる?」

 と聞いた。

 

 正子は微笑むと

「私の孫だもの喜んでみるわよ」

 と答えた。

 

 正義は康代と共に隣の酒井家へと行き、会社のアルバムとノートパソコンがあったので持って家へと戻った。

 

 序でに通帳もあったのでそれも手にしてきたのである。

 とにかく情報収集が大切なのである。

 

 そして、正義は写真を元に康代から社内の人々の話を聞いた。

 その間に一台二台と車が酒井家に来るとインターフォンを押す様子が窓から見て取れたのである。

 

 ■■■

 

 正義は最初に通帳を見て目を細めた。

「何だろ、一年くらい前からATMで定期的にお金を引き出してるけど」

 横領なら流れが反対だよな

 

 その後、ノートパソコンの中を見て

「このエクセルのシートって」

 と呟き、通帳と見比べて

「なるほど……そう言うことか」

 というとアルバムの中でも社員の集合写真と辰康の部署の集合写真を写メでとって通帳とエクセルシートを印刷したモノを手に家を出た。

 

「心ちゃんのこともうちょっと頼むな」

 それから

「酒井のおばさんは落ち着くまでこっちで身を潜めておいた方が良いと思う」

 

 そう言って一途と住んでいるアパートへと戻った。

 二階に住んでいる渡井静子の甥っ子である渡井武に力を借りるためである。

 

 正義は渡井静子の部屋の戸を叩き

「すみません」

 と呼びかけた。

 

 直ぐに扉が開き驚いたように

「あら、今日は親御さんのところへ行っていたんじゃないの?」

 喧嘩しでも帰ってきたの?

 と聞いた。

 

 正義は首を振ると

「いえ、あの……実はお願いがあって」

 とことと次第を説明した。

 

 静子は話を聞くと

「そうなの、分ったわ」

 あの子も宝石強盗事件の時には神楽君の力を借りたんだもの

「協力させるわ」

 と笑顔で答えると携帯を手に渡井武へと連絡を入れた。

「武、ちょっと来なさい」

 神楽君が大切な情報があるそうよ

 

 正義は目を見開きながら静子を見た。

 静子はウィンクして応え

「宝石強盗と同じように解決へ向かうかもしれないわよ」

 良いわね

「今すぐよ」

 というとプチンと携帯を切った。

 

 正義はヒタリと汗を浮かべつつ

「ありがとうございます」

 と答えた。

 

 警察庁のビルから三ノ輪駅近くにあるアパートまではそれほど時間はかからない。

 ものの30分程で一台の白い車が到着した。

 

 渡井静子の甥っ子で刑事である渡井武と彼の部下となる久守晴馬が姿を見せた。

 

 シュッとした刑事というよりはキャリア組という感じの男性で待っていた静子と正義を見ると

「初めまして、警察庁の一課に研修に来ている久守です」

 渡井さんと今組ませていただいておりますので同行いたしました

 と告げた。

 

 静子はポソリと

「キャリア組ね」

 武は直ぐに抜かれるわ

 と呟いた。

 

 そして

「神楽君、先の話」

 と促した。

 

 正義は武を見ると

「あの今、東京TKS銀行で横領事件が起きていると思います」

 と告げた。

 

 武は腕を組み

「どこでそれを?」

 と怪訝そうに聞いた。

 

 正義は武と晴馬を見ると

「横領犯として捕まっている酒井辰康さんは俺の幼馴染で兄のような人です」

 と言い

「彼は犯人ではないです」

 と告げた。

 

 晴馬は手帳を出しながら

「何故、そのように?」

 と聞いた。

 

 正義は静子を見ると

「ここでは……俺の部屋に移動して話を」

 と告げた。

 が、静子は笑むと

「うちの家の前なんだから入って落ち着いて話しなさい」

 と戸を開けて三人を中へと入れた。

 

 正義は膳の前に座るとその上に通帳を乗せて

「これは辰康さんの通帳です」

 給料の入金もローンの支払いも一つでしています

「一年ほど前からATMでの引き出しがあります」

 と告げた。

 

 武はパラパラとみて

「ああ……そうだな」

 しかし変と言えば変だが

 と告げた。

 

 正義はエクセルのシートを印刷した紙を出して

「彼のノートパソコンに入っていたエクセルのデータです」

 と見せた。

「A列に日付でB列に金額」

 C列に合計

「そして、タグに名前」

 

 久守晴馬は通帳と日付けと金額を見比べると

「これはタグに書かれた人物に貸したか渡したかしたお金ですね」

 と告げた。

 

 正義は頷いて

「そうそう」

 と言い

「横領ならお金の流れは反対だろ?」

 と告げた。

 

 久守晴馬はう~んと唸ると

「確かにそうですけど」

 これだけでは

 と呟いた。

 

 武も同じように

「そうだな」

 他に通帳があるのかもしれないからな

 と告げた。

 

 正義はにっこり笑うと

「実は俺の頼みはそこなんだ」

 と告げた。

 

 武は目を見開いた。

「は?」

 

 正義は武を見て

「どういう横領で誰がどういう経緯で告発して辰康さんがしたという話になったのかも聞きたいんだ」

 と告げた。

「俺はこの通帳を見て辰康さんが犯人でないことを確信している」

 けど詳細が分からないから

 

 武は久守晴馬を一瞥した。

 

 久守晴馬は立ち上がると

「俺は飲み物を買ってきます」

 その間のことは知らないことなので

 と渡井静子の部屋を出た。

 

 静子は腕を組むと

「流石、キャリア組は違うわねー」

 と告げた。

 

 武はふぅと息を吐き出すと

「横領の告発をしたのは東京TKS銀行新宿東支店の後方事務主任の成見修吾だ」

 顧客から身に覚えのない出金がされていると連絡があり調べたら後方で送金書類を作成して酒井辰康名義の口座に振り込んでいたそうだ

「濱仲支店長代理と相談して届け出を出したそうだ」

 と告げた。

「金額は1年くらい前から総計3000万ほどだ」

 

 正義は指先を口元にあてながら

「なるほど」

 それで酒井辰康さんはその通帳については?

 と聞いた。

 

 武は「本人は否定しているしそう言う通帳は知らないと言っているが彼のロッカーから通帳が出てきた」と答えた。

 

 正義は「なるほど」と言い

「その送金書類の筆跡は?」

 と聞いた。

 

 武は「筆跡?」と聞いた。

 

 正義は頷くと

「そうそう、送金書類を自作したんだから筆跡くらいは調べてるだろ?」

 と告げた。

「それからその通帳の指紋も調べてるだろ?」

 教えて欲しい

「だってその名前……このエクセルシートの人の名前じゃん」

 証拠物件の詳細情報を教えてもらいたいんだ

 

 武は腕を組むと

「う~ん」

 と唸った。

 

 そこへ久守晴馬が戻ると

「神楽正義さんは渡井刑事のプライベートアイ……探偵なのではないのですか?」

 だったら警察庁へ来ていただいて相談に乗ってもらったら如何かと

 と告げた。

 

 静子は彼の肩を叩くと

「流石ね! キャリア組は違うわ」

 武もそう言う機転をきかしなさい

 と告げた。

 

 武は「神楽君は主夫で探偵じゃねぇって」とぼやきつつ

「伯母さんにかかったらたまらねぇよ」

 と言い

「その代わり成果だしてくれよ」

 と告げた。

 

 正義は笑顔で頷いて

「取り合えず今日中に何か答えを持って帰らないといけないから」

 と言い武と久守晴馬と共に渡井静子の部屋を出た。

 

 警察庁に着くと正義は武と晴馬と共に鑑識課へ出向き問題の送金書類と辰康のロッカーから出た通帳の指紋を調べさせて、今取り調べを受けている辰康から取った指紋と照合させたのである。

 

 正義はその前に自分なりに送金書類を単眼鏡で見て

「なるほど」

 と言い

「これ、本人の直筆じゃない」

 と判断していたのである。

 

 しかし、ちゃんと調べてもらわないと信じてはもらえないのだ。

 正義は単眼鏡を二人の覗かせて

「確かに字を似せて描いていると思うけど払いのところの流れが無いんだよね」

 と言い後ろを見せると

「ほら、後ろに薄っすらと黒いシミが僅かについてるだろ?」

 これ恐らく重ねてなぞったんだと思う

「全ての送金とかの書類を回収してなぞった原本を探した方が良いと思う」

 と告げた。

 

 そして、鑑識へ回すことになったのである。

 鑑識をした女性はにっこり笑うと

「そうね、彼の言うとおりね」

 と紙をぺランと見せた。

「他にも不自然な止めが幾つかあったわ」

 

 武と久守晴馬は顔を見合わせた。

 正義は彼女を見ると

「だったら通帳の方の指紋は」

 と聞いた。

 

 彼女は苦笑を零すと

「それがね、通帳に指紋はなかったの」

 と答えた。

「送金書類からも本人の指紋は検出されなかった」

 幾人かの指紋は出て来たけれど

「まあ、そう言うことね」

 

 正義は頷き

「はい、ありがとうございます」

 と告げた。

 

 彼女は肩を竦めると

「いいえ、単眼鏡で払いや止めの違和感に気付けるって良い着眼点を持っているわね」

 と褒めた。

 

 武と久守晴馬はその鑑定結果を受け取り

「さて、この送金書類から出てきた指紋が誰のものか……そこから調べないとな」

 と呟いた。

 

 正義はにこやかに笑むと

「とりあえず第一発見者を疑えですね」

 と告げた。

 

 その日のうちに酒井辰康は釈放され、代わりに書類から出た指紋と合致した辰康から金を借りていた上司の後方事務主任の成見修吾と濱仲支店長代理が警察へと連行されたのである。

 他に窓口担当数人の指紋も出たがその人物たちは処理の最中に書類を手にしたということであった。

 

 その人物たちの証言から書類を出した人物が成見修吾と濱仲支店長代理であったことが分かったのである。

 

 2人がそれぞれ別で横領をし、その罪を修吾が借金していた酒井辰康に負わせようと考えた時に穴埋めのために発端となった送金書類を作ったのである。

 

 正義はその連絡を受けて安堵し実家の戸を開けた。

 

 そこに這い這いしようと手足をバタバタさせている心を見て

「心ちゃん、這い這いしようとしてる」

 と驚くと抱き上げた。

 

 母親の正子は笑みを浮かべると

「ありがとうね、正義」

 酒井さんがお礼を言っていたわ

 と告げた。

「あの酒井さんがあんな風に頭を下げて頼むなんてって思うけど」

 気持ちはわかるわ

「親ってそういうものなのよね」

 

 正義は腕の中で燥ぐ心を見て

「俺も分かる」

 そうだよな

 と微笑んだ。

 

 父親の義男も帰っており

「お前に似て可愛い子じゃないか」

 ちゃんと育てるんだぞ

 と告げた。

「それから、ゆっくりで良いからお前自身の道も考えなさい」

 

 正義は頷くと

「ありがとう、お父さんにお母さん」

 それからごめんなさい

 と言い

「あのさ、今日泊まるつもりだったけど帰るよ」

 と告げた。

「また来るから」

 一途さんが来れる日が来たらその時は一緒に

「それから俺の道もちゃんと考える」

 あの時に逃げたままじゃダメだと思うから

 

 正子と義男は頷き

「いつでも良いから待っているわよ」

「ああ、ここはお前の家だからな」

 と告げた。

 

 正義は笑顔で頷くと一途と暮らしているアパートへと戻り静子に礼を言った。

 静子は笑顔で

「こっちの方がお礼言わないとね」

 武が間違って犯人を捕まえなくてすんだんだもの

 と告げた。

 

 その日の夜、一途が扉を開くと正義が心を抱きながら姿を見せた。

「お帰り、泊るつもりだったんだけど帰ってきた」

 そうそう、心ちゃんがね、今日這い這いしようとしてたんだ

 

 一途は驚いて暫く立ち尽くした。

 

 正義は彼女を見つめ

「一途さんが良いと思う日が来たら三人で実家へ行ってほしい」

 お父さんもお母さんも待ってるって

 と告げた。

「それから、俺」

 あの時からずっと逃げてたけど

「向き合ってこれから先のこと考えようと思う」

 もちろん、心ちゃんを育てながら

「一途さんと三人で生活しながらだよ」

 

 一途は驚いたものの安堵したように微笑みかけたものの直ぐに視線を伏せると

「そうね……わかったわ」

 と答え、正義の横を通り抜けた。

 

 正義はにっこり笑うと

「あ、そうだ」

 お風呂にする?

「ご飯も作ってるから」

 と告げた。

 

 一途は振り向くと

「先にお風呂に入るわ」

 その後でご飯にする

 と告げて浴場へと向かった。

 

 彼女は服を脱ぎながら

「……別れても良いと思いながら」

 安堵しているのね、私

 と扉の向こうから聞こえる心をあやす正義の声に視線を伏せた。

 

「誰でも良かった」

 だけど

「今も私はそう思っているのかしら」

 もし正義が別れたいと言った時に別れてまた誰かを探そうと思えるのかしら

 

 家から出るための口実。

 あそこから距離を置くための口実。

 

 誰でも良かった。

 始めは……だけど今は。

 

 一途は出迎えてくれた正義と心の姿を思い出しながら何処かで嬉しく思っていた自分を思い出し泣きそうになる自分の顔に少し厚めのシャワーを浴びせた。

 

 夜はゆっくりと時間を刻み、新しい朝へと向かっていた。

最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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