心の初紅葉狩り
色々なことがあった11月も下旬を迎え、冬季集中講座も終わりに近づいたある日のこと神楽一途が不意に
「お父さんが少しは家族サービスしなさいって休みをくれたんだけど」
どこか行く?
「勉強の手を休めても大丈夫?」
と告げた。
これまで彼女の兄の死が一途と父親の進との間に溝を作っていたが進が彼女の兄の死を悼み原因を調べていることを知り歩み寄り始めていたのである。
正義は笑みを浮かべると
「もちろん、集中講座も12月20日までで今は過去の問題を解くだけの状態だから大丈夫だよ」
と答え、足元に自動掃除機トンボを走らせながら心を抱いて
「心ちゃんに紅葉を見せてあげたいかな」
心ちゃんの初紅葉狩りってどうかな?
と告げた。
一途はクスッと笑うと
「じゃあ、ハイキングね」
と言い
「ここからなら高尾山か青梅かしら」
と告げた。
正義は考えながら
「そうだね」
と言い
「高尾の方がロープウェイもあって1時間くらいで登れるから良いかな」
と答えた。
一途は笑顔で
「じゃあ、明日は高尾山に行きましょ」
と答えた。
正義は心を見ると
「心ちゃん、初紅葉狩りだよ」
と頬にキスを落とした。
心は笑顔で
「はーい」
と手を挙げた。
一途はそれを見ると
「正義君、私には?」
とにっこり笑った。
正義は赤く頬を染めながらも微笑むと一途の唇にキスを落とした。
「一途さん、明日楽しもうね」
一途は「ん」と微笑んで答えた。
一歩ずつ。
少しずつ。
本当の夫婦になり始めた正義と一途であった。
翌日、空は晴れ渡り正にハイキング日和となったのである。
専業主夫の探偵推理
三ノ輪から高尾山駅までは列車で1時間30分程かかる。
一途の仕事場へいくようになって外出が増えた心であったが、列車での移動は殆どない。
一途と心を心配して父親の進が車を手配しているのだ。
なので心は正義に抱っこされながらじっと周囲を見ていた。
目をぱっちりと開けてジッとである。
一途は時々心を撫でながら正義に
「正義君は肩凝らない?」
と聞いた。
正義は笑顔で
「大丈夫」
座っているからしんどくはないよ
と答えた。
乗り換えも二回あるがそれも問題なく三人が高尾山に到着したのは午前10時半頃でハイキングには良い時間であった。
駅からぞろぞろと中高年の男女が降り立ち高尾山の中腹まで行くケーブルカーに向かって歩いていく。
正義と一途もその流れに乗ってケーブルカー乗り場へ行き、少し混んだそれに乗ると中腹に到着した。
既に木々は紅葉を始めており緑と赤とオレンジの彩りが山を飾っている。
平日と言えどやはり紅葉シーズン。
ハイキングコースには老若男女多くの人々が歩いており、気軽に挨拶を交わしながら昇ったり下ったりしている姿が見受けられた。
初心者用に道は整えられ歩くのもそれほど苦ではなかった。
まさにファミリーにおススメの登山ハイキングコースであった。
正義は抱っこ紐で心を抱っこしながらオムツの替えを入れたリュックを背負っていた。
一途が心を抱っこすると言ったのだがそこは体力の差である。
正義は笑顔で
「気にしなくていいよ」
俺も久しぶりに心ちゃん抱っこ出来て嬉しいから
と告げた。
受験を決めて勉強を始めてから一途が心を職場へと連れて行ってくれている。
気付けば前に抱っこしていた頃よりも大きくなっているのが実感できて正義は嬉しかった。
同じように登っていく人々の波の中を歩きながら正義は紅葉する木を見つけると
「あの木、けっこう紅葉しているね」
と声をかけた。
一途はそれを見て
「そうね、日当たりの良いところは紅葉が周りよりも早いわね」
と答えた。
正義は落ちていた紅葉を手に心に見せると
「ほら、心ちゃん」
赤くなって綺麗だろ
「紅葉だよ」
と笑いかけた。
心はそれを手に
「もみちー」
と懸命に見つめている。
ここのところ心は言葉を一回で覚えるようになっている。
嗚呼、成長である。
正義は「成長したね、心ちゃん」感動! と愛おし気に見つめた。
一途はその様子を見ながら苦笑し
「正義君はパパバカね」
と思いつつも、それが嬉しかった。
同時に神楽家の全てを真実を知った時にどう思われるかが心配であった。
神楽家は国立図書館の新館別棟で歴史を書き記していく国史書を作る役目を担っている。
特殊と言えば特殊な家である。
ただ、それだけではない。
複雑なのだ。
ふぅと息を吐き出す一途に正義は
「一途さん、心ちゃんと一途さんを守っていくから」
俺はどんな状況でもどんな事態になっても
「二人を一番に思っているからね」
悩み事があったら言ってね
と告げた。
真っ直ぐ見つめてくる正義の視線に一途は驚きつつも微笑み
「わかったわ」
と答え
「反対に正義君も悩み事があったら言ってね」
と告げた。
「私も正義君と心を一番に思ってるから」
正義は微笑み
「ありがとう、一途さん」
と答え、そっと彼女の手を握りしめた。
ゆっくりと自分たちのペースで山を登っていく。
それはどこか人生に似て、急ぐと途中で息切れをして、立ち止まると山頂までたどり着かない。
実に難しい。
けれど支え合いながら自らのペースで登っていくとその先に美しい景色が待っているのだ。
正義はそんなことを考えながら
「二人と自分たちのペースで登って行けばいいよね」
と心で呟いていた。
青く晴れた空の下で山頂まで登り、ゆっくりと景色を堪能してきた道を戻った。
ケーブルカー乗り場にある店で昼食を終えた時、正義は思わぬ人物を目にした。
「あれ? 武さんだ」
渡井静子の甥っ子である武と見知らぬ青年が聞き込みをしていたのである。
何時もいた久守晴馬の姿はなかった。
武も正義に気付いたように目を向けると
「ん?」
神楽君
と言い近寄ると一途を見て
「あ、もしかして……奥さんか?」
と聞いた。
正義は頷いて
「はい、一途さんです」
と笑顔で答え
「久守さんは?」
と聞いた。
武は複雑な笑顔で
「ああ、刑事局長が去られてから直ぐに大々的な人事異動があってな」
と言い
「久守は警察を辞めた」
まあ嫌でやめた訳でなかったみたいだな
「まゆずみ前刑事局長と色々話をして家業に戻ったらしい」
と告げた。
「俺はまゆずみ前刑事局長は出来た人だと思っていたから残念だったが」
俺達の役割は街や人々を守ることだからそれを頑張るだけだな
そう言い、隣で立っていた青年に目を向け
「こいつは相棒の末枯野梓」
と紹介した。
凛とした青年が敬礼をして
「初めまして、末枯野梓と言います」
久守刑事からお聞きしております
「素晴らしい探偵だとかまたお力を借りると思いますので宜しくお願いします」
と告げた。
正義は頭を下げて
「俺こそよろしくお願いします」
と答えた。
彼はにこっと笑み
「依頼は真理くんを通した方が良いですか?」
と告げた。
正義はそれに目を見開くと
「え? 真理を知っているんですか?」
と聞き返した。
梓は笑みを深め
「真理くんは曾祖父同士の知り合いでね」
代々仲が良いんだ
と答えた。
「彼から探偵事務所を親友と作るからよろしくと言われている」
武は腕を組んで
「思わぬ縁だな」
その事は末枯野から俺も聞いている
と告げた。
正義は驚きつつ
「それでお願いします」
ありがとうございます
と答えた。
既に活動を始めている真理に驚きつつも『凄いな、真理』と感心していた。
武は苦笑しつつ
「じゃあ、団欒楽しんでくれ」
と手を振ると梓と共に立ち去った。
正義はそれを見送り一途を見ると
「あ、前に一途さんに探偵になるって話したよね」
と告げた。
一途は頷いて
「ええ、大学出て今しているような気軽に相談に乗れる探偵をするって聞いたけど」
と告げた。
正義は「それそれ」と言い
「冬季集中講座で知り合った白露真理っていう友達が探偵事務所を作って活動しようって誘ってくれたんだ」
と告げた。
「家が厳しいところみたいでちゃんと進む布石を打たないとダメみたいだから探偵事務所を作るって宣言して本格的な活動は大学卒業してからって感じになると思う」
一途は少し考えながら
「白露っていうの? その子」
と呟いた。
正義は頷いて
「うん、やっぱり……もしかして知り合い?」
真理が前に神楽家のことを言ってたけど
「家同士が知り合いなのかな?」
と聞いた。
一途は悩みつつ
「知り合いと言うか……曾祖母がある人を介して白露家を知っているというか」
と言いかけて、正義を見ると
「ね、白露家ってどういう家か知ってる?」
と聞いた。
正義はあっさり
「んー、なんか政財界の大御所の凄いお金持ちって聞いたけど」
それだけかな?
と答えた。
……。
……。
それだけ……と言うか。
一途はクスッと笑うと
「神楽家も同じ系統なの」
と告げた。
正義はへーと言うと
「そうなんだ」
真理は色々大変みたいだけど
「一途さんも大変だった?」
と聞いた。
まるで極々普通の世間話のようだ。
一途はそんな正義を見てきっと正義ならどうってことないよと思ってくれると感じたのである。
重々しい家業。
そして、重々しい家系。
それをきっと『へ―、そうなんだ』と受け止めてくれるのだと理解したのである。
器が大きいのだろう。
一途は頷くと
「私の場合は兄のことがあったから」
でも今考えるとそんなことなかったと思う
と答えた。
「ありがとう、正義君」
正義は何故礼を言われるのか理解できなかったが
「ううん、一途さんが話してくれて俺は嬉しかった」
と答えた。
「ね、心ちゃん」
心はウトウトしながら
「ぬー」
と言うとコテンと正義の胸にもたれかかった。
正義は笑むと
「心ちゃん、寝ちゃったね」
と告げた。
一途は頷くと
「帰りましょう」
と言い、ケーブルカーの搭乗口へ向かいかけた。
が、正義は不意に腕を掴むと一途を背後に回して
「一途さんは心ちゃんを抱っこして店の影に隠れて」
と大慌てで抱っこ紐を外すと心を渡した。
一途は驚いて
「どうしたの?」
と聞いた。
その途端、搭乗口の方から悲鳴が響いた。
バタバタと数人が飛び出して来たのである。
正義は驚く一途に
「とにかく心ちゃんをお願い」
と背後の店の方へと背中を押した。
一途は戸惑いながら
「正義君は」
と言いかけた。
正義は肩越しに振り向き
「大丈夫だよ」
と笑むと肩からリュックを片手に持ち替えて、人々の奥から現れた包丁を持って暴れている男性へと向かった。
包丁を振り回しているが動きは素人である。
正義はそれを見抜くとその人物の身体目掛けてリュックを投げ込んだ。
それを人々の影から見つめていた男性が一人、一途と心の元に走り彼女の腕を掴んだ。
一途はハッとすると男性を見て
「……!!」
と目を見開いた。
男性はリュックを避けて
「誰だ!」
と叫んで前を向いた瞬間に目を見開いた。
正義は男が包丁を持っている腕を掴むとそのまま身体を中に入り込ませてグンッと前へと投げおろした。
所謂背負い投げである。
あっという間もない出来事である。
そのまま腕を捻って包丁を落とさせると上に乗って押さえつけた。
「誰か、刑事が近くにいるので呼んできてください!!」
もがく男が正義を押し退けようとした瞬間に駆け寄ってきた人物が手刀で男を一瞬で気絶させた。
「まったく、無茶をなさる方だ」
そう言って笑みを浮かべ驚く正義を見下ろした。
正義は目をぱっちり開けて
「久守……さん」
と呟いた。
そこへ武と梓が姿を見せると
「「田村!」」
と叫び、取り押さえた。
武は田村に手錠をしながら上からどいて立ち上がった正義に
「感謝する」
と言い、久守晴馬を見て
「久守もいたのか?」
と聞いた。
久守晴馬は頷いて
「これも家業の一つなので」
と笑みを浮かべた。
梓は携帯で応援を呼びながら正義を見ると
「神楽さんは何か武術を?」
と聞いた。
正義は頷くと
「幼少の頃に柔道を……少し」
と答えた。
そして、心を抱いて近寄ってきた一途に
「一途さん、大丈夫だった?」
と聞いた。
一途は頷いて
「大丈夫」
でも正義君も無理はしないでね
「危ないから」
と告げた。
正義は頷いて
「わかった」
と答えた。
久守晴馬は一途に頭を下げて
「一途さま、そろそろ正義さまにお話を通しても?」
と聞いた。
一途は頷いて
「そうね」
と答えた。
正義は意味がわからないまま首を傾げた。
武と梓は田村を逮捕し駆けつけてきた警察官と共に三人に礼を言うと立ち去った。
一途は騒然とした余韻が残る中で
「久守家は神楽家を守る家系なの」
各務には彼の兄の冬馬が
「私は父と喧嘩していたからその影が見えると転々と引越ししてて……でも受け入れることにしたの」
心のこともあるから
と言い
「久守家の次男の久守晴馬が私たちを守ってくれる役目を果たしてくれる」
と告げた。
正義は驚いて晴馬を見てハッとすると
「じゃあ、もしかして警察辞めての家業って!」
とあわわと告げた。
晴馬は笑顔で
「はい、その通りです」
と答え
「元々警察に入りノウハウを学ぶのも我々久守家の仕事の一つですし」
正義さまの人となりを調べることも役割の一つだったので
「プライベートアイと言う言葉を借りてお近付きになりました」
と告げた。
一途は少しハラハラしながら正義を見た。
こう言う家系なのだ。
どう思うだろうかと心配であった。
が、正義は笑みを浮かべると
「そうなんだ」
と言い
「先は一途さんと心ちゃんの避難をありがとうございます」
と答え
「もしかして、白露家は藤堂って家の人が?」
と聞いた。
晴馬はそれに笑顔で
「その通りです」
と答えた。
正義は感心するように
「そうか~」
これで真理の言っていた意味が分かった
と呟いた。
正義は更に頭を下げると
「これからお世話になります」
宜しくお願いします
と告げた。
晴馬も頭を下げて
「こちらこそ、一途さまと正義さまと心さまをお守りさせていただきます」
と告げた。
一途が心配するよりもあっさりしているものであった。
晴馬も気を利かせると
「では、私はこれで」
ご家族の団欒をお楽しみください
と人々の中へと姿を消した。
正義は手を振ると
「じゃあ、また」
と見送った。
心は涎を垂らしたままこの騒動なのに起きることはなくスピーと眠っていたのである。
正義は一途から抱っこ紐をもらって心を抱いて投げたリュックを背負うと
「じゃあ、帰ろうか」
と笑みを浮かべた。
一途は頷いて
「びっくりしないの?」
と聞いた。
正義はんーと悩みながら
「俺の家はそう言うのとは縁のない家だから」
ピンと来ないだけ
とあっさり言って
「けど、一途さんの家は国立図書館に仕事場を持っていたり色々特殊なんだよね」
だから守る人が必要なのかなぁって
「久守さんにはこれから色々お世話になるから感謝だよねって思ってる」
と答えた。
一途はびっくりして正義を見つめ、やがて微笑むと
「そうね、ありがとう」
と手を握りしめた。
正義は首を傾げつつ
「こちらこそだよ」
と答えた。
「少しずつ知らなかった部分を知って三人で幸せになる道を模索していこう」
武たちが追っていた田村は外車を盗んでは闇業者に売っていたが、それが発覚して逃亡しようとケーブルカーに乗って降りようとした時に警察官の姿を見て事件を起こしたとのことであった。
怪我人は出たが軽症で済み、全員命に別状はなかった。
一月中旬の共通テストに向かって追い込みの12月が目の前に迫っていたのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
続編があると思います。
ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。
 




